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Zero of the Beowolf
作:T・K



牙を剥く狼


「その……さっきはありがと」
「……ん? 何のことだ?」
 授業が終わり、休み時間となった教室にはキョウスケとルイズの二人が残っていた。そして目をそらしつつぼそぼそとした声であったが、ルイズはキョウスケに礼を言う。
「さっきの授業のことよ。あの爆発の起きたとき庇ってくれたときと、皆に私の爆発が何で起きるのかって聞いてくれたときの二つ。一応、礼を言っておくわ」
 キョウスケは思い出し、ふ、と笑った。
「そのことか。……あれはおれが気になったから言っただけだ。礼を言われる覚えは無いぞ」
「それでもよ。それに、考えてみれば私も含めて皆、あの爆発を『失敗』っていうだけでなんでそうなるのかなんて考えたこと無かったわ。それを気付かせてくれたっていうだけでも感謝していいわ」
 ルイズがキョウスケを見上げ、はにかみながらも笑う。その意外な可憐さにキョウスケは驚いた。思わずそれが顔に出そうになったほどである。
(意外と映えるものだ。……油断ならんな)
 内心ではまだ驚きが残っていたが、勤めて無表情を作ってルイズに応じた。
「……そうか。お前がそう考えているのなら、それでいい」
「うん、そうするわ。……でもね、もう一つ言いたいことがあるんだけど……」
 そこでルイズが急にジト目になった。
「もう少しご主人様を手伝おうとか言う気持ちにはならないわけ……?」
 先ほどからルイズはしゃがみこんで床を拭いている。先ほどの爆発の責任を取って教室の清掃を任されたのだ。で、その問いに対してキョウスケはいつもどおりに「ない」とばっさり断るのだった。
「……やっぱりお仕置きしておいた方がいいのかしら……?」
 暗いオーラを放ちながらルイズが呟いたのを、キョウスケは知らない。何とも幸福なことである。
 そして、ようやく掃除が終わった頃には昼になっていた。
「あー、それにしてもいつも馬鹿にしてる連中の困った顔が見れてスッとしたわ!」
「……よかったな、ご主人」
「そりゃ当然よ! まあ私自身もなんでこうなるのか分からないまま放っといたけど、でもこれからはああ言って反撃できるわね」
 そういうキョウスケとルイズは学院の中庭にあるカフェテラスに向かっていた。昼食のためである。
 ルイズは掃除の後の開放感からか、上機嫌だった。キョウスケに抱いた暗いオーラが影を潜めているあたり、日ごろルイズを馬鹿にしている生徒達に一泡吹かせてやれたことがよほど嬉しいらしい。手や足を大きく振って体全体でそれを表している。
「だいたいそうよね。爆発が起きるのなんて普通に失敗するんじゃ有り得ないし、何か別のことが引き金になって起こってるって考えることもできるわよね」
 ふむ、とキョウスケが頷いた。
「……恐らくその考えであっているだろう、ご主人。しかし、その別のことについて何か心当たりはあるのか?」
 すると大振りな手足の動きがおさまった。そして歩きながら、ルイズはうーんと考え始めた。
「……そうね。あんたの言ったとおり、魔法自体は発動しているみたいだから完全に失敗って言うわけじゃないのは確かみたいだけど、でも魔法が発動する時のリズムみたいなのはなかったし……」
 ぶつぶつと呟きながら歩いている。どうやら考え込んでいるようだ。周りのことなど目に入っていないようだし、今何を話しかけても無駄だろう。
 キョウスケはルイズを放っておき、周りを見渡した。
 その時、ルイズたちは既にカフェテラスについていた。
 足つきのテーブルやイスが芝生の上に設置されており、それらの席に座って生徒達が食事と談笑をしている。その周りには給仕と思しきメイドたちが駆け回っていた。
 見れば、その中には授業前に話したシエスタもいる。キョウスケがシエスタを見ていると、シエスタもこちらに気付いたらしい。軽く手を振ってきた。
 そこで、一つのハプニングが起きた。
 手を振るのに気をとられ、シエスタは談笑していた生徒の一人とぶつかってしまったのである。
「す、すみません! よそ見をしていました!」
 すぐにシエスタはその生徒に謝った。その生徒はきざったらしくその金色の巻き髪をかきあげ、
「ふん、気をつけてくれたまえよ」
 と尊大に言う。自然その生徒にキョウスケの視線が移る。そしてその生徒を見て、キョウスケは一瞬、何だあれはと思ってしまった。
 フリルのついたシャツを着込み、バラをポケットに挿している。顔も整っているといってよいのだろうし、そのままでいれば大層見栄えのあったことだろうが、その軽薄なきざったらしさが全てを台無しにしていた。その気取った喋り方もどこか滑稽に聞こえるほどであり、道化としか思えない。
(だが自覚が無くあれほど板についていないとなると、むしろ感心すら覚えるか……ん?)
