第11話.別にフラグは立ちませんよ?
「んんっ」
室内に入り始めた朝日に触発されて、天真は目を覚ました。ゆっくりと上体を起こしふと自分が見覚えのない場所にいることに気付く。見慣れない室内を見回し、なぜ自分がこんな所に居るのかを把握するのに数秒。
「ああ。部屋を用意してもらったんでした」
昨晩遅くまで組織のリーダーである東郷の話(事情聴取とも言う)に付き合っていたので、全てが終わったときにはすでに夜も遅い時間帯になっていた。美亜も疲れている様子であったし、今から移動するのもどうかということで、そのまま本部に部屋を用意してもらって就寝したのだ。
鍛えているとは言っても、昨日の出来事は自分の人生の中でも間違いなく上位にランクインするほどの重大事件だった。知らない間に疲労がたまっていたらしい。ベットに横になった後すぐに眠ってしまったようでその後の記憶がなかった。
「さて、この後どうしますか」
ベッドから起き上がり、着替えを身に付けながら呟く。昨日得た情報を踏まえても、しばらくはここで厄介になったほうがよいと思われる。曲がりなりにも組織を運営しているのであれば自分が単独で動くよりも多くの情報が得られるであろう。手持ちのものもずいぶんな量になったと思うがまだまだ不足している感じがする。しばらくはここで足場を固めて、
「あとは後の先といったところですか。相手の出方に合わせて……うん?」
着替えを終えて部屋の窓から外の景色を見つつ一人今後の行動方針を模索していると、不意に見覚えのある姿が目に入った。
「美亜さん?」
それはこの世界に来て始めて知り合った少女であった。ちらりと見えた横顔はなにやら険しくしかめられており、早足で歩き去っていく。
「ふむ……」
その後姿を見つめること数秒、天真は今日一日の行動方針を決めると早足で部屋を後にした。
もうすっかり歩きなれた道を、美亜は目的地まで急いでいた。
(リーダーは体調には特に問題はなかったといっていたけど、でも)
気ばかりが急いてしまってしょうがない。まだ朝食を終えたか否かという時間帯で人通りの少ない道を一人、早足で進んでいく。その歩みもようやく目的地が見えたときには、全力疾走に変わっていた。そのままの勢いで入り口を開ける。
荒い息をつきながら近くにいた看護師に尋ね人の様子を聞く。顔見知りの彼女は苦笑しながら問題はないと言って、そのまま部屋まで連れて行ってくれた。扉の前に立ち自分の状態を自覚した美亜はようやく呼吸を整える。その様子を微笑ましげに見ながら看護師がドアをノックした。
「はい」
ノックの音に応えたのは澄んだボーイソプラノだった。変わりのないその声にようやく安堵し、看護師に続いて部屋に入る。
「姉さん!!」
美亜を見て驚き半分、うれしさ半分という顔で声を上げたのはまだ10代前半と思われる華奢な少年だった。
「ただいま麗。調子はどう?」
改めて弟の体調が良好であることを確認して、美亜は内心安堵のため息を吐きつつそれを悟らせないように笑顔で麗の傍に腰を下ろす。
「体は大丈夫。最近は発作もほとんど起きてないし。それより姉さん、いつ帰ってきたの?」
「昨日の夜にね。本当は昨日の内に会いに来ようかとも思ったんだけど、もう夜も遅くなっていたし、寝ているのなら邪魔はしないほうがよいかと思って」
「そんなこと気にしなくてもよかったのに。それより姉さん、姉さんこそ体は大丈夫? 仕事が終わったばっかりでしょ? 疲れてない?」
自分は病人だというのに姉の体の方を心配する弟に美亜の笑みが深くなる。そんな麗の不安を取り除くかのように頭をなでてやる。
「大丈夫よ。前にも言ったと思うけどそんなに大変な仕事じゃないから。それよりもあなたのほうこそちゃんといい子にしてた?」
「もう。すぐそうやって子ども扱いする!僕だってもうすぐ12歳なんだよ。自分のことは自分でできるって」
「そのわりにはまだ人参が食べれないのよね?」
美亜が意地の悪い顔をしながら意地の悪い質問をする。その言葉にあわてたようになる麗。
「ね、姉さんだって納豆とか食べられないじゃないか!」
「……あの物体の名前を私の前で口にしないでって何回言えば分かるのかしら?」
「痛い! 痛いって姉さん!?」
微笑を口の周りに貼り付けながら目が笑っていない。そんな少しトラウマを植えつけそうな顔で弟の耳を引っ張る姉。それでもそのしぐさの一つ一つに優しさが感じられる、微笑ましい姉弟の一場面であった。
それからも二人のお喋りは話題が尽きることはなく、会えなかった空白を埋めるかのように言葉を紡いでゆく。
