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episode.after -The Universe The Second-
episode.after-3「再び満ちる月 side-Yukari」3/11
「話ってのは当然、湊のことだ」

記憶を取り戻してから……湊がいなくなってから五日後。
睦からの呼び出しにより、特別課外活動部全員が集められた。
しかし、これを全員とは認めたくない。
思わず目線を向けた先には空席となっているソファー。
いつも通りなら、あそこに彼がいるはずなのに。
そんな思考を振り払いながら、ゆかりは睦の話に耳を傾ける。
この先に続く言葉が、自分のために生み出される現実だと信じて。

「結論から先に言う。湊を助けることは可能だ」

刹那、頭の中が真っ白になった。
睦から話があると聞いた時点で、決して期待していなかったわけではない。
だが本当に、自分の唯一の願いが現実になりうると聞いただけで、それだけが自分の道標となる。
気が付けば、睦の肩に掴みかかって声にならない声を叫んでいた。

「……!!」

知りたいことはいくらでもあるはず。
だがその全てが錯綜して、何一つ言葉にならなかった。
手に込める力と睦に瞳に向ける眼光が、その代わりとなって強くなるだけ。

「ゆかり、落ち着け。まずは話を聞かないことには始まらない」

そして自分に向けられた諌めの言葉に我を取り戻す。
目の前の睦の表情に意識を向けると、かつて何度も見たのと同じ優しさがそこにはあった。
自分を幾度となく救ってくれた、全てを頼りたくなる微笑。
目の前にあるからこそ、失ったことが自分の中で明確となる。

「……ごめん」

それに気づかない振りをして、焦燥感に似た何かが体内を駆け巡るのを無かったことにして。
一言謝ってから、続きを促す。
ここでせっかく見えるかもしれない光の可能性を、自分から捨てるわけにはいかない。

「いや、大丈夫。そんだけ湊のこと思ってくれるのは、俺も嬉しい」

その気持ちを全てわかったかのように、睦は優しく諭してみせる。
本当に、どこまでもこの人は湊の双子の兄だ。
自分は救われているのか、堕とされているのか、どっちなのだろう。

「……もう少し掘り下げて説明するけど、いいか?」

そう前置きした上で、睦はその解決策を提示した。
睦の力は湊のそれを上回っている。
だから、湊の代わりに睦がもう一度封印を行うというものだ。
策としては単純なもの。

「……本当に、できるの?」

信じたい気持ちと、信じられない気持ちとが交錯する。
湊だって死にたくて死んだわけじゃない。
なのに、睦ならそれが本当に可能だというのか。

「簡単じゃない。下手すりゃもう一度ニュクスが復活する。だが一度通った道だ、その点について心配はない」

睦もその懸念を認める。
だが、彼の自信には揺るぎがない。
ニュクスを復活させることなどありえない、と言い切る。

「リスクを負うのは……俺の命だけだ」
「……!!」

そして、湊を助けられるというその根拠を明らかにする。
ただの現状維持だからだ、と。
湊の場所に自分が置き換わることが前提だから、それ以下の結果を生むことがない。

「弟の代わりに兄が生贄になるってのか?」
「死ぬと決まったわけじゃないですよ?」
「死ぬ前提で考えてんだろ。一緒だ」

強く詰め寄った真田を、ゆかりはただ眺めていた。
本当は、自分も真田のように非難の目を睦に向けるべきだ。
しかし心の中に、それを望む自分がいた。
睦がいなくなっても。
湊が命を懸けて助けたかった唯一無二の兄がいなくなってでも、湊が戻ってくる世界を。

「……俺だって抵抗せずに死ぬつもりはない。そのためにも、協力してほしい」

――私は、何を考えているの?

