episode.5 -The Hermit-
episode.5-2「魅惑の嬢」8/10
夏休みというのは、日常の授業から解放され、それぞれが有意義に自由な時間を過ごすものだ。
部活に精を出すもよし、一学期の勉強内容を復習するもよし。
あるいはグータラと一日中ベッドで寝っ転がっているもよし。
要は本人がしたいことをするのだ。
ただし、夏休みには夏期講習というものが存在する。
月光館学園では、期末試験の成績が極めて悪い生徒には講習への参加が義務付けられている。
――まあ、いいんだけどさ。どうせ部活もあるから学校来なきゃいけないし。
茹だるような熱気が篭った教室で、湊はぼんやりと黒板を眺めていた。
隣を見ると、ゆかりが気だるげな表情でノートを取っている。
順平の方に目を向けると、机に突っ伏している。
寝ているようだが、ときどきうなり声が聞こえるのは暑さでうなされているせいだろうか。
「まったく、順平ときたら。自分が一番真面目にやらなくちゃいけないのに。」
「……そだね。」
湊が順平に視線を送っていることに気付いたのか、ゆかりが小声で話しかけて来た。
そう、順平は正真正銘の講習強制参加者である。
一応自主参加という形で講習を受けている湊やゆかりとは違う。
それほどまでに期末試験の成績が悪かったのだが……本人に反省の色はないようだ。
喉元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったものだ。
「はぁ、もう疲れたよ。やっぱり来なきゃ良かった。」
「……美鶴さんに何言われるかわからないよ。」
表向きは自主参加だが、湊とゆかりは自分から講習に出ることを決めたわけではない。
いつの間にか美鶴が、寮生全員分の講習への参加申し込みを済ませていたのだ。
だから隣の教室には風花がいるし、上の階には真田と美鶴がいる。
「わかってるけどさ、暑いんだもん……。」
ゆかりは溜息交じりに、呟くのだった。
episode.5-2「魅惑の嬢」
「大会、もうすぐだね。緊張してる?」
「まあね。三年生は最後だから、足引っ張りたくないし。湊くんは?」
「緊張はしてるよ。けど好きなんだよね、この試合前の独特の気分。」
「それ、羨ましいかも。」
講習は午前中で終わり、湊とゆかりは教室で昼食を取っていた。
同じクラスの宮本も成績が悪かったため、同じクラスで授業を受けていたのだが、早弁してさっさと弓道場へと行ってしまった。
どうしてこう、学校側の配慮は正しく行き届かないのだろう。
先生方の苦労が垣間見える。
「まあそんなに大会たくさん経験してきたわけじゃないんだけど……。」
「え、湊くんいろんな武術やってたでしょ?」
「うん。でも、全部基礎かじったらすぐやめちゃったから。」
湊は剣道、ボクシング、棒術、フェンシング、合気道の五つの武道を経験してきた。
だが、それらを極めることはなく基礎をマスターした時点で次の武道へと身をうつしていたのだ。
それは何故か。
「どうして続けなかったの?」
「型や考え方さえわかれば、あとは実戦につかえるよう我流にしていくだけだからね。」
それは、湊の目的がシャドウとの戦いにあったからだ。
シャドウとの戦いは、ルール無用の殺るか殺られるかの実戦だ。
剣道では一本とればそれまでだし、ボクシングで蹴りを入れれば反則負けである。
だがシャドウとの実戦では、一発先に殴られたからといって殴り返してはいけないわけではないし、蹴りどころか魔法まで飛んでくる。
何らかのルールに縛られる武道を、そのまま使っては隙となるのだ。
そうして改良、あるいは合成を重ねて実戦仕様にし、できあがったのが今の湊の戦闘スタイルである。
「だから大会っていうのはバスケの中体連ぐらいかな。」
「バスケ?」
「うん。週一、二回ぐらいしか出てなかったけど。これでも地区大会で優勝して、全市大会まで行ったんだよ。」