「そういえば姉さん、仕事のほうは上手くいったの? 確か出張先で新しいお店を開くための手伝いにいってきたんだよね」
「えっと、うん……私の担当する仕事は無事に終わったわよ」
「大丈夫だった? なんだか仲の悪いライバル店が邪魔をしてきてるって話だったけど」
そんなこと言ったっけ? 麗の無邪気な質問に内心で冷汗を流す美亜。弟を言いくるめるのに適当な嘘を並べ立てた過去の自分に悪態を付きつつ何とかごまかそうとする。
「だ、大丈夫よ。確かにちょっとしつこい二人組みがいたけど、うちの新人と一緒にきっちり片をつけてきたから」
「なんだか物騒な話に聞こえるんだけど、姉さんはデスクワークだったよね? なのに喧嘩でもしてきたの?」
「あ、いや喧嘩をしたのは私じゃなくて新人君で……」
「いえ向こうの方々がなかなか荒っぽい人たちでしてね、私が体を張って彼らを止めている間にお姉さんがきっちりと仕事をこなしたと。そういうわけなんですよ」
「そ、そーなのよ!」
「何せ入ったばかりで体を動かすことしか知らないもので、その点美亜さんは妨害にも屈せずにきちんと自分の仕事をこなしました。やっぱりできる女というのは違いますね」
「へー、そうなんですか」
「うんうん、その通りって……あれ?」
なんだか弟以外の人とも会話をしているような……そこでようやく自分達以外の第3者が室内にいることに気付く美亜。ゆっくりと自分の背後を振返る。
「や、ども」
そこにいたのは昨日自分を助けて魔族二人を叩きのめした青年、葉上天真だった。
「どっどどどどどどどどどどどどどどどどど」
「どこから入って来たのかと言われましても、普通にそこのドアからですが」
「いっいいいいいいいいいいいいいいいいい」
「何時から居たのか?“そういえば姉さん、仕事のほうは上手くいったの? 確か出張先で新しいお店を開くためのお手伝いにいってきたんだよね”の所からですか」
「なっななななななななななななななななな」
「何でここにいるかと申しますと、今朝目が覚めて窓の外をのぞいて見ると美亜さんが何処かに向かっていくのが見えたもので、朝食でもとりに行くのかと思いそれならご一緒しようかと」
「あ、あのなんで姉さんが言っていることが分かるんですか?」
横で壊れた音楽機器のようになっている姉を心配しながらどうしても気になったことを尋ねる。
「はっはっはっ、現代の格差社会の中主人の顔色を見ただけで何を言いたいのか分からないようでは立派な執事にはなれません」
「そ、そうなんですか? というか、執事?」
「読心術は初歩の初歩。そこからさらに瞬間移動、物質練成、予知能力を会得し最後に超必殺技を編み出すことでようやく一流の執事になれるのです」
「は、はあ」
「その点あの疾風な人はまだまだだと言わざるを得ない訳ですが、しかし……」
「ちょっと待てー!!!」
更なる執事に関する(えせ)うんちくを述べようとしていた天真をようやく復活してきた美亜が止める。その勢いに押されてしばらく黙り込む天真。これは下手なごまかしは通用しないなと思いながらそれでも自分の意志を貫くために言葉を続けようと……
「確かに疾風な人の努力は認めますが、それでも精神面においては」
「だれがハ○テの如くの話題のことだと言ったか!!」
「え? 違うんですか?」
「きしゃーっ!!!」
怒りのあまり謎の雄叫びを上げる美亜を前に、それでも飄々とした態度を崩さない天真。その態度がさらに彼女の怒りの炎に油を注いでいる結果になっているとは気づいていない……
「まあ冗談はこのくらいにしておいて」
「¥!<>&死@@@@@@」
のではなく単に遊んでいただけであった。横の超音波発生装置(美亜)をさっくりと無視して改めてベッドの上の、全身から漂う儚さが母性本能をくすぐる美少年に向き直る。
「え、えと」
「はじめまして、こんにちわ」
「あ、こんにちわ」
「うん、きちんと礼儀をわきまえていますね。私の名前は葉上天真といいます」
「葉上さんですか。僕は楠木麗といいます」
「麗君ですか。いい名前ですね。あ、私のことは天真と名前で呼んでもらって結構ですよ」
「って私を無視して話を進めるなー!!」
にこやかに自己紹介を進める二人を前にして、ようやく正気を取り戻した美亜が待ったを掛ける。
「いえ、別に無視をしていたわけではなくて落ち着くのを待っていただけです」
「……そもそも興奮させるようなことを言ったのはあんただったような気がするんだけど?」
「いやー気のせいですよHAHAHAHAHA」
「……はあ」