 その時、キョウスケはその生徒のポケットから何かが落ちたことに気付いた。近づき、拾い上げてみる。それはガラスの小壜であった。中に紫色の液体がゆれている。
(何だこれは……いや、詮索する必要も無いか)
 中に何が入っていようと自分には関係ない話である。それならさっさと持ち主に返すだけだ。
 キョウスケはその生徒に声をかけた。
「少しいいか? さっきそのポケットからこの壜が落ちたぞ」
 壜を突き出す。しかし生徒は振り向かなかった。
 この距離なら聞こえないはずが無い。無視しているのだろうか? しかし自分がこんなものを持っていたところで仕方が無い。無理矢理にでも返すだけである。
 生徒の前に回りこみ、テーブルに壜を置いた。
「おれが持っていても仕方が無いんでな。無理矢理になるが返させてもらう」
 すると生徒は苦々しげにキョウスケを見つめ、小壜を押しやった。
「これは僕のじゃない。君は何を言ってるんだね?」
 そこで周りの彼の友人らしき生徒が小壜に気付き、大声で騒ぎ始めた。
「何だギーシュ。その香水はもしや、モンモランシーのじゃないか?」
「おおそうだ! その鮮やかな紫色はモンモランシーが自分のために調合している香水だぞ」
「そんなものを持っているって事は、おまえモンモランシーと付き合っているのか?」
 次々に追及の矢がきざな生徒、ギーシュというらしい、に飛んでくる。
「違う。いいかい、彼女の名誉のために言っておくが……」
 彼が話せたのはそこまでだった。ふと寒気を感じ、キョウスケは後ろを振り向いた。続いてギーシュも振り向く。
 そこには栗色の髪をした少女と、始めてこの世界に来たときにルイズを馬鹿にしていた金髪の少女の二人が立っていた。
「ギーシュ様……」「これどういうこと……?」
 二人は身が凍るほどの寒さを声に含ませ、ギーシュに迫る。ギーシュは電光石火の速さで立ち上がり、彼女らの前に立って言い訳を始めた。
「いや違う。これは、なんと言うかだね、きわめて複雑な事情が……」
「複雑な事情ですか……?」「きわめて単純な事情だと思うけど……?」
 詰め寄る少女達。この迫力を止める者は、もう誰もいないだろう。
「つまりギーシュ様が……」「二股かけてたってことよねぇ……」
 ギーシュの顔が青くなる。
「だからケティ、モンモランシー、これは……」
「「うそつき!」」
 重なる声、そして頬を張る音。
 そしてそれを済ますと、二人はふん! と鼻を鳴らして去っていった。
 沈黙が流れた。
 ギーシュは巻き毛をさっきやったようにかきあげ、言う。
「あのレディ達はバラの存在の意味を理解していないようだ」
 その言い分にキョウスケは呆れた。馬鹿らしいにも程がある。
(……こいつのどこにあの二人は引っかかったんだ? 顔は良かろうが、頭の方が足りてないことは付き合えばすぐ分かるだろうに)
 大層な謎であった。しかしすぐに興味を失い、キョウスケは後ろを向いてそのまま離れようとした。
「待ちたまえ」
 そこでギーシュはキョウスケを呼び止める。そして髪をかきあげながら言った。
「君が軽率に香水の壜なんかを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉に傷がついてしまった。どうしてくれるんだね?」
「……どういう意味だ?」
 首だけをギーシュの方に回し、問い返す。ギーシュはやれやれと手を振った。
「分からないのかい? ふむ、見慣れない服装をしているが、どうやら君は平民のようだね……」
 そこまで言って、ギーシュははたと手を打った。
