第2章:再会は剣戟の音と共に―第1話.新人兵士の苦悩
「はあ……」
第2魔軍第6分隊所属山田孝太は目の前の出来事に今日何度目かの溜息をついた。
「だからそこは俺が使ってるって言ってんだろうが!!」
「馬鹿野郎! 俺が先にそこを取ってたって言ってんだろうが!!」
目の前では筋骨隆々とした大柄な男性二人―外見からして二人とも鬼―が激しい口論を続けていた。
人が増えれば自然諍いが起きるというのは判っていたが、幾らなんでもこれは多すぎるんじゃないか? まだ昼にもなっていないというのに今日3度目の揉め事仲裁に借り出された孝太の心情は怒りを通り越してすでに諦めの境地に達していた。
「この野郎、いい加減にしやがれっ」
「っつ!? やりやがったなこのっ」
「うわ、しまった」
少しまじめに上司への勤務場所の変行を考えていたら、当然の流れとして目の前の口論は拳を伴った喧嘩に発展しようとしていた。あわてて両者の間に割り込む。
「お二人ともちょっと待ってください。お話はお聞きしますからまずは冷静に……」
「うっせえ!! 黙ってろ坊主!」
「お呼びじゃねえんだよ! ひっこんでろ」
「うわっ」
頭に血が上りすぎて周りが見えていない二人は、そこだけ息のあった連携を見せて割り込んできた兵士を脇に突き飛ばす。童顔で体格も小さめな孝太は為す術も無く遠巻きに見ている周りの野次馬の前まで吹き飛ばされる。
「うう、何でこんな目に」
自分はこの国の兵隊で、本来ならば民間人にはもっと畏怖される存在のはずである。それが若造と侮られて十把一絡げ扱いにされるのは、年より幼く見える顔や“転化”しても角が生えてきただけであまり変わらない外見だけが理由では無いはずだ。
(やっぱり、まだ出来たてっていうのもあるんだろうなあ)
この世界に人が現れたのはおよそ10年ほど前だといわれている。よって各組織の歴史も当然浅く、6王のお膝元である各種族の首都ならばともかく、そこから遠く離れた場所ではまだ官憲などの存在は軽く見られがちだ。
(でも確かに俺はその中でもまだ新人でペーペーの下っ端だけどそれでも仮にも正式な軍人にこの仕打ちは……)
暗い表情でぶつぶつと独り言をつぶやき続ける孝太。周囲の人々が可哀そうな人を見る眼でこちらを見ていることにも気付いていない。と―――
「きゃあっ」
「!?」
突然争っていた方向から聞こえてきた悲鳴に、ようやく自分の職務を思い出して立ち上がる。そこには……
「お願いです。やめてください!」
「てめえこのっ」
「ふざけんなおらっ」
取っ組み合いの喧嘩に巻き込まれて今まさにぼろぼろになりかけている露天と、その店員と思われる人間の女の子が必死に喧嘩をしている二人を静止しようとしている姿だ。
「くそっ」
さすがにこの光景を前にして愚痴をはき続けているわけには行かない。こうなったら多少手荒になっても止めなければ。そう思い、魔術を放とうと意識を集中させる。しかし、
「うるせえっ」
「あっ」
「なっ!?」
いきなり男の片方がこぶしを振り回して制止しようとしていた少女を殴り飛ばす。そのまま地面に叩きつけられようとした所をあわてて抱きとめる孝太。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「う……は、はい」
とにかく怪我の有無を確認する。だが見た目には派手な負傷は見当たらない。どうやら狙いも付けずに振り回された拳が掠ったことに驚いて倒れそうになっただけのようだ。少女の無事を確認し、再び視線を争う二人に戻す。その被害はさらに拡大しようとしていた。
「いい加減に……」
事ここに至ってはさすがに注意だけではすまない。さすがに腹に据えかねた孝太は自身の最大出力で魔術を使おうとして、
バシャンッ
「うおっ!?」
「なんだっ冷たっ!?」
いきなり顔面に液体を浴びせられてあわてる二人。何事かと視線を彷徨わせていつの間にか自分達の側に一人の青年が立っていることにようやく気付く。
「まあ喧嘩をするのも当人同士の問題。特に口を挟むつもりもありませんでしたが、さすがに周りに迷惑をかけるのはどうかと思いますよ」
そこにいたのは二十歳前後と思われる青年であった。両手には飲料の入れ物を持っていてそれを顔にかけられたのだと気付くと、
「てめえ、人間のくせに俺らに説教しようってのか?」
「こういうことに人間だとかそうではないとかは関係ないでしょう」
「黙れこの糞野郎!!」
さっきまで喧嘩をしていた二人はいきなりの乱入者を前に自分達の感情は一時棚上げにしたようだ。前後を挟みこむような形で不遜な青年を追い詰める。
「いけないっ」
いきなりの乱入にしばし惚けていたが、いくらなんでもただの人間が魔族二人とやりやってただで済むはずがない。しかも相手は力自慢の鬼二人だ。最悪殴り殺されるかもしれない。
