episode.9 -Judgement-
episode.9-8「焼き付けられた命」12/29
「ついさっき、戻りました。ご心配おかけしました」
この場所に帰ってくるのは、本当に久しぶりだ。
といっても、その感覚は知識によって補完されているだけで、自分が再起動してからの時間は一週間にも満たない。
あの満月の日、デスに敗れてからの記録はほとんど残っていないのだ。
「おかえり、アイちゃん。やー、よかった。丸一ヶ月だもんな。心配したぜマジ」
「私も万が一のことになったらどうしようって……」
温かく迎えてくれる寮の面々。
いつも通り明るい順平に、泣き出しそうなくらいな安堵を浮かべている風花。
命を持たない身である自分を、こんなにも温かく。
「わたしは機械ですから……。全損したとしても、造り直せます。仮に全てが無くなっても、アイギスという仕様は残りますから」
「もう……自分をそんな言い方しなくたって」
淡々と事実を述べたことに対して、ゆかりが不満げに唇を尖らす。
そう、これは残酷なまでに正しい事実なのだ。
――ゆかりさん。私は機械なんです。皆さんみたいに、かけがえのない存在ではないんです。
そして、機械としての存在意義さえも。
このアイギスという個体には、もうないのではないだろうか。
episode.9-8「焼き付けられた命」
「本当にご迷惑をかけて……すいませんでした」
再起動してから、何より先にしたかった謝罪。
特別課外活動部に、そして湊に。
「ラボの方へは、美鶴さんが来てくれていました。あの後のことは聞いています。色々、大変だったみたいですね」
自分がデスに敗れた後のこと。
綾時が宣告者であり、彼が出現した時点で全ての終わりであるニュクスの到来は避けられなくなったこと。
記憶を手放して少しでも普通の生活に戻ってから死ぬか、ニュクスに刃向かって死ぬかの二つの選択肢が与えられたこと。
その選ぶ期限が、明後日の大晦日であること。
目の前の彼は、この一ヶ月近い日々をどのように送っていたのだろうか。
「お元気でしたか?……って、元気なはずないですよね。こんな状況じゃ」
湊の方を向いて話しかけるアイギス。
また会えたことを嬉しいと思う感情は、すぐに絶望によって書き換えられる。
「ごめんなさい。わたしが、ダメだったから」
自分さえ強ければ。
十年前もそして一ヶ月前も、自分が強ければ。
かけがえのない命を、無にしてしまうことなんてなかったのに。
「十年前のあの日、わたし、あなたに……」
そしてその弱さのつけを、二人の幼い子供に押し付けた。
たった一つ命じられた、デスを倒すというたった一つの使命さえ果たすことができずに。
「それしかなかった、だろ?そうしなければ僕らだけじゃなくて、世界は結局崩壊していた。僕が今ここにいられるのは、アイギスのおかげだ」
「でも、わたし……わたしがあんなことしなければ。こんな辛い思い、させなくて済んだのに……!!」
あくまでも優しい湊の言葉。
だが、それはあくまで彼の優しさであって、罪が軽くなるわけではない。
そして同様に、この謝罪にも今更意味はない。
「綾時くんが言ったこと……出された選択の答え、もう決めたんですか?」
ここで行動を、謝罪から質問へ切り替える。
その答え次第で、自分は。
想定される答えが返されれば、自分は。
「……」
対する湊は無言。
しかし瞳に宿る強い意志は、決して運命から逃げていない。
「お願いがあります。明日、綾時くんがやって来たら……彼を。彼の命を!」
突然語気を強めたアイギスに、メンバーが動揺する。
明後日は大晦日だ、きっとそれぞれに覚悟を決めてきたことだろう。
だが、その強さは許容できない。
「皆さんが、この先ただ苦しみ続けるなんて、わたし耐えられない!……こんな辛い記憶なら、消す方を選んでほしい」
デスという存在と相対した自分だからこそ、わかる。
あの存在には、どう足掻いても勝てない。
ましてこの後降臨するニュクスは、完全なる状態で現れる。
そんなどうしようもない辛い現実には、触れないでほしい。
「たとえそれで……たとえそれで、今までの思い出やわたしのことを……忘れたって」
影時間のことを忘れてしまえば、影時間に存在するためだけに生み出された自分のことも、おそらく忘れてしまうだろう。
でも、それでも構わない。
