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Zero of the Beowolf
作:T・K



夜の会談


「……あんた、何してんの?」
 ルイズはイスに座りながら、床に腰を下ろしてその前に持ち物を広げている使い魔に声をかけた。
 使い魔は目の前に並べたそれらを左手でとっては離し、また別のものを取っては離しを繰り返している。
 辺りは暗くなってきており、そろそろ夕食の時間というところである。この時間までルイズは授業に出ており、ようやく終えて部屋戻るや否や使い魔がこれを始めたのだ。
「……少し、こいつの力が気になってな」
 グローブを脱ぎ、左手のルーンをルイズに示すキョウスケ。
「昼の、ギーシュと言ったか、あの男と戦った際に左手で銃を持ったとたん、おれの感覚が鋭くなった上に武器の扱い方が頭に流れ込んできた。しかも以前は銃ではない別のものでも同じことが起こったからな」
 そこで一旦言葉を切った。
「以前、使い魔には様々な能力が付加されると言っていたな? もしかしたらこの力がそれなのかもしれん。……だから、どんな物であればこいつが反応するのか調べておきたい」
 そこでルイズは別の機会に左手で何か握ったことがあるのかしらと一瞬思った。だが、
「……ふーん」
 さほど気に留めず、すぐに忘れてルイズは気の無い様子で返事をした。今のルイズにはそれよりも大事なことがあるのである。
「別にいいじゃないそんなの。それよりそろそろ夕食の時間よ。あんたはどうすんの」
「おれは別にいい。一人で行ってくればいいだろう」
 予想通りといえば予想通りの返事であった。
(こいつほんとに私に仕えたりっていうのには付き合わないつもりね……)
 ここまで突き抜けているとむしろ見事なものであった。ルイズも思わず感心してしまったほどである。ここでただ態度だけというのならまだルイズも何か言えたのだろうが、実力の方も持っているとなれば文句を言う気も無くなりそうになる。しかも恩義までこの使い魔にはあるのだ。
 ギーシュとの昼の事件以降、それ程時間はたっていないがルイズを正面きって馬鹿にしてくる生徒がぱったりといなくなったのである。それはキョウスケの問うた質問のせいもあるのだろうが、一番効いたのはキョウスケの実力と迫力である。近くにキョウスケがいるとしり込みして言えなくなってしまうのだ。
(自分の実力で言わせなくなったわけじゃないと言う点は残念だけど、それに関しちゃ、まあ、その、か、感謝しても良いわ。でもやっぱり貴族として、何よりご主人様としてどうにかしてこいつを従わせるようにしないと示しがつかないもん! 昨日いわれたこともあるから尚更に!)
 だがルイズはこう考え直し、使い魔を自分の命令を聞かせるようにしなければと心の中で拳を握り締めるのであった。実のところで言えばもう使い魔という呼び方を変えてもいいと思うほどにキョウスケを認めているルイズである。
 しかし、今でさえこんな態度をとっているのに、人並みの扱いをしたら更に付け上がるのではないかという勝手な考えから素直にそう呼べないのだった。プライドと言うのは本当に悲しいものである。
(そのためにもどうにかしてこいつの気を引かないと……)
 意を決して再び使い魔に話しかけるルイズ。そこでルイズは気になっていたことを話題に出した。
「でもあんた、それだとまたあの棒みたいなやつ食べるんでしょ? っていうか、あれってそんなにおいしいの?」
「……」
 そこで一瞬動きを止める使い魔。しかしルイズはその一瞬を見逃さず、目を光らせた。
(はは〜ん、さては……)
「おいしくないんでしょ?」
「……まあ、な」
 言いにくそうに話す。それにルイズはこれだ! とますます目を光らせた。にやりとした笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「ふ〜ん、そうなんだ。あれってそんなにおいしくないんだ。……学院の食堂に行けば少しはいいものが食べられるかもね」