「まてっ。魔族の過度な人間への暴力行為は魔王様が禁じられ……」
「死ねやこの人間風情がっ」
「おらあっ」
怒り心頭の二人には横からの制止の声も届かず、前後から勢いのまま相手に殴りかかる。一瞬後の惨劇を予想し、それでも何とか止めようと駆け出そうとして―――
殴りかかろうとしたそのままの勢いでもつれ合いながら男性二人が吹っ飛んで行った。
「……は?」
助けに入ろうとして駆け出す姿勢のまま固まる孝太。それは周りの見物人達にしても同じだったらしく、皆一様にきょとんとした顔をしている。視線を動かして先ほど助けた少女を見てみると、こちらも眼をまん丸に見開いて目の前の光景に硬直していた(ちなみにその顔がちょっとかわいいなと思ったのは孝太の秘密だ)。
「えっと……」
今目の前で起こった出来事を反芻する。
まず、男二人が前後から青年に殴りかかろうとした。そのまま無抵抗で殴られるのかと思った瞬間、青年が自然な動作で後ろに下がる。自分の後頭部を狙って突き出された拳を首を傾けることによってかわし、そのまま自分の背中を後ろから迫ってきていた男に密着させる。そして、おもむろに突き出されていた手をつかんだかと思うとそのまま一本背負いの要領で後ろの男を前に投げ飛ばしたのだ。突っ込んできていた勢いをも利用されて投げ飛ばされた後ろの男はそのまま前から迫ってきていた男と衝突。二人仲良くふっとんだと。
一連の動作があまりにも滑らかに行われたため、その瞬間には何が起きたのかを理解できていなかった。そこまで思考が進んだときには折り重なってもがいている男性二人の所へ、件の青年が散歩でもするかのように気楽に歩いていくところだった。
「くそってめえ」
それに気が付いた片方がそのまま起き上がって掴み掛かろうとする。その瞬間―――
ドゴッ
自分の顔の横で響いた正体不明の鈍い音にもがくのを止める。恐る恐るといった感じで音の発生源を覗き込むと、それは丁度青年の足の真下であった。
顔の横に振り下ろされた足の下の石畳に亀裂が入った音だと分かった瞬間一気に血の気が引いていく。もし足の下にあったのが石畳ではなく自分の頭であれば、あるいは同じように割れていたかもしれない。
「ふむ、もろい石畳ですね」
そんな声を漏らした青年は先ほどまでの穏やかな雰囲気ではなくなっていた。そんなわけあるかと言いたかったが眼を合わせただけで咽元に刃物を突きつけられたような怖気が背筋を這い上がってくる。
「祭りが近くてはしゃぐのは結構。隣の露天と場所取りのために言い争うのも結構。ただそのために周りの人たちを巻き込んで、挙句の果てに女性に怪我を負わせるのは……」
話が進むのと同時に青年から受けるプレッシャーも増していく。もはや種族がどうのということも馬鹿らしいほどに青年と男性二人の間には優劣の差が付いていた。
「さて、もう自分達が何をすればよいのか分かりますよね?」
「「は?」」
いきなりそういわれて首をかしげる二人。それを見て眼を細める青年。そして―――
ズンッ
再び青年の足元から鈍い音が響く。驚いてそちらを見るとどのような力が働けばそういうことができるのか、先ほど石畳にひびを入れた右足を中心にして、小規模のクレーターができていた。
「人に迷惑をかけたら御免なさいです。両親から習わなかったのですか?」
「「ご、御免なさいっ!!」」
「私に謝ってどうするのですか。まず始めに謝るべきはそちらの娘さんでしょう」
「「すいませんっ!!」」
土下座の勢いで青年に頭を下げる二人。おそらく体育会系の部活に所属していたものと思われる。青年の指摘を受けてそのままの勢いで少女の目の前に駆け寄ると、
「「御免なさいっ!!」」
「ひっ!?」
勢いよく頭を下げる。筋骨隆々の巨漢が二人も頭を下げるその勢いと光景に驚いたのか孝太にしがみつく少女。
「あーえーと、とりあえずいろいろと話があるからこの先の詰め所まで来てください」
「「分かりました!!」」
なにやら急に聞き分けがよくなった二人に内心げっそりしながらようやく終わったかと安堵する。ふと気付くと騒ぎを聞きつけてきたのか同僚がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。そちらに騒ぎを起こした男達を任せて孝太は先ほどの青年の元に駆け寄る。
「すみませんご迷惑をおかけして。あ、騒ぎを鎮めていただきありがとうございました」
「いえいえ、一般市民として当全のことをしただけですよ。」
すでに先ほどの剣呑な気配は消えており、そこにいたのは人のよさそうなただの青年だった。
「しかし、兵隊さんも大変ですねえ。やっぱりここ数日はああいうのが頻発しているんですか?」
「ええ、そうなんですよ。いくらお祭りだといっても限度があると思うんですけど」
