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episode.4 -The Chariot and Justice-
episode.4-7「屋久島三日目〜森を駆ける豹〜」7/20
「うぅ、わざとじゃないのに……。」

湊は鳩尾を押さえながら呟く。
あの後、湊は意識を失ってしまったが、気が付くとベッドの上にいた。
話によると、幾月たちがすぐに駆けつけ運んでくれたらしい。
ゆかりはどうやら、落下したときに頭を打ったみたいと説明したようだが……ならこの腹の痛みはどう説明するのか。

――でも、役得もあったしな。綺麗だったし、柔らかかったし……。

あの一瞬の出来事でしっかり視覚触覚を堪能し、記憶した湊はやはり只者では無い。
……そんな部分で只者でなくてどうだというのかという気がしないでもないが。
湊もそのあたり、しっかり男の子であった。
それはさておき。

「今日、美鶴さんのお父さんが来るんだよな……。」

そう、今日の夜に美鶴の父、桐条武治との対面が待っている。
影時間やシャドウについてのなんらかの手掛かり、場合によっては湊にとって辛い真実が待ち受けているかもしれない。

――冷静に聞かないとな。頭に血上って必要なこと聞けなかったら、それだけ解決が遠くなる。

おそらく、当事者と話す機会はこの先もそうそう巡ってこない。
これを逃すわけにはいかない、そう湊は改めて決意した。





















episode.4-7「屋久島三日目〜森を駆ける豹〜」





















「何い!?『三人で縄文杉を見てきます』だとぉ!!」

順平がパラソルのところに置かれたメモ書きを見ながら錯乱している。
どうやら、女子三人は出かけてしまったらしい。
湊としては、ゆかりとは若干の気まずさもあるのでありがたい。

「かーっ!!なんで俺らを放置する!!」
「いや順平、お前が原因だろ。嘗め回すような視線で見つめたり、セクハラ発言を連発したり……。」

真田が冷静に分析する。
言ってる内容は確かだが、おそらく順平はダシに使われただけだろう。
昨日の一件を経て、きっとゆかりが嫌がったのではと思う。
というか、セクハラといわれれば湊も立つ瀬が無い。

「あれは場の雰囲気を盛り上げようと……まあ、この際いいッス。問題は、この野郎しかいない状況をどうするかッス!」
「……?何をする気だ?」
「夏、ビーチ、水着とくりゃあ決まってるっしょ!」

訝しむ真田に順平が答える。
その単語の羅列から連想できるのかは不明だが、話の流れで順平の言わんとすることはわかった。

「……ナンパするつもり?」
「おうよ!」
「本気か、順平……。」

真田はあからさまに引いている。
湊も正直なところ、同様だ。

「なんだ湊、そのシケた面は〜?真田先輩も!やりましょうよ、絶対うまくいきますって!」

冷めた目線を送る二人に、順平がくらいつく。

「断る。やりたきゃ一人でやれ。」
「そんなこといわないでくださいよ〜。あ、もしかしてナンパ失敗して俺に負けるのが怖いんすか?」
「なんだと!?その言葉は聞き過ごせん。……いいだろう。やってやる。」

順平の挑発に、真田はあっさり乗せられてしまった。
この辺りの扱いやすさは、互いに似たもの同士なのかもしれない。
湊は一つ、溜息をつく。

「よし、決まりだな。ミッション開始だぜ!」

まあ、順平や真田がどんな誘い文句を吐くのかには興味がある。
湊は後ろで、高みの見物をすることに決めた。















「へぇ〜、これが縄文杉かあ……。」
「結構貫禄あるのね。」

目の前に聳え立つのは、樹齢は幾年になるのかわからない古びた大木。
年月を経たことを実感させるものの、その美しさは失われていない。

「屋久島は島全体が世界自然遺産として登録されているが、その要因の一つがこの縄文杉だ。樹齢7200年といわれるものもあるらしい。」

美鶴はそのあたりの事情によく精通しているらしい。

――何度もここに来てるんだもん、そりゃ詳しいよね。お父さんとも、よく来たのかな?

