虚無の日のお出かけ
キュルケは昼前に目を覚ました。今日は虚無の曜日である。キョウスケを部屋に連れ込んだ日から数日が経っていた。
「よし……!」
いつになく気合を入れ、キュルケは起き上がって化粧を始めた。これもやけに念入りである。だがこれはキュルケにとって見れば当然のことであった。
未だにキョウスケが落とせないのである。
始めはルイズの気性を考えてすぐに追い出すものと思い、そしてその時を狙えば良いと楽観的に考えていた。しかし予測は見事に外れてしまったのである。ルイズは何かしらの不満をキョウスケに持っているようだが、かといって外に放り出すといったことはしなかった。なら正攻法で正面から攻めようとしてみれば、そこもルイズが目を光らせてキョウスケに近づいてくる人間を見張っていた。どうやらこちらの動きを警戒されていたらしい。
それならルイズのいない時をと狙ってみたのだが、何とキョウスケもガードが固かった。しかも部屋に呼んだ際に付き合っている男達を見られてしまったせいで、余計に不信感をもたれてしまったようだ。
ここまで来るとさすがにキュルケも手ごわいと感じざるを得なかった。しかし、
(この『微熱』のキュルケが一人の男も落とせないなんて冗談じゃないわ!)
……これは男殺しのプライドとでも言うのだろうか? ともかく念入りに準備を整え、今日こそキョウスケを落としてみせると気合を入れた。
そして部屋を出て、ルイズの部屋の扉をノックする。始めの頃は外で寝ることの多かったキョウスケだが、今は部屋で眠るようになっている。恐らくいるだろう。
ノックした後、キュルケは顎に手を置いてにっこりと笑った。
(キョウスケが出てきたら抱きついてキスをして、ルイズが出てきたら、そうね、流し目を送って中庭に誘い出そう。そこで手練手管を使って落として見せるわ!)
キュルケは未だに自分の求愛が拒まれるとは思ってもいないのであった。
しかしいくら経ってもノックの返事が無い。あけようとしたが、鍵がかかっていた。
キュルケはなんの躊躇いもなくドアに『アンロック』の呪文をかけた。本来は校則違反なのだがキュルケはまったく気にしない。恋の情熱は全てのルールに優越する、というのがツェルプストー家の家訓なのであった。
ドアを開けて入る。しかし、部屋の中には誰もいなかった。
キュルケは部屋を見回した。
「相変わらず色気の無い部屋ね……」
そんな感想を漏らす。ふとそこで、ルイズの鞄が無いことに気付いた。虚無の曜日なのに鞄が無いということは、どこかに出かけたのだろうか?
キュルケは窓に近づき、外を見回した。すると門から外に出て行く二つの影を見つけた。目を凝らしてみると、それはキョウスケとルイズであった。
「なによー、出かけるの?」
キュルケはつまらなさそうに呟いた。そして少し考え、ルイズの部屋を飛び出そうとした。
「……ん? 何あれ」
だがそのすんでのところで、キュルケは火の気配のするものを見つけた。火属性のメイジのため、キュルケは火の持つ気配に詳しいのである。
それは見たことの無いものが詰め込まれているトランクだった。どうやらこの火の気配はこれらから漂っているらしい。
近づき、しげしげと眺めて見るキュルケ。
(何かしらこれ。以前来たときはなかったけど……そうか! これダーリンの持ち物ね!)
……いつの間にかキョウスケはキュルケのダーリンになっていたらしい。
「火の気配を持っている物をたくさん持っているなんて、やっぱり私とダーリンは相性が抜群ね! ……でも見たこと無い物だらけね。服もそうだったけど……あら?」
そこでキュルケは特に気配が強いものを見つけた。思わず手に取り、じろじろと見てしまう。
それは手触りがごつごつとしていて歪だが、卵のような形をしていてしかも金属でできていた。だが、なぜこんなものから火の気配がするのだろう?
