episode.8 -Death-
episode.8-10「想いの形」11/28
――逃がしません!!
特別課外活動部のほとんどはジンの煙幕によって足止めを食らったが、アイギスはそれに惑わされなかった。
機械のこの身体には、爆風の衝撃以外は影響がない。
そしてもう一人。
隣には、同様に逃走するストレガを追う湊がいた。
巧みに煙幕を防ぎ自分に遅れずにきた湊の目には、殺気にも似た闘志が籠っていた。
「しつこいやっちゃの!」
若干苛立った様子のジン。
しかし逃げるのと追うのでは、逃げる側が有利。
一対一あるいは二対二の状況に追い込めれば負けることはないのだが、ストレガがそれを許さない。
「私が突っ込みます。援護を」
「わかった」
影時間もそろそろ明けてしまう。
そうなれば、最早彼らを追い詰める手段はない。
多少のリスクを冒してでも、湊は仕掛けることを決断した。
次から次へと来る攻撃を避けずに、徐々に距離を詰める。
そして、援護する湊がその攻撃をいなす。
「威勢がいいですね。ですが……」
しかしあと僅か、というところでタカヤの銃撃がアイギスを襲った。
逃走よりも攻撃に転じたストレガの予想外の動きに半歩遅れた湊だったが、すぐにアイギスとの間に割って入る。
「キクリヒメ、マハラギオン!」
湊のペルソナが放った火炎攻撃が、広範囲にまき散らされた。
崩れかけた形勢を立て直す湊。
だがその場から、既にストレガの姿は消えていた。
「……逃がしたか」
その状況を、冷静に受け止めている湊。
何が何でもストレガを捕まえて、情報を得たかったはずなのに。
死神のことを、そして何より睦のことを。
「……何故でありますか?」
「え?」
その強い思いを、機械なりに理解しているからこそ。
湊の行動は、解せなかった。
「先ほど、何故私を助けたのですか?放っておけば、確実にストレガを仕留められたはずです」
そう、先ほど自分が受けた銃撃。
攻撃に転じてきたストレガには、間違いなく隙があった。
自分のことを無視していれば、確実にストレガを捕捉することができたはずである。
なのに湊は、自分を助けることを優先した。
広範囲攻撃で、相手との距離をとった。
それで相手に逃げられる可能性が高いことに、おそらく気付きながら。
「あの攻撃は生易しいものじゃなかったろ。ストレガを捕まえる事より、アイギスの方が大事だ」
「そんなことはありません!」
思わず叫んだアイギスに、湊が驚いた表情を見せる。
「私は機械です。皆さんと違って、死ぬことはありません」
「……アイギス?」
「私は直すことができます。もし再起不能になっても、バックアップは残っています」
自分に命はないのだ。
自分は戦うためにここにいるのであって、足枷になるためにいるのではない。
必要あれば容赦なく切り捨てられることこそ、自分が望んでいるものなのだ。
「私は皆さんを守らなければならないんです!それができなければ私は……」
「大丈夫だよ、アイギス」
尚も言葉を続けようとしたアイギスを、湊が遮る。
頭の上に手を載せ、軽く髪を撫でる湊。
「僕らはアイギスに守られてるし、助けられてる」
「湊さん……」
「それにアイギスは、僕たちの仲間だ。代わりはいない」
優しい、湊の言葉。
受け入れてしまえば、きっと心地いいであろう言葉。
「さ、戻ろ?順平が心配だし」
「……はい」
だが、その言葉を受けいれることはできない。
仲間として扱ってくれているのに、自分は何も返せていない。
荒垣も、美鶴の父も、そして順平の想いの人も。
自分は守ることができなかったのだから。
これでもし、一番の大切である湊でさえ守れないかったら。
――私は……この身に代えて守らなければいけないのです。絶対に……。
誰かが泣くのは、もう見たくないから。
episode.8-10「想いの形」
「何やってんだかな、俺……」
学校をさぼり始めて、今日で四日目。
今週は体験学習のため授業は無く、かったるいといって休む生徒も少なくないので、とくに目立ってはいないだろう。
だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
それなのに、一向に気力が沸いてこない。
こうしていることが彼女の本意ではないことがわかっているのにもかかわらず、だ。
彼女を守れなかった後悔が、ただ責め立てる。
「順平くん」
そのとき、ノックと共に声が聞こえた。
「……風花?」
その声の主は風花。
声音には明らかに心配している様子が感じられ、それが一層自分のみじめさを引き立たせる。
「ちょっといいかな?桐条先輩が渡したいものがあるって」
「桐条先輩が?一体……」
渡したいもの、といわれても心当たりがない。
一足早いクリスマスプレゼントというわけでもないだろう。
「私も知らないんだけど、あの様子だと多分チドリさんの……」
「……」
それを聞き、無言でしばらく開けることがなかった部屋の扉を開ける順平。
そこには推測した通りの、泣きそうなほどに不安げな風花がいた。
「……すまねえな、心配かけちまって」
今自分が滅入っていることで、仲間の足を止めてしまっている。
みんなに、申し訳ない気持ちで一杯だ。
「ううん、心配ぐらいさせて。今一番辛いのは、順平くんなんだから」
