episode.7-6「在るべき位置」10/25
「……」
次の満月まで、あと一週間。
輝く赤の髪と目を持つその男は、ベッドに横たわったまま視線を天井に這わせる。
別に怪我が癒えていないから、何もしていないわけではない。
体の調子は、既に万全だ。
「大丈夫?顔色悪いよ」
「ファルロス……」
いつの間にか目の前に現れていたのは、自らに宿る死神。
「……そうさせてるのは、僕、なんだよね」
「……」
確かに元凶とも言えるファルロスの言葉に、睦は答えない。
彼に八つ当たりをすることが、正しくないことも、無意味なことも知っていたから。
「湊のとこにいくのは明後日か?」
「うん」
ファルロスは満月の一週間前になると、決まって湊のところへ出かけていく。
月に一度の、彼の仕事。
――あいつら、どうしてんのかな……?
湊の仲間、荒垣がタカヤの手で殺されたという話は聞いている。
所詮事後報告でしかなかったが、それでも。
自分と同じ側にいる人間が、湊の仲間を殺したという事実に変わりはない。
――俺は……俺はッ!!
一体自分は何をしているんだろう。
影時間になれば我を忘れ、湊だろうとあずさだろうと攻撃を仕掛ける。
もはやそこに自分の意思はない。
世界の粛清という願いも、もはや自分のものではないことに気付いている。
なのに、自分を止められない。
そして影時間が明ければ、後悔と自己嫌悪に浸らされる。
――俺が、いなくなってしまえば……。
そして、この思考も何度も通った道だ。
自分がこの世の中から消えてしまいさえすれば。
死神がそのまま消えることはないだろうが、少なくとも湊やあずさにとっての枷は外れる。
自分を助けようと危険を犯すことが、なくなる。
そう思って、刀を自らの首に突き付けたこともある。
「……くそっ」
しかし、その刃を振り切ることは出来ていない。
この状況でも、死ぬことはやはり怖かった。
影時間でないときの自分は正常であるが故に。
episode.7-6「在るべき位置」
目の前には、少し古びた建物。
趣が感じられるこの寮には、一度だけ来たことがある。
――相変わらず、寮とは思えねえ建物だよな。
睦は、特別課外活動部の本拠地、巌戸台分寮へと足を運んでいた。
目的は、湊と会って話をすること。
――おっと、他の奴に見つからないようにしねえとな。
逆側の塀にもたれながら、湊へ電話をかける睦。
今日は日曜日だし、まだ朝なので湊は部屋にいるだろう。
「……兄ちゃん?どうしたの?」
数回コール音が鳴った後、まだ少し眠そうな湊の声が聞こえてくる。
「今、寮の前まで来てんだ。話あるから来い」
「話あるなら、中入りなよ。寒いし」
――それができないから呼びつけてんだっての。
「他の寮の奴らと顔合わすわけにはいかねえだろうが」
「ん~、じゃあ迎えに行くよ。どうせ人前で話したい内容じゃないでしょ。騒々しい喫茶店で重たい話するつもり?」
「……わかったよ」
湊のいうことも一理ある。
正直言って、人に聞かれたら困る内容だからだ。
それなら、湊の部屋で話すのが一番である。
数分待つと、湊が玄関から姿を現した。
「ま、どうぞ」
気負いなく喋る湊。
睦はその誘導に従って、寮へと足を踏み入れる。
ラウンジには人影が無く、物音すらしない。
他のメンバーは、全員自室にいるのだろうか。
「で、何?」
歩きながら、湊が問いかけてくる。
部屋に戻るまで待てないのかとも思うが、先延ばしするべきことでもない。
階段を上がったところで、睦は話を切りだした。
「……今日の影時間、俺を殺しに来い」
「は?」
さすがに想定外だったのか、湊が素っ頓狂な声を上げて立ち止まる。
「次の満月は、最後の戦いだ。おそらく、影時間の俺も全力でお前らを潰しにかかる。……きっと死神が、俺に今まで以上の力を与える」
「……」
自分のペルソナ使いとしての能力は、湊のそれをはるかに凌駕する。
チームとしての特別課外活動部が如何にすぐれていようと、無傷で済むとは限らない。
最後の山場は、幾人の死者が出ることもありうる。
そんな自分を自分で止めることができないならば。
より有利な状況で、他人に止めてもらうしかない。
「悪いな。自分じゃ、止まんねえんだよ。死のうとしても、体が拒否っちまう。影時間になる前から準備しときゃ、お前なら簡単に殺れるだろ……頼む」
目を伏せる睦。
兄として、ここまで弱い姿を見せたことはない。
でもこれが、兄としての最大の、最後の務めだ。
「……ばーか」
「あ?」
だがその決意を、湊はいとも簡単に踏みにじる。
「何を今さら。何のために僕とあずさは戦ってきたと思ってんの」
「……今までとは段違いの危険なんだよ。わかんだ、より強く強く支配されていってんのが。この前はすんでの所で止めれたが……もう、無理だ」
前回の満月の記憶は、あずさを殺めかけたところで終わっている。
最後の最後で理性が勝ったが、これ以上はもう期待できない。