(……分かんないわね……ま、でもいいか。どうせ恋人になるんだし、ちょっと歪だけど記念にこれを持っていってこれが何か教えてもらうかしら! 火の気配が特に強いんだし、私とダーリンとの橋渡しには最適よv)
よく分からないままウキウキ気分でそれを持ち出すキュルケ。そしてようやく、ルイズの部屋から出て行った。
(……一体こいつはどうしたんだ?)
馬の背に乗りながらキョウスケは思う。視線の先には桃色の髪をしたキョウスケの主人がいる。ふと視線に気付いたのか、ルイズが首を回してこちらを見上げてきた。……ここのところずっと続いている、不機嫌顔で。
「あによ。じろじろ見て」
「……いや、何でもない、気にするな。それより手綱の方に意識を向けろ」
分かってるわよ、と口を尖らせながら言って再び前を向いた。
……ここ数日の間に色々なことがあった。
厨房で食事ができると聞いて行ってみれば平民であるにも拘らずメイジを倒した英雄ということで料理長に騒がれたり、キュルケにしつこく付きまとわれたり、何故かは知らないが妙な目で見てくる女生徒が出てきてそのせいで男子生徒からも敵意のこもった目で見られたりと、基本である主人の授業に出て魔法の知識を仕入れたりというのは変わらなかったが、その間に挟まれる出来事が変に多くなったのである。
しかしもっとも大きな出来事といえば、やはり目の前にいる主人のことだろう。一言で言えば扱いがマシになったのである。かといって態度の方はどうか言えばそちらの方はなぜか悪化してしまい、常時不機嫌顔という有様になってしまった。
何故こんなことになったのか、こっちに来てから最大に訳が分からない。
(確か、キュルケに部屋に連れ込まれた次の日からだったか……)
キョウスケはその日、授業に参加するためにルイズの部屋に向かった。恐らく怒鳴られるだろうなとは思っていたため、疲れることだと呟きながら。
しかし部屋に入ってみても、怒ってはおり、口の端がぴくぴくと引きつっていたがルイズは怒鳴り散らさなかったのだ。
キョウスケは不覚にも驚いてしまい、つい「……ご主人は、本物か?」と口に出してしまったが、「……証明してあげようかしら……?」と徹底的に据わった、しかもまた隈ができていて余計に怖い、目つきで言われたため「分かった」と言うしかなかったのだった。
しかし未だに疑いは晴れない。その後もあれほど従わせようとして――何故か遠まわしに――食事に関することを言ってきたくせに、ある日突然食堂に来ていいと言い出したりもした。そして今回に至っては武器を買ってくれるという。
いよいよ疑いは深まるばかりであった。
(本来ならいらんと言う所だが、言い訳はあるにせよ『こちら側』の武器ばかりを使うわけにもいかんしな……むしろ丁度良い、か。……しかしどうも腑に落ちん……)
こいつの扱いの、そして態度の変化は一体なんなのかと、ますますの疑いを含んだ目でルイズを見るキョウスケである。
しかし実のところ、このルイズの変化は彼女にとって見れば当然のことであった。それは、キョウスケがルイズの部屋を出ていったときから始まっていた……
「まったくあの使い魔は……!」
地団太をふみながらベッドに向かうルイズ。こっちの話を聞いてないこと甚だしいと、忌々しげに呟く。
(しかもご主人様をほっといて出かけた挙句、キュルケの部屋に入って、やっぱり外で寝る? ふざけんじゃないわよ!)
やっぱりここは残ったお仕置き案、外にほっぽり出すのは今の様子を見る限り没とした方が良さそうだが、を実行に移すべきかと思いかけた。
しかしそこで、何かが早まるなとルイズに告げてきたのである。何でよとそれに反論しかけるが、ルイズ自身もどこかで引っかかる部分があったのだろう。何か見落としがあるのではないかと思い直し、少し考えてみた。すると、
(!! そうよ、ツェルプストー!)