美鶴の父は経営者なのだから、当然多忙だと思うが、美鶴を見てるとゆかりはそんな気がした。
時折見せる、懐かしむような美鶴の表情を。
その顔は、ゆかりの記憶にある中で最も柔らかいものだった。

――私は、あんな顔する前に沈んじゃうよね。

ゆかりも、少ないながらも父との思い出、というものは存在する。
だがそれを思い出すたびに、どうしようもない虚無感に襲われた。
それは文字通り過去の、過ぎて去った思い出だからだ。
新たに積み上げることのできない、思い出である。

「あの、ゆかりちゃん……?」

少し上の空になっていたようだ。
風花が心配げにこちらを見ている。

「ん、ああ、ゴメン。」

軽く謝ったところで、電子音が響いた。
美鶴の携帯のようだ

「はい。」
「桐条君かい?ちょっと困ったことが起きてね……。周りにみんないるかい?」
「男子三人とは別行動中ですが……どうぞ。」

美鶴が全員に話の内容が聞こえるように、携帯を持つ手を皆の中心に差し出す。

「実は、研究所にいた機械が勝手に出て行ってしまってね……。」
「機械、ですか?」

よく意味のわからない言い回しだ。
三人とも首を傾げながら幾月の言葉を待つ。

「ああ、対シャドウ用の戦闘兵器なんだが……。」
「ちょっ!なんでまたそんな危なげなものが出て行くんですか!!」

ゆかりは思わず叫んでしまった。
それも至極当然な話だろう。
その戦闘兵器とやらがどんな代物かはわからないが、シャドウを相手にするものであるなら危険に決まっている。

「その戦闘兵器を探せばよいのですね?わかりました。目標の捕獲が困難と判断した場合は、破壊してよろしいですか?」

美鶴は端的に必要な質問をする。
しかし、その答えはかなり非情なものだった。

「破壊、はね。多分、無理だね。」
「そんなものどうやって止めろって言うんですか!」
「とにかく、やってもらうしかない。また連絡するよ。」

プツンと、音声が途切れる音が聞こえた。
いろいろと不満は残るが、とりあえずやるしかない。

「三人とも、携帯はつながらないみたい……。」

携帯を片手に困った表情を浮かべる風花。

「もう、この大事なときになにやってんのよ!」
「仕方がない。とりあえず戻って、我々の装備を取りに行こう。そうすれば山岸のペルソナで探せる。」

ゆかりを諌め、美鶴はもと来た道に戻る。
風花とゆかりは、それに続いた。
















幾月から対シャドウ戦車の捜索命令が出たのと同時刻。

「なんで、なんでうまくいかないんだ〜!!」
「クッ……わからん。何が悪いと言うのだ。」

順平企画『夏の磯釣り大作戦』とやらは、難航していた。
まあ、当然の帰結ともいえる。
下心むき出しの順平と、女性との交流の下手な真田。
そして湊は、後ろから眺めているだけというのだからとどめである。

「湊、お前も少しはやる気出せよ!」
「だってナンパとかどうでもいいし、二人を見てると面白いし。」

順平の非難も、湊は意に介さない。

「ったくこいつは……お?」

順平の視線が、一点で止まる。
直立不動の姿勢のまま、機能が停止したかのように動かない。
なにごとかと思った湊と真田がその視線を追うと、そこには。
海の先の地平線を見つめる、金髪の美少女の姿があった。
水色の清楚なワンピースが、その可憐さを際立たせる。