「そうか、君が噂になっているルイズの呼び出した平民か。まあ仕方が無い。平民に貴族の機転を期待した僕がまずかったのだろうしね。つまり、君のせいで彼女らは僕という薔薇に手を出させるという不名誉を与えてしまったのさ。謝るのが当然のことではないかね?」
「……」
「ここまで説明すれば分かっただろう? さあ謝りたまえ」
 黙ってギーシュの口上を聞いていたキョウスケだった。しかし、ルイズの時で分かるように彼がこのような言葉に従うわけが無い。無表情のまま、言い放つ。
「断る。さっきの二人に叩かれたのはお前のせい以外の何者でもない。ついでに言えば、おれはそんな馬鹿げたことに付き合うつもりも無い」
「なに!?」
 いきなり馬鹿呼ばわりされたギーシュがいきり立った。しかしキョウスケの口は止まらない。
「それに人に厚意を受けて逆恨みで返す程度の神経しか持っていないと言うのなら、貴族もたかが知れているな」
「な、なんだと!」
「自分の行いを棚に上げて人のことを責める、か。大方貴族らしいといえば貴族らしいが、だがおれはおまえのような人間に謝る義理など持っていない」
 あまりの台詞にギーシュは唖然とした。周りの生徒達も呆然としている。
 ようやく立ち直ったギーシュは顔を真っ赤にした。
「き、君はそこまで僕を侮辱するか!?」
「侮辱も何もない、全て事実だろう。押し付けがましく人に謝ることを強制するお前のことだ。それとも、事実すら受け止められないほどにお前は狭量ということか?」
「……!!」
 わなわなと震えるギーシュ。そして口端を吊り上げ、にやりと笑った。
「……ここまで平民に馬鹿にされるとはね。どうやら君は、貴族に対する礼儀というものを知らないようだ」
「……」
「だから君に、貴族に対する礼儀というものを教えてやろう」
 周囲にいる生徒たちに向かい、薔薇の造花を掲げて叫んだ。
「諸君、決闘だ!」
 それを聞き、カフェテラスにいた生徒達が、うおー! と声を上げた。ギーシュは続けて叫ぶ。
「これからヴェストリの広場にて決闘を執り行う。相手は僕を侮辱した平民だ。大層面白いことになるだろう!」
 そしてキョウスケに向き直った。
「付いて来るがいい、平民。たっぷりと先ほどの発言を後悔させてやろうじゃないか」
 そう言って歩き出す。しかし、そこでキョウスケは思いもよらない行動に出た。
 ギーシュの向かう方向とは逆の方向に足を向け、歩き出したのである。それに気付いたギーシュは慌てた。
「ま、待ちたまえ! どこに行く!? 逃げるのか!」
「付き合う義理もない」
 にべもなく言い放つ。今朝方のキュルケの時のように力を試してみたいという考えはあったが、さすがにこんな相手では戦う気も起きなかった。
 ギーシュが焦り、キョウスケを挑発し始める。
「ふ、ふん。あんなことを言っておきながら怖くて逃げるのか。さすが平民、プライドなどかけらも無いらしい」
 しかしキョウスケは何も言わない。どんどん歩いていく。
「自分の誇りすらも守らぬとは、名誉とは無縁の平民ならではだな!」
 勝手な理屈だ。当然無視である。
「こうまで言われても何も言わぬのか! 臆病者め、ルイズは本当にどうしようもない使い魔を召喚したものだ!」
 完全無視。相手にもしない。
 ここに来て、とうとうギーシュの方が我慢できなくなった。こうまで無視され、ギーシュにもキョウスケは本当に相手をする気が無いのだと分かったのである。
 ぎりぎりと歯をかみ締め、「そうまで、そうまで貴族を馬鹿にするか……ならば!」と言って、声をあげて宣言する。無論、それもきざったらしかった。
「周囲の皆が証人だ! 僕はあの平民に侮辱された。しかも、我慢ならぬほどにだ! よってこれから始めるのは私闘でもなければ決闘でもない、当然の制裁だ!」
