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episode.7-5「結ぶ絆」10/20

「……ここまで学校行きたくないのは初めて」
「……僕も」

結局あの後、二人は瀬野夫婦と共に夜通し騒ぐ羽目になってしまった。
睡眠はほとんどとっておらず、着替えてすぐ学校へ向かっている。
最後の理性でサボりという選択肢を除外したが、できれば今日一日ずっと家で寝ていたいくらいだ。

「湊くんはよくあんな中で暮らしてきたね」
「さすがにあそこまでのテンションで毎日いるわけじゃないけど……」

湊が久々に帰った上、しかもゆかりを連れていたこともあり、瀬野夫婦のテンションは最高潮だった。
元々あずさ強化版のような人間であるため、相手にするのも一苦労である。

――僕を翻弄する人間なんて、この一家ぐらいなもんだよ、ホントに。

覗きをしているなんて、全く気付かなかった。
魔がさしたときの行動を見られるほど、辛いものはない。

「あれ、湊くんにゆかりちゃん。おはよう……眠そうだね」

最後の反抗でゆっくりと歩いていると、後ろから声をかけられた。
振り向いた先には、風花がいる。

「ああ、僕たち昨日寝てないから……」
「昨日の夜が凄すぎて……」

二人揃って気だるげに応じると、何故か風花は急に慌てだした。

「よ、夜が凄すぎて眠れなかったって、昨日あずさちゃんの家に二人とも泊まったっていうのは聞いてたけど……ええ?あの、その……」
「ち、違……!!ただ湊くんの家族が寝かしてくれなかっただけだから!」

赤くなる風花に、ゆかりが焦りながら訂正をいれる。

「な、なんだぁ……びっくりした」
「何にもなかったんだからね!……って、あ」

何を思い出したのか、というか一つしかないのだが、ゆかりは突然口をつぐむ。
あれは両親に見られたことを省いても、若干恥ずかしいので忘れてほしい。

「……?ゆかりちゃん?」
「な、なんでもない!」

訝しむ風花に対して、なんとかごまかそうとするゆかり。

「それより、風花はテストどうだった?」

下手に墓穴を掘ってもらうと困るので、湊は助け舟として話題を逸らす。

「私?……やっぱり成績少し落としちゃった。一人で勉強すると色々考えちゃうから、夏紀ちゃんと一緒に勉強したりとかもしてたんだけど……」
「それは、教えるばっかになるんじゃない?」

勝手なイメージではあるが、夏紀が勉強できるようには思えない。

「まあ、ね。でも私、いつも夏紀ちゃんにお世話になってるから」

にっこりとほほ笑む風花。
本当に彼女とは、いい関係を築けているのだろう。



















episode.7-5「結ぶ絆」


















「んん?どうだ?テストが返ってきたが、全員復習したか?」

担任の江古田が、いつもの口調でクラスに問いかける。
ろくに視線を合わせる生徒もいなく彼の人望が知れるが、本人は意に解した様子もない。
風花も多数の生徒と同様ホームルームに集中してはいなかったのだが、その理由は彼の話がつまらないというものではない。

「風花、何ぼーっとしてんの」
「え、あ、別に……何でもないよ」

夏紀に指摘され、巡っていた思考から抜け出す風花。

「ここ最近、ずっとそんな感じでしょ。……話しなって。どうしたの?」
「……うん」

やっぱり、夏紀は自分のことをよく見てくれている。

「荒垣先輩の、ことなんだけど」
「ああ、そっか……寮一緒なんだもんね。付き合いあって当然か」

先日の件で、荒垣のことを知らない人間はこの学校にいない。
もっとも、本当に何が起こったか知ってる人間も、また然りなのだが。

「実は私ね、荒垣先輩に憧れてたんだ。学校では不良みたいに言われてるけど、絶対そんなこと無くて。優しいし、強いし、料理もできるし……」
「……ちょっと意外。風花がそういうこと言うなんて」