ジムや道場に通っていたが、クラスメートに熱烈な勧誘を受け、中学の部活の籍はバスケ部に置いていた。
湊はミニバス時代に築いた技術と、中学生離れした身体能力でチームを牽引した。
「そっか。じゃあなんでバスケ続けなかったの?」
「……無理矢理弓道部に引き込んだ奴の言う台詞?」
「あ、ゴメン……。」
「冗談だよ。バスケ部に入る気は無かったんだ。前の高校でもバスケ部には入ってなかったし。」
高校に入学直後、当然バスケ部に入るという選択肢も考えた。
だがそれを実行に移さなかったのは、見学に行ったバスケ部の雰囲気が悪かったからでも、バスケに愛想が尽きたわけでもない。
「高校に入ったときに思ったんだ。これ以上、シャドウに関係ないことに精を出すわけにはいかないって。……あの頃が一番切羽詰っててさ。」
小学校からやってきたバスケットボールを、これ以上好きになってしまったら。
日常に呑まれて、シャドウへの意識が疎かになったら。
油断が慢心を生み、それが引き出す結果は紛れも無く『死』だ。
あずさが影時間に適正を得てしまった、高一の春。
人生で最も自分を蔑んだ時期だった。
そのせいで湊は、そんなネガティブな思考に至っていた。
「そんな顔しないでよ。」
「だって……。」
「安心して。今はあの時ほど、辛くないよ。仲間がいてくれるおかげで。」
みるみるうちにゆかりの表情が沈んだのを見て、湊は慌ててフォローを入れる。
ゆかりは自分に対して、すぐ感情移入してくるのを忘れていた。
「それに、いいことだってあるしね。」
「いいこと?」
まだ腑に落ちない様子のゆかりに、湊は笑いかける。
「バスケ部に入ってないおかげで、球技大会出れるから。クラスメイトの前で試合なんて、部活じゃできないしね。」
「ああ、そういえば休み明けにあったっけ。」
夏休みを明けてすぐに、授業を潰しての球技大会がある。
種目はバスケ、サッカーなど様々な球技だが、その種目の部活に所属する人間は別の競技に出なければならないというルールがある。
そのため、必然的に脚光を浴びるのは中学までの経験者だ。
「何気に楽しみなんだ。やっぱスポーツやる人間って、応援されることに生きがいを感じるじゃん。」
「それは、わかるかも。」
「その前に、高体連だけどね。」
ふと時計を見ると、もう結構な時間だ。
そろそろ練習に行かなくてはならない。
「もう行こっか。」
「そだね……あ、そうだゆかり?」
湊は弁当箱を畳みながらゆかりに問いかける。
「何?」
「今日練習終わったらさ、買い物付き合ってくれない?黒沢さんの所に装備品入ったらしくて、ついでに薬品も買っていきたいんだけど、一人じゃ持っていけないから。」
「わかった。じゃあ練習終わったら玄関で待ちあわせね。」
「ゴメンね〜、遅くなって。」
「ううん。ありがと。」
ゆかりと湊は、商店街ポロニアンモールへと足を向けていた。
ゆかりが着替えを済ませて更衣室を出たとき、湊は既に外靴を履いて玄関に座り込んでいた。
練習を終わるのは女子部の方が早かったのだが、今日は湊と買い物に行くということをあざとく聞きつけた友人たちの玩具になっていたために遅れてしまったのである。
――全く、あの子達ときたら……。
まさか後をつけていないだろうかと気配を探るが、さすがにそれはないようだ。
「装備品って、新しい武器?」
「うん。あずさ用のヌンチャクと、あと順平の刀がもう使い物にならなくなったからその代わり、あとは僕の。」
「湊くんのって、片手剣?」
湊は後衛のときには弓も使うし、前衛のときでも敵によってはグローブや槍も使う。
だが、最も使用頻度が高いのが片手剣だ。
攻守のバランスのよさ故だろう。
だから今回も片手剣を引き取りにきたのかと思ったのだが。
「いや、今回は新種の武器なんだ。」
