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「ちょっと、寒くなっちゃった」
すっと俺の唇から離れた桜が、恥かしそうに微笑みながら呟く。
「あ、ああ。石鹸流してゆっくり浸かろう」
俺は慌ててシャワーで石鹸をしっかりと流し、桜の手を引いて浴槽に浸かった。

「すごぉい!立ったまま首までお湯に浸かっちゃうよ!」
背の低い桜は首までお湯に浸かって嬉しそうに泳ぎ回る。
俺はそれを見ながら心の底から溢れて来る愛おしさに、とてつもなく戸惑っていた。
「ねえ、甲。僕ね、行く所も帰る所も無いの……
 もし、もし甲が僕の事嫌いじゃ無かったら、一生懸命お手伝いするから連れて行って……」
一頻り湯船の中をはしゃぎながら泳ぎまわっていた桜が俺の所へと戻り、
俺の首に手を廻して抱き付きながら躊躇しつつ呟く。
「え……?ええ?」
自分の中で不可思議な葛藤と戦いながら、ぼーっと桜に見惚れていた俺は
一瞬、桜の言葉の意味が良く解らずに間抜けな声で生返事をしてしまい、
じいっとつぶらな瞳で俺を見上げる桜の顔をぼうっとした頭で見詰めた。
「なんだって!?どういう事だ!?」
桜の言葉の意味を頭の中で反芻しているうちに、
その中に含まれた深い、そして哀しい意味に気付いた俺は突然大声を上げてしまい、
「きゃ!びっくりした!」
と桜を驚かせてしまった。


悲しそうに俺から瞳を逸らす桜に向かって再び誰何しようとした時、
「おー!ガラガラだ」「こりゃ良いのう」
と大声を上げながら団体さんらしきおっさん達がどやどやと入ってきたので
「桜、その話はまた後でゆっくりな」
と平静を装いながら優しく言い、コクンと頷く桜を確認してから
俺は浅くなっている足場に腰掛けて首まで湯に浸かり、ふうと溜息をつく。
すると、桜が俺の膝の上に対面で座り、自分の可愛らしいモノを
俺のモノに重ねる様にして抱きついて来た。
「桜、もうちょっと離れなさい」
自分の意思に反し、ドンドンと大きさと硬さを増してしまうモノを持て余し慌ててしまい、
桜にそれを感づかれる事を畏れて桜の瑞々しい肉体を自分の体から離す様にして注意する。
「甲は、僕の事がイヤなの……?」
俺を見上げて大きな瞳に涙を盛り上げる可憐な顔に慌て、
「そんな事は絶対にない!っていうか、俺はお前が好きだ」
と即答してしまい、自分で自分にびっくりしてしまった。
「え!……えへ、僕もね、甲の事、最初からカッコ良いなって思ったんだ……」
全身を桜色に染めた桜が湯船から少し立ち上がり、俺の頭を抱えるようにして抱きついて来た。
少し膨らんだ少女の様な胸が俺の目の前に晒され、心臓が破裂する程の鼓動を上げる。

こ、これは溜まらん!!

「さ、そろそろ出ようぜ!」
周りの団体さんが少し不振気な視線を俺達に向けているのにも気付き、
俺は桜を抱き上げて小走りに浴場を後にした。

片倉館を出て、パンダに乗り込んでエンジンを掛け、
ガタピシと音を立てながら諏訪湖岸道路を走り出す。
隣にはホカホカと湯気を上げ、嬉しそうにニコニコした桜がフンフンと鼻歌を奏でていた。
桜の着ていた服は汚れ過ぎていて話にならなかったのでコンビニ袋に入れてしまい、
俺の寝巻き代わりの大柄な袖突きTシャツをさっき買ったTシャツの上に重ねて着させ、
下半身には同じく寝巻き代わりの膝までのショートスラックスを履かせてある。
「なあ、桜。さっきの話だけどな」
「はい?なあに?」
大きな瞳を俺に向けて嬉しそうに笑う桜。
さっきの事を聞きたいのだが、無邪気な笑顔を見せられると聞くのを少し躊躇してしまう。
だけど、このままにしておく訳には行かないよなあ、やっぱ……。
俺は、一つ深呼吸をしてから再び口を開いた。