少し驚く夏紀を尻目に、風花は続ける。

「……荒垣先輩がいなくなってから、色々考えちゃうんだ。私には何ができたのか、何をしなくちゃいけなかったのか、これから何ができるのか……」

荒垣に少しでも近付こうと思って、そして荒垣の手助けをしたいと思って。
でも自分は荒垣のために、結局何もできなくて。
また同じだった。
荒垣が僅かに送っていたサインも見逃した結果、荒垣はこの世を去ってしまった。
結局自分は思うだけで、結果そして行動に結びつかない。
そんな自分が、心から憎らしい。

「まったアンタは後ろ向きなんだから……詳しくは知らないけどさ、自分追い詰めてもいいことないよ?」
「うん、それもわかってるんだけど……」

こうやって後ろ向きになって、色々なことが疎かになって。
そんな自分も、嫌いだ。

「森山……森山!早く来なさい!」
「はいは~い」

その時、江古田が夏紀を呼びつけた。

「え?どうしたの?」

急な呼びかけに驚く風花であったが、当の夏紀は何の不思議も嫌悪感も抱えていない。
普通彼女が教師に前に出るように言われたら、嫌な顔ぐらいはするはずだろうに。

「はい、短い間でしたがお世話になりました。転校してからも、私のことを忘れないでください……って感じ?」
「これこれ、最後ぐらい真面目にやらんか」

おちゃらけた姿勢を崩さない夏紀を、江古田がたしなめる。
だが、そんなことはどうでもいい。

――転校?最後?

江古田に促されて挨拶をした夏紀。
その内容は、テンプレートのように誂えた台詞。
意味するところは明らかに、彼女がこの学校を去るということ。

「ええええ~~~~!!!???」

思わず、立ち上がって叫んでしまった。

「これ、山岸。驚いたのは分かるが、静かにしなさい」
「あ、す、すいません……」

我に返って、慌てて着席する。
もう一度夏紀の表情を窺うが、いつも通りの緩い雰囲気を纏っていて、特別なものは感じられない

――転校って、そんな話私少しも……。あ、あずさちゃんは……?

ふと思いついてあずさの方に視線を向ける。
自分ほどべったりではないが、あずさも夏紀と仲がいい。

「……」

だが、あずさは特に驚いた感じも見せずに、ぼんやりと夏紀の方を眺めている。

――知ってた、のかな……。

あずさの表情を見る限り、今知ったという感じではない。
となると、自分にだけ隠していたということだろうか。











「どうして、教えてくれなかったの?」
「湿っぽくしたくなくてさ。うちの父親が病気で転校しなきゃいけないなんてアンタに言ったら、絶対気遣うでしょ」
「ごめんね~、ウチもなっつに口止めされてたからさ」

昼休み、風花とあずさ、そして夏紀の三人は屋上に来ていた。
やっぱり、二人には結託されていたらしい。

「急に夏紀ちゃんが転校だなんて、私どうしたらいいか……」

事前に言われてたとしても、気持ちの整理を付けられたかは定かではないが。
彼女がいなくなってしまったら、自分は心の拠り所を失ってしまう。

「そんなたいしたことでもないでしょ、別に死ぬわけじゃないんだし。それに、自分いじめてた人間が居なくなんだよ?もっと喜びなって」
「そんな……!!」
「なっつ、それはふーちゃんに失礼だよ~」

やんわりと窘めるあずさに、夏紀は軽く頭を下げて謝意を伝える。

「ゴメンゴメン。……でも、ホントあんたも物好きだったよ。アタシみたいなのに寄ってきてさ」

元々の出会いは、酷いものだった。
でも影時間のきっかけを経て彼女は、誰よりも自分のことを理解してくれるようになった。
それを支えにして、自分はなんとか戦ってきたのに。

「でも、そのおかげで、アタシも助けられたっていうか……」
「え?」

その時こぼれた言葉は、予想外のものだった。
助けられたのは自分の方で、彼女に対して何かできた覚えはない。

「自覚ないかもしんないけど、風花は自分が思ってるよりもずっと、周りの人を幸せにしてるんだよ。少なくとも、アタシはそうだから」
「そんなこと……だって、私なんか何も」
「無意識のところも、ふーちゃんの魅力だけどね~。みんなそう思ってるよ」

