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episode.6 -Fortune and Strength-
episode.6-2「紡がれた言葉」9/9
「勇治さん、頑張ってくださいね。」
「おう。」

個人戦に向かう木野に、宮本が声をかける。
団体戦は既に終了したので、残っているのは応援だけだ。
男子弓道部唯一の個人戦全国大会出場者である木野勇治が、頂点を目指す。
その姿を目に焼き付けようと思う。
泣いても笑っても、これが最後の大会だから。

「見とけ。俺の最後の輝きをな。」

あえて尊大に語る木野の背中を、湊と宮本はただ黙って見つめた。




















episode.6-2「紡がれた言葉」




















弓道部は男女共に、一つの民宿に滞在していた。
そしてそのうちの一室に、湊、ゆかり、宮本、結子の二年生全員が集まっている。
温泉で汗を流した後、大会を終えて引退が決まった三年生に気を使って、あえて別室に陣取っていた。

「惜しかったよな〜。あと少しで優勝だったのに。」
「うん……。」
「でもさっきはさっぱりした顔してたように見えたけど。木野先輩も坂下先輩も。」

団体は共に予選で敗れ、個人では木野と坂下が共に四位で幕を下ろした。
木野は五位に終わった早瀬のリベンジも同時に果たしている。
頂点を目指した木野の、納得できる結果だったのかはわからないが。

「どうなんだろうな。普通に考えれば四位なんて凄いことだけど……。」
「二人とも優勝目指して頑張ってたんだもんね。」

若干の沈黙。
今日この日をもって部活を引退する先輩たちを思い浮かべる。

「なんか実感湧かなくない?これからの練習に木野さんがいないなんて。」
「俺もだ。勇治さんのいない弓道部なんて、考えられないぜ。」

結子の問いに、宮本が同調する。
確かに、部活に出れば木野がいる、という感覚は当然のものな気がする。
それは今までの日常で。
でも、これからは非日常となる。

「私はもう一度先輩たち送り出してるから、少しは慣れたけどね。」

そんな言葉を呟いたのはゆかりだ。
女子部は男子部と違って人数も豊富だが、個人戦で全国に出場したのは部長の坂下のみである。
そのため、団体戦のメンバーである部長と副部長、そしてマネージャー一人以外は前の地区大会の時点で引退した。
まだ三年生は残っていたとはいえ、多数が引退していった後の練習には何か感じるものがあっただろう。

「でもよお。俺、勇治さんが外した瞬間、色々なもんが頭巡っちまって……。」

そう語るのは宮本。
その後、悔しがる木野の姿を見て宮本が号泣していたのを皆は知っている。
再びの、沈黙。

「うりゃっ!」

それを壊したのは、蹴破るような轟音を立てて空けられた扉だった。
両手が飲食物らしきものの入ったビニール袋で塞がっているのをみると、実際に扉を蹴飛ばして入ってきたのだろうが。

「いよっ、やってるかい?」
「有紀さん……。」
「辛気臭いなあ。全国大会最後の夜なんだからもっと楽しくいこうよ。」

現れたのは、女子部副部長の蓮田有紀。
その後ろから女子部マネージャーの菊池結衣、女子部部長の坂下理恵、男子部部長の木野勇治と続く。

「ほらほら、コップ持った。」

坂下が、その場の人間に紙コップを配る。
そして空のコップはすぐになんらかの液体で満たされた。

「え〜、それでは乾杯の音頭は、月光館学園女子弓道部副部長、この蓮田有紀がとらせていただきます。本日はお日柄もよく……。」
「かんぱ〜い!」
「「かんぱ〜い!」」

三年生の面々が言葉をぶった切った。

「え、ちょい!まだ話終わってないから!」

そんな蓮田の言葉も虚しく、その場の人間のコップが合わさる。

「ゆかり〜、みんながいぢめるよ〜!」
「有紀さん、嘘泣きで抱きつくのはやめてください。」
「うぅ、ゆかりも冷たい……。」

よよよ、とわざとらしく倒れて見せる蓮田。
ちらりとゆかりの方を見ると、邪険に彼女を扱っておきながらその顔には笑顔が張り付いている。

「有紀、ひねくれてないでこっちきなさい。」
「は〜い。」

坂下が見かねて蓮田に声をかける。

「せっかくだから、先輩たちの言葉を聞いときたいな〜。」
「そうだね。なんからしい、って感じもするし。」

ゆかりの言葉に、湊が同調する。

「ん〜?でも私たち、帰ってからの引き継ぎミーティングで喋るよ?二度目って興ざめじゃん。」
「あ、確かに……。」
「逆に二年生の言葉を私は聞きたいな。いいでしょ?」
「あ、それいいかも。」
「そうだな、最近俺が喋ってばっかだし。」