「……ありがとよ、風花」
覇気のない声かもしれないが、精一杯の感謝をこめて順平は礼をいう。
それに風花は笑顔で答えてくれた。
少しだけ、自分の中の靄が晴れる。
――もう覚悟は出来てる。俺がやんなきゃいけないことも、わかってる。けど……。
この数日間、ただ引き籠っていたわけではない。
自分なりに考え、悩んで答えには辿り着いていた。
ただ、最初の一歩がどうしても踏み出せていない。
彼女の死を、未だに受け止められていない自分がいるのだ。
彼女の死を過去のものとして前に進めば、彼女のことを忘れてしまう気がして。
その感覚が順平を封じ込めていた。
「順平……」
階段を下りると、久々に見る特別課外活動部全員の顔があった。
いつも自分を馬鹿にしているゆかりでさえ、沈んだ表情で自分を案じている。
その隣にいる湊も、唇を噛み締めて俯いている。
――らしくねぇよ、お前ら。……って、一番らしくねえのは俺か。
「渡したいものって、何すか?」
「これだ」
中心にいた美鶴に尋ねると、若干色褪せた冊子を差し出してきた。
それはおそらく、前に自分が買ってあげたスケッチブック。
無気力とも思えた彼女が絶対に辞めなかった、絵を描くこと。
その象徴ともいえる彼女の遺品。
「……」
だが、順平はそれに手を伸ばせなかった。
また彼女を失った瞬間の事を思い出してしまうのが、怖かったから。
それを過去として捉えるのが、怖かったから。
「ねぇ、順平。見てもいい?」
その様子を見て、助け船を出したのはゆかり。
「……どうせ理解できないぜ。チドリの絵は、よ」
許可を暗に与えながらも、順平自身はスケッチブックの方向を見ようとしない。
パラリ、とページをめくる音が、妙に響いて聞こえる。
「……!!」
「これ……」
「うわぁ……上手」
「何が理解できないよ?こんな……」
――え?なんだ?
それに続いて聞こえてきたのは、予想外の反応。
チドリの絵は前衛的なもので、普通の感性でみれば恐ろしいと感じるもののはずだ。
順平も何度か見たことがあるが、何かを呪っているような、そんな禍々しさを孕んだものだった。
なのに皆の反応は、明らかにそのような絵に対する反応ではない。
「何を……ッ!?」
順平が反射的に振り向いた先にあったもの、それは。
「順平さんの顔を、克明に描写しているでありますね」
他ならぬ、順平の似顔絵だった。
思わず傍に膝をつく順平。
「チドリ……うぁぁっぐ……」
堪えていたものが、耐え切れず溢れだす。
「順平……」
「クゥーン……」
記憶だけで瓜二つの自分を描いてくれるほどに、彼女はいつも自分を見てくれていた。
チドリの想いが、この一枚に込められている。
――俺は……幸せだよな。こんなに想われて。
今もなお、自分は彼女に守られている。
改めて、それを実感した。
「塞いでんなよ、って言われてるみてえ」
彼女は、自分の中で生きているのだ。
その命を、自分は無駄に費やすのか。
彼女と共に今生きているのに、自分はその人生をつまらないものにするつもりなのだろうか。
「……湊」
涙を袖で拭って湊の前に向き直り、手を差し出す順平。
「俺、影時間を無くすために戦うよ」
自分は、生きなければならない。
すでに自分は一人ではないのだから。
そして生きることに対する障害……影時間を無くさなければならない。
それが、彼女とこの後生きていくための絶対条件だから。
「頼りにしてる」
その手は、湊によって強く握り返された。
「順平さん……」
順平の立ち直りを目の当たりにしたアイギス。
しかし、そのことに対する喜びは感じることができなかった。
涙を流す順平を見て、思ってしまったから。
――私には、涙が流せない。
こんなに悲しいと思っているのに。
こんなに想いは募っているのに。
所詮機械である自分には、涙の一粒さえこぼすことができない。
荒垣が死んだときも、美鶴の父が死んだ時も、同じ苦しみを味わった。
そしてこの想いでさえ、そう感じるようにプログラムされているだけのことだとしたら。
――だとしたら……?違う。
仮定の話ではなく、それは真実だ。
機械に、まして兵器である自分に感情があるわけがない。
そんな使いにくい兵器を、誰が好んで作るというのか。
――私は、所詮偽物の人間でしかない。
湊に対する想いでさえも、偽物だと思わずにはいられない。
そんな思考に嵌まり、何かに締め付けられているような感覚を受ける。
それさえも、自分の感情とは思えなかった。
――私は機械、だから役割を果たさなければいけない。
だが、だからこそ。
機械としての使命は果たさなければならない。
「私は、対シャドウ特別制圧兵装七式アイギス」
一度、自分の正式名称を呟く。
そうすることで、機械にとって必要のない思考を排除するために。
「稼働目的はシャドウの殲滅……影時間を、無くすこと」
自分のプログラムの根幹部分を、改めて口にする。
そして、そのために自分が何をすべきかを……思い当たる。
「望月稜時……」
突如現れた、不審な男。
理由は分からないが、湊にとって危険であると本能的に感じた存在。
「彼は……私が始末する」
そうすることが、唯一の。
唯一の自分の存在意義だから。
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