「ッ!?」

湊は目を離せなくなった。
といっても、彼女の非常に整った顔立ちやスタイルに、ではない。
強烈な既視感デジャヴに、だ。

――なんだ?あんな女の子に会った覚えはないのに……。

言葉では説明できない感覚だが、湊は本能的に感じたのである。
同時に、ぬるま湯に浸ってるかのような心地いい安心感も。

「やべーよ。これとりゃ、いままでの失敗なんて帳消しってもんだぞ!」
「ああ。最強の敵さえ倒せば、雑魚相手の試合など無意味だ。」

湊をよそに、順平と真田は盛り上がっている。

「ここは正々堂々、じゃんけんで順番をきめましょう。おい、湊。ぼーっとしてんじゃねえ。」
「ん、ああ。」

公正なるじゃんけんの結果、順平、真田、湊の順に声をかけることになった。

「へっへ〜ん。俺が成功しても恨むなよ?」

意気揚々と、順平が金髪の少女に近付いていく。
湊と真田は岩場に隠れてその様子を見守った。

「お嬢さん。お一人ですか?」
「何か問題でも?」

芝居掛かった声で話しかける順平に、冷たい声が返ってくる。

「問題なんてないですよ〜。」
「それなら話しかけないで欲しいのであります。」
「……。」

ズカーン、と金槌で殴られたような拒否を受けた順平は、とぼとぼと引き下がってくる。
話しかけてから終わるまで、およそ十秒の出来事だった。

「フッ……この勝負もらったな。」

今度は真田が向かっていく。
一呼吸置いてから、声をかけた。

「海が、好きなのか?」
「いえ、特には。」

あまり好感触な回答ではないが、真田はめげずに続けた。

「そうか。俺は海が好きだぞ。話によると、海での体力トレーニングというのは通常のトレーニングよりも負荷がかかり効率がいいらしい。」
「そのような情報は、私には必要ないのであります。」
「……。」

ここまで約二十秒、真田もばっさり切り落とされ帰還した。
再び岩の陰で、大の男三人が固まる。

「ふっ、勝ったな。順平よりは長持ちしたぞ。」
「結果が出なきゃ意味無いでしょう!無効ですよ、無効。」

何やら騒いでいるが、相手にしてられない。
先ほどの違和感を確かめるために、湊は金髪の少女のところへ向かう。
近くまで寄って声をかけようとしたところで、少女は振り向いた。

「見つけたのであります。」
「え?」

少女が青色の瞳で真っ直ぐと湊を見つめながら呟いた。
勘違いかと振り向いてみても、後ろにはなにもない。
湊のことを探していた、ということなのだろう。

――やっぱり、前にどこかで……。

「あの、もしかして前に会ったことが……。」
「目標を視認。本物である確証を得るためには、より精密な調査が必要と判断。調査に適切と思われる場所への移動を行う。」
「はい?……ってうわああぁぁぁ!?」

やたら難しい日本語を話したと思えば、いきなり湊の体が宙に浮いた。
いや、正確には浮かされた。
俗に言うお姫様抱っこによって。
それを理解する充分な時間も与えられる前に、少女は湊を抱き上げたまま走り出す。
その速さたるや、女どころか人間のものではない。
岩陰から覗いていた真田や順平があっけにとられている中、湊と少女は森の中へと消えていった。
足場の悪い森の中でも、そのスピードは落ちない。

「ちょ、ちょっと!!」
「……ここなら問題ないのであります。」

森の中腹ほどで、ようやく少女は湊を地面に降ろした。
ただし、少女が覆いかぶさり、組み伏せられた状態で。
拘束を解こうと湊はもがくが、尋常ではない腕力で動くことすら叶わない。
少女はそのまま、湊の全身を舐め回すように凝視する。

――え、なに?この状況。なんで僕は金髪美少女に連れ攫われた挙句、密林の中で押し倒されているの?しかも水着一枚って服装で!

珍しく動揺する湊。

「データ照合、適合率99.8%。差異の程度は誤差に含まれると判断。よって本人と断定。」
「あの……。」

何を言っているのかわからないが、とりあえずこの状況は脱したい。
しかし自力での脱出はどうやら厳しい。
とりあえず自力で動かせる首を回すと、走ってくる順平と真田の姿が見えた。