「ああ、さっきお前が言っていた、行く所も帰る所も無いってのはどういう事なんだ?」
「え……」
俺の質問に驚きの表情を見せ、直ぐに悲しみの表情へと変化させて
しょんぼりと黙り込んでしまう桜が気になり運転しながら助手席を見ると
桜は下を向いたまま、つやつやした膝の上にポタポタと涙を零していた。

俺は霧が峰方面へとハンドルを切り運転に集中し、桜が話し出すのをじっと待つ。
急激に高度を上げていくつづら折れの道を抜け、そろそろ霧が峰のゲレンデが見えてくる頃、
桜はポツリ、ポツリと自分の身の上を話し出した。
「あのね、甲。僕はね……」
そして、俺は桜の過酷な身の上を知らされた。

桜は現在十二歳、来年度は本来なら中学生となる歳だという。
桜はとある地方都市でホステスをしている母の元で父親不明の私生児として生まれ、
小学三年生までその街で母親と二人で暮らしていた。
母親は男や金にルーズな女だったが桜の事は溺愛し、
色々と問題も合ったが二人は貧しくも幸せな生活を送っていたと言う。
しかし、桜が小学四年生に上がる直前の春、ちょうど今から二年前に
母親はガンで亡くなってしまい、桜は一人残されてしまった。
親戚付き合いなど無かったので、桜は孤児として施設に送られそうになったが、
地方役場の職員としては信じられないほど親切な女性の献身的な努力によって
桜の母方の祖父母が割り出され、連絡を受けた祖父母の長男夫婦、
すなわち桜の母親の兄夫婦が桜を迎えにやって来たのだ。
桜にとっては伯父となるその男は、桜の顔を見るなり
「お前などは放って置きたかったが、お前の祖父母のたっての頼みで迎えに来てやった。
 これからは家で面倒を見てやるが、迷惑を掛けたら許さないからな」
と言い放ったという。
連れて行かれた家はとても大きく、祖父母は桜を優しく暖かく迎えてくれたが
同居している伯父夫婦と二人の息子は桜に対して厳しく、冷たく当たった。
ただ、桜より四つ年上となる伯父夫婦の娘は優しく接してくれ、
桜も「お姉ちゃん」と呼んで慕っていたのだが……

桜が引き取られてから一年程経った頃、
桜を可愛がり庇ってくれていた祖父母が相次いで病死してしまった。
そして、その遺産相続の為にやって来た弁護士が読み上げた内容は
「孫である桜に遺産総額の三分の一を譲る」
というモノだった。
伯父夫婦は怒り狂い、何も解らず戸惑う桜を攻め立てた。
桜は脅され、そして折檻されて無理矢理相続放棄をさせられそうになったが
代理人として指名された祖父母と懇意の弁護士はそれを許さず、
しかし桜の事を思って味方をしてくれる訳ではなく桜にとって地獄の様な日々が続いた。

そんな或る夜、桜の寝床にお姉ちゃんが忍び入り、
桜を抱き締めて慰めてくれ、一緒に寝てくれた。
寂しさ孤独に打ち震えていた桜は嬉しくて、お姉ちゃんに抱き付いてぐっすり眠ったのだが……

翌朝、鬼の様な、しかしどこかしら嬉しそうに勝ち誇った伯父夫婦に叩き起こされて
「貴様は娘をキズモノにした!子供だと思っていたがとんでもないヤツだ!」
と意味が解らない罵詈雑言を投げつけられ、折檻されて半殺しにされてしまう。
それからは毎日が暴力の日々で、そして伯父と高校生の長男から
性的虐待まで受けるようになり、桜は身も心もボロボロになり、
とうとう我慢出来なくなって伯父の家を飛び出して来たのだと言う……

「なんだそりゃ……酷すぎるぜ」
霧が峰のゲレンデ前の駐車場にパンダを停めて話を聞いていた俺は、
真っ赤になって泣きながら告白を終えた桜を呆然と見詰め、あまりの事に言葉を失っていた。
「ヒック、だから、ヒック、もう帰れないの。 
 帰りたくないの……」
愛らしい顔をクシャ、と歪めて
「ふえ〜ん……」
と泣き出した桜を俺は無意識にぎゅうっと抱き締めてしまう。
「甲……あ〜ん!ふえ〜ん!!」
桜は俺の胸に顔を押し付け、熱い涙で俺のシャツを濡らしながら号泣しだした。


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