ぱっと言いだした蓮田の言葉に、木野と坂下が乗る。
一瞬ゆかりがこちらを見るが、肩をすくめて返す湊に、ゆかりは苦笑した。

「それじゃあトップは勇治くんの舎弟、宮本くんから行ってみようか?」
「え、あ、俺スか?」

こほん、と一つ咳払いを入れて立ち上がる宮本。

「え〜、三年生の皆さん、お疲れ様でした。俺は勇治さんはもちろん、女子部の三年生にもお世話になりっぱなしでした。」

湊が入るまで、一年間男子部の選手は木野と宮本の二人だけだった。
湊は知らないが、一緒に練習をしていた女子部の面々に世話をかけるシーンも多くあったのだろう。
湊の入部後にも、坂下や蓮田に質問をしている宮本の姿を何度も見た覚えがある。

「男子部は人が少なかったっすけど、俺はこれまでの部活は、この上ない最高の環境でやれたと思ってます。いい先輩に恵まれて、俺はとんでもなく幸せでした。」

弓道は基本的には個人競技だが、部活は一人で行うものではない。
人と人の結びつきが、自分をより高めるのだ。

「これからは、そんな部活を俺が作っていきます。いきなり勇治さんや坂下さんのようにはいかないっすけど、少しずつでも。そして来年のこの時期には、超えられるように頑張りますので、これからも応援してください。……約一年半、ありがとうございました。」

深々と頭を下げる宮本に、拍手が飛ぶ。

「一志、お前は全国を制覇しろ。俺を超えるからには、結果も残せ。」
「はい。」
「あっちゃ〜、どでかい目標だねえ。」

木野がはっぱをかけると、宮本は即座に肯定した。
その様子を見た蓮田が苦笑いする。

「じゃあ次、結子お願い。」
「は〜い。」

坂下が結子を促す。

「はい、まずは先輩たちお疲れ様でした。全国大会では優勝できなかったので、先輩たちが納得してるのかはわからないですけど、私はマネージャーとして誇りに思っています。」

いつも通りの笑顔で、結子は続ける。

「そして、曲がりなりにも一端のマネになれたのは、結衣先輩にマネの仕事を一から教えてもらったおかげです。私も結衣先輩を目標にこれからもがんばっていきたいと思います。今までありがとうございました。」
「可愛いこといってくれるね〜。よしよし。」

拍手の中、菊池が結子の頭に手を伸ばす。

「それじゃ、次は有坂くんの番だね。なんならゆかりちゃんへの熱愛宣言でも構わないけど。」
「はは、それは勘弁です。」

指名を受け、何を言おうか考えながら立ち上がる湊。

「えっと、僕が入部したのは今年の四月で、まだ半年も経ってません。しかも素人から始めて、そこまで頻繁には部活に来れなくて。かなり迷惑かけてしまったと思います。」

転校してからすぐゆかりに強引に入部させられてから、まだ五か月ほどだ。
生徒会と管弦楽部も兼任しているため、そして口には出せないが特別課外活動部としての役割もある。
そのため練習に参加できるのは週二回程度だった。
弓を引くことにはある程度慣れていたとはいえ、実戦向けの技術が競技にそのまま使えるわけではない。
木野や宮本にくらべ、技術は一歩も二歩も劣っている。

「でも、そんな中でもみんなに丁寧に指導してもらって、なんとか木野さんと一緒に全国に行くという最低限の目標を達成できました。そのことが、僕は一番うれしいです。」

本当は僕がもっと上手ければ、全国でも上に行けたと思うけれど、と湊は続ける。

「弓道部に来る回数はあまり増やせないけれど、その分質の濃い練習をできるようにミヤを盛りたてていこうと思うので、見ていてください。そして、ありがとうございました。」

