第12話.始まりの予感
「利発そうな弟さんでしたね」
「うん……」
まだ朝食を食べていなかった二人は麗が入院している病院を出た後、美亜の案内で近くの食堂に来ていた。時間的にはもうそろそろお昼という感じであったので、気分的には早めの昼食である。
注文を終えた天真は美亜に向かって話しかけたが彼女はあいまいに返事を返すだけであった。麗の病室を出てからずっとこのような感じである。どうやらまだ病室の弟が心配なようだ。
「ずいぶんと心配しておられるようですが、そんなに麗君の病状は悪いのですか?確かに彼はかなり長い間入院生活を送っているようですが」
「……わかるの?」
「見れば分かりますよ。日光に当たったことがほとんど無いと思われる白い肌に、日常生活で使う筋肉ですらあまり付いていない体。あるいは生まれてからずっと入院生活を送っていたんじゃないんですか?」
「確かに生まれたときから病弱で入退院を繰り返してきたけど、本格的に入院生活が始まったのは小学校に上がる前くらいからかな」
天真の話に記憶が喚起されたのか、遠い目をしながら応える美亜。その表情にはいくつもの感情が入り混じっていた。
「……失礼だとは思いますが、聞いてもよいですか? 彼の病気はいったい」
「わからない」
「わからない?」
シンプルでありながら難解な回答を返されて、天真は少し戸惑う。
「元々の世界で大きな病院の検査を何度も受けたんだけど、医者達の回答はいつも決まって原因不明の奇病だった」
「…………」
「症状としては不定期におきる不整脈の発作。それと同時に免疫や筋肉なんかもだんだん弱まっていって……。発作が起きたときの麗は本当に苦しそうで……」
そのときの状況を思い出しているのか、美亜の顔が悲しみに歪む。その光景を心から追い出さんとするかのように頭を振って話を続ける。
「結局薬なんかの対症療法で何とかやってきてたんだけど、こっちに来てからは設備も薬もないし、だんだんと発作もひどくなってきて間隔が短くなってきてる」
ぎゅっとこぶしを握り締めながら、何かに耐えるように……
「こっちには医療用の機械や器具どころかまともな薬すらほとんどない。こっちにいたんじゃ何も出来ない。だからどんなことをしても元の世界に戻らなくちゃいけない」
「それでギルドに入ったんですか」
美亜はゆっくりとうなずいて肯定の意を示した。
「私みたいな小娘が何も出来ないことくらいわかってる。実際昨日も天真に助けてもらわなかったら私は今ここにいなかった。でも、それでもあの子のために自分に出来ることがしたかった」
日に日に弱っていく弟を見ながら自分の無力さに泣いていた。激しい発作、苦しそうな顔、そしてそれを前にしながら何も出来ない自分。
何かがしたかった。たとえ弟を救えなくても、それがとても小さな一歩だったとしてもそれでも自分に出来ることを。
「ギルドで活動を続けてもうすぐ一年。ようやく私の手はあの子を救えるかもしれないところまで届いた」
「……例の話ですか」
美亜は重々しくうなずく。
「今度のミッションで私は必ず魔王を倒す」
その瞳に宿るのは悲壮とも言えるほど強い決意の光。その目を見ながら天真は多少の危惧を抱いていた。
(危ういですね)
今の美亜は心理的に余裕がなくなってきている。弟のために一刻も早くという心情は理解できるが、目の前の希望の光が強すぎて逆に周りが見えなくなってきている。
ともすれば、弟のために自分の命を投げ出してしまいかねないほどに。
(それだけは避けなければなりませんね。彼女たちのためにも)
昨日会ったばかりだが、美亜にはギルドに自分を紹介してもらった恩がある。それに何より自分は約束をしたのだ。一人病室で孤独に姉の無事を祈っているであろう少年と。今度はお土産を持って一緒に会いに行くと。
(約束を破るわけにはいきませんからね。私の、そして流派の名前にかけても)
必ず目の前の少女を無事に弟の所まで連れて帰る。改めて天真は決意した。
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「……それで、こちらに来たばかりの人間1人に魔族が2人もやられておめおめ帰ってきたと、そういうわけなのだな」
「は、はい……」
「…………」
そこは広大で豪奢な空間だった。その中央には目にも鮮やかな真っ赤な絨毯が敷かれ、壁や柱などいたるところに精緻な彫刻が控えめに、しかし確かな存在感を持って刻まれている。
そしてその部屋の奥にはひときわ豪奢な椅子……まさしく玉座がすえられていた。
そこに座すのは全ての魔族の頂点に立つ者。彼らの至高にして絶対的な主。
―――魔王と呼ばれる存在である。
その両脇に控えるのはその魔王の腹心とも言える部下であり、魔族の中でも魔王に次ぐ力と権力を持つ者達。この魔国の内政の頂点である宰相と軍の頂点である大将軍である。
その魔族の頂点の3人の前で2人の部下から報告を聞いた魔王の実弟にして魔軍の将軍の一人、氷刃の闘将と字される氷将軍凍夜はその苛立ちを隠そうともせずに自分の部下達を睨み付けていた。
「あ、あれは少し油断しただけでもう一度あの野郎と会うような事があったら今度は……」
「黙れ役立たずがっ!」
「ひっ!?」
何とか弁解を試みようとしたダイゴを一喝の元に切り捨てる。その怒気と体から発せられる魔力の獰猛さにダイゴは震えることしか出来ない。