「新種?」
「前の満月のとき片手剣使ってたんだけど、そのときあずさ助けるために剣投げちゃってさ。少しの間素手で剣持った兄ちゃんと戦う羽目に……。」
「なに無茶かましてんのよ……。」
自己犠牲とすら言えるほどの行動に、ゆかりは頭を抱える。
湊がそれをしたからには、それが最善だと判断したのだろうけれど、それにしたって無謀な話だろう。
「やっぱり飛び道具が無いと、いざってときに射程外になるんだよね。かといって弓じゃ前衛張れないし。」
ゆかりが弓を使えるのは、普段後衛で回復役をこなしているからだ。
タルタロスに閉じ込められたときのように近距離で戦うことになると、どうしても不利である。
「だから普通に前衛で戦えて、飛び道具も使える武器ってのを考案してもらったんだ。」
「へぇ、どんなの?」
「う〜ん、実物見てもらった方早いかな……お、ちょうど交番だ。」
「気になるなあ……ってあれあずさじゃない?」
白と黒の簡素な建物に辿りついたところで、隣の宝石店から出てきたあずさの姿を見つけた。
とくに買い物した形跡もないので、ウインドウショッピングという奴だろう。
「はれ、ゆっちにみーちゃん。デート?」
「違うから。」
ゆかりは光速でツッコミをいれ、事情を説明する。
本当にデートだったら、あずさは嫌なんじゃないかという考えが頭をよぎりながら。
「ふ〜ん、装備品の仕入れね。じゃあ暇だしウチも行くよ。」
「悪い、頼むわ。」
湊が軽く礼を言って、交番の扉に手をかける。
「お邪魔します。」
「おう、来たか。ちょっと待ってろ。」
入ると直ぐに、黒沢が気さくに出迎えてくれた。
一旦奥の部屋に行った後、荷物を抱えて戻ってきた。
「頼まれてた武器、この三つで間違いないか?」
「はい、ありがとうございます。」
机の上に並べられたのは刀、ヌンチャク、そして不思議な形状をした剣。
「それが新種の武器?変わった形してるね。」
「うん。ここに引き金があるだろ?ガンブレード、って名前をつけたらしいんだけど、その名の通り銃と剣を一体化させた武器なんだ。その分重くなるから、両手で持たなくちゃいけないけど。」
「じゅ、銃?さすがにそれはどうかと……。」
銃というフレーズに、ゆかりは身を凍らせる。
「何言ってんの。確かに実社会で使ったら問題だけど、影時間なら威力は弓と大差ないんだよ?」
「へ、そなの?」
「アイギスも銃だけど、他のメンバーより特別ダメージ与えてるわけじゃないだろ?影時間になれば、僕たちペルソナ使いの筋力は強化されるけど、銃はそんなの関係ないし。」
「ああ、なるほど。」
確かに、グローブで攻撃する真田と銃のアイギスを比べても、そこまで差はない。
真田のように直接殴れば筋力の強化がもろに影響するが、銃は引き金を引く筋力さえあれば影響はないのだ。
実社会では比較にならない程の威力をもつ拳銃でさえも、影時間では並の武器なのだ。
「ねえ、これはウチの?」
あずさが指を差した先には、ヌンチャクがある。
二本が鎖で連結されたそれは、縦に伸ばせば彼女の身長は超えそうだ。
「ああ、あずさがいままで使ってたのは自分でもってきた奴だろ?影時間に使うにはちょっと不向きだから。」
「そうなのかな?使い慣れてていいんだけど。」
「魔法とかも相手にしなくちゃならないからね。桐条で作った奴じゃないと厳しいよ。……あれ、黒沢さん。その包みは?」
よく見ると武器のほかに、紙袋が一つある。
「ああ、これは防具だ。桐条で新開発のものらしい。」
新開発、ときいてゆかりは一抹の不安を覚える。
前に一度、湊に新製品だと渡されたものがあるのだが、それがハイレグアーマーという名のとても露出度の高い防具だったのだ。
散々拒否したらなんとか着ないで済んだのだが、新開発のものにいい思い出はない。
――遊びじゃないんだから、そんな変なものばっか開発しないよね?