「俺は、お前らさえ幸せになってくれれば、それで……」
「兄ちゃんがいなきゃ、幸せになんかなれないよ」
ぴしゃりと、湊が断定する。
「なめないでよ。僕ら特別課外活動部は、兄ちゃんたちにやられるほどやわじゃない。絶対に、助けてみせる」
湊の目に浮かぶのは、強い意志と覚悟。
そして、仲間への信頼。
――お前、いつの間にそんな風に……。
反対されるのは、わかっていた。
だが湊の考えをねじ伏せるだけの反論はあったし、ねじ伏せることができると思っていた。
なのに考えていた反論は全て、湊の真っ直ぐな目の前に、あっさりと消えていく。
自分が思っていたよりもずっと、弟は強くなっていた。
「辛い思いをしてるのは、そっちだって同じだろ?一人で被ろうとしてんじゃないよ」
「……」
「僕たちを信じて。絶対、助けるから」
繰り返される言葉。
そこまで言ってくれることを、この上なく嬉しく思う。
――だけど、俺は……。
だがそれを受け入れることは、自分の責任からの逃げを意味している。
「……ま、あとの説得は任せるかな。ねえ、兄ちゃん」
「なんだ?」
任せるとは、どういう意味だろうか。
「前に寮来たことあるから知ってると思うけど、僕の部屋は二階だよ」
「……??」
確かに、僅かではあるがそんな記憶がある。
そして、さっき登った階段は、二階分。
つまり今いるのは三階で、湊の部屋は通り過ぎている。
「よっと」
「うおっ!?」
そこまで気付いたところで、睦は湊に目の前にあった扉の中へと押し込まれる。
「なにしやがる!」
すぐさま身を翻して扉を開けようとするが、既に湊によって封じられていた。
「おい、こら……」
「じゃ、あずさ。後はお願い」
「……!?」
湊の言葉を聞いて、身が硬直する。
そして少しずつ後ろを振り返ると……あずさがいた。
影時間以外で会うのは、もう一年以上前。
様々な記憶がフラッシュバックする中、睦はすぐさまあずさに抱きつかれた。
「あーちゃん!!」
「あず、さ……」
忘れていた温かな人肌の感触。
それと同時に湊が去っていく音が聞こえたが、もはや逃げる意志はなくなっている。
「何考えてんの!?あーちゃんがいなかったら平和になった世界で誰がウチの傍にいてくれるの?誰がウチのこと好きでいてくれるの?」
「聞いて、たのか……」
そういえば湊が立ち止まったのは、この部屋の前。
最初からあずさに会わせるつもりで、湊は寮へ連れ込んでいたのだ。
「どうせあーちゃんのことだから、けじめだのなんだの考えてるんだろうけど、ウチはあーちゃんに添い遂げるの!ウチを養う責任はあーちゃんにあるんだから!」
台詞の勢いのまま、あずさは睦の唇に、自らのそれを重ね合わせる。
貪りつくような、深いキス。
これだけ酷い目に遭わせても、まだ。
まだこの少女は、自分と一緒に居たいと思ってくれている。
「……バカ野郎が」
唇が離れてすぐに、睦はそう吐き捨てる。
「バカで結構。死ぬなんて、許さない」
あずさは睦の胸に、自分の頭をもたれさせる。
心臓の鼓動を、確かめるように。
「何が宿っていても、あーちゃんはあーちゃんだよ。ウチの大好きな、ね」
「……完敗だな」
ボソリと呟く睦。
結局二人に、この上なく完璧に丸めこまれてしまった。
でも今日ここへ来て、本当に良かったと思う。
「ありがと、あずさ。一緒に、戦うぞ」
「うん」
おそらくは満月にも、向かい合って刃を交すことになるのだろうけれど。
意志の力で死神をねじ伏せる覚悟ができた。
「……好きだよ、あずさ」
もう一度、唇を合わせる。
今度は、軽く啄むように。
「……!?」
それと同時に、あずさが光に包まれる。
そこに現れたのは、ペルソナの姿。
しかも、以前までのペルソナとは、違う。
「シャヘル……」
あずさから漏れる呟き。
これが噂に聞く、ペルソナの覚醒というものだろうか。
「うん、大丈夫。ウチはあーちゃんの傍で、守るために一緒に戦える」
「……ああ」
守り守られ、互いを助け合う。
それが、一緒に戦うということ。
表面的な話ではない、内面の意味で。
「……さて、っと。あんま長居するとばれるよな。そろそろ逃げとくか」
「大丈夫じゃない?今日くらい、しばらく一緒に居てよ」
「……わかったよ」
満月まで、もう会うことはない。
それなら今日だけでも、昔と同じ幸せを感じたい。
――俺は、絶対死神に打ち勝つ。俺に出来ない事なんて、あるわけがない。
その決意と共に。
どうも、ぬじまきです。
この度P3P発売&クリスマス&お正月記念と銘打ちまして、『Episode Myself』の作者そうじたかひろ氏と共にコラボ作品を投稿致しました。
これから五日間にわたって更新して参りますので、是非ご覧になってください。
巌戸台分寮最強決定戦
死神の破片 ver
http://ncode.syosetu.com/n3110j/
Episode Myself ver
http://ncode.syosetu.com/n1666i/