そのことに気付いたのだった。
今キョウスケにお仕置きなんかしてしまったら、間違いなくあの色ボケが使い魔に誘惑をしてくるだろう。食事を抜いても色ボケが出すであろうし、しかも最悪、愛想を尽かして使い魔自身がルイズから離れていってしまうかもしれない。
(あの使い魔ならやりかねないわ……というか絶対にやる!)
そう考えると、どうしてもこれ以上扱いをひどくするのはまずいという考えが出てきてしまうのだった。
ここら辺は言ったことを貫くキョウスケの性格を知っている者なら、そんなことは有り得ないと言う所であろう。しかし、ルイズはキョウスケの人柄の一端に触れたといっても出会ってまだ数日である。これ以上したらまずいのではないかと思う気持ちがあった。
(た、確かに活躍の割に余り良い扱いはしてなかったかもしれないわ。でも使い魔なんだから、これぐらいは当然、なんだろうけど……)
ベッドに入っても眠れず、悶々と考え込んでしまう。結局昨日と同じく朝まで考え込み、そこでようやく許すことに決めたのだった。しかしプライドの問題もあるため、直接は言わないにせよ食事関連で攻めることにしたのであった。まったくもってプラ(以下略!)
しかし!!
その認識が甘いと思い知らされるのはすぐであった。
どうもその日以降の使い魔の様子がおかしかったのである。食事のことに関して遠まわしに仕掛けてみたのだがなにか反応が変だった。リアクションは返してくるのだが、どうも薄いような気がするのである。感覚的なものであるため、断定はできなかったが。
だがそれが間違いではないことはすぐに分かった。偶然使い魔が厨房に入っていき、そこで賄いを食べていることを見つけた生徒と会ったのだ。ルイズに悟られないように気をつけていたキョウスケであったが、しかし偶然というものまでは防ぐことができなかったようだ。
これでますますルイズは危険だということを認識(誤認)する。しかもその頃には更なる追い討ちが来ていることにも気付いていた。キュルケ以外の数人の女生徒の使い魔を見る目が変なのだ。そこで品は良くないが、聞き耳を立てて彼女達の会話を盗み聞きをしてみた。
すると、驚くべき発言を彼女達はしていたのである。
「ね、ねえ、大っぴらには言えないんだけど……ルイズの使い魔の人って……」
「う、うん……なんか、かっこいいよね」
「私もそう思う。なんか、ここの男子には無い頼もしさがあるっていうか、野性味があるっていうか……」
「初めは平民のくせにって思ったけど、今になって考えてみると……凄かったよね、あれ……」
あろうことか、使い魔に狙いをつけたと言う内容であった!
何とか表面上は顔が引きつく程度で抑えられた。(実際はそこまでなっていては意味が無い)しかし内心では驚きまくっていたルイズである。どうやら相手が平民ということも忘れさせるほど、カフェでの活躍は目を見張るものがあったらしい、が、ルイズにとっては冗談ではなかった。
(う、嘘でしょ……! キュルケに続いて厨房、果ては学院の女生徒まであいつに味方するなんて! も、もしほんとにここで扱いなんてひどくしたら……!!)
間違いなく出て行く、というかどんな人間でもそうする! ……この結論に達してしまったルイズであった。ますます悶々と考え込む。
(でもあんな態度許せないし、でも扱いをひどくしたら出てっちゃうかもしれないし、でもあいつって私のことどう思ってるか分かんないし、でも許しちゃうのも癪に障るし、でもキュルケたちにあいつを取られるのはもっと嫌だし、でも、でも……!!!!)
……素直に自分の気持ちを認めればいいのにも拘らず、悶々といつまでも考え込むルイズであった。まっっったく(以下略!!)