胡散臭い外人笑いをする天真にもう怒る気力もないのかため息をついてうなだれる。そしてようやく本題に入る質問を投げかける。
「それで、何で此処にいるのよ?」
「先ほどもお答えしましたが、平たく言いますと朝食ついでに軽く話でもしようと思いまして、美亜さんを追って来たらここにたどり着いたんです」
「……まあその辺は分かったけど、でも人の病室にいきなり入ってくるなんてちょっと失礼じゃない?」
「ああそれは……」
さりげなく美亜の耳元に口を寄せて小さくつぶやく。
「事情は聞きませんが弟君に心配掛けたくないんでしょう?」
「ぐ……」
「?」
苦虫を噛み潰したような顔をする姉を見て首をかしげる少年を失礼がない程度に観察する。
昨日弟がいると聞いたが確かに並んでいるとそっくりな姉弟である。金髪碧眼なのに日本人のような顔立ちなのは美亜と同じクオーターだからだろう。顔のパーツも姉によく似ているので一見少女かと思うほど整っている。しかも頭に美が付くほどにだ。
その体は白さが目立ち全体的に細い印象を受けるが、そこには華奢であるという印象よりもどちらかといえば病的な印象が付きまとっている。おそらく入院生活が長いのであろう。肌の白さもそのためと思われた。
「あのう……」
「はい、なんでしょう」
「天真さんがさっき姉さんが言ってた職場の新人さんなんですよね?」
どうやら先ほどまでの会話をきちんと聞いて覚えていたらしい。なかなか利発そうな少年ですねと内心で感心する。
「そうですよ。まだ入ったばかりの新人なんですけど、そこでお姉さんの美亜さんにはいろいろとお世話になりまして、お礼も兼ねてお話をと思っていたら前に聞いた弟さんがいらっしゃったのでこれは挨拶をしておかなければと思いまして」
「あ、どうもご丁寧にありがとうございます」
「いやいや、別にそんなにかしこまらなくても結構ですよ。私の口調は癖みたいなものですから、麗君はもっと砕けた感じでも大丈夫です」
「そうですか?わかりまし、うんわかった」
ベッドの上で姿勢を正してお辞儀をする麗に微笑みながら天真が言うと、ようやく緊張が取れたようでほっとしたように肩の力を抜くのが分かった。
「それではそろそろお暇いたしましょうか」
「え、もう帰っちゃうの?」
唐突に切り出したのでびっくりしたのか、目をぱちくりとさせてその声に寂しさを除かせる麗。
「今日は確かにいきなりでしたのでお土産も持って来れませんでしたしね」
「そんなこと別に気にしなくてもいいのに」
「それに……」
そこで言葉をきるとじっと麗の顔を見つめる。その視線の意味が分からず問い返そうとすると、
「久しぶりにお姉さんにあえて少々はしゃぎすぎたようですしね。結構疲れたでしょう」
「あ……」
「麗?」
いきなりの指摘にうろたえる麗と驚いたように自分の弟を見つめる美亜。確かに天真に指摘されて気が付いたが、体に少々疲労がたまってきた感じがする。
「そっか、それじゃあ仕方ないわね。私もそろそろお暇することにしようかな」
「姉さん、ごめんなさい……」
「なにあやまってるの。麗のせいじゃないでしょ?」
「わっちょっと姉さん!?」
暗い顔で謝罪の言葉を述べる弟の頭をわしゃわしゃとかき乱す。そんな姉の行為に迷惑そうな仕草を返しながらもどこかうれしそうな表情を見せる麗。そんなほほえましい姉弟のスキンシップをしばらく眺めた後、天真は別れの挨拶をもう一度切り出した。
「それじゃあ私達はこれで」
「あ、天真さん」
「はい?なんでしょう」
部屋を退出しようとした瞬間、声を掛ける麗に振り向いて用件を尋ねる。しかしなにやら口ごもってなかなか話そうとしない。
「どうしました? スリーサイズまでなら包み隠さずお答えしますが」
「んなわけあるか」
こちらのボケに律儀に突っ込む美亜。そんな二人の姿に緊張が解けたのか、笑みを浮かべながら聞きたかったことを尋ねる。
「天真さん、また此処に来てくれますか?」
「…………」
質問の内容にきょとんとした顔をする。なぜそんな顔をするのか分からない二人は困惑の表情を浮かべた。
「あ、いやそんなことを聞かれるとは思わなかったので」
「え……」
「天真!?」
その言葉に少し傷ついた顔をする麗とそんな麗と天真を見て怒りの表情を浮かべる美亜。そんな二人を見ながら苦笑しつつ麗の傍まで近づくと、不安そうな顔をしている少年の頭にポンと手を載せて、
「どうして私がもう来ないなんて思ったんですか? 今度はきちんとお土産を持ってお姉さんと一緒に遊びに来ますよ。約束します」
その言葉に麗は輝かんばかりの笑顔を浮かべて、
「約束だよ!」
と答えた。 |