「……!」
「でもこれでもかっていうくらい料理が出されるからむしろ食べ切れなくて困っちゃうのよ。どうしようかしらね〜残ったの。困っちゃうわ」
「……!!」
 無表情ながらぴくぴく反応する。それにルイズは凱歌を上げた。
 学院で食べなくても携帯食やサバイバルの知識があるため問題は無いキョウスケであるが、やはり毎回毎回味気の無い携帯食では飽きてくるし、できることなら美味なものを食べたいというのが人間の本能だ。しかも現在は昼食をとらなかったために小腹をすかしている状態であった。
 図らずもキョウスケの弱みを見事に突いたルイズであった。しかしこの使い魔相手に油断はしない。
(我慢してくるっていう可能性もあるし、いくらこれが良い手でも今夜だけじゃ落とせないかもしれないわね)
 使い魔が只者ではないことは承知済みのルイズである。それに、何となくではあるがこの使い魔が簡単にこちらに従うはずが無いとルイズは分かっていた。
(でもそれなら持久戦に持ち込むまでよ! 何日も何日もおいしくない物を食べているこいつにこの攻撃はさぞ応えるでしょうねぇ〜)
 顔に浮かべているのとは別に、心の中で凄惨な笑みを浮かべるルイズ。いざとなったら温存している二つのお仕置き案も彼女にはあるのだし、それを使えば良い。……だんだん手段を選ばなくなってきた感が出てきたが。
 ふふん、とした顔をしてイスから立ち上がるルイズ。
「そろそろ時間だわ。じゃあ、今から食堂行って来るわね。あんたも食事を取ってなさい」
「……了解、ご主人」
 ドアに向かうルイズ。使い魔は立ち上がる様子は無い。やはり今夜だけでは落とすことはできないようだ。
(ま、せいぜい頑張んなさい。この調子でぜぇ〜ったいあんたを従わせて見せるから! ……ま、まあ、ちょっと手段が嫌味すぎるけど、で、でもこれも私に素直に従おうとしないあんたが悪いんだからね!?)
 つい良心がとがめてしまうルイズ。こんなことで従わせてもどうしようもないことは分かっているが、このまま使い魔に今の態度をとられ続けるのも嫌なので、意味は無いが心の中で言い訳して一応謝っておくルイズであった。
 ドアノブに手をかけ、外に出る。
 しかし出てすぐにうんうん唸りだした。やっぱり少しやりすぎたかしらと不安になってきたらしい。
(……う〜、でもちょっと悪辣すぎるかしら。でも舐められるわけにもいかないし……)
 でもどうすればいいのだろう? あんまり好待遇しすぎるのもあいつを付け上がらせるだけだし、だからと言って今のままじゃ……
 そこまで考えて、ルイズははっ! とした。そうだ、すぐ近くに虚無の休日があるではないか!
(そうだわ、その日にでもあの使い魔に何か武器を買ってあげよう! そうすれば多少は機嫌も……って何言ってんのあたし!?)
 見せてくれたあのナイフはとんでもない切れ味があるようだが、どうにもあの体格とナイフとでは見栄えがしない。自分の使い魔であるからには見栄えもしっかりしてもらわなければ困るのだ。
(そうよ、そう。そのためだけよ。それ以外にはなにもあるわけ無いわ! そうに決まってるのよ!!)
 で、無論ルイズの本心としてはキョウスケの心証を少しでも悪くしないための方策にすぎないのである。そして勿論、自分の心と言ってもプライドの塊のルイズがそんなことを容易に認めるわけが無い。まったくもって(以下略)
(あいつもあんな武器だけじゃつまんないだろうし、銃だって近づかれちゃ使えないもんね。よし……)
 実際にはあれがベストの装備でこれ以上は必要無いのだが、貴族ならではの傲慢さから勝手に決め付けてしまうルイズであった。
 
「……あいつもやるようになってきたな」
 といっても、まだ二日目だがなと漏らすキョウスケ。
(しかしいくらおれに態度を改めさせたいからと言って、ここまでするか……?)