いつもより真面目な顔をしている夏紀と、いつも通り明るいあずさ。
二人に褒められて、少し居心地が悪い。

「……そんな風花が、アタシは好きだよ。風花が自分のこと、嫌いでもさ」
「……!!」

夏紀の言葉が、胸に響く。
湧き上がる感情は、こんな自分のことを肯定してくれた事に対する嬉しさ。
夏紀はふと思いついたように、さらに言葉を紡ぐ。

「一つだけ……アンタだから真顔で言うけどサ。人生には、二度巡ってくるモンなんて、たぶん無いよ。今の居場所だけにすがってっと、そこだけんなるよ……アタシみたいにさ」
「夏紀ちゃん……」

少し唐突とも思える、親友の言葉。
おそらく最後であろう、彼女の忠告ともいえる。
自分たちは似た者同士だからこそ、その言葉が何より響く。

「あ、言っとくけど、アタシ結構ゲンキよ。アンタに会えて、結構変わったからネ」

――私が、夏紀ちゃんを変えたの……?

支えられるだけでなく、自分がいることで彼女を変えられたのだとしたら。
自分の存在が、意味あるものなのだとしたら。

「……今は、やれる事やってみようって思ってる。だから、アンタもやりたい事探しな」
「私の、やりたいこと?」

正直、今まで考えたことがなかった。
自分が手を付けてきたことは、全て周りに流されてきたことで。
勉強も、管弦楽部も、そして特別課外活動部さえも。

「……うん」

でも、風花は頷くことができた。
何か自分の中で道筋が出来た気がしたから。

「じゃ、アタシこのあと引っ越しの準備とかあるからこのへんで。……だからそんな顔しない」

不安と寂しさの入り混じった感情が顔に出てたのか、頭を小突かれる。

「……ってアレ、アタシもやばい?自分で湿っぽくしたくないって言ってたくせにね」
「あはは、なっつ自爆だ」

夏紀の目が潤み、声も震えている。

「じゃ、今度こそ。バイバイ」
「夏紀ちゃ……」

呼び止めようとする風花だが、駆け出した夏紀が止まることはなかった。
屋上の扉は閉められ、残されたのは風花とあずさのみ。

「なっつもふーちゃんのこと大好きだね~。あれじゃ告白だよ。遠恋でもしてみる?」
「……」

あずさの軽口に答えることが出来ず、風花はただ立ち尽くす。
そのまましばらく経過すると、携帯にメールの着信があった。

『離れてても繋がってる、でしょ?いつだって話せるよ。今まで、ありがとね。私、ちょっとだけ泣いてる』

言うまでも無く、夏紀からだ。
短い文章を、何度も何度も見直す。

「……ねえ、あずさちゃん。私、分かっちゃった」
「ん、何が?」
「私ね、人の気持ちばかり気にしてるからペルソナに探す力が芽生えたんだって思ってた、でも……」

でもきっと、それだけじゃない。
少なくとも今は、それだけじゃない。

「でも、私にも願いがある。みんなが仲良くしてるだけで、私、凄く嬉しいの。私は、それをずっと見ていたい。離れてても、繋がる力。私のペルソナは……結ぶ者。私が願う絆そのもの」

離れてても、繋がってる。
自分は、繋ぐことができる。
死んでしまった荒垣との絆も、決して消えてなんかいない。
決して忘れない、今まで通り尊敬し続ける。

――荒垣先輩、私、進みます。貴方が守ってくれたみんなの絆を、今度は私が守ります。それが、私の意志だから。

心の中で、強く誓う。
それに呼応するが如く、風花は光に包まれた。

「……ふーちゃん?」
「ユノ、だね。私の願いのために、力を貸して」

覚醒した自分自身に、風花はもう一度願った。
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