「……今回の失態弁解の余地もございません。ですが、その慈悲にすがれるならばもう一度チャンスを与えていただきたく」
「無能にもう一度機会を与えろと?」
「なにとぞ……」
その怒りの魔力の波動に内心では失神寸前だが、何とか自分達の名誉の回復を図ろうとするリック。そんな2人を忌々しげに一瞥し更なる叱責を与えようと口を開こうとする凍夜。
しかし、
「待ちなさい」
静かでいながら絶対的な威厳を孕んだ声が空間を震わせる。まさかその人が直接口を挟んでくるとは思っていなかった凍夜はあわてて奥の玉座に向き直る。
「ま、魔王様。どうされましたか?」
魔王は凍夜にしばらく黙っていろと一瞥し、かしこまっている2人に声を掛ける。
「私へ直接語りかける事を許します。質問に答えるように」
「は、はいっ!!!」
まさか直接魔王に声を掛けられると思っていなかったリックはほとんどブラックアウトしかけている意識をなけなしの精神力でつなぎとめながら何とか返答に成功した。目線だけで隣を見るとダイゴも似たような状況に陥っているようで過呼吸気味になっている。
「あななたたちが遭遇した人間は確かにこちらに来たばかりだった?」
「あの人間の言動から察するに、ほぼ間違いないかと。突然見知らぬところに来てしまったので最初に会った私達と会話をすることによって情報を得ようとしていたように見えました」
「そしてその後、ターゲットをかばってあななたたちと戦闘になり勝ったと?」
「……その通りです」
答えにくい内容ではあったがここで下手な言い訳をして機嫌を損ねればそれこそどうなるか分からない。なのでここは言葉を飾らず正直に答えることにした。
「異世界に着いたばかりの状態で最初の戦闘を冷静にこなして勝利を収めた……」
そう呟くとしばらくの間何かを考え込むかのように口を閉ざす。しばらくして、
「いいでしょう。今回の件は不問といたします。下がってよろしい」
「!? 魔王様っ。それでは他の者に示しが……」
そこまで言って凍夜は氷点下の視線に貫かれる。びくりと身をすくませた彼にあくまで淡々と、しかし言葉の内に絶対零度の気配を忍ばせて魔王が言葉を紡ぐ。
「私の命に、何か不満が?」
「……いいえ。聞いたとおりだ、下がれ。今後別命あるまで待機だ」
「り、了解しました!!」
いきなりお咎め無しと言われてキョトンとしていた所に、多少八つ当たり気味にはき捨てた上官の言葉が届く。やっと我を取り戻した二人は、慌てた様に玉座の間を退出していく。
それを見送り、二人が完全に出て行ったのを確認すると魔王は自分の弟に声をかける。
「ごめんなさいね凍夜」
「……別に姉さ、魔王様が謝られる事ではございません」
先ほどの氷のような気配を多少柔らかくして話しかけて来た姉につい気安い言葉をかけてしまいそうになり、それを大将軍に目線で注意される。慌てて言葉を正す弟を少し寂しそうな目で見つめるが隣の腹心の視線に内心で肩をすくめる。
「しかし、その者少し気になりますな」
そんなやり取りを我関せずの姿勢で眺めていた宰相が話題を元に戻す。
「確かに、いくら腕がたつといっても軍の魔族を1人であしらう。しかも報告が正しければそやつは魔術を無効化したとの事」
大将軍もそれに相槌を打つ。
「……単に私の部下が相手を見くびりすぎていて魔術に手を抜きすぎていたということも考えられますが」
「その可能性もあるかもしれん、しかし」
「その人物が退魔士、対魔術戦のプロだったとも考えられます」
大将軍の言葉を魔王が引き継ぐ。三人の視線を受けてさらに言葉を続ける。
「退魔士がこちらに来ることはほとんど有りません。しかし、まったく無いとも言い切れない。事に最近はなにやら境界が不安定になっています」
その言葉にうなずく三人。
「では魔王様はその人間が対魔士の可能性もあるとお考えで」
「……いえ。私はその人間は確実に退魔士、あるいはそれに順ずる存在だと考えています」
「それはどういう?」
確信を持って答える魔王に疑問を浮かべる凍夜。なぜ主はここまで確信を持っているのか?
「数日前から何かが私の魔力に反応していました。丁度あの者達の報告と前後した時間にその何かの反応は最大に跳ね上がり、その後消失。これが報告の人間に関係あるならばそれは只者ではないでしょう」
「魔王様の魔力に影響を与えるほどのものがこちらに?」
その言葉を聞き驚いたような声を上げる大将軍。ほかの2名も同じような表情を浮かべている。そんな彼らを視界の隅に収めつつ魔王は静かに口を開く。
「例の件、やはり予定通りに」
「っ魔王様!? しかし万が一のことがあっては……」
この言葉に驚愕を隠そうともせずに、凍夜が息も荒く言葉を紡ぐ。それに大将軍も続く。
「凍夜将軍の言う通りです。しかも魔王様の魔力に影響を与えていたかもしれない相手。只者とは」
「2人とも大丈夫よ。それに……」
そこまでで言葉を切ると中空に視線を定めて何かを確かめるかのように、
「その人に会わなければならない。そういう予感がするの」
魔力に反応したというだけでなくもっと深い部分、魂の奥底から聞こえてくるような感覚。
何かが始まる。そんな予感を魔王は目をつぶってかみ締めていた。
第1章終了。第2章へ続く
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