で、結果として扱いは良くするものの、納得できないという考えから常に不機嫌顔になってしまい、そして剣を買いに行く今もなお継続中となってしまったルイズであった。強情もここまでくると見上げたものである。
そしてそうこうしている内に、城下町に着くのであった。
トリステインの城下町をキョウスケとルイズは歩いていた。ちなみに魔法学院からここまで乗ってきた馬は町の門のそばにある駅に預けてある。
(……少し腰が痛むな)
ぽんぽんと腰を叩く。生まれて初めて馬というものに乗ったため、上下の動きはPTで慣れていたものの少し腰を痛めてしまったようだ。
(しかし、それよりも……)
キョウスケは辺りを見渡しながら、
(ここがこの国の首都、と言うわけか。…狭い道だな)
そんなことを考えてルイズの後ろについて歩いていく。ルイズはそんなキョウスケの様子を田舎くさいわよと言ってきた。無論今も不機嫌顔である。
「仕方ないだろう、一応初めてくる場所だ。次に来たときは興味がなくなっているだろうが、な」
心の中で、おれの世界では珍しいこともあるが。という言葉を付記しておいた。
ルイズはそんなキョウスケの様子に納得できず、振り向いてぶーぶー文句を付けてくる。
「そんな様子でどうすんのよ。私財布持ってるし、そんな様子じゃスリだとかに襲われたとき対処できないじゃない」
こんなに人通りがあるっていうのに、と視線で周囲を指しながら言う。なるほど、確かにキョウスケが狭いと評したように道路は五メートルもなく、そこを大勢の人間が行きかっているためスリには絶好の場所と言えた。
ちなみルイズは当然のことながらキョウスケに一度は財布を押し付けようとしたが、やっぱりばっさりと断られたのであった。
しかし言われたキョウスケはまるで動じず、
「それなら追って叩きのめすまでだ。それに、おれもそういった気配ぐらい読める。近づいてきたところを叩いてもいい」
自信たっぷりに言い放つ。
するとみるみるルイズの不機嫌顔が深刻になっていった。う〜と唸り声を上げ、それでも言い返してくる。
「で、でもメイジが相手だったらどうすんのよ!」
「……メイジは貴族なんじゃないのか?」
疑問に思い、キョウスケはたずねる。
「確かに貴族は全員がメイジだけど、メイジの全てが貴族ってわけじゃないわ。いろんな事情で勘当されたり家を捨てたりして身をやつして傭兵になったり犯罪者になったりする連中もいるのよ」
「……そうか。だが、その時はこれを使えばいい」
拳銃をポケットから出すキョウスケ。そう何度も使うとまずいだろうが、一回しか使わず、なおかつ単発で仕留めればこの世界の銃でやったとごまかせるだろう。
この数日のうちにガンダールヴの力を確認しておいたため、この人ごみで撃ったとしても間違いなく当て、なおかつ殺さないことができる。そのことをキョウスケはルイズに(ガンダールヴの内容は避けて)断言してやった。
「要らん心配などするな。それよりも武器屋に行くんだろう? 早く案内してくれ」
まったくもってにべも無かった。悔しさ丸出しの顔でう〜〜!! と唸るルイズ。そしてぷいっと前を向いて黙ってしまい、足を速めるのだった。
キョウスケは首をかしげ、一体いつになったらこれは直るんだと思いながら足を進めた。鈍いのは相変わらずであった。
その内、ルイズは更に狭い通りに入っていった。ごみや汚物が道端に広がっており、悪臭が鼻を突いてくる。
(臭いな……だが、確か『こちら側』でもこういう時代の都市では、道にごみを捨てていたと言う話があったか……そこらへんは変わらんようだな)
考察するキョウスケ。しかしその一方、臭いと思っていても表情が変わっていないあたり、鉄面皮と言うにも程があるような気がしないでもない。
そしてそのまま歩き続け、ようやく武器屋を見つける二人。羽扉を開け、店に入っていった。
店の中は昼間だと言うのに薄暗く、ランプの灯りが点っている。様々な武器や甲冑が店内に乱雑に並べられていた。
店の奥でパイプをくわえていた中年の男が入ってきたルイズとキョウスケを胡散臭げに見る。そこでルイズの紐タイ留めに描かれた星の紋章に気付き、パイプをはなしてドスの利いた声を出した。