ちょっとやる気のない言葉のように聞こえてしまうかもしれないが、これは湊の本心を吐露している。
自分にできることはやる、という気合と意思をこめて。
拍手がその湊を受け入れる。

「大変だったよね、有坂くんは。飄々とした顔してたけど、プレッシャーも結構あったでしょ?」
「ええ……まあ。」
「まあ、ゆかりが支えてくれればなんのその、って感じなんだよね♪」
「……。」

あながち間違いでもない指摘に、湊はしばし押し黙る。

「ちょっと、そんなことないですってば!」
「なんでゆかりが否定するのさ〜。ま、いいや。次、ゆかり。うまく締めてね。」
「まったくもう……。」

不満げに髪をいじりながら、ゆかりが立つ。

「んと、まずはお疲れ様でした。一応次期部長の内定貰っちゃってる身としては、ミヤくんみたいに抱負を言うべきなんだろうけど……。」

なにやら言いたいことがあるらしい。
だが言葉が見つからないようで、数秒の間空気が静まる。

「……私は中学校の時は陸上部だったけど、正直あまりいい記憶はないです。主に人間関係で。」

中学時代の部活の話、というのはあまり聞いたことがないが、ゆかりの昔話なら多少知っている。
父親が死んでから、世間の目の敵にされたと。
もしかすると、そのこととも関わりがあるのかもしれない。

「だからこの学校に入って、部活に入るつもりはなかったんですけど。たまたま友達に連れられて弓道部を見学に来て。そこで、素敵な部活の姿を知ったんです。」

――弓道部の雰囲気、か。

湊もきっかけこそゆかりの押しだったが、本当に嫌だと思ったら断るつもりでいた。
それを思わなかった、むしろいいなと思えたのは、一重に木野と坂下のまとめる弓道部が心地いい空間であると感じたからだろう。

「先輩と後輩が、張りのある中で真剣に汗を流していて。人と人がしっかりと向き合っていて。それぞれがかっこよく、輝いていて。」

基本的には個人の競技である弓道。
しかし、弓道というものがチームスポーツであると思える環境というのは、きっと素敵なことだと思う。

「そんな場所で、これまでやらせてもらったことに感謝しています。本当にありがとうございました!」

深々とお辞儀をするゆかりを、拍手が囲った。










「いい言葉だったと思うよ。」
「ありがと。真面目に話すのは、ちょっと気恥ずかしかったけどね。」

引退する三年生への言葉が一通り終わった後は、どんちゃん騒ぎの宴会となった。
もちろん健全な高校生として、アルコールは一切入れていない。
そして、まだまだ盛り上がるのはこれからという雰囲気の中、影時間になり弓道部の人間が象徴化した。
知っている人間が棺桶になっているのを見るのはいい気分がしないので、食べ物と飲み物が散乱した部屋とは襖で仕切られた畳の部屋へと湊とゆかりは移動したのだった。
しかし既に布団が敷かれている部屋に二人っきりというのも、若干考え物ではあるのだが。
そのせいか、若干頬が熱い。

「あのさ、ゆかり。」
「ん、何?」

しかしこういう二人で話せる機会というのも意外と少ないので、湊はここ最近気になっていたことを聞くことにした。

「最近、僕のこと避けてる?」
「え……。」
「というか、なんか今までと違う気がするんだけど……。」

夏祭り以来、湊が感じている違和感。
ゆかりが、以前より自分との距離を置いていること。
会話も普通にするし、気まずさのようなものもないのだが、どこか遠さを感じるのだ。

「そう……避けてるように見えちゃったか。ごめん、そんなつもりはないの。」
「……どういうこと?」

今度は湊が聞き返す。

「私ね、湊くんに頼りすぎだと思ったんだ。色んな意味で。」
「そんなことは……。」
「あるの。私の気持ちの問題なんだから。……私は、男の人に依存するわけにはいかないの。結婚もしないし、彼氏作ったりもしない。」

同じような台詞を、夏祭りのときに聞いた。

「これは私のエゴだけれど、湊くんのことは今でも支えたいって思う。でも、私のことは支えてくれなくていい。これ以上支えてもらったら、自分で立てなくなっちゃう。」
「……自分勝手な話。」
「だから、エゴって言ったでしょ。」

