いらっしゃいませ。
どうぞこちらへ。
本日はいかがなさいますか?
甘い香りのバイオレットフィズ?
それとも、危険な香りのテキーラサンライズ?
はたまた、大人の香りのマティーニ?
わかりました。本日のスペシャルですね。
少々お待ちください。
本日のカクテルの名前は背中の羽根でございます。
ごゆっくりどうぞ。
私はこの頃夢をみる。背中に羽根が生えて、自由に空を飛び回れる夢だ。その夢ときたら、風は冷たくて清々しいし、眼下の景色は夜の真っ暗な中に、街の灯りがあちこち照らし出されて綺麗だ。
それが妙にリアルなのである。
普段の私はハタチの普通の女の子。
就職はしてないが、フリーターだ。
ニートではない。
仕事はファーストフードのフロント。
それなりの忙しさと、責任感はある。
何もしていないと暇だし、これくらいのリズムがある方が気軽な生活には丁度いい。お金はあまり多くは持ってはいないが、欲しい物がこれといってあるわけではなかった。
それに、ハマっているものもなければ、追いかけいるものも今はない。
かと言って、何のために生きているのかとか、何をすべきなのかとか、自分を探して悩んだりもしていない。
楽しいか、楽しくないかとかも考えていない。
だた流れているだけだ。
熱くなるのも面倒くさいし、想い更けるのも疲れる。
そういう訳で、周りからは冷めてるなんて言われたりした。あまり、気にしていないが。
そんなある日、またあの夢を見た。
その時の私は、いつもは自分では出さない感情を表にだしながら空を飛んでいた。
フリーターで、なんとなく流れて生きている私とは違って。
いつもは空を飛んでいるところで終わる夢は今回は様子が違っていた。
私は街の上の空を抜け、ある山の上空に来ると、三回気持ち良く旋回して、ポツンと一つだけある、なんだか古ぼけた家に降り立ったのだった。
私は蔦が付いた扉を開けて中に入った。
そこにはとても気味の悪い中年の魔女みたいな女性がいた。
夢の中の私は、彼女とやけに親し気に話しをしている。
そして、その私は魔女のような女性に何かが入ったコップを差し出され、その中身を飲みだした。すると二人の会話は、私の耳にハッキリと聞こえてきた。
その女性は夢の私に言っていた。
そろそろ効くはずじゃ。
そこで私は目が覚めた。
そして私は背中に違和感があることに気付き起き上がった。
後ろを振り返ってしばらく固まった。
なんで背中に羽根が?
分かった。まだ夢の中か。
私はそれならと羽根を動かしてみると動いた。
やっぱり。
私は立ち上がり、鏡で背中を見た。
寝るときに着ていたネマキが羽根が生えてきたせいで破けていた。
お気に入りのパジャマだったのに。
まぁいい。夢の中だ。しかし、羽根は邪魔だった。
とりあえず、夢の中でも起きたからには伸びをした。
体から足の先と腕の先に力が送られる。
すると羽根にも力が入ってしまって、羽根は思いっきり広がった。その大きさは六畳の部屋の短壁方向より広がりをみせ、そのおかげで飾っていたパズルで出来た絵は額ごと落ちてガラスは割れるし、苦労して作ったパズルはめちゃめちゃになった。
それが落ちた巻き添えで、引き出し棚の上に飾っていたクマやウサギやネズミのぬいぐるみたちも、落ちて散乱。
寝るときに飲んだお茶もグラスごと弾け飛んで、床のジュウタンはびしょびしょ。
向かいの壁の壁掛け時計も落下して転げ落ち、その横に掛けていたカレンダーまでもがバサバサと音を立てて、散らかったものの仲間入りを果たした。
私はヤバいと、力を一気に抜いたが、このざまだった。
そこから動くのも気が退けるくらいの足元に、頭をガクリと折り曲げた。
私はでもまた気が付いた。
そういえばこれは夢だった。そうだ。今は居心地が悪いが、片付けなくてもいいんだ。
私は一瞬で、もたげた頭を起こした。
しかし面倒くさい夢だ。私は思った。
なかなか覚めない夢に、私はイラつきを覚えたが、考えてみれば今の私は飛べるのだ。
私はベランダに出て天気の良い空を見上げて、その気持ちいい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。いい朝だ。
羽根は心と連動しているみたいに優しくゆっくり広がった。
しかしその途端、私はビクッとして周りを見ながら羽根をつぼめた。
とりあえず、周りの片付けをやったほうがいいと思い、私はベランダの物干し竿と洗濯バサミを片し始めたが、落ちたひとつを拾いにしゃがんだ瞬間、後ろにあった何も植えてない土だけ入った鉢に羽根が当たったようで、ガシャンといい音がした。
しかし、邪魔な羽根だ。
私は後ろを見るのをやめた。
周りがすっきりしたところで、私はゆっくり羽根を広げてみた。とりあえず当たるものはない。
いよいよいってみるか。私は思った。しかし上には屋根がある。どう飛ぶか?