「貴族の旦那、うちはまっとうな商売をしてまさあ。お上に目を付けられるようなことをした覚えはありませんぜ」
(……そういっている時点で怪しいんだがな)
目を少し細め、こう考えるキョウスケである。一応警戒として、足を気付かれない程度に下げた。
そこでルイズは一歩前に出て腕を組み、
「客よ」とまだ続いている不機嫌顔で言った。
ほう、と男は驚いた声を上げた。
「こりゃたまげた。貴族が剣を買うって言うんですかい!」
「……どうしてよ?」
「いえ若奥様、坊主は聖具を振る、兵隊は剣を振る、貴族は杖を振って陛下はバルコニーからお手をお振りになるっていうのが相場となっておりまして」
「使うのは私じゃないわ。使い魔よ」
「忘れておりました。昨今は貴族の使い魔も剣を振るうようで」
主人は商売っ気たっぷりにお愛想を言った。そしてキョウスケをじろじろと眺めてきた。
「剣をお使いになるのはこの方で?」
ルイズは頷き、
「私のために、なるべくこいつの見映えがよくなるものを選んでちょうだい」
ツンとした声で言う。
主人はいそいそと奥の倉庫に消えていった。途中、聞こえない小声で呟く。
「こりゃ鴨がネギをしょってやってきたわい。せいぜい高く売りつけるとしよう」
程なくして、一メートルほどの大剣を持って主人が現れる。鋭い光を放っており、なかなかに切れ味も良さそうだった。
「両手持ちのツヴァイハンダーでさあ。その方もかなり鍛えておられるようで、これなら見映えも良くなり、更に威圧感も増すこと請け合いでございまさあ」
そして付け加えるように言う。
「そういや昨今は宮廷の貴族の方々で下僕に剣を持たせるのがはやっておりましてね。まあその際に選ぶのはレイピアなんですが、この方だったらこれでございましょう」
ルイズはその言葉にぴくりと眉を上げ、たずねる。
「貴族の間で下僕に剣を持たせるのが流行ってる?」
主人はもっともらしく頷いた。
「へえ、なんでも最近このトリステインの城下町を盗賊が荒らしておりまして……」
「盗賊?」
「そうでさ。なんでも『土くれ』のフーケとかいうメイジの盗賊が貴族のお宝を盗みまくってるって噂で、貴族の方は恐れて下僕にまで剣を持たせる始末で、へえ」
「ふーん……」
ルイズは盗賊には興味が無かったようで、気の無い返事で返した。その目視線はずっと、目の前にあるツヴァイハンダーに向かっている。と、そこで店の扉のところで立って黙っていたキョウスケが口を開き、「ご主人」とルイズに近づいて呼びかけた。
「あによ」
「おれにも少し触れさせてくれ。一応おれの使う武器になるかもしれん以上、おれにとって使い勝手がいいか知っておきたいんだが」
ああとルイズが頷き、「分かったわよ」と言ってどいてくれた。
キョウスケは主人に近づき、ツヴァイハンダーを受け取る。とたん、キョウスケのルーンが輝きだし、この剣とキョウスケとの相性から、使い方、構造に至るまでの情報を伝えてきた。
その時ふと、キョウスケは周りに気付かれないほどの微かな笑みを漏らし、ルーンを見た。
(おれは元々こういう武器とは無縁だったんだがな……ブリットや少佐なら、これが無くても使えただろうに)
仲間の何人かを思い出してそんな感想、そして感傷を持ったのであった。しかしそれは一瞬で、すぐにもとの表情に戻り、ルイズに呼びかける。
「いいだろう、これなら使いこなせるはずだ」
続いて店主に向き直り、これはいくらだと告げようとした……その時であった。
「おまえさんがその剣か……もったいねえな」
と言う声が、店内に響いたのである。
突如聞こえてきた謎の声に反応し、キョウスケはその方向に向き直って剣を構えた。
「おいおい、そんな警戒すんなって。ただ俺はおまえさんの実力を褒めただけだぜ」
しかし、かかってくる声は変わらぬ口調のままである。しかも声はするのにまるで姿が見えない。キョウスケはいぶかしんだ。
(これほど近くにいると分かる声であるにも拘らず、姿がみえんだと……透明になる魔法でも使っているのか?)