 そして腕を振り上げ、薔薇の花を振るう。
 するとその花びらが、甲冑の女戦士の姿をした人形になった。しかもその数は八体。
 今まで生きてきた中でここまで馬鹿にされたことなど彼には無かったのだろう。ギーシュは完全に頭にきていた。相手が平民であることも忘れ、全力で以ってキョウスケを叩き潰すつもりのようだ。
「ゆけ、ワルキューレ! あの無礼な平民を叩きのめせ!」
 下る号令。それに従い、ワルキューレたちがキョウスケめがけて突っ込んでいく。キョウスケはまだ後ろを向いたままだ。そこにいる誰もが次の瞬間にはキョウスケの倒れふす姿があるのだと思っていた。
 しかしそんな状況にあっても、キョウスケはまるで動じない。一つ、息をつく。
 後ろを向きながら、一瞬見えたその姿から既に分析を終えていた。この魔法もルイズから聞いた戦闘用魔法の知識にあったため焦る必要が無いのだ。
(……相手をするつもりなど無かったのだがな。だがこうまで仕掛けられた以上、仕方が無いか……しかし)
「……怒りに我を失って、相手の様子も見ずにジョーカーを切る、か。素人としか言いようが無いな」
 そんな呟きをキョウスケは漏らした、その直後であった。
 キョウスケは体を沈みこませ、向かってくる一体の足を払ったのである。
「な……!?」
 ギーシュが驚きの声を上げる。しかし、それはまだ序章に過ぎなかった。
 キョウスケは更に、バランスを失って倒れるワルキューレの頭を掴んで地面に叩きつけ、足で体重をかけて動きを封じる。そして手に持った何かで、真っ二つにしてしまったのだ。
 ギーシュの驚愕のせいか、ワルキューレの動きが止まる。そんな中で、キョウスケは平然と立っていた。
「……ギーシュ、といったな。聞きたいことがある」
 そして、キョウスケは言う。
「おれが後ろを向いているときに仕掛けるのは、貴族の誇りとやらに反しないのか?」
「な……ふ、ふん、当たり前だろう。無礼を働いた君が悪いのだ!」
 しかし、動揺しているのか声に自信が無い。ふん、とキョウスケは鼻を鳴らした。
(……まあここで、おれの実力がどこまで通じるか試してみてもいいか)
 右手に握ったアーミーナイフを弄ぶ。拳銃を使っても良かったが、それをするとすぐに勝負が決まってしまうため、一旦生身でどこまでいけるか試してみるつもりだった。
(さて……やろうか……!)
 突然キョウスケの雰囲気が変わった。
 彼の双眸には鋭い、鋭すぎるまでの光が宿り、体からは噴出すような闘志が湧き出している。もう彼には敵と見なしたギーシュのことしか頭に残っていない。
 先ほどとは逆に、今度はキョウスケがギーシュに向かって宣言した。
「いいだろう。不本意だがお前の決闘とやらに乗ってやる。ただし……」
 その声はいつものように淡々としている。しかし、幾多の戦いによって鍛え上げられた気迫は隠しようもない。知らず、ギーシュは震え始める。
「……確かこの人形の素材は青銅だったか。だが、そんなもので」
 キョウスケはギーシュにアーミーナイフを向け、
「おれを止められると」
 体の体勢を整えて、言い放つ。
「思うなよ……!」
 そしてギーシュめがけて、突撃を仕掛けたのだった。

 キョウスケ以外の人間は息を止めていた。
 キョウスケが止まらないのである。
 ギーシュは突っ込んでくるキョウスケを止めようと四方八方からワルキューレを襲い掛からせたが、怯みもしない。
 あるものは避け、あるものは受け流し、あるものは足を払って転ばせて切り伏せる。何度やろうと、どんな角度から攻めようと――――止まらない!