 キョウスケはキョウスケで悩む。こちらもルイズの本心にまるで気づいて無いため、鈍さは相変わらずである。
(……まあいい。いくらレーションが味気なくてもあいつに頭を下げるよりはマシだ。いざとなったら外で何か捕らえて食べればいいだけだしな)
 こうなってしまってはもはや意地の張り合いのようなものである。キョウスケも徹底抗戦を決めた。が、すぐに肩の力を抜かし、ふっと笑みを浮かべた。
(何をむきになっているんだ、おれは。それよりもむしろ、こちらを済ませたほうが良い……)
 目の前に散らばっている品々を見るキョウスケ。ルーンが光るかどうかの実験で、この中の半分既に試し終わっている。終わった中では拳銃以外にもナイフ、そしてアサルトライフルにこれは反応するようだ。そしてその結果から、ひとつの予測が立てられた。
(まだ決め付けることはできんが、どうやらこれは……)
 そこまで考えたときだった。いきなりドアがノックされた。
「失礼します。ミス・ヴァリエールの使い魔の方はいらっしゃいますか?」
 続けて、ドアの向こうから女性の声がする。だがキョウスケはその言葉の内容が気になった。
(……ルイズではなく、おれに用があるのか? だが何故……)
 キョウスケは気にしつつも無視するわけにもいかず、ドアを開けた。
 そこにいたのは緑の髪を持った、理知的な雰囲気を漂わせている女性であった。かけている眼鏡がそれをより強調させており、また、ローブを身に付けていることからメイジと知れた。
 ドアから現れたキョウスケを見て、女性は頭を下げた。そして持ち上げかける。
「夜分だというのに申し訳ありません。実は学院長が……!?」
 その途中で彼女は言葉を詰まらせた。視線がルイズの後ろで固定されたまま動かない。
 何だと思ってキョウスケは振り返ってみた。するとピクリと、ほんの少しキョウスケの眉が上がった。
(……なるほどな)
 特大に目を引くものが、そこにはあった。そう、キョウスケが銃をぶっ放したせいでできたひび割れである。そしてそんなことを正直に言えるはずが無い。
 キョウスケはごまかしに入った。
「……ああ、あれは、おれの主人が室内で魔法の練習して爆発させてしまったためです。驚かせて申し訳ない」
「……え? あ、ああそうなんですか。そういえばミス・ヴァリエールは魔法を使うと爆発してしまうんでしたね。ぼうっとしてしまってすみませんでした」
 女性は再び頭を下げた。
 ルイズの日ごろの爆発のおかげでどうにかごまかせたようだ。ほっと胸をなでおろしながら、心の中でルイズに詫びた。……申し訳程度に。
(多少の仕返しだ。悪く思うなよ、ご主人)
 女性は気を取り直し、話し始めた。
「先ほどの続きですが、学院長がミス・ヴァリエールの使い魔のあなたを呼んでおります」
「……学院長が、おれを?」
「はい。申し遅れましたが、私は学院長の秘書を勤めるロングビルといいます。ミス・ヴァリールには知らせるなと言われておりましたので、彼女が出て行くところを見図らせていただきました」
「……わかりました。しかしなぜ学院長が……?」
「私は詳しい話しを教えてもらったわけではありません。ただあなたに話があるので連れてくるようにと……」
 キョウスケは疑問を覚えた。何か学院長に呼び出されることをしただろうか?
(心当たりと言えば今日の使い魔の騒ぎぐらいか……?)