「湊〜〜っ!!……ってええぇ!?」
「一体どういう状況だこれは……。」

息を切らせながら叫ぶ順平と、あいた口が塞がらない様子の真田。

――まあ、驚くよね。自分でも驚いてるもの。

そして、逆の方向からも声が聞こえてきた。

「今、こっちから声がしませんでした?」
「うむ、もしかすると戦闘兵器と鉢合わせした人がいるかもしれん。」
「多分この辺……って順平?真田さんも……。」

先頭のゆかりの目が、その場にいる人間を認識していく。
当然次に視野に入るのは、湊だ。

「な、な、な……。」

勝気な目が、ますます釣り目になる。
後ろから続いた美鶴と風花も、表情が強張っている。

――な、なんか修羅場を迎えている様な……。

そんな殺伐とした状況でも、少女は湊に跨ったまま表情をくずさない。
そして、一言。
しっかりと湊を見据えて言った。

「やっと見つけました。私の大切は、あなたの傍にいることであります。」

一瞬雑音が消え、彼女の声が脳に響いた。
青天の澄み切った空気が、それを助長する。

――どういう、ことだ?何故、彼女は僕を知っている?何故、僕は彼女に見覚えがある……?

こんな目立つ人に会っていれば、覚えていないはずがない。
だが現に、彼女は明らかに湊を知っている。
そして、湊自身も彼女と初対面だとは思えない。
全く知らない人間のはずなのに。

「やれやれ、ここにいたのか。探したよ、アイギス。勝手に出て行っちゃダメだって言っただろう?」

硬直した空気を破ったのは、森の奥の方から現れた幾月だった。

「理事長!この人をご存知なんですか?」
「人、かどうかは別にして、知ってるよ。」

真田の問いに、幾月は含みを持たせて答える。
そして幾月は、ゆかり達の方に向き直って言った。

「ご苦労様。彼女が対シャドウ用の戦闘兵器、アイギスだよ。」

メンバー全員の驚きの叫びが、響いた。
















「しっかし、ロボット、ねえ。人間にしか見えないわ。」
「ホント……桐条の技術力ってやっぱり凄いんだね。」

あれからメンバーは別荘に戻って、この旅行のメインイベント、桐条武治との対面に供えていた。
その傍らには対シャドウ用戦闘兵器……アイギスがいる。
幾月の話によると、アイギスは桐条が昔に開発したペルソナを使用してシャドウと戦う機械であり、ここ最近まで機能が全停止していたらしい。
なぜ湊に異様な執着を見せてるのかは、わからないそうだ。
アイギス本人に尋ねても、明確な答えは返ってこない。

「あの、有坂くん?」
「ん?」

皆の視線がアイギスに向かっている中、隣に座っていたゆかりが湊の耳元で囁く。
その内容は、昨日の件についての謝罪だった。

「昨日は、ごめんね。反射的に拳が……。」
「反射的に出るのが平手じゃないってのも、なかなか危険だよね。」
「うっ……。」

たとえ痴漢に遭ったとしても、それを失神KOする女の子はなかなかいないだろう。
自覚があるのか、ゆかりは言葉につまる。

「冗談だって。気にしてないし、どっちかというと得したと思ってるから。」
「……スケベ。」

思い出したのか、ゆかりは顔を赤らめ、拗ねた口調で呟く。
まあわざとやったわけではない不可抗力なので、諦めてもらうしかない。

「遅くなってすまない。」

そうこうしてると、ドアの開く音とともに、後ろから重厚な声が聞こえてきた。
見ると精悍な顔つきの男性が、こちらを見つめている。
この人が美鶴の父、桐条武治なのだろう。
さすが人の上に立つ人間というべきか、圧倒的な存在感を放っている。
そのまま、メンバーの向かい側の椅子に腰掛けた。

「美鶴から、大体は聞いているな?」

いきなり本題から始めるようだ。
湊たちは、黙って頷く。

「左様、全ては大人の……我々の罪だ。私の命ひとつであがなえるのなら、とうにそうしていたところだが……今や、君らを頼る他はない。」

とても苦しげな表情で、武治は語る。
このあたり、親子だけあって美鶴とよく似ている。

「父鴻悦が怪物の力を利用してまで造り出そうとしたもの、それは時を操る神器だ。」
「時を、操る……?」

思わず呟いた風花同様、他の面々もいまいちピンとこない様子だ。

「言葉の通りだ。時の流れを操作し、障害も、例外も、全て起こる前に除ける。未来を意のままにする道具と言ってもいい。」
「す、すげえ……野望のサイズがデカい……。」

順平が感嘆の声を上げる。

「だが研究は、父の指示によっておかしな方向へ進んでいった。……晩年の父は、何かとても深い虚無感を胸の奥に持っていたようだ。今にして思えば、父の乱心は、それを打ち破るために始まったのかもしれん。」