「何だ……何なんだ君は!」
 ギーシュは恐怖に駆られて叫ぶ。なぜ平民にこうまで自分の攻撃がかわされるのか分からない、といった様子だ。
 だがキョウスケにとって見れば、この展開は自然なものであり、当然のことでもあった。
 キョウスケの本職は機動兵器のパイロットである。しかし、だからといって生身で戦う白兵戦に弱いということにはならない。機動兵器で戦うに際しても相手の機動についていけるだけの反射神経と動体視力、更には加速に耐えられるだけの強靭な肉体が必要とされるのだ。しかもキョウスケが所属していた部隊は敵陣への突撃を主任務としており、その性質上白兵戦の技能は相手側の制圧のために必要不可欠なものだった。
 そして今、キョウスケはそのための武器も持っている。さすがに常時フル装備というわけにはいかず、携帯しやすい拳銃とアーミーナイフしか装備していないし、しかも今はナイフだけで戦っているが、それでもギーシュ程度ならこれで十分だった。超硬度を誇るゾル・オリハルコニウム程では無いにせよ、このナイフの硬度も青銅とは比べ物にならない。易々と切り伏せることができるのだ。
 また、キョウスケの優れた観察眼はギーシュの戦い方を冷静に分析していた。
(……数と勢いだけを頼りにした、極めて単調な戦い方だ。大方自分が安全なのを良いことに、格闘や集団で仕掛けるタイミングを計ると言った技能を身に付けていないらしいな……)
 その程度の技能では、何度と無く実戦を潜り抜けてきたキョウスケに通用するはずが無い。
 そして以上の要素により、一つの結論が導かれる。
 キョウスケがこの戦いにおいて負けることなど、有り得無い、という結論を――――
「く、来るな、来るなーーーー!!」
 止まらないキョウスケの突撃に、ギーシュは耐えられなかったようだ。情けなく悲鳴をあげ、戦術も何も無くただ自分を守らせるためだけに直近のワルキューレを呼び戻し、盾にしようとする。
 すぐにキョウスケはその動きに気づいた。しかしそれはキョウスケにとって少々厄介だった。ワルキューレに突っ込まれる分には、動きの単調さと単体を相手にすればいいという二つの利点があるためむしろやりやすい。だが守りに入られるとその二つがなくなってしまうのだ。
「ち……」
 キョウスケは舌打ちした。無論突破できないわけは無いが、時間がかかるだろう。となれば……
(何かで奴の術に対する集中を解かせ、人形どもの集結を遅らせるしかない、か……)
 キョウスケはギーシュに迫りつつ、こう考えた。目の前にはギーシュと、その盾になろうと駆け寄る二体のワルキューレがいる。この状況でギーシュの術に対する集中を解くには、やはり銃による威嚇が適任だとキョウスケは判断する。後はワルキューレが先にギーシュの盾になって射線を塞ぐのが先か、それともキョウスケの射撃が先かの二つだ。
 この銃の弾も青銅ごとき容易く貫通するだろうが、相手が見えなければ狙いが付けられない。しかも悪ければギーシュに当たって殺してしまうかもしれないのだ。それはまずかった。
 見た感じ、ワルキューレの方が先に到達しそうではある。ここは一旦止まり、相手の様子を見てこれからの行動を決める方が良いのかもしれない。だがキョウスケは構わず、不敵に笑って空いている左手を銃に伸ばしたのだった。そう、彼は……
(分の悪い賭けは……嫌いじゃない!)
 ……こういう、男だった。そしてグリップを握り締めた。
(!? 何だと……!?)