そして魔法のことを思い出して、そんなことを思うのだった。だが、キョウスケの不安は杞憂に終わる。
「こらあ、デル公! 余計なこと言うんじゃねえよ!」
主人が声の方に近づき、一本の剣を手に取った。
それはキョウスケが持っているツヴァイハンダーと長さはそれ程変わらないが、刀身の細い薄手の長剣であった。ただ表面にはさびが浮き、お世辞にも見映えがいいとはいえない代物だったが。
なぜ剣を取るとキョウスケが思っていると、
「何だよ、本当のことじゃねえか! いい代物が無くてあんなモンしかまともに出せねえ店の店主が威張ってんじゃねえよ! ちったあ口で売るより中身を売ることを覚えやがれ!」
なんとつばの部分をカチャカチャと鳴らして、剣が喋ったのである。非常識には大概慣れたと思っていたキョウスケだが、再び驚かされることになったのであった。
「それって、インテリジェンスソード?」
ルイズも戸惑った様で、当惑した声を上げる。振り返りもせずに店主が答えた。
「そうでさ、若奥様。意思を持つ魔剣インテリジェンスソードでさ。いったいどこのメイジが始めたんでしょうねえ、剣を喋らせるなんて……とにかくこいつはやたらと口が悪いわ客に喧嘩を売るは、果ては店主の私に歯向かって来る始末で……やいデル公! いつもいつも俺が商売していれば余計な口を挟みやがって。これ以上逆らうと本気で溶かしちまうぞ!」
「おもしれえ、やってみろ! どうせこの世にゃもう飽き飽きしてたところだ! 溶かしてくれるんなら上等だ!」
……本当に口が悪い。同じ意思を持った作られたものである彼女等とはえらい違いであり、しかも平然と、造物主ではないにせよ、主人に歯向かっていた。感心すら覚える。
(……大したものだ。……しかし、ずいぶん簡単に受け入れられているな……もしかしたら、一部では『こちら側』の技術を越えているんじゃないのか?)
そこでふと、剣にできるのならアルトといった機動兵器にも意思を持たせることができるのではないかと言う妙な考えが浮かんだ。
しばしそのことを考え、そして即座に首を振った。危険すぎる。
(特にこんな状況でそんなことをしたら、一歩間違えればアルト自身が世界征服に乗り出しかねん。しかも)
ちらりとまだ争っている二人を見る。
(これでは余計に不安になるだけだ。……馬鹿なことを考えたな)
そこで思考を打ち切った。しかし、その一方で興味は湧いてきていることを自覚していた。
(喋る剣、か。……面白い)
ツヴァイハンダーをそこらへんに置き、キョウスケは二人に近づいた。そして口を開く。
「デルフリンガー、と言ったな」
「ん? なんでえ、まだ決着はついてねえんだから後にしろい!」
「そうですぜ下僕のあんちゃん。どうにかしてこの野郎を……」
口を揃えて反論してくる二人(?)。しかし、キョウスケはばっさりと無視した。
「さっきおれに言っていたことは本当か?」
「へ? さっき……ああ、俺がお前さんじゃあの剣は似合わねえってことか。おうよ、本当だ。掛け値なしでな」
「なら聞く。どんな剣がおれに合うと思うんだ?」
「もちろん俺様のような剣だ!」
「「違うわよ(だろ)!」」
間髪いれずにルイズと店主が反突っ込んできた。しかしキョウスケは構わず、デルフリンガーの答えに一つ頷いて、店主の腕からデルフリンガーを取るのであった。
ルーンが輝き、デルフリンガーという剣の情報をキョウスケに伝えてくる。そして、微かな笑みを浮かべた。どうやら言うだけのことはあるらしい。なかなかの潜在能力であった。だが、
(……おかしいな。読み取れん情報が、一部にある……?)