――虚無感、ねえ。

冷めた表情で、それでいて頭に血が上っていくような感覚を覚えながら、湊はその言葉を聞いていた。
一人の人間の虚無感とやらで、あんな事故が起きたのだとしたら……。
別にあの事故を起こした理由が欲しいという訳でもないが、やるせない感情が湊に残った。

「君らが全てを知りたいと望むのは当然の事だ。私にも伝える義務がある。」

そういって武治は、リモコンのスイッチを押す。
目の前に巨大なスクリーンが現れた。

「これは……?」
「現場に居た、科学者によって残された、事故の様子を伝える唯一の映像だ。」

スクリーンには不鮮明な映像に、白衣の男性が映っている。
顔の判別はしにくいが、おそらく三十代といったところだろうか。

『この記録が、心ある人の目に触れることを願います。』
「この声……!?」

ゆかりが息を飲んだのが、湊にはわかった。

『ご当主は忌まわしい思想に魅入られ、変わってしまった。この実験は、行われるべきじゃなかった!もう未曾有の被害が残るのは避けられないだろう……。でも、こうしなければ、世界の全てが破滅したかも知れない!』
「世界の……破滅?」

風花が思わず繰り返す。
あまりに危険な単語に、一同が驚く。

『この記録を、見ている者よ、誰でもいい、よく聞いてほしい!集めたシャドウは大半が爆発と共に近隣へ飛び散った。悪夢を終わらせるには、それらを全て消し去るしかない!全て……僕の責任だ。全てを知っていたのに、成功に目が眩み、結局はご当主に従う道を選んでしまった。全て、僕の、責任だ……。』

自らを責める言葉が、この映像の締めくくりだった。
プツン、という音を立てて映像が途絶える。

「お父……さん……。」
「……!?」

消え入るような声のゆかりの呟きに、メンバー全員が驚愕した。

「お父さんって、今の人が……?」
「……。」

風花の問いに、ゆかりは顔を伏せたまま答えない。

「お父様、これは……?」
「彼は岳羽詠一郎……当時の主任研究員だ。実に有能な人物だった。その彼を見出して利用し、こんな事件にまで追いやってしまったのは、我々グループだ。詠一郎は……桐条に取り殺されたも同然だ。」
「ま、まさか……」

美鶴が思わず口を噤む。
岳羽、という苗字。
ゆかりの様子をみても偶然ではないのだろう。

――ということは、僕の両親が死んだ原因は……岳羽のお父さん?

湊が思い当たった考え。
このビデオを見る限りは、そういうことだ。

「つまり……私のお父さんが、やったって事……?影時間も、タルタロスも、たくさんの人が犠牲になったのも……みんな、父さんのせいって事?」
「お……おい。」

思考を加速させるゆかりを、真田が諌めるが、止まらない。

「じゃ……色々隠してたのって、ホントはこれが理由?私に気遣って、隠してたってこと?そういう事なの……!?」
「岳羽、それは違う、私は……!」
「かわいそうとか、やめてよッ!!」
「岳羽っ!!」

美鶴の言葉も聞かず、ゆかりは部屋を飛び出してしまった。
湊の制止も届かない。

「……岳羽を追ってきます。」
「すまない有坂……頼む。」

苦しそうに告げる美鶴に、湊はしっかりと頷き、ゆかりを追った。
















湊は夜の闇の中目を凝らし、ゆかりを探した。
息を切らしながら浜辺を走り回っていると、ようやく海を眺める少女を発見した。
その両肩は、小刻みに震えている。

「岳羽……。」

息を整えながら問いかける湊に気付き、ピクッ、と一瞬震えたあと、ゆかりは話し始めた。
振り返ることなく、そして距離を保ったまま。

「ずっと信じてたのに……こんなの、キツいよ……。」

湊が初めて聞く、彼女の弱音。
辛くても常に一人で立ち向かおうとしてきた、彼女の弱音。

「憶えてる?前に、病院で言ったこと。私のお父さん、子供の頃に死んだって……。」
「ああ、覚えてる。」
「さっきの話で分かったでしょ……あの事故が原因なんだ。普通の人は真相なんて知らないから、当時は根も葉もない噂が立ってさ。父さん主任だったから、世間から目の敵にされてね……。いろんな場所を転々と引っ越したの。」