そうやって語るゆかりの目には、決意の色が浮かんでいる。

「支えられるのが嫌だって言ったら?」
「……関係ない。私のしたいようにする。」
「なら、僕も勝手にゆかりを支えるよ。」

屁理屈を捏ねて、ゆかりに立ち向かう。
そのまま彼女の考えを通してはいけない気がしたから。

「……ズルいよ。」
「わかってる。でも、筋は通ってるだろ?」
「わかんないよ。どうして湊くんは、私のことをそんな気にかけてくれるの?」

その問いかけに、湊は押し黙る。
彼女のことを気にかけるのは、自分にとって何故か自然なことで。
考えての行動では、なかった。

「キミが考えなくちゃいけないのは、私じゃなくてあずさのことでしょ?」
「え、何の話?」
「あずさはもう終わった片思いなんていってたけど、本当はどうなんだか。いまでもあずさのことが好きなんじゃないの?」
「……あのバカ、喋ったのか。」

自分の片思いのことを知っている人間など、睦ともう一人しかいない。
黒髪ツインテールの少女の姿を思い浮かべる。

「あずさのことは大事だけれど、恋愛感情はもうないよ。この先兄ちゃんとよりを戻せなかったとしても、僕と付き合ったりすることはありえない。」
「え、睦くん?どういうこと?」

目を点にするゆかり。
その顔を見て、自分の失言に気付いた。

「なんだ、兄ちゃんのことは伏せてたんだ。しまったな……。」

おそらくあずさは、自分や湊と睦とのしがらみを教えて余計な心配をかけることを嫌ったのだろう。
疲労からか頭がぼーっとしていて、判断力が低下していたようだ。

「あずさの元カレは、睦くんだったの?」
「うん。」
「そっか……。でもそれならなおさら、あずさのこと考えてあげなきゃいけないんじゃないの?」
「考えてるよ。絶対に兄ちゃんを助けて、元の関係に戻してみせる。」

今でも二人は互いを想いあっていて。
でも、死神がそれを止めている。
この歪な影時間が、全てを邪魔している。

「……。」

ゆかりは何か言いたげだが、何も言わない。

――何で、ゆかりのことを気にかけているの、か。

先ほど答えられなかったゆかりの問いを、もう一度心の中で復唱する。
自分と似た彼女に、共感したから。
それでいて強さをもつ彼女に、惹かれたから。
だけど自分と同じ弱さを持つ彼女を、助けたいと思ったから。
その全てをひっくるめたものが、理由であるのだろうか。

「もうすぐ、影時間明けるね。戻ろうか。」
「あ、うん。」

しばらく沈黙が続いたあと、ゆかりが切りだした。
この部屋にいたままでは、象徴化から戻った弓道部の面々に驚かれてしまう。
そう思い立ち上がって、皆の部屋に戻ろうとしたとき。

「あ、れ……?」

急に、体が鉛のように重たくなった。
その感覚に耐え切れず、足元がふらつく。

「湊くん!?」

それを見ていたゆかりが、あわてて湊を支える。
だが、すでにバランスを崩していた湊はゆかりを巻き込む形で倒れこんだ。
幸い床には布団が敷かれているので、体に衝撃はなかった。
だが、頭には鈍痛が走っていて、体中から汗が噴き出している。
全身が火照るように熱く、頭が重い。

――なんだ、これ……。

その自分の問いに、考えることすらできない。

「湊くん、大丈夫!?」

かろうじて、その声の主がゆかりであることは判断できた。

「ゆ、かり……。」
「待って、今お医者さんを……。」

そういって下から這い出るゆかりの腕を、湊は掴んだ。

「湊、くん?」
「ゆかり、さ。さっき、自分の、ことを支えない、で、って言った、よね?」
「言ったけど、そんなことより!」

今自分は何を言おうとしているのだろうか。

「無理、だよ。ゆかりの、こと、気になっちゃう……。」

何も見えない。
何も聞こえない。
何も感じない。
何も……考えられない。
自分がいま話していることは、本心か、妄言か。
先ほどの答えられなかった、問いの答えか。

「僕、ゆかりのこと、好き、だから……。」

口から紡がれた言葉が何であったのかも、わからない。
一瞬、取り乱すゆかりの顔が見えた後、湊の意識はブラックアウトした。
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