 有り得ないことは無いように思えた。ここでは平民は貴族には敵わないと言うのが常識となっているようだし、キョウスケの活躍はここではタブーに近いものだったのかもしれない。
 だが、そうはいっても学院長の呼び出しとなっては逆らえるはずが無い。すぐに行きますとロングビルに言い、共に学院長室に向かった。
 やってきた学院長室には白い髪と髭を持った老人とコルベールがいた。どうやら老人が学院長とやららしい。彼はテーブルの前にあるイスに座り、コルベールはその傍らに立っていた。ロングビルはここに着くや否や「ではこれで」といって去っていってしまった。
「おお、来たみたいじゃな。わしがこのここの学院長を勤めておるオスマンじゃ。よろしくのう」
「……はあ」
「なに、そう硬くなることは無い。早く座ると良い」
(……そういわれても、何だあれは)
 キョウスケは困惑していた。流れる雰囲気を見るに、どうやらキョウスケが危惧していたようなことは無いらしいが、目の前のテーブルの上にあるものはよりキョウスケを困惑させていた。
「ちと長くなりそうでの。夕食時というのに呼んでしまったこともあるからこちらで用意させてもらったんじゃ」
 オスマン学院長は笑い、テーブルの上にあるもの、うずたかく積み上げられたご馳走を指して言う。
 オスマンはご馳走の一部を手でつまみ、口に放った。
「うむ、うまい。……いや、食事長のマルトー親父がわしがミス・ヴァリエールの使い魔を招待したいと言ったら張り切ってしもうての。よほどメイジに平民が勝ったことが嬉しかったらしい。後伝言で、何か食べたくなったら厨房の裏まで来いということを言っておったぞ。食堂で出してるものの賄いでよければ、ともな」
(……ほう)
 それは今まで味気の無い食事をしていたキョウスケにとって、ありがたい申し出であった。しかし、そこでオスマンに聞きたくなった。
「……そんなことを許して良いんですか? おれも、まあ、平民ですが賄いとはいえ貴族に出しているものを……」
「まあ、の。じゃがマルトー親父にはわしも世話になっとるし、賄いを出すくらいなら問題があるというわけでもない」
「それにどんなに学院長が禁止といってもあの厨房で一番偉いのはマルトーコック長ですから、彼が出そうと思えば出せてしまうのですよ。正式な彼の辞令を出せれば別でしょうが、今現在の彼の勤務態度ではそんなことできそうにもありません。そのような心配は無用ですよ」
 コルベールが割り込んで、オスマンの言に補足を加えてくれた。それらにようやくキョウスケは頷き、「……ではいただきます」と言った。

 食事が始まった。持ってきたイスにキョウスケは座り、オスマンやコルベールもそろってご馳走にフォークを伸ばした。
 オスマンとコルベールは楽しく談笑しながら食を進めている。しかしキョウスケは内心穏やかでなかった。
(こいつらはこんなものを毎日食べているのか……?)
 先ほどの話からすればこれは特別なケースなのだろうが、比較対象を見たことが無いのでそんなことを考えている。
「しかし見事なもんじゃのう。平民なのにマナーをそこまで知っておるとはの」
「……いえ、別に大したことではありません」
 キョウスケは自分が知っているテーブルマナーをしてみたが、それに関しては違いは無かったらしい。ちなみに何故キョウスケが知っているかといえば、それはエクセレンとのデートのおかげである。
(たまには雰囲気のあるところに連れて行けとか言ってきたしな。……その度に金がなくなったが)
 苦いんだか甘いんだかよく分からない記憶である。
(しかし、何が目的でおれを呼んだ……?)
 オスマンに視線を向ける。キョウスケとしてはこのまま食べているのも良いが、呼び出された用件とやらが気になるので早く言って欲しいところであった。今のところ危険はなさそうだがその用件次第では、と言うこともありえる。
 やはりそろそろ始めるかと考え、手を動かすのを止めて口を開いた。
「……学院長。そろそろ私達が呼ばれたわけを話してもらいたいのですが……」
 キョウスケの言葉にふむ、と頷きオスマンが一旦フォークとナイフを置いた。
「そうじゃの、そろそろ始めるとするか。……わしらが君らに話したいことは二つある。まず、君に刻まれたルーンのことじゃ」
(!? 何だと……)
 その言葉にキョウスケは反応した。このルーンのことについて何か知っていると言うのだろうか?