 直後、キョウスケは驚きに目を見張った。銃を握った途端、アルトのコックピットの時と同じように左手のルーンが光り始めたのである。
 だが今回はあの時とは違い、キョウスケに起こったのは体の感覚の変化だった。今まで戦っている中でもギーシュやワルキューレの動きを遅いと感じていたが、それが今は止まっているようにすら思えた。
 周囲のゆっくりとした動きの中、キョウスケは銃を構え――――撃った。

 ギーシュは突っ込んでくる平民に危険と恐怖を感じ、近くに二体のワルキューレに自分の盾になるように命じたすぐあと突如破裂音が響き、続いてものすごい速さの何かが耳を掠めていった。
「ひ!?」
 それに驚くあまり情けない声を上げてしまう。だがギーシュはそこから先、自分に何が起きたのか分からなかった。腹に重い衝撃が加わったことを感じた途端意識が暗転し、気付けばギーシュは地面に仰向けに転がされていた。
 訳が分からなかったが、急いで立ち上がろうとする。
「? 何だ?」
 そこでギーシュは首に何か、冷たいものが押し当てられていることに気が付いた。見てみると、そこには鈍い輝きを放つナイフが押し付けられていた。
「な!?」
 息を呑み、慌てて頭を動かして離れようとする。しかし動かない。何かが頭を鷲掴みにしている。
(な、何だ!? 何が起きているんだ!?)
 ギーシュが半狂乱になりかけた時だった。
「……お前は言っていたな、大層面白いことになると」
 淡々とした声がギーシュにかけられる。渋いが、よく通る男の声。しかもそれはギーシュにとって忘れられない声であった。目を上に向けると、そこには無表情を顔に張り付かせ、しゃがみこんでいる自分の顔を覗いている平民の姿があった。ギーシュの顔が凍りつく。
 男は言葉を続け、
「戦いを決闘と呼び、面白がるのも別にいいだろう。好きにすれば良い。だが……」
 目が細められ、震えが走るほどの殺気がギーシュに叩きつけられた。
 ギーシュは悲鳴を上げそうになったが、恐怖に喉が詰まって声が出ない。体を捻って逃げればいいのかもしれないが、体も動かなかった。
 そして男は止めの言葉を口にし、
「……戦いには変わりがない以上、覚悟はできているな?」
 逆手に握ったナイフを、更に首に押し付けてきた。
「ひぃぃーーーー!!」
 そこでやっと声が出るようになり、体も動くようになった。しかしギ−シュは気づいていた。この男からは逃れられないのだと。
 もうなりふりになど構っていられなかった。ギーシュは必死に命乞いをした。そうしなければならないと本能が叫んでいたからだ。
「そ、そんなに本気にすること無いじゃないか! こんなのは遊びだ、ただのお遊びだ!! た、確かに僕も少し言い過ぎたかもしれない。そこは謝ろう。だからもういいじゃないか! お互いに手を引こうじゃないかね!?」
 何とかして説得しようと声を上げ、喋って喋って喋りまくった。その普段からは想像もできないギーシュの様子に周りも騒ぎ始める。
「ど、どうする……?」「どう見ても、これ、やり過ぎでしょ……平民のくせに……」「じゃあおまえ、止めにいけよ……」「ば! 何で僕が!? 言った君が行けばいいだろ!?」
 生徒達も、ここまでやることは見逃せなかったようだ。だがいざ行こうとする段になると、男の迫力に飲まれて口を挟むこともできない。
 彼らがそうしている間もずっと使い魔に対して命乞いをしていたギーシュだったが、いくら言っても男の殺気は衰えない。半泣きになり、もう殺されるしかないのかとギーシュが思った ――――その時だった。
「何やってんのよーーーー!!」
 一人の少女の声が、カフェテラスに響き渡った。

(……やっと来たか)
 キョウスケは殺気を放ったまま、心の中でそう呟いた。殺気は放っていたが、それも相手に対する威嚇で本当は殺す気など無いキョウスケである。しかし、理由も無く手を引くのも不自然なので、恐れずに彼を止めてくれるであろう人物、即ちルイズを待っていたのだ。
 首を回して声の上がった方を見ると、キョウスケの主人が肩を怒らせながら歩いてくるさまが見えた。
「私が少し考え事をしている間に、あんたは何をしてるわけ……?」
 しかもキョウスケの放つ殺気に怯まず、ルイズは声をかけて来るのである。