そう、ガンダールヴのルーンでも読み取れない情報がデルフリンガーにはあるのだった。疑問に思うが、しかし使えることは確からしいと考えてそこで考えるのを止める。そして
「いいだろう、お前を買ってやる」
とキョウスケは言うのだった。
とたん、ルイズが慌て始める。
「ち、ちょっと! ここに来た理由を忘れてない? 私はあんたのみ、見映えをよくするために……」
「それでもいいが、おれは少し興味がこいつに湧いてきたんでな。……だが、デルフリンガーと言ったか? 一つ、買うには条件がある」
「ん? ……!」
キョウスケは笑みを消し、険しい目を向けていた。デルフリンガーはその視線の鋭さに一瞬、言葉を失う。
「言っておくぞ。お前はお前のことをあの剣以上だといった。おれはお前への興味とそれを信頼してお前を買うが、だが言った以上証明して見せろ。……いいな?」
ガンダールヴの能力で大体は掴めたものの、やはり実践してみなければ信用できない。情報はスペックというだけで、信頼性があるかを知るのは試さなければ分からないのだ。機動兵器のテストパイロットを多く務めてきたキョウスケは、そのことを身に染みて分かっていた。
キョウスケは店主の方を向き、言う。
「余っている鉄材か何かは無いか? この二つの剣の試し切りがしたい」
「もう、結局そんなボロ剣を買っちゃって……!」
ぶつぶつと通りを歩きながらいうルイズ。そう、キョウスケの背中には鞘に収めたデルフリンガーがあった。
あの後の試し切りで見かけとは正反対の切れ味をデルフリンガーは見せ、その結果にぼんやりとしている主人に店に飾られていた値段で買い取ったキョウスケである。(当然デルフリンガーの真価に気付いた主人はそれなりの金額を取ろうとしてきたが、先手を打って飾られていた値段を突きつけ、押し切ったのであった。店主が悔しがったことは言うまでも無い)
キョウスケはしれっとした様子で言い返す。
「使う以上、見掛けが悪かろうが使えるものを使った方が良いに決まっているだろう。それとも何か? 見かけだけを重視して、おれが使い魔の仕事をするのを邪魔したいのか?」
「……ッ!! 分かったわよ、もう!! ほんっっとに主人の言うこと聞かない使い魔なんだから!!」
非の打ち所の無い正論に、顔を赤くして顔を背けてしまうルイズ。そこに、
「いやはやたいしたもんだねえ、相棒」
余計な乱入が入った。デルフリンガーである。
「『使い手』で貴族相手にこの立ち回り、しかもまるで怯えてねえときてる。さっき俺に向けた目も相当の迫力だったしな。見慣れねえ服を着てたりするし、おまけに俺たちのしらねえ武器も持ってやがる。……おめ、一体何モンだ?」
同じ武器同士だからなのか、キョウスケが持っている武器に気付いたようだ。一瞬キョウスケの目が細まり、前を歩いていたルイズはキョウスケの発する雰囲気の冷たさにびくっとする。
だがすぐにキョウスケは肩をすくめ、言ったのである。
「単なる使い魔だ。そこにいるご主人のな。……これ以外の答えがいるか?」
そして視線でルイズを指した。この答えにしばしデルフリンガーは黙っていたが、やがてけらけらと笑い始めた。
「ま、それもそうか。変なこと聞いてすまねえ。これからよろしくな、相棒」
「ああ、頼む」
そう言いあいながら、二人の親しげな態度にますます不機嫌になって早足を始めたルイズ。そしてそれを追いかけるキョウスケであった。
その一方で、先ほどの店の店主がもう一度痛い目を見ているのを彼らは知らなかったのだった。人の話によると、店主は自棄になって今日は店じまいだと叫んだらしい。ご愁傷様である。 |