「……このルーンが何かあるんですか?」
「うむ、それが大いにあるんじゃ。……はっきり言おうかの。それは始祖ブリミルの使い魔、ガンダールヴのルーンじゃ」
(……? なんだそれは……)
 始祖だのガンダールヴなどと言われてもよく分からないキョウスケである。どう反応して良いのか分からず、無言でいることしかできなかった。
 だがその様子にオスマンはきらりと目を光らせる。
「……妙じゃな」
「……は?」
「何故おぬしはそんなにも反応が薄いんじゃ? 始祖はこの世の全てを作ったとされるいわば創造主にも等しきもの。いくら平民とはいえそれに関することをいえば多少は反応するんじゃが、これほどの反応の薄さは……」
 失敗した、とキョウスケは心の中で舌打ちをした。
(どうやら宗教だかの神のようなものらしい……反応しなかったのはおれの素性を言っているようなものか)
 アルトのことがばれなければいいため、異世界から来たことを隠す必要は無いのかもしれないが、わざわざヒントを与える必要も無いだろう。
 キョウスケは無表情を保ったまま、言い逃れようとする。
「そうですか。しかしおれがいた場所ではそのような話は聞いたことがありません。ここら以外の場所におれはいましたから」
「……ふむ、まあ世界は広いし、の。ならばここのコルベールがおぬしが言っていたというチキュウレンポウなる単語らも、おぬしの見慣れぬ服や武器もおぬしの故郷でのものなのかの?」
「……そうです。おれの故郷での地名や政府の名前です」
 せっかく相手が納得しかけているのだ。ここはこう言うしかない。やはり異世界と言う発想は普通は思いつかないようだ。
「しかし、何故おれの武器のことを知っているんですか。確かあの時、お二人はいなかったような気がするんですが……」
 オスマンが豊かな髭をなで、片手でなにやら鏡らしきものをテーブルの下から取り出した。
「いや、昼間の決闘騒ぎをこの『遠見の鏡』でみての。おぬしのもっとる武器があまりにもわしらの知っとるものとは違う。また、おぬしのギーシュに対するあの態度もの」
「……」
「あそこまで見事な啖呵は聞いたことが無いし、それにどこかわしらとも平民たちとも違った部分があると思うての。それで気になってしもうたというわけじゃ。話が移ってしまったが、おぬしを呼んだ理由の二つ目はおぬしの素性が気になったからじゃよ」
 そこまでオスマンの話を聞き、見通しが甘かったこと、そしてずいぶん深くまで読まれたことをキョウスケは覚った。
(おれたちの世界の武器、そして考え方ですらこの世界では異質すぎる、か。……迂闊すぎたな)
 アルトはまずすぎるにせよ、拳銃やらナイフやらもここではまずいようだ。
 分かってはいたが、性能が違いすぎる。そして貴族が普通はいなかったことから来る考え方も……
(さっきの説明でこの場はごまかせるかもしれん。だが突き詰めて質問されてしまえば、目の前の二人のような知識を有している人間はいずれおれの正体に気付くだろう……)
 それに嘘に嘘を重ねるにせよ、今のキョウスケのこの世界の知識では限界がある。
(それらにも気をつけなければ、この二人のような人間が出てきた時にごまかしきれなくなる、か。……ならば、ここは……)
 キョウスケは決断した。そして、
「……申し訳ありません、オスマン学院長、コルベール教諭」
「「ん?」」
「先ほどまでのおれの話は嘘です」
「「なんじゃと(ですと)」」
「信じてもらえないかもしれませんが……おれはここではない世界、異世界からやってきた人間です」
 賭けに出た。
 アルトのことはさすがに話さなかったが、キョウスケは自分がこの世界ではない人間であること、そして中庭で使った銃とナイフは自分の世界の武器であることを説明した。
(さて、これでどうでるか……)
 二人は目を点にしてしばらく呆然としていた。そしてお互いに顔を合わせ、
「……にわかには信じられんの」
「……ええ、信じられません」
 と言った。だが二人は一旦間を置き、首をキョウスケに向け、
「しかし、そうはいってもの」
「ええ、そうはいっても、ですね」
 二人してキョウスケに頷いた。どうやら、信じてくれたらしい。だが……
「……おれの話を信じてもらえるんですか?」
 望みどおりの結果になったものの、キョウスケは驚きを隠せなかった。ここまで簡単に信じてもらえるとは思ってもいなかったのだ。