湊は無言で、ゆかりの言葉を待つ。

「でも私、ずっと信じてた。父さんは悪くないはずだって。小さい頃から大好きだったし、絶対悪い事するような人じゃないって。」
「うん。」
「実は春頃ね、手紙が届いたの。十年前の父さんから……家族へって。笑っちゃった。殆ど私の事しか書いてないんだもん。だから信じようって思ってたのに……。」

懐かしむようで、悲しむような。
声こそ平坦なものの、悲痛な響きをもっている。

「だから、自分に力があるって分かった時は、偶然じゃないって思った。怖かったけど、桐条グループの傍に居れば、父さんの事……なにか分かるかもって。だからペルソナ使いになって、戦いも続けてきた。」

でもさ、とゆかりは続ける。

「そんなの無駄だったんだよね……。」
「そんな事無い。」

信じたことが無駄というなら、自分は立っていられない。
湊にとってそれは主張というより、願望に近いかもしれない。

「フフ、気休めだよそれ。」

だがゆかりは、湊の言葉を否定する。

「ハハ、現実ってキツいよね……。怖いの我慢して戦ってるのに、どうにもなんないよね、これじゃ。」
「……岳羽。」

自嘲的に言ってみせるゆかりに、湊は何もいえなかった。
気の利いた言葉を思いつかない自分自身に、湊は苛立つ。

「それに私、もしかしたら嫉妬してたのかも。あんな事があったのに、なんで桐条先輩にはまだお父さんがちゃんと居るのかって……ハハ、みっともないね、私。」
「そんなもんだろ?」

この言葉は、素直に出てきた。
正直、湊も美鶴を羨んだからだ。
被害者である自分が両親を失い、加害者である桐条武治が生きていることを。
そしてそんな考えが巡る自分が、恥ずかしかった。

「ハハ、すごいよね、キミ。いつもそうだよね。一人だけ冷静で、余裕あって。そうやって、私のこと慰めて、支えてくれるってワケ……?」

ここで初めてゆかりが振り返り、湊を真っ直ぐ見つめる。
これまで見たことも無い、鋭い目で。
そして、赤く腫れあがった目で見つめながら……怒鳴った。

「あなたの両親を殺したのも私の父さんなんだよ!私は憎き敵の娘なんだよ!!なんでそんな優しくするの!?なんで私を責めないの!?」
「岳羽、僕は……。」
「分かったような顔しないでよっ!あなた、私のこと、何も……!」

言葉に詰まり、ゆかりは再び湊に背を向ける。

「ゴメン……。私、余裕無くて、ワケ分かんない。なんか、怖くて……もう、全然、分かんない。」

嗚咽混じりに、言葉を紡ぐゆかり

「教えてよ……私、これからどうしたらいいのかな……?」

らしくない、と湊は思った。
自分の進む道を他人に委ねるなんていうのは、ゆかりにとってありえないことだったはずだ。
それほどまでに、ゆかりは追い詰めれられているということだ。

