キョウスケの長い夜
学院長室に残された二人は、お互いにイスを向けた。
「いやはや、まさか彼が異世界からやってきた人間だったとは……想像もしておりませんでした」
「うむ、まったくじゃ。この年になってこんなに驚くなんぞ滅多に有り得ん話じゃわい。……しかし異世界、か……どんな所なんじゃろうのう?」
そこでオスマンがいすにもたれかかり、目を閉じた。その閉じたまぶたの裏には、キョウスケから聞いた話を基にして想像した異世界の情景がある。といっても想像しきれていない為、不確かなものだったが。
コルベールも手をあごに添えて考え始めた。
「興味はありますが、しかし魔法が無くその代わりにカガクというものが発達して魔法の代わりをしていると言われましても……」
「うむ、その想像がまったくつかんからの。魔法が無くてどうやって金属の練成などをしてるんじゃろうか」
「まったくです。しかもそれでいて銃といった武器のレベルは段違い、と……仰る通りまるで想像できませんな」
「……じゃが……」
「はい、だからこそ興味が湧きます。彼はいくつかその世界の道具を持っているようですから、いつか貸してもらいましょう」
そして、二人して彼方の世界に思いを馳せた。
彼らがキョウスケから聞いたのは、衣食住の話と武器や機械の一部についてである。キョウスケは話す内容にも気をつけていたらしく、ああは言ったものの、アルト自体はもちろん、それに繋がる技術のレベルについては隠していたらしい。
しかしその程度の話でも、まるで見たことも聞いたことも無い世界の話ではキョウスケの話をただ納得するしかなかったし、また好奇心を起こしてアルトがらみの技術から目をそらさせるに十分だったようだ。
「家を建てるに際しても科学によって作られたキカイなるものでやるらしいが」「レビテーションなどのように浮かせる魔法の変わりとなるものがあるんでしょうか」「うーむ、どうじゃろ。食物もカガクでつくっとると言うが……」「錬金で肉の代替品として作ったものが平民の間ではやっていると言う話を聞きます。しかし彼の話を察するに……」
いつしか話の内容が異世界談義になっていた。
オスマンはその話が一段落したとき、一つ頷いた。
「うーむ、考えれば考えるほどに興味が湧いてくるのう。こりゃもう一度あの青年……なんつう名前じゃったっけ?」
「キョウスケ・ナンブだそうです。……この名前も聞いたことがありませんが」
「おお、そうじゃった。彼を呼んでもう一度話してもらいたいもんじゃのう。……それに」
「……? それに、なんですか?」
「……いや、彼の武器を見た時に気が付くべきだったんで情けない話なんじゃが、宝物庫にある『あれら』の正体が分かるかもしれん」
その言葉に、コルベールの顔に驚愕が走った。
「な、なるほど! 私も今まで気付きませんでしたが、『あれら』も我々が見たことも無いものでしたし、どこと無く彼の武器に似ている部分がありました! とすると、『あれら』は……」
「まだ分からんがの。じゃがわしも彼の武器を見て『あれら』……『破壊の杖』と『壊不の鎧』らと同じような感触を受けた。彼なら正体を知っとるかもしれんし、もしやもしたら帰る手がかりになるかもしれん。折を見てあれらのことも話すとしよう」
「はい、学院長!」
コルベールは興奮で顔を赤くしながら、力強く頷いた。
「……しかし、見事なもんじゃったのう」
「は? ……と言いますと?」
突然漏らしたオスマンの呟きの意味が分からず、問いただすコルベール。
そのオスマンの目は、キョウスケがくぐっていったドアに向けられていた。
「なに、彼の態度のことじゃよ。いささかぶっきらぼうすぎるきらいはあるが、それでも終始落ち着いた態度じゃったしの」
オスマンは先ほどのキョウスケの様子をこう評した。ああと、コルベールも同意してくる。
「確かにそうですな。見事なものです」
「……確かまだ二十二歳と言っておったが、その若さであれか。一体どんな経験をしてきたんじゃか……」
オスマンは腕を組み、顔を伏せた。
「はい。おなじ世代の人間でもあそこまで老成していると言うか、落ち着いた者はそうはいません。彼の世界もそうですが、彼自身にも興味が湧いてきます」
「うむ。……しかし、この後あやつはどうなるのか、そしてどうトリステインで、いや、ハルケギニアで生きていくのかのう……」
これから彼に起こる出来事を考えながら、オスマンは再び呟く。……しかし実際の所、もうその出来事の一つは起こっていたのであった。
キョウスケは歩きながら、ある問題について考えていた。それは当然……
(さて、どうルイズをなだめれば良いか……)
そう、キョウスケの偉大なご主人様のことである。ある意味では切実な問題であり、キョウスケが部屋にいないことで盛大にむくれているに違いなく、そして一目キョウスケを見れば途切れることなく文句を言ってくるだろう。この二日の内にそれぐらい分かってしまった。
(別に怖くは無いが、面倒なことこの上ない……な)
学院長室を出て、廊下を歩きながら方策を考えるキョウスケ。学院長室に言ったことは話せるわけが無いし、やはり無難なところで出歩いていたと言う以外ないだろうが、しかしこれぐらい遅くなったとなれば納得がいくはずも無い。どれほど喚き散らされることか。
キョウスケはここの所増えてきたため息をついた。
(前途多難だが、これしか手が無い以上仕方が無い。やるまでだ……)
重くなりそうな足を引きずり、ルイズの部屋がある通りまでやってきた。すると、
(? 何だ?)
何故だか分からないが赤い巨大なトカゲ、確かサラマンダーと言っただろうか、が廊下に出ていた。
(だがあれは、キュルケとか言う女生徒の使い魔だったはずだ。それが何故部屋に入らず廊下に出ている……?)
キョウスケは訝しがる。するとキョウスケに気付いたのか、サラマンダーがキョウスケに近づいてきた。
思わず身構えかける。だがサラマンダーはきゅるきゅると人懐っこい鳴き声を上げ、そしてそのままキョウスケのジャケットの袖をくわえて引っ張ってきた。どうやら害意は無いようだが……
(どうやらおれをどこかに連れて行きたいようだが……)
周囲を見渡してみると、一つの部屋のドアが開け放たれており、それはルイズの部屋の前にあった。恐らくあそこに引っ張り込みたいのだろうが……
(無視しても良さそうだが……おれに用があるというなら、ここで片付けてしまった方がいい、か)
恐らく昼間、ギーシュに勝ってしまったことに難癖でも付けたいのだろうとキョウスケは考えた。いくらこのサラマンダーに害意が無いとしても油断はできない。それにこの使い魔の主人であるキュルケはルイズのことを馬鹿にしていたし、その使い魔で、しかも平民であるキョウスケがあのような活躍をされては困るのだろう。
再びため息をつき、サラマンダーに連れられながら自然な動きでワンアクションで右手をナイフに、左手を拳銃のつかめる位置まで持っていく。そしてドアをくぐった。
異世界二日目の夜は、まだ終わらないようである……
入ると、部屋は真っ暗だった。サラマンダーの周りだけぼんやりと光っている。キョウスケが身構えながら歩いていると、暗がりからキュルケの声がかかってきた。
「扉を閉めて?」
しかし疑いも解いていないのに、そう易々と従うキョウスケではない。
「……使い魔でこの部屋に引っ張り込んで、おれに何の用だ?」
「……何の用って?」
「理由も分からずに連れ込まれて警戒しない人間などいないと思うが?」
ああ、とキュルケが言った。
「そういうことね。大丈夫。そんな気は無いし、そうね、態度で示した方がいいかしら」
キュルケが指を弾く音が聞こえた。すると、周囲に明かりが灯っていく。
(……何だあれは)
キョウスケは目の前に広がっている光景を見て唖然とした。
何本もの蝋燭が一列に並べられており、それらがキョウスケの近くにあるものからキュルケの近くのものまで順に灯が点っていった。
しかし問題はそこではない。
蝋燭の点った先のベッドの上にキュルケがいたのだが、その格好が何とも、悩ましい姿だったのである。エクセレンが一度こんな格好をして誘惑してきたことがあったため、余計な知識だが一応頭に残っていた。
(よく知らんが、確かベビードールだったか? しかし何故そんなものを着ている……?)
疑問を覚えるキョウスケ。一方キュルケはそんなキョウスケに声をかけてきた。
「襲うつもりならこんな格好なんかしないでしょう? さあドアを閉めてこっちに来て」
確かに害意はなさそうだ。しかし依然何故こんな姿をしているのか訳が分からない。無視してルイズの部屋に行くと言う手段もあるにはあったが、害意や悪意が無い以上そう邪険に扱うわけにもいかなかった。どうやらここは……
(仕方が無い。行くしか……ないようだ)
キョウスケはしぶしぶ武器から手を離し、そしてドアを閉めてキュルケの座っているベッドに近づいた。
キュルケが燃えるような赤い髪を優雅にかきあげ、にっこりと笑って言う。
「座って?」
言われたとおり座ってやる。
「……で、何の用だ?」
普段とまったく変わらない声で話すキョウスケ。その様子に何故かほんの少しキュルケが眉を上げたが、すぐに気を取り直して話し始めた。
「あなたはあたしを、はしたない女だと思うでしょうね」
「……は?」
意味が分からず、間抜けな声が出た。しかしキュルケはお構いなしに続ける。
「思われても仕方が無いでしょうね。でも、私の二つ名は『微熱』って言うの。その意味が分かる?」
「……いや、分からん」
「あたしはね、松明みたいに燃え上がりやすいの。だからいきなりこんな風にお呼び出ししてしまうの。分かってる、いけないことなのよ」
「……」
格好もそうだが言っていることも訳が分からなくなってきた。相槌を打とうにもどうしていいのかまるで分からず、何も言えなくなってしまう。
「でもね、あなたはきっとお許しくださると思うわ」
そこでキュルケは潤んだ瞳でキョウスケを見つめてきた。その瞳を男が見れば十人中八人か九人は原始の本能を呼び起こされるに違いないだろう。
しかし何事にも例外はいるものだ。
「……すまん、本当に言っている意味が分からん。何を許すんだ?」
相も変わらずの無表情のキョウスケ。……そう、ここにいた。
キュルケの目の奥に激しい焦りが走る。しかし表情を崩さず、今度は手を握ってきた。
「そうね、遠まわしに言うことでもないわ。はっきり言うわね」
そしてキョウスケの指をなぞりながら、言う。
「恋しているのよ。あたし。あなたに。恋はまったく突然ね」
「……は!?」
また間抜けな声が出た。今度のはいくらばかりか大きい声だったが。
「あなたがギーシュを倒した時の姿……かっこよかったわ。まるで、そう、孤高の狼みたいに野性味溢れていて激しかった! あたしね、それを見て痺れたのよ。信じられる! 痺れたのよ! 情熱! ああ、情熱だわ!」
「……」
「二つ名の『微熱』はつまり情熱なのよ! あの時からあたしはぼんやりとしてマドリガルを綴ったわ。マドリガル、恋歌よ。あなたのせいよ、あなたが余りにもかっこよすぎるから……ほんとにわたしったら、みっともない女だわ。そう思うでしょう? でも全部あなたの所為なのよ」
キョウスケはなんと答えればいいのか分からなかった。何と言うか……余りにも気障過ぎる台詞に呆れていたのである。
キュルケはその沈黙をイエスと受け取ったのか、ゆっくりと目を瞑って唇を近づけてきた。
が、キョウスケは落ち着いてキュルケの肩を押し戻した。呆れていただけで別に冷静さは失っていない。
どうして? と言わんばかりの顔でキュルケがキョウスケを見つめてきた。キョウスケはそれに真っ向から向き合い、
「……まあ、言いたいことは分かった。つまりお前は惚れっぽく、そしておれに惚れてしまったと言いたいのか」
きっぱりと言う。それは図星だったようで、キュルケは顔を赤らめた。
「そうね……人よりちょっと恋ッ気は多いのかもしれないわ。でも仕方が無いじゃない。恋は突然くるものなのよ」
「……一応言っておくが、おれは平民だぞ?」
「そんなの関係ないわ。恋は突然よ! すぐにあたしの体を炎のように燃やしてしまうんだもの! この炎の前には平民も貴族も無いわ!」
キュルケが自信たっぷりに言い放つ。
キョウスケはルイズの時のように痛くなってきた頭を押さえながら、キュルケにあることを言おうとした。
「……すまんがおれには……」
その時だった。いきなり窓の外が叩かれたのである。
見てみると、そこには恨めしげに部屋を覗く一人のハンサムな男の姿があった。
「キュルケ……待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば……」
「ベリッソン! ええと、二時間後に」
「話が違う!」
ここは確か三階である。どうやらベリッソンと呼ばれたハンサムは魔法で体を浮かしているらしい。
キュルケは煩そうに胸の谷間に差した派手な魔法の杖を取り上げ、そちらをろくに見もしないで振った。
蝋燭の火から炎が大蛇のように伸び、窓ごと男を吹っ飛ばす。
「まったく無粋なフクロウ「待て」何?」
「……さっきの男はなんだ?」
「彼はただのお友達よ。とにかく今一番恋しているのはあなたなのよ」
そう言ってまたキョウスケに唇を近づけてきた。だがこれ以後もそれどころではない事態が続いたのである。
次から次へと男が現れて、そして吹き飛ばされていった。ついには面倒くさくなったのか、使い魔のサラマンダーを呼んでそいつらを吹き飛ばさせた。
「今日はお邪魔な虫がいっぱいね。ともかくあなたを愛して「帰る」待って!」
問答無用で立ち上がるキョウスケ、そして慌ててそのジャケットの袖を掴むキュルケであった。だがそこに、
「何やってんのよあんた達はぁぁぁーーーー!!」
扉を蹴破ってルイズが乱入してきた。丁度良いといったタイミングである。ちなみに寝る前だったのか、ルイズはネグリジェ姿と言うあられの無い格好をしていた。
艶やかに部屋を照らす蝋燭を一本一本忌々しそうに蹴り飛ばしながらキョウスケとキュルケに近づいていく。そして袖を掴んでいたキュルケの手を引っぺがし、ものすごい形相でまくし立てた。
「いつまでたっても使い魔が帰ってこないから嫌な予感がしてあんたの部屋を覗いてみれば、誰の使い魔に手を出してんのよツェルプストー!」
しかしキュルケは気にしたそぶりもなく応じる。
「仕方ないじゃない。好きになっちゃったんだもん」
キュルケは両手をすくめた。
「恋と炎はフォン・ツェルプストーの宿命なのよ。身を焦がす宿命よ。恋の業火で焼かれるならあたしの家系は本望なのよ。あなたが一番ご存知でしょう?」
ルイズの手がわなわなと震える。そしてキョウスケを睨んだ。
「来なさい、使い魔。今ばっかりはどんな反論も許さないわ。あのふざけた屁理屈もねぇぇ……!」
そこにキュルケが割り込んだ。
「ねえルイズ、彼は確かにあなたの使い魔かもしれないけど、意思だってあるのよ。そこを尊重してあげないと」
ずいぶんなことをしれっと言ってくれるものである。キョウスケの意思を尊重したらキョウスケはこの部屋からすぐに出て行くことになってしまうのだが……
(挑発のつもりなんだろうが、おれに惚れたというなら少しは言い方を工夫してほしいんだがな……)
このままではとばっちりを食らうのが目に見えている。どう言って主人をなだめるかをキョウスケは考え始めた。しかし幸か不幸か、とばっちりを食らう前にキュルケがルイズに再び言葉をかけたため、ルイズの注意がそちらに向いてくれた。
「それにね、あなたはいなかったから分からなかったでしょうけど、カフェテラスでの彼の活躍は凄かったのよ。それにギーシュに言った啖呵や首にナイフを突きつけたときの雰囲気なんか本当にかっこよかったわ」
「……ふ、ふん、それがどうしたって言うのよ。ナイフがどれほど使えたって、後ろから『ファイヤーボール』や『ウインド・ブレイク』を撃たれたらどうしようもないわ」
本当はキョウスケが使えるのはナイフだけではないことを知っているルイズである。しかしここは言い負かされたくないあまり、その辺は伏せて話すようにしたらしい。
だがキュルケも負けてはいなかった。
「ふぅん、本当にそう考えているの、ルイズ?」
「な、何の話よ」
「本当にこの……なんていう名前だったっけ?」
キョウスケは思わず特大のため息をついていた。どうやらろくに名前も知りもせずに恋を囁いてきていたらしい。首を振りながら、一応教えておいてやる。
「……キョウスケ。キョウスケ・ナンブだ」
「そう、キョウスケ……って変な名前ねぇ……まあいいわ、キョウスケがそいつらに易々とやられるような人だと考えているわけ?」
「……う……」
「どうせあんたのことだから、私に言い負かされたくないばっかりにそう言っているだけでしょ? 見え見えよ」
「そ、そんなこと無いわ、何言ってんのよ『お熱』のキュルケ!」
「『微熱』よ! 言ってくれるじゃないの『ゼロ』のルイズ!」
「あによ!」「何よ!」
言い争いが睨み合いになってしまった。双方う〜と唸りながら歯を剥き出しにしている。
呆れ返って首を振るキョウスケ。
(……こいつらと付き合っていると本当に疲れるな……)
もう付き合っていられない。勝手にしてくれとばかりに急ぎ足でさっさとキュルケの部屋から出た。
「……あ! こら、待ちなさいよ使い魔!!」
で、ルイズも付いてくる。結局そのまま二人でルイズの部屋に帰っていったのであった。
部屋に帰るや否や、
「夕食から帰ってみればああああんたがいないし、夜出歩くぐらいなら文句はいい言わないようにしようとおおおおお思っていたけど、よりによってあの女のととっとところに行ってたなんてぇぇぇーーーー!!」
髪を逆立て、腕を振り回し、声を震わせてこれ以上無いくらいに怒りまくるルイズ。
もうどうでも良くなりかけていたが、それでも一応キョウスケはなだめてやった。
「誤解だ、ご主人。おれは確かにあの女の部屋に入ったが、それはあいつの使い魔に連れ込まれたからだ。別にあの女には何もしていない」
「嘘ばっかり!! どうせあの女の色香に惑わされたんでしょ、このムッツリ使い魔! いえ、今となっては使い魔なんていうのもおこがましいわ! この犬!! ムッツリ犬ーーーー!!!!」
興奮してこちらの言うことなどまるで聞いていない。しかも振り返って机の方に向かったと思ったら、なんと乗馬用の鞭まで持ち出してきた。
「ああああんたのこと少しでも認めた私が馬鹿だったわ。やっぱり使い魔は使い魔として、こここここの場でしゅしゅしゅ修正をしておかないとねえぇえぇぇーーーー!!」
そしてそれを振り回し始め、あろうことかキョウスケに突進してきたのである。
もうこっちに来てから何度目か分からないため息をキョウスケはついた。
(これを見ていると段々評価が揺らいでくるな……おれも目が狂ったか?)
キョウスケの殺気に怯まなかった点は大したものだが、しかしこんな取り乱し方をされては本当にこいつが主人で大丈夫かと思わずにはいられない。難儀と言うか、余りにも直情的過ぎる主人である。
(……だが今はそんなことを考えている場合ではない、か)
目の前の怒れる主人を何とかせねばなるまい。突っ込んでくるルイズを横に体を移して避け、さっさと足に引っ掛ける。
「え? きゃっ!」
そして倒れそうになるルイズの腰に腕を巻きつけ、更にもう一方の手で鞭を没収した。力も技もなく、考えなしに突進してくるだけなのだ。簡単に押さえられるに決まっている。
「は、離しなさいよ!!」
ばたばたとキョウスケの腕の中で暴れるルイズ。なぜか顔が赤くなっている。
「いい加減にしろ。おれはあの女に何もしていないと言っただろう。何なら明日にでも本人に聞いてみればいい」
重ねて言うキョウスケ。あくまで不遜さを崩さないその態度が功を奏したのか、だんだんルイズの動きも収まってきた。
「……ほんとに? ほんとに何もしていないわけ?」
疑わしげに聞いてくる。
「ああ、本当だ」
「……え、ええと、でもあの女って、言うのも腹立たしいけど美人じゃない? それなのに何にもしないって……あ、あんたまさか……!?」
……何か変な想像をしだしたらしい。今度は段々顔を青ざめさせ、戸惑ったようにキョウスケに聞いてきた。キョウスケは思いっきり疲れた顔をした。
「……そんなわけが無いだろう。しかも何故そんなことを想像する」
「で、でも私の姿を見ても何にも言わないし……って違う! そ、そう! 女の子のことなんてあんまり見てないからよ!!」
ていうか離しなさいよ、と言ってキョウスケの腕を振り払った。
キョウスケは首を振り、眉間を思いっきり寄せて(といっても実際は少ししか動いていない辺り、キョウスケらしい)答えてやる。
「……それで何故その考えに行き着くのかおれにはいまいち分からんが……まあいい。理由は、単におれがあの女に興味が無い……それだけだ」
元々キョウスケはその手の話には無関心だったし、しかも今はエクセレンという恋人がいる。彼女以上の女性などキョウスケの中には一人もおらず、そしてそんな女性が胸の中にいる以上他の女性に興味を持つはずが無いのだ。……気恥ずかしいため、口には出さないが。
そこで今度は逆に、キョウスケがルイズに聞いた。
「しかしなぜそこまであの女を嫌う。別におれはあの女に興味は無いが、おれがあの部屋にいたくらいで何もそこまで怒ることは無いだろう?」
「いいえ、大いにあるわ。……そうね、まずそこから説明しなきゃならないかしら」
床を踏み鳴らしながらルイズが話し始める。
「まずキュルケはトリステインの人間じゃないの。隣国ゲルマニアの貴族よ。それだけでも許せないわ。私はゲルマニアが大嫌いなの」
「……」
「でもそれだけじゃないわ。私の実家にあるヴァリエール領はね、ゲルマニアの国境沿いにあって両国が戦争になるといつも先頭切ってゲルマニアと戦ってきたの。そして、そして国境の向こうにある地名はツェルプストーよ! あいつが生まれた場所だわ!」
ルイズは歯軋りをしながら叫ぶ。だがこれだけでは終わらず、それからもルイズの憤慨は途切れることが無かった。
曰く、戦いになるなり殺しあった仲である。曰く、ルイズの家系の人間は代々恋人をキュルケの家系の人間にとられまくった……だそうである。しかも一々とられた人間の名前を挙げてくれたため、妙に生々しい話になった。
「……なるほど」
よくもそこまで因縁が続く家系もあったものだ。それなら確かにここまで嫌うのも頷けないことも無い。
「しかしおれは別にご主人の家の者でも何でもないだろう。そこまで拘る必要も無いと思うが」
「いいえ、たとえ使い魔であろうと小鳥一匹であろうとキュルケにとられたりするのは絶対に許せないわ! というかやっぱりあんた……!!」
「……だから違うと言っただろう。あくまで例えの話だ」
やれやれと首を振り、部屋に置いてあったサバイバルキットを手にとって再びドアに向かった。ルイズが慌てる。
「な、何よ! また出て行く気!?」
「そうだ。……ご主人が頭を冷やしてくれんと眠れそうにないんでな。だが今の状態では無理そうだ。外で寝た方がよく眠れる」
「な!」
「だが安心しろ。明日の授業が始まる際にはこの部屋の前に来ておくし、使い魔としての役割は忘れずに果たす。そうすれば文句は無いだろう?」
「う……いや、あるわよ! 態度を直したり、私の世話もきちんと……」
「そういうことだ、ご主人。じゃあな」
で、長い夜もようやく終わると安堵しながら部屋から出て行くキョウスケであった。
少したった後、再び獣の叫びが聞こえてきたのは言うまでも無い。 |