 そこで一瞬、ほんの一瞬キョウスケは笑みを口に上らせた。感嘆の笑みである。
(やはりおまえは本物らしい……)
 満足感のようなものがキョウスケに満ちる。しかし表面上は無表情を保ち、体勢も変えないまま、ルイズの質問に淡々と答えた。こういう時は普段からの無表情に感謝したい。
「……何をしてるとは何だ? ご主人。見て分からないか?」
「ええ、分からないわ。分からないから聞いてんのよ。だから」
 そこでルイズはこめかみに青筋を立て、笑顔を浮かべた。
「……さっさと答えなさい……?」
 キョウスケに負けず劣らずの迫力であった。
 キョウスケはやれやれと肩をすくめた。視線を転がっているギーシュに向ける。
「単純なことだ。詳しい経緯は省くが、要はこの男に男に決闘を申し込まれたということだ」
「……あんたが? でもあんた、決闘なんて……」
「当然最初、おれは断った。だがこいつがその返事に承諾できずに襲い掛かってきたから仕方なく相手をし、その結果としてこうなっている……それだけだ」
「ふうん……」
 そこで、顎に手を当てた。
「ねえ、ちょっと聞くけど、あんた前言ってた銃を使ったわけ? それにしちゃこいつら、切られたみたいな傷があるけど」
「……ああ、使った。だがそれも最後だけだ。大半は」
 視線で右手に握ったナイフを示す。
「これで戦った。人形の傷もこれのためだ」
 そう言われたルイズはキョウスケを見て少しの間黙っていたが、やがて、はあとため息をつく。
「あんたの持ってる武器もだけど、あんたもでたらめだったわけね。誤解してたわ」
 ルイズは周囲に転がるワルキューレの残骸を見渡し、言った。
「あんたは魔法も使えないのに八体のワルキューレと一度に戦って無傷。で、そのナイフの方はとんでもない切れ味。青銅って言ってもここまで見事にすぱすぱ切れる武器なんてあんまり無いわよ」
 疲れたような声で話すルイズ。そして顔を上げ、懇願するような目でルイズを見ているギーシュを一瞥して、
「それになんとなくこうなったわけが分かったわ。どうせあんたのことだからギーシュが言ったことに突っかかって、それにギーシュが腹を立てたって言うのが大筋のことなんでしょうけど、でももういいんじゃない? さっさとそいつを離してやんなさい。戦いに関することなら、使い魔として使っていいんでしょ? ……認めたくないけど」
 と、口を尖らせながらキョウスケに指示した。その言い分にキョウスケはしばらくの間ルイズを見ていたが、やがてふ、と笑って
「……主人の命令なら、仕方ない」
 と言い、殺気とナイフを納めた。
 とたん、がばりと上半身を立たせ、荒い息をつきながら涙を流すギーシュ。
「た、助かった……」
 口から出る言葉もいつものようなきざさが無い。命乞いの言葉でさえ気取ったものだったのだから、よほど安心したのだろう。
 ルイズは立ち上がったキョウスケに近づき、腰に手を当てて小声で文句を言う。
「もう少しあんたも手加減しなさいよ。ここまでしてどうするわけ?」
「……戦いには変わらん。不本意ながらやる羽目になったが、一度やると決めた以上手加減などできるはずがない」
「そうじゃなくて、銃を初めから使っちゃえば良かったじゃない。あれならすぐに終わらせられるでしょ」
「……まあな。だが、一度生身でもどこまでやれるか試してみたかったんでな。……まあ、結局はおれの世界の武器に助けられたのかもしれんが」
 そこでキョウスケは自嘲の言葉を漏らした。それにルイズが驚く。
「……驚いた。あんたって傍若無人で自信満々な奴かと思ってたんだけど、そんなことも言うんだ」
「……その言葉はそっちにそっくり返すぞ、ご主人」
「なんですって!?」
 そのまま二人は睨み合う。だが、そのうちどちらとも無く笑いだした。
「いいわ。今回は、っていうか今回もかも知れないけど、許してあげる。やっぱりあんたは当たりみたいだしね」
「……感謝する、ご主人」
「……それにしてもあんたがご主人って言うと、何か皮肉言われてるみたいね……」
 そんなことを話しながら、ルイズはキョウスケを連れて歩き出した。
 昼食のために来ていたが、二人とももうそんな気分ではなかった。
 一人は嬉しさのために。そしてもう一人は、困惑のために。
(銃を握った時に起こったあの感覚は、一体何だ……?)