少しの間でも、彼らが安息を与えられるのならば。
「ちょっ……アイギス?戻って来るなり何の話よ」
「ホントだぜ。アイギスらしくねえって、そんなの」
「どうしたんだ、アイギス?」
彼らにとってみれば、突拍子もない話だっただろう。
でも、アイギスという個体にとってみれば当然の帰結だった。
「わたし、何のためにここに帰って来たんでしょう?」
無謀な戦いに挑まぬように諭すのが、自分の役目なのだろうか。
決してそうではない。
「シャドウから皆さんを守るのが、わたしに与えられた務め。でもわたしじゃ勝てないことがハッキリ分かりました」
自分に与えられた唯一の任務。
それを遂行できない出来損ないの機械が、どうしてこの場所に帰ってきたのだろう。
ましておかえり、などと言ってもらう資格などは。
「わたし……どうしてここに居るんだろう……。いくら皆さんを想っても、涙を流すことさえ出来ないのに……!!」
もし自分が人間であったのなら、心配する皆の前に戻ってくる資格がある。
皆を想って、涙を流すことができるのなら、自分にも価値があるのに。
そして、人間に対してその羨望があるからこそ。
過酷な運命に立ち向かおうとする、彼らのことが理解できない。
「どうして無駄と分かってて、戦おうとするんです!?どうして一つしか無い命を、苦しいだけの戦いに使ってしまうの!?そんな命を投げたすようなこと、わたしには全然わからない!!」
生命を持たない自分には、想像しかできない。
しかし、命を失う事に対する恐怖は、特別課外活動部の誰しもが否定しない。
なのにどうして、あえてその恐怖に立ち向かうのか。
「投げ出す気なんてない。そんな気が無いから、先を見たくなるんだ」
最初にその問いに答えたのは真田だった。
強さを求めて、がむしゃらに進んできた彼が得た強さの形がこれなのだろうか。
続けてそうだろ、と天田に視線を送る。
「……はい」
しっかりと頷く天田。
以前の、不幸に取りつかれたような悲壮感はもう彼にはない。
「分かりません。命を持たないわたしに、そんなこと。わたしは、シャドウから人間を守れと命じられた機械です。でもわたしの力じゃ、その命令は果たせない。今の自分が何のために居るのか、わたし分からないの。でも誰も、答えをくれなくて」
その場に崩れ落ち、両膝をつくアイギス。
すると俯いたアイギスに、順平が屈みこんで目を合わせた。
「そりゃ当然だ。生きる死ぬなんてのは、ヒトから教えてもらうモンじゃねえからな。誰だって、なかなか決めらんねえんだ。オールオッケーなんて選択肢ねえからな」
特別課外活動部のムードメーカー的な存在の順平。
ストレガの少女の死は、きっと一層彼に死を身近なものとしたはずだ。
だがそれを乗り越え、厳しい現実の負の要素をすべて受け入れて。
今彼は地に足を付けて立っている。
「けど生きてる限りは、何かを選んでかなきゃなんねえ。だから同じに悩んで頑張ってるヤツ見ると、なんとかしてやりたいって気になんだ。その気持ちで、俺らはなんとか進めんだよ。多分、そんなもんだ」
「そんなもん、ですか……?」
彼が話した言葉も、また答えではない。
だが、どこか安心させられる。
「アイギスが一人で倒れてたのを見たとき、私。気持ちが痛いほど分かった。今度は私が守りたい。アイギスを忘れるなんて、絶対出来ないよ」
「目的なんて、誰でも見失う。だがそうなったら、また探せばいい。探すことを目的にしたっていいんだ。……生きるとは、変わるということさ。そして決めるのは、いつだって自分自身だ」
風花、そして美鶴。
それぞれに答えを見つけている。
自分にもできるのだろうか。
命をもたない自分にも。
「……私も、変われるでしょうか?」
人間に生まれ変わることはできないけれど。
もしかしたら自分にも。
「もうずいぶん変わったさ。自分で気付かないのか?こうして見ていると、まるで本当の人間だ」
周りの大切な仲間たちは、その問いかけに頷いてくれる。
「わたしに命じられた目的が、今わかりました。わたしは、生きろと命じられた機械。命じたのは……わたし自身」
もしかしたら、生命を持たない自分にも、生きることができるかもしれない。
人間に近付くことが、できるのかもしれない。
そう思えたとき、新たな力が舞い降りてきた。
――アテ、ナ?