「今は、タルタロスはおろかシャドウも存在してない。だが、再封印のためには封印を一部解かなきゃいけない。そしてそうすれば、タルタロスが復活してシャドウが溢れてくる」

――湊くんの大切なお兄ちゃんだよ?そんな犠牲、湊くんが喜ぶわけない。

「俺が再封印する間、シャドウの相手はできない。その間、守ってほしい」

――なのに、どうして私はそれでも構わないって思ってるの?湊くんさえ生きていればそれでいいって……。

「……正直に言う。俺は死んでも湊を助けたい。湊を助けるのに俺の命がいるというなら、惜しみはしない」

――睦くんが死んでも……ううん、そんなの綺麗事。きっと睦くんを殺してでも、私は……。

自分の中にある、醜い感情。
それに気付いたことで、何も言えなくなってしまった。
正しいと信じることと矛盾する想い。
芯から崩されるような感覚に陥る。

「君は、自分の命よりも弟の命が重いというのか……?」
「ああ。俺が生きてあいつが消えた現実なんて間違ってる」
「……認めると思うのか?こんな、新たな犠牲を生み出すだけの戦いを」
「湊は自分を犠牲にした。それが俺に変わるだけだ」
「だけ、だと?あいつの意志を蹂躙して、それだけだと言えるのか?」

美鶴と真田の糾弾が、他人ごとのように遠く聞こえる。
正しく美しく、それでいて優しい彼らと自分は、天と地ほどに違う。
一層自分の醜さが引き立ち、罪悪感に支配されずにはいられない。

「確かにこれは俺のエゴだ。でも、この不条理を取っ払う機会があるってんなら……絶対に変えてみせる」

そして自分と違い、それを前にしても睦は揺らぐことがない。
本当に瓜二つの容姿、仕草……そして強さ。
もう一度彼の目を見る。
湊と違う灼眼だが、やはり宿るものに変わりはない。

「俺に味方するか、しないか。……今決めろとは言わない。三日後までに決めてくれ」










「最ッ低……」

ゆかりは他ならぬ自分自身に対して罵りの言葉を吐く。
こんなことは生まれて初めてだ。
自分をおぞましいと思うなんて。

「なんで、こんなこと考えちゃうのかな?」

自己嫌悪に浸ることはあっても、自分のことがおぞましいと思ったことなどない。
沸き起こる黒い感情は、紛れもなく自分の正直な気持ちの一端で。

「嫌だよ……私、湊くんに嫌われたくない……」

こんなことを考えていることを知ったら、湊はきっと自分のことを軽蔑するだろう。
誰よりも大切で、大好きな男の子。
湊は自分の全てを受け入れて、そして自分のことを好きになってくれた。
湊を失った今だからこそ、その想いまで失うことには耐えられない。

「でも……」

だが、だからといって。

「私は湊くんに……」

だからといって、湊を助けられるという選択肢を見過ごすわけにはいかない。

「上手くいったとして……私は湊くんの傍にいる資格なんてない」

夢に描いているのは、湊と一緒の未来。
もしかすると、それも可能なのかもしれない。
ただゆかりは、その可能性を自ら否定する。
湊の想いを否定した時点で、彼のパートナーにはなりえない。
その理屈を肯定した上で、自分の意志を貫く。

「それでも、湊くんの傍にいれなくても……私は湊くんに生きて欲しい」

優先順位。
自分よりも、そして睦よりも、湊のそれが上回る。
それが意味することは。

「ううん。これも自分に甘い綺麗事……」

口元に少し自嘲の笑みが広がる。
わかってしまっているから。
その優先順位に睦を組み込んだ時点で、自分は逃れることのできない罪を背負うのだと。

「この選択をした私は、ただの人殺し。……生きていい理由なんて、ないよ」

自身の欲望をもとに、人の命を奪う。
どんな理由があろうと、どんな理不尽があろうと、それは許されない。
肉親を突然失ったその痛みを知るからこそ、自分の正当化などできやしない。

理由があれば、自分の父親は殺されてもよかったのか。
理不尽でなければ、自分の父親は殺されてもよかったのか。

違う。

失った、ただその事実だけが全てなのだ。

「ごめんね、湊くん。私は……堕ちるよ」

湊は優しいから。
もしこの場にいれば、きっとこんな選択肢を選ぼうとする自分のことを怒ってくれるだろう。
でも、彼はここにはいない。
止めることはできない、止まることなどない。
許されないと知っていても、悲しみしか生まないことを知っていても。
それでも成し遂げたいことがあるから。

「ねぇ、湊くん……こんな私でも、一度だけでいいから……抱きしめてくれる?」

都合のいい話だとはわかっているが、湊が帰ってきたら。
一目だけでもその姿を見たい。
少しの瞬間でも彼の体温を感じたい。
きっと名残惜しくなるだろうけれど、その一時の幸せを夢見ていれば。
その幸せだけを、心の拠り所として。

報いの時を……迎えられる。
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