 キョウスケの様子に二人はこともなげに答えた。
「まあの。いろいろと見させてもらったこともある」
「その通りです。例え世界広しといえども、それなりに我々も世界のことを知っています。それでもあのような性能の銃やナイフ、服装など見たことも聞いたこともありません」
「……」
「ですが、そういう事情があったとなれば多少は納得できます。あれらの単語もあなたの世界の都市の名前や政府の名前だったんですな。道理で知らないわけです。……しかし……」
 ふと、コルベールが口ごもる。
「お尋ねしたいのですが、何故急に我々に素性のことを言う気になられたのですか? 初めに話さなかったということは話したくない事情があるのでしょう? あのまま嘘を通していれば騙し通せたはず……」
「……それは俺も考えました。しかしあなた方二人はかなり深いところまでおれのことを読んでいました。しかもおれはまだこの世界に詳しいとは到底言えない。いずれボロが出てばれてしまうでしょう」
「「……」」
「ならば今は手の内を見せ、この場でその対策を練った方が良い……そう考えたからです」
 キョウスケのこの言葉に、オスマンがふむ、と髭をなでた。
「なるほどの。異世界から来たことは隠しておきたいが、正体を知られそうなこの場では逆にばらしてわしらにその対策を教えてもらった方がよい、と……そういうことじゃな?」
「……ええ」
 まだ彼らのことを知らないにも拘らず、自分のことを話したのはいささか早計だったかもしれない。もし彼らが他の事を詮索してくるのなら、この学院から出て行くことも考えなくてはならなくなるだろう。
(だが、多分そうはならんはずだ……)
 キョウスケはまだ二十二という若輩であるが、その人生濃度は濃い(特にこの数年)。戦いの中にあって多くの人と出会い、彼らの考えや信念、果ては狂気と言ったものを感じ続けてきた。人を見る目もそれなりには養われていると自負している。
 そしてそれらの経験からこの二人を見るに、信頼できる人物と思えたのである。
 キョウスケは言葉を続けた。
「初めに話そうとせず、それでいてこんなことを言うのは失礼なことと重々承知しています。ですが……」
「そこまででよいよ」
 オスマンは手でキョウスケを制した。
「まあ何かしらの事情があるんじゃろう。そのためにさっきは話さなかったんじゃろ? そこまで硬くならんでよいし、異世界から来たこともわしらのうちで止めておこう。じゃが、帰る方法についてはわしらも知らん。申し訳ないがの」
 オスマンは笑いながら、だが、最後の部分は声を落として言ってくれた。しかし止めておいてくれるだけでも良かった。感謝に、キョウスケは素直に頭を下げる。
「……ありがとうございます。それだけで十分です」
 手をひらひらさせながらオスマンが応じた。
「なに、わしらとしてもおぬしに言動を気をつけるようにと言うところじゃったんじゃ。むしろ都合がいいわい」
「……? というと?」
「初めに言ったじゃろ? おぬしのルーンのことじゃ」
(! そう言えば……)
 今までの話しに気をとられてすっかり忘れていた。初めはそのことについて話していたのだった。
 キョウスケは左手のグローブを外し、ルーンに視線を落とした。
「……このルーン、確か『ガンダールヴ』と言っていましたが、それがそれ程重要なことなんですか? 始祖とか言う相当の権威を持つ人間の使い魔がそうだったこと、そのために名前が知られていることも分かりましたが……」
「確かにそれもあります。しかし、実際の力としても『ガンダールヴ』は恐ろしいものがあるのです」
 ここでコルベールが口を開く。そしてガンダールヴの力の伝説について語り始めた。曰く、ありとあらゆる武器を使いこなして主人の呪文詠唱の無防備を守ったこと。そのために強大な力を有し、千人もの軍隊を一人で壊滅させることができ、並みのメイジで歯が立たなかったこと。
 キョウスケは納得した。確かにそんなことが言われているのであれば、言動に気をつけなければ注目を集めたときの対処がやりにくくなる。
(厄介なことだ……しかし、『千人の軍隊を一人で』の下りは眉唾もいいところだが、な)
 そして自分にそんなことを期待されても困る話だ、とキョウスケは思った。無理があるにも程がある。しかし世間でそう言われている以上、警戒しなければならないのは事実だろう。