「信じてればいい。裏切られても、信じ続けるって言ったのは岳羽だ。」

ゆかりへの言葉であるとともに、自分自身への言葉。
信じることが、自分の心の糧だから。
ゆかりがこちらに向き直る。

「信じ続ける、か。スゴいよね、キミ。……ゴメンね、私の事ばっかり。」
「いいよ。岳羽のことが聞けて、うれしかった。」
「……私もあなたと話せてよかった。」

そう言うや否や、湊の方にゆかりが近づいてきた。
顔を覗き込むようにして、上目遣いで見つめてくる。

「連れて来いって、先輩に言われたんでしょ?」

いつもと変わらない、茶目っ気のある笑顔で、からかうようにそう言った。
心の中は、穏やかであるはずが無いのに。

「関係ないよ。僕が来たかったから来たんだ。」
「ハハ、かっこ……いいじゃん。でも、ありがと。」

ゆかりが顔を赤くして、礼をいう。
その仕草が可愛い、と思うと同時に。

――辛いん、だよな。形無いものを信じてたのに、それを裏切る、形有る証拠が出てきたんだから。

ゆかりのそもそもの目的は、影時間を消すことではなく父親の無実を証明すること。
睦のために影時間を消そうとしている湊とは違う。
困難であっても影時間を消すことが可能と信じることができる湊とは違い、ゆかりがこの状況で父親を信じることは容易ではない。
信じたい、でも信じられない。
そして信じられない自分に、自己嫌悪に陥るのではないだろうか。

――辛くないわけがない。なのに、そんないつも通りに笑って。怒る顔は見せても、泣き顔は見せない。

一歩、湊はゆかりの方に近付いた。
ゆかりの顔が、目の前にある。
焦ったようにゆかりは顔を背ける。
衝動的に、だったかもしれない。
しなきゃいけない、と思ったからかもしれない。
自分がしたい、と思ったからかもしれない。
湊は腕をゆっくりとゆかりの背中に回し……抱きしめた。
















自分が来たかったから来た、といってくれた湊の言葉は、ゆかりの心に響いた。
命令でもなく、義務感でもなく。
ただ自分を心配してくれたことが嬉しくて。
そして、湊が格好よく見えた。

――まだ、信じてていいんだよね?

彼と話したおかげで、少し心が楽になった。
気休めの言葉かもしれない。
これ以上信じても、何もいいことはないかもしれない。
父さんはただの悪人だったのかもしれない。
でも、なにか理由があったんだ、と思いたい。
辛くても、信じたい。

――私は逃げない。辛くても、信じるんだから。

自分にそう言い聞かせていると、不意に湊の顔が近付いていた。
吸い込まれるような彼の蒼い目が、自分を捕らえて離さない。
反射的に、顔を背けてしまった。
そして一瞬の間をおき、湊の腕が自分の背中に回る。
あっ、と思ったときには、自分の体が湊に引き寄せられていた。
突然のことで、何が何だかわからない。

――なんでだろ……すごい落ち着く。

でも、全身から力が抜け、心地よい安心感に包まれていることは感じた。

「はぁぁ……。」

思わず、吐息が漏れる。
湊の肩に自分の頭を預けながら、その感触に浸る。

――有坂くん……だからかな?

初めて会ったときから、湊のことが気になっていた。
きっかけは、両親がいないということを知ったからだけど、それだけじゃない。
いつも前を見ていて、自分をしっかり持って、揺らがなくて……人に不安を見せないで。
その強さに、惹かれていた。

「……ゆかり。」
「え?」
「ゆかり、って呼んでくれる?」

なんで今こんなお願いをしたのか、わからないけれど、自分の素直な気持ちだった。
抱きしめられたままなので、湊の表情は見えない。
笑っているのか、呆れているのか。
すこし間が空いて、湊の声が聞こえてくる。

「ゆかり、また一緒に……戦おう。」

その湊の言葉に、心が熱くなる。

「ありがとう……湊くん。」

微かな、かすれた声でゆかりは呟く。
初めて、意識的に湊を名前で呼んだ。

――そっか、私。

湊の背中にある自分の腕に力をいれ、より湊の体温を感じられるように密着しながら考える。

――私、湊くんのこと……好き、なん……

「うぉぉーい!」

そこまで思考が至ったところで、聞き覚えある大声が聞こえてきた。
慌てて互いの腕の拘束を解き、距離をとる。

「ハァ、まったく、遅いよオマエら……みんな、心配してるぜ。もうすぐ、影時間だし、戻って来いってさ。」
「え、あ、そっか……。」
「……空気読め。」

現れたのは順平だ。
どうやら暗闇のおかげで、何をしていたかは見えなかったらしい。
今ぼそっと呟いた湊の言葉も、聞こえなかったようだ。
チラリと湊に視線を送ると、目が合ってしまったのですぐに顔を背ける。