「まあ仕方がありませんよ。人が集まればそれだけ騒ぎの種も増えることになるんですし。そういえば首都のほうからも兵隊が何人も着ているという話ですが、やっぱりこのお祭りのために警備を増員しているんですか?」
「ええ、まあ。お偉いさんが首都から何人か着ているんですが、その警護の人たちとは別に治安維持のために増員されてます。今回は神経質なくらい増員されているんですが、それでもやっぱりこういう騒ぎはなくならなくて」
そう言う孝太に興味深そうに語りかける青年。
「なるほど、そんなに大勢来ているんですか」
「そうなんですよ。なんと第2魔軍の将軍もこっちに来ているんですよ! 僕も所属は第2魔軍なんですけど担当はこの町なもんでまだ将軍には会ったことがなくて」
「第2魔軍の将軍。確か魔王様の……」
「そうです! 魔王様の実の弟であらせられる氷将軍凍夜様です。そんな大物が着てるもんだからみんな緊張しちゃって」
興奮のあまり上ずった声になりながら話す孝太。
「しかし、なぜそんな大物が着ているんでしょう。確かこのお祭りは年に一度は行っているはずですよね? なぜ今年に限って」
「さあ? そこまでは。僕も所詮下っ端ですし。あ、そういえば先輩達がそんなようなことを話してたんですけど、なんかお忍びで偉い人が来ているからじゃないかとか何とか」
「そうなんですか!?」
その言葉に興味深そうに相槌を打つ青年。
「1軍の将がじきじきに出てくるほどの重要人物ですか」
「あ、もちろんこれはただの噂ですよ? なんだかんだで今回は例年よりも大規模なお祭りになってますし、将軍はその治安維持のために派遣されているんですから」
「まあそうですよね」
うんうんとうなずく青年。そこでふと先ほどのことを思い出す。
「そういえばさっきの投げ技すごかったですよね。あなたは“転化”もしていないのに」
「まあ子供の頃から武術をやっていましたから。ただの喧嘩なら問題はありませんよ」
「へえー。やっぱりあなたも“大会”に」
「まさか!」
その言葉を聞いて驚いた顔をして慌てて否定する青年。
「さっきのチンピラもどき程度ならともかく本格的に魔術を使うあなた達のような魔族を相手にはちょっと、私は魔術を使えませんし」
「そうなんですか? 僕の勘ではそのまま出場しても結構いいところまでいくと思いますけど?」
「ありがとうございます。でもどの道大会には出られませんので。これでも仕事でここまで来たものですから」
「あ、商人達の護衛か何かですか? それはご苦労様です」
「いえいえ。あ、そろそろ先方と待ち合わせの時間なので」
「そうですか、長々と引き止めてしまってすいません」
「こちらこそ興味深い話をありがとうございます。それでは」
そう言って青年はこちらに会釈をすると歩き出した。それを見送った後孝太は、
「あ、名前」
名前を聞くのを忘れていた。しかも揉め事を解決したとはいえ彼も当事者の一人である。本来ならば詰め所まで同行してもらっていろいろ話を聞かなければならないはずだ。
「ま、いっか」
それでなくともここ数日は騒動が多数起こっているのだ。一つ一つの事件にそんなに深く関わるわけにも行かない。まして彼は善意の協力者である。この程度の見逃しはあってもいいだろうと楽観的に考えていたその時、
「あ、あの」
背後から声をかけられた。誰だろうと思い振り返ると、
「あ、さっきの」
「先ほどは助けていただきありがとうございました」
乱闘をしていた男達のために露店を半壊させられていた少女がいた。改めてみると自分と同じ年頃のかわいい女の子だ。
「いや、そんなに畏まらなくてもいいよ。結局解決したのはさっきの人だし、民間人を助けるのは僕達軍人の使命だし」
「いえ、あなたには危ない所を助けていただきました。ぜひお礼をさせてください!」
なにやら拳を握り締めて迫ってくる少女。その勢いにに少し及び腰になりながら
「えっと、だからそんなに」
「だめ、ですか……」
一転してしゅんとうなだれる少女。うっすらと涙を浮かべた瞳を認識した瞬間、
「いやぜひおねがいします」
「はいっ」
脊髄反射的に返答してしまう孝太。そんな自分に何やってんだと内心突っ込みを入れつつ、目の前の少女の満面の笑みにまあいっかと考えていた。
「あ、まだ名前を言ってませんでしたね。わたしは彩って言います。」
「僕は孝太。新人だけど軍人だよ」
「孝太さんですか。それで……」
彩の露店の方へと戻っていく二人。すでに野次馬もいなくなっており事後処理のために兵士達が荒れた場の整理を行っていた。
魔族が支配する国“魔国”。その都市の一つ人間達の領域との境目にある貿易娯楽都市“コロッセウム”。明日の大会を前にその盛り上がりは最高潮を迎えようとしていた。 |