そんな希望を抱くゆかり。
「なんでもハイレグアーマーEXというらしいのだが……」
「嘘でしょお!?」
しかし希望がすぐに水泡と化し、目の前には前回に引けを取らないエロティックな装備品が表れた。
「うわ、これはまた。」
「かわいい〜。」
湊は冷静にそのEXとやらを見つめているし、あずさは何故か好感触のようだ。
――大丈夫だよね?前回は『そんな恥ずかしがるなら戦闘中危険だからやめよっか。』って湊くんが諦めてくれたし、あずさはなんか着てもいいって感じだから私には回ってこなさそうだし!
必死でポジティブな思考を紡いで、ゆかりはなんとか立ち直る。
「ってあずさ?なんでそれを構えてこっちを見つめてるの?着ないよ!私着ないからね!」
「きっと似合うって。」
「そうそう。」
「似合わなくていい!湊くんまで何言ってるの!」
片方だけでも適わない相手がグルになって自分に向かっているのに気付き、ゆかりは狼狽する。
「さあさあ、おとなしく着替えるか、ウチに無理矢理着替えさせられるか、どちらかを選びなさい!」
「なんで着替えないって選択肢がないの!?どっちもやだよ!!」
あずさのジャイアニズムな発言に、必死で抵抗する。
「わかったわよ、仕方ないなあ。」
「そう、よかった……。」
あずさの言葉を聞いて、ゆかりは安堵した。
基本的に優しい二人だから、人の嫌がることはしないのだろう。
「みーちゃん、選択肢3番の『みーちゃんの言葉責めに遭い、体中余計に触られながら着替えさせられる』がいいって。」
「御意。」
訂正、この二人はこういう人間であった。
「わかった!着替えるからヤメて!」
言質をとってしてやったり、という笑みを浮かべる二人を見て、ゆかりは溜息をつく。
すごすごと奥の部屋へ行き、防具を手に取る。
――うわ、改めて見ても凄いな。
アーマーとの名の通り装着部分の強度は確かに高そうだが、その表面積が小さすぎる。
――これ下着付けたら見えちゃうよね。うう……全部脱げってこと?
この防具を作ったデザイナーを恨みつつ、一つずつパーツを付けていく。
そして出来上がった自分を、鏡で確認すると……頭が痛くなった。
肩は完全に露出し、胸も半分近くあらわになっている。
お腹の部分は丸く切り取られへそが覗き、下はかなり強烈に食い込み、正にハイレグといった感じだ。
後ろの状態を確認してみると、軽くお尻がはみ出している。
――こ、こんな格好見せなくちゃならないの?イロモノな風俗嬢かっつの!
自分でツッコミをいれながら、部屋をでる勇気が出ずあたりを行ったりきたりする。
「ゆっち〜、もう着替え終わったでしょ?早く来なよ。」
「ま、待って、こんなのはさすがに……!」
「む〜、じゃあとりあえずウチだけ先に……。」
そういってドアを小さく開け、あずさが入ってきた。
戸を閉めてからこちらをまじまじと見つめ、目を輝かせる。
「ゆっちかわい〜!!似合いすぎ!」
「嬉しくないよ……。ね?もういいでしょ?お願いだから湊くんに見せるのだけは勘弁して!」
女の子相手ならまだしも、男の子相手にこの格好は恥ずかしすぎる。
必死の懇願を見せるゆかり。
「ゴメン、手遅れ。」
だが、その懇願は意味を成さなかった。
既に湊が、戸を開けて部屋に入ってきてたから。
「な、な、な……!!」
「もう着替えてはいないみたいだから、入っても大丈夫かなって。似合ってるよ、可愛いし。」
今の自分の顔はどんな熟したトマトよりも真っ赤だろう。
言葉を紡ぐこともできずに、ゆかりはその場にへたり込む。
「あ〜……ゴメン。」
湊が困ったような顔で謝意を告げてくる。
そんな表情の湊は珍しいが、それを楽しむ余裕は今持ち合わせていない。
「ゆっち、自信持ちなよ。みーちゃんその姿にメロメロだよ?」
「メロメロとかいうな。」
表現に嫌悪感は持っても、湊はその意味までは否定しない。
それは嬉しい、のかもしれないのだが。
そのためにこんな辱めを受けるのは割に合わない。
そんなことをゆかりは思った。
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