 キョウスケはギーシュに銃を向けたときのことを思い出していた。
 あの時、ギーシュたちの動きが止まって見えるようになった。感覚が鋭敏化したのだろうか? 
 しかも銃を向けたときの自分の体の動きもおかしかった。
 実のところ、キョウスケは射撃は苦手なのである。機動兵器においても、また白兵戦においてもそれは変わらないし、利き腕で無い左手では尚更それが当てはまった。だから始め、危険を少なくするために射線を下に向け、ギーシュの足辺りを狙うつもりだったのだ。
 だが左手が光ったとたん、今度は銃をどう扱えばいいのか、より効果的に威嚇するにはどうすればいいのかといった情報が頭に流れ込んできたのである。
(アルトの時も同じようなことが起きた。だが、なぜ銃を握っても同じ事が起きる?)
 そこが分からない。アルトと銃、何か関係があるのだろうか? アルトのような機動兵器のみかと思っていたが、今回の一件で疑問が出てきた。
(……一応部屋に戻ったら、色々な物を握って同じ事が起きるか試してみたほうがいいか。それでこのルーンの効果の正体が分かるかもしれん)
 キョウスケはそう結論付けたときだった。
「こら〜遅れてるわよ〜!」
 ルイズの声が耳に響いたのである。
 気を取り直して見てみると、なるほど、かなり距離が開いていた。考え事をしていたせいで歩みが遅くなってしまったらしい。
「すまん、今いく」
 キョウスケは駆け出て主人に向かっていき、連れ立ってカフェテラスから離れていった。
 そしてカフェテラスに残されたの人間たちは、そんな掛け合いをしている落ちこぼれメイジと平民の使い魔を様々な思いで見送ったのだった。

「オールド・オスマン」
「うむ」
「あの平民、圧勝してしまいましたが……」
「……うむ……」
 トリステイン魔法学院の本塔、その最上階に位置する学院長室で白い口髭と髪を揺らした学院長オスマンと教員の一人であるコルベールは顔を見合わせ、『遠見の鏡』で見ていた使い魔とギーシュの戦いを振り返っていた。
 オスマンはセコイアのテーブルに肘を突いた。
「四方八方から襲ってくるワルキューレをものともせずに突っ込んで無傷。しかも近づけば腹に拳を叩き込んでそのまま背負い投げ。なんちゅう戦闘能力、そして武器じゃ」
「……確かにギーシュは一番レベルの低い『ドット』メイジですが、それでもただの平民に遅れをとるとは思えません。しかもあの異常なナイフがあったとしても学院長の仰ったように動きが際立ってましたし、その上銃を使ったのは最後の威嚇だけです! やはり彼は、伝説の……」
 コルベールの言葉に、オスマンは頷いた。
「恐らく、『ガンダールヴ』じゃろうな」
 二人は黙り込んだ。
 オスマンはつい先ほどまで秘書である女性の尻を撫で回し、彼女に蹴りたぐられるという自業自得の暴行を受けていたが、そこにコルベールが乱入してきたのである。彼の様子から秘書に席を外すように言い、コルベールを促した。すると、彼の話す内容は驚くべきものであったのである。
 先日ルイズが召喚した平民に刻まれたルーンが気になり、図書室に行って調べてみるとなんとそのルーンは始祖ブリミルの用いた伝説の使い魔の一体、『ガンダールヴ』のルーンだったというのだ。
 オスマンはもちろん、話したコルベールでさえ半信半疑になっていたが、その時オスマンの秘書がギーシュと件の使い魔が争っているという報せを持ってきた。そこでいい機会とばかりにテーブルの前におかれた『遠見