「あれ?なんか、お前ら……。」
「そ、そっか、影時間って……場所、関係ないんだよね。」

異変を感じ取った順平の追求を避けるために、あわててゆかりが話をふる。

「ったく、あったり前だろ?オレっち、全然気づいてたぜ?」

得意げになる順平。
いつもなら調子にのるな!とでも言うところだろうが、思いついたのは全く別の内容だった。

「私さ、最近思ったんだ……。ペルソナ使いは、力に目覚めると影時間の体験を忘れなくなる。それって、力と引き換えに、目を背けられなくなるって事なのかも。……忘れたい現実からさ。」

現実を知らなければ、恐ろしいことなどなにもない。
ただ自分の知らないところで物語が進行していくだけだ。
だけど、現実を知ってしまったのなら。

「やるしか……ないんだよね。」
「だな。」
「うん。」

現実を知ったのなら、現実に立ち向かうしかないのである。

「よっしゃー!じゃ、戻るかっ!」

順平が無駄なガッツポーズを決め、歩き出す。
湊とゆかりは、苦笑しながらそれに続いた。
















別荘に戻ったあと、いくつか言葉を交わしてから、ミーティングは解散となった。
ゆかりが落ち着いたのをみて、美鶴や武治にも安堵の表情が浮かぶ。
メンバーが部屋から出て行ったところで、湊は逆の方向へ向かった。

「武治さん。」

そう、桐条武治を追うために。
声をかけると、ゆっくりと武治は振り向いた。

「君は、有坂君……だな?」
「はい。」
「ご両親の件、まことに申し訳ない。今更謝罪など何の意味も持たないが……。」

湊は驚いた。
何故それを知っているのか、と。

「ご存知だったんですか?」
「事件の被害者の名前は、全員覚えている。有坂という名の夫婦がその中にいたことも。君は覚えていないかもしれないが、事故の直後に一度君の叔父叔母宅にも足を運んでいる。」
「そう、ですか。」

あの事故の被害者の数はかなりに上る。
その一人一人の名前を覚えているというのも、彼の罪の意識が感じ取れた。

「美鶴から君の名を聞いたときに、すぐに思い当たった。そして、岳羽君も……。」
「……はい。」

深い溜息をつく武治。

「ところで、何か御用かな?」
「はい。お願いがあります。……この島の研究施設の影時間に関する資料を調べさせてください。時間がそこまでないので、できれば一部は持ち帰らせて頂けると助かります。」

単純に今後の活動に役立つことがないか調べる、ということも無いわけではないが。
湊には気になることがあったのだ。

「無論、君達の役に立つというのなら、協力は惜しまない。」
「ありがとうございます。」
「……もしかして、美鶴のIDを使って宗家のデータベースに入り込んだのは君か?」
「はい?」

身に覚えの無い話に、思わず湊は素っ頓狂な声を上げてしまった。

「なんだ、違うのか。宗家のデータベースに美鶴のIDによる侵入の形跡があってな。しかし美鶴にあそこまでの技量があるとは考えにくいので、誰かの手助けを得ていたのだと思ったのだが……。」
「し、侵入ですか。」
「咎めるつもりは全くないが、少し気になってな。」

美鶴が手伝いを頼んだ、ということは寮のメンバーの誰かだろう。

――となると……風花か。僕も手伝ってもらうかな。

そういうスキルがある可能性があるのは風花しかいない。
調べ物が得意といっていたし、ゆかりが十年前の事故を調べていたときにも手伝っていたようだし。

「このキーがあれば、研究所内は自由に使える。」

そういって武治がカードを手渡す。
湊はそれを受け取り、頭を下げた。

「有坂君。身勝手極まりないが、私にもお願いがあるんだ。」
「……何でしょう?」

立ち去りかけた湊を、武治が呼び止めた。

「美鶴は私の娘というだけで、この件の全てを自分の責任と思い込んで戦っている。」
「……はい。」
「私のことはいくら恨んでも、憎んでも。この影時間の件が解決した後でなら、殺してくれても構わない。だが、美鶴だけは……」
「わかっています。」

気持ちの整理をつけることができた、というわけではないが、後ろを見ている暇はない。
それに、美鶴を恨む気には……なれない。
湊の目は、既に前を向いていた。
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