手っ取り早そうなのは、下に飛び降りて下に付く前に羽根を羽ばたかせて浮くやり方だったが
、さすがに飛び降りるのは危険そうだし、確かに夢の中だから死ぬことはないけど、恐いのはごめんだ。
しかし、いつもはどうやって飛んでいたのだろう。ため息が出る。
試しに手すりに腰掛けてみた。恐いから背中を外に向けて部屋の方を見ながらそっと。
バランスをとりながら、ゆっくり羽根を動かしてみると手足よりはぎこちないが、思ったようには動いているようだった。
私は羽根を少しずつ早めて羽ばたかせ、体がだんだん持ち上がってきたのを憶え、ちょっと焦って羽根を止めた。
これでいいのだろうか?
恐る恐るまた羽根を羽ばたかせて緊張しながら再びゆっくり早めていってみた。
また体が浮いてきたが、手摺を握った手はなかなか力を抜けない。
その時、体がバランスを崩し後ろにつんのめった。
やばいっ。手は意識とは別に離れて体は浮いた。
目をつぶったまんまなるべく背中の羽根に気を集中した。体は緊張したまま硬くなっていたが、羽根は休まずに動いている。と言うより動かせていた。
まるで背中を摘まれているように体は持ち上げられて、そっと目を開けると、自分の家のベランダは、かなり小さくなって足元にひょこっと見えた。
私は少し腹を下から持ち上げられたような、不安な感覚を覚えたが、不思議と怖くはなかった。
町並みはやがてかなりの広がりを見せて、人や車が米粒くらいになった。
きっと東京タワーくらいの高さだろうか。
しかし、意外と気持ちいいものだったが、羽根の着け根の筋肉はだんだんキツクなってきていた。私はそろそろ体を持ち上げ横に行こうと思ったが、それはなかなか難しかった。
よく、マンガや映画で見るイメージでは、羽根が生えた天使のような人は、体を一文字と言うか、体も足も伸ばして気持ち良さそうに飛んでいるし、しかも優雅だ。
私もそれが簡単に出来ると思っていたが、なかなか難しかった。
きっと腹筋がないせいだろう。
足を上げようとしても結局上がっている場所は背中で、他の場所は重力の手に掴まれて、身動きが出来ないのだった。
いつまで経っても変わらない姿勢が、あまりに惨めで私は諦めて降りることにした。
しかし、羽根がある人はそんなにマッチョなのか、実際は。
マッチョな天使なんて想像を裏切るはずだ、なんてぶつぶつ言いながら私は下へゆっくり降りたのだった。
ベランダにそのまま降りるには、少し技術がいりそうなので、私は足をバタバタしながら、なんとか場所をずらしてみることを試しみた。
そしてようやく脇の道に降り立ったとき、後ろから悲鳴が聞こえてきた。
後ろを振り返ってみると、初老の男性が気絶して倒れていた。
私はびっくりして急いで自分の家に飛び込んだ。
部屋に戻るときに母親とすれ違った。
母はびっくりした顔をしたが、
何の真似?早く脱ぎなさい。その変てこなの。と、あっさり行ってしまった。
私はリアル過ぎる夢に疑問を覚えて、首を傾げながら気のない返事をして、二階の自分の部屋に戻って行った。
部屋の扉を閉めて、少しの間、その扉を背中にして、混乱している自分に冷静になるように言い聞かせながら部屋の中をゆっくり見渡した。
昨日の夜に飲んだ、眠り前のハーブティー。さっきのまま床に倒れている。そしてそのまま何もなかったかのように転がっていて、それだけではなく床はハチャメチャなままだ。
テレビを慌てて付けてみる。
朝のいつもの番組。どこに変えても見覚えがあるものばかり。
しかも携帯を覗いてみると、昨日電話したアルバイト先などの履歴。
リアルすぎる。
でも背中には羽根。
本当に悪い夢だった。
まさか現実の訳が。
私は古典的に頬を思いっきりツネってみた。