あらゆる災厄から身を守る盾を持つとされる、ギリシャ神話の女神。
生きるために守れと、言われてるのだろうか。
「怖くても、生きてみよう。わたしは、わたしと約束したから。やり方なんて分からないけど……それも多分生きること、なんですね」
立ち上がって、メンバー一人一人と目を合わせる。
「わたしも、皆さんの仲間に、入れてもらえるでしょうか?」
「当ったり前だろ?ったく、前からだっての」
順平につられて、アイギスも笑顔がこぼれる。
「ありがとうございます。わたしは、これから何があっても、皆さんと一緒です。たとえ、何があっても!」
守護対象ではなく、仲間を守る。
それならきっと。
「湊さん」
ミーティングを終え解散した後、部屋へと戻る途中で湊を呼び止めた。
「どうした?」
「お願いがあるのですが、わたしの部屋まで来て頂けませんか?」
虚をつかれたのか、湊の挙動が一瞬固まる。
「見てほしいものがあるんです」
「……わかった」
半ば強引に押し切るアイギス。
三階の自室まで連れ、扉を開ける。
現れるのは生活感の欠片もないどころか、武器弾薬にまみれた兵器の格納庫でしかない部屋。
「あ、その……安心してください。足元の弾薬はほとんど試作品で、装薬は空なので……」
「いや、それは心配してないけど……」
若干引きつった笑みを浮かべる湊。
この反応は予想通りで、正直この部屋に招き入れるのは気が引けた。
だが、これから自分は変わるという決意をした。
生きるという決断をした。
だからその出発点を、他ならぬ湊に見てもらいたかった。
「この部屋が示す通り、わたしは機械です……皆さんのような人間とは違います」
「……」
「でも、わたしは生きると決めました……貴方の傍で」
改めて、湊に告げる。
何より大切な彼に、それを見届けてほしいと。
「うん。見てるよ、僕が」
一方的な願いを、湊はしっかりと受け止めてくれた。
いつもそうやって、優しく自分を見守ってくれる。
「ありがとうございます。……それであの、お願いなんですけれど」
アイギスは首元の赤いリボンをほどき、椅子に座る。
普段休止モードに入るときに使用している特性の椅子だ。
「この奥に、わたしの一番大切な部品が収められているんです」
首元を抑えながら告げるアイギス。
「わたしという人格の源……精神中枢、ハピヨンハート。本当はラボ以外での露出は禁じられているのですが……」
アイギスがペルソナを召喚することが出来るヒト型機械として存在できた根本。
人間で言えば脳と心臓のようなものだ。
「それを、貴方に触ってほしいんです」
「……でもアイギス、ハピヨンハートって」
「手でじかに触れたりしたら、多分貴方の遺伝情報が焼きついてしまうでしょうね。でも……そうして欲しいんです」
構造上、湊に害が及ぶことはない。
あるとすれば自分の精神が、一層湊に侵食されるということのみ。
「貴方の証を、わたしに刻んで欲しい。それが私の、願いです」
ひたむきに湊を見つめるアイギス。
湊はしばらく考える素振りを見せた後、小さくうなずいた。
「ありがとうございます。それでは……来てください」
「うん」
アイギスが促すと、湊は一歩近づいて屈みこむ。
その動作に、少しハピヨンハートがざわめいた気がした。
「あの、ええと。心をじかに触られるわけなので、その……おかしな声や言葉が漏れたらごめんなさい。手足の動力だけは、万が一のために切りますから」
そう言って動力を切り離す。
稼働しているのは頭部と胴体部のみ。
「いくよ、アイギス」
湊が一言かけてから、胸の奥へと手を伸ばす。
それと同時に、表現の出来ない感覚が全身を駆け巡る。
「あっ……ひぁっ、や、あ、あ……」
データベースにある言語の中で、最も近い意味を表す感覚をいえば、快感であろうか。
しかしその一言では済ませられないものが、一気に押し寄せる。
「大丈夫、か?」
その様子を見て、慌てて湊が手を離す。
「大丈夫、です。ありが、とう……ございました」
疲労が生まれる身体ではないが、現れている症状はそれに近い。
少しそのままの姿勢で休息を取ったあと、手足を再稼働して湊の前に立つ。
「湊さん。わたし、生きてみせます」
彼の傍なら、きっとそれができる。
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