(……だが、収穫もあったか)
 『ガンダールヴ』の伝説を聞いてこの能力を持ったものはそうそういないことが分かったし、また部屋でしていた実験から、ルーンがどのようなときに光るかの予測を補強することができた。
(恐らく、『武器』に反応しているんだろう……)
 どのような武器でも使いこなしたと言う『ガンダールヴ』、それはこのルーンのためにどのような武器でも使えるようになった為なのではないか。そしてその効果は、武器に左手が触れることで発動する……
(そうとしか思えん。それにこの予測なら、おれの銃の扱いが異常にうまくなったことも説明がつく……しかし、やはりでたらめだな)
 武器なら機動兵器でもお構いなし、ということがだ。もう笑うしかない。
(まあでたらめさはおれももう知っていたことだ。これ以上言っても仕方が無いだろう。それより今は今後の身の振り方の方だな)
「……なるほど、分かりました。この伝説があるため、『ガンダールヴ』であることを知られぬよう気をつけろと言うことですか」
 オスマンが頷いた。
「うむ、そうじゃ。王宮の連中なぞに知れたらそれこそ戦争に使われかねんからのう」
「……はい」
「で、ここからさっきのどう振舞えばいいかという話に戻るんじゃが……」
 そこからは素性について聞かれた際、また武器について聞かれた時はどう対処すれば良いのかを話し合う。そしてそれは小一時間ほどかけて、ようやく話がまとまった。
 オスマンが息をつく。
「ま、こんなもんじゃろ。これで早々疑われることはなくなるはずじゃ。……そろそろ時間も遅くなってきたの。ここら辺で切り上げた方が良さそうじゃな」
「ええ、そのようです」
 そういってキョウスケは立ち上がり、ドアに向かった。既に食事も済んでいるし、これ以上いても邪魔なだけだ。
「……しかし、のう……」
「……? 何か?」
 歯切れの悪い言葉に、キョウスケは後ろを振り向いた。そこには真摯な目をキョウスケに向けているオスマンがいた。
「……つかぬ事を聞くが、この世界に呼び出されて辛くは無いのか? いきなりわけも分からぬ場所に呼び出されて、のう……」
「……そのことですか」
 キョウスケは笑みを浮かべた。
「心配はいりません。おれは状況への適応は早いようで、当初は戸惑いましたがもう慣れました」
「……ていっても、まだ二日しかたっとらんぞ? それにお前さんはやけに落ちついとるし、普通なら帰ることに躍起になっとると思うんじゃが」
「適応が早いと言いましたが? それにこの態度は地です。慌てふためいても帰れるというわけでもありませんし、だからといって帰るのをあきらめたわけでもありません。今も手がかりを探しています」
 動じることなく言うキョウスケにオスマンが呆れたような顔になり、降参と言うように手を上げた。
「分かった分かった。確か庭でもミス・ヴァリエールが言っておったが、おぬしは武器だけでなくおぬし自身も本当にでたらめじゃのう。普通ならパニックでも起こしておるだろうに、まるでそんな様子も見せんのだからの」
「……それは褒め言葉と受け取っておきます」
「わしとしては呆れて言ったんじゃがの。……まあいいわい。おぬしの話にも興味が湧いたことじゃし、帰る手段が無いかわしのほうでも調べてみるとしよう」
 じゃがの、とオスマンは続け、にやりとした笑みを口に上らせた。
「もし帰る手段が見つからんとしても、恨まんでくれよ。なあに、こっちの世界も住めば都じゃ。それにそれだけの男ぶりじゃし、一人や二人、嫁さんもすぐに見つけられるだろうよ」
 しかしオスマンのその言葉に、キョウスケは笑みを崩さぬまま応じる。
「……ご厚意、感謝します。しかし、その話は無かったことにしてください」
「ほう、何故じゃ?」
「帰る手段は必ず見つけ出すからです」
 アルトがある限り、いつまでもここにいれば争乱の火種を残すようなものだ。そして……
「……それにおれには」
 仲間の姿が、そして明るい愛嬌を振りまく一人の女性の姿が、キョウスケの脳裏に浮かぶ。
「帰りを待っているやつが、いますから」
 そう言って、学院長室から出て行った。












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