凄く、声が出るほど痛かった。
気の動転と情けなさで涙が出てきた。
すると、背中が軽くなった気がした。
まさかと思って手で背中を触ってみると羽根はなくなっていた。
私はホッとした。
なんだったんだろう。私は砕けた腰を立たせることが直ぐにできなかった。
その日は部屋から一歩も外に出なかった。
またいつ背中に羽根が生えたらと、考えたら全然落ち着かなかったからだった。
しかし、今になっても理解出来ない。何だと言うのだろう。
私は布団の中に潜りながら、そのことがグルグル頭をかきまわして具合が悪かった。
そして、そのうち私は、また寝てしまったのだった。
私は寝ていたはずなのに、いつの間にか起きていた。しかも羽根が戻っいる。
私はガックリ肩を落とした。
トボトボとしばらく歩くと、見覚えのある古ぼけた家が見えてきた。
夢で見たあの家だった。私は吸い寄せられるようにその家の玄関に行くと、蔦の巻いたあの扉があった。
あの時の夢の中と同じだった。
私はためらわずにその扉を開けた。
するとそこにはあの、気味の悪い中年の女性がいた。
私が驚いて見ていると、その女性は、
ぼーっとつっ立ってないで椅子にでも掛なと、無愛想に言った。
私は小さく返事をして椅子に腰掛けてみたが、羽根が邪魔で落ち着かなかった。この姿で椅子に掛けるなら背もたれ無しのものがいいと思うのだった。
しかし、ここにある椅子は皆、大きな背もたれが付いたものばかりだった。その割に座るところが小さく、本当に心地が悪かった。
私はでも、試しに寄りかかってみた。夢の中みたいだし、もしかしたらと思ったからだ。
しかし、やっぱり羽根は私に痛みを訴えた。
まったく厄介だ。
そんな事をモジモジしていると、気味の悪い女性が声を掛けてきた。
まだ馴染んでないようだけど直に飛べるようになるさ。安心しな。私の魔法は誰よりも完璧だからね。まぁ、少し努力は必要だろうけど。
お前さんは細過ぎるからね。
そう言って、私にこれでも飲めと、何かの液体が入っているコップをくれた。
毒どくしいその緑色の液体は、見た目と違い、いい香りがした。
一口すすってみると、いままで口にしたことがない味わいが広がった途端、何かが浮いてきた。
私はそれを見て気絶した。
それがムカデだったからだった。
私がまた目覚めても、そこにはやっぱり羽根があった。
少し動かしてみた。 やっぱり動くのだった。
私は少しガッカリしながら考えた。
眠れば寝たでそこの私には羽根がある。
起きれば起きたで羽根がある。とりあえず羽根があるのだ。
しかし、泣けば消えるのだろうか?この間はそうだった。
試しに泣いてみたかったが、しかし、そんな簡単に泣けなかったし、嘘泣きしても羽根はなくならなかった。ため息が出た。
しかし、邪魔だ。
なんといっても、羽根があると仰向けにはなれないし、アグラをかいてもオシリよりも羽根の方が長くて腰が落ち着けなかった。
何とかクッションの上に正座してやっと落ち着く始末だ。
私はとりあえず、その格好で部屋にあるチョコレートを食べるくらいしかやることがなかった。
しかしそんな姿勢が長く続く訳もなく、私の足は悲鳴を上げた。
しばらくジーンと足が感動しているようだった。
私は何をやっているのだろうか。
ヨロヨロ歩きながら、壁を這って足の回復を待つと、私はとりあえず羽根があるのだし、まともに飛んでみたいと思い立ったのだった。
手始めに、私は筋トレをしてみた。
見よう見まねで腕立て伏せをやってみたが、十回が限界。
しかも腹筋は羽根が邪魔で出来ない。
それならばと、以前ダイエットのために買って、ベッドの下にしまっていた、腹筋を揺らす器具を持ち出した。
これなら立っていても大丈夫。こんなことで役に立つなんて。ん?
果たして役に立つのだろうか。
半真半疑で腰に巻いてみたのだった。
そのうち外は夜になった。
母親が部屋に上がって来ないように、わざわざ携帯で家に電話し、微妙な居留守をしていたので、電気は付けられないし、足も忍び足。
しかもテレビもイヤホンと、まったく不便だった。
腹は減ってはいなかった。部屋にある菓子を食べ尽くしたからだ。
太ったらどうしようと思ったが、腹筋鍛え器をやりながらなら大丈夫だと言い聞かせ、食べたのだった。
お気に入りの菓子を震えた腹で食べるのは、何か虚しかったが、そんなことはいってられなかった。
私は親に見つからないように、皆が寝静まった頃を見計らって、外に出た。
空にはいい月が出ていた。
私は周囲を見渡し、誰もいない事を確認して羽根を羽ばたかせた。
体はやはり、摘まれた様に持ち上がったが、私はすかさず、背筋をピンと張って上を見た。
今朝より上手く飛べているように思えた。
ある程度までの高度に行き着くと私は思い切って、水の中へ飛び込むように、両手を前に伸ばして、頭を出来るだけ上げて体を横にしてみた。
体が水平になる位だと、やはりオシリから後ろは下がったまんまだったが、もう少し手を下へ向けると、オシリは浮き出した。
しかしその途端、私は真っ逆さまになって下へ堕ちて行った。
私は声を挙げた。そして次の瞬間、体が回り背中が下になると、羽根は重力に掴まれて動かせなくなった。
もう駄目だ。
そう思った時、私はフッと浮いた。
体が何かに支えられた気がして、瞑っていた目を開けると、そこには私を抱きかかえる男性がいた。
なんだか私は安心して気を失ってしまった。
目が覚めたら今度はあの気味の悪い女性の前にいた。
起き上がってみると、羽根がなかった。
背中を探っていると、その女性は私にまたコップを渡してきた。
私がそれを不審な目で見ていると、ただのキノコスープだと言った。
私は恐る恐るコップを受け取った。
そして、誰かが他にもいる気配がして振り返ってみると、そこには私によく似た、同じ歳くらいの女の子が座っていた。
そしてその子の背中には羽根が生えていた。
彼女は私を見るなり、微笑みながらお礼を言ってきた。
私は何だかわからずに、握手を求める手を握った。
彼女は私に話してくれた。
なんでも、彼女の許嫁が今、死神の仕事をしていてここ何百年も会いに帰って来なかったので、人の夢を借りて人間世界を探していたところ、私の夢に来た時にその彼を見つけたらしいのだ。
それで、私の体に魔女の薬を使って入り込んだ。
そして私がさっき落ちたときに救ってくれたのが彼で、気を失っているときに私の心から出てきて、彼との再会を果たしたそうだ。
しかし、死神に救われるなんて何とも複雑な話だ。
彼女はできればこの先も度々体を貸して欲しいと言ってきた。私の体は格好も姿も似ているので合わせやすいのだそうだ。
まるで服みたいだと私は思い、いい気分ではなかった。
しかし、私も条件を付けてみることにした。
まずは、普段は羽根が無くせるようにして欲しい事。
すると、彼女はクスクス笑い、
あなたが向こうの世界で要らないと思えば、羽根は消えるのだと言った。
その他に、思う様に私も翔びたいと言うと、彼女は言った。
体を動かすよりも力を抜いて自然な状態で強く念じることだと。
心で羽根を動かすのが翔ぶには大切なのだと教えてくれた。
そして、またクスクス笑って、筋トレは必要ないと言ったので、私は顔を赤くしたが、私も一緒に笑ってしまった。
そして、私は目が覚めた。うつ伏せに寝ていた背中には羽根があった。
消えて。と、心で思うと羽根はなくなった。
彼女の言った通りだ。
体を起こそうとすると、腹が痛かった。
ヤバい。筋肉痛だ。
私は動くのを止めた。
そして考えた。
晴て私は翔べるのだ。何をしよう。
しかし、一番気になるのは、あの死神だった。
なにしろ彼はイケメンだったからである。
その夜、私は月に向かって羽ばたいたのだった。
おしまい。
いかがでしたか?
今日のオススメのカクテルの味は。
またのご来店、心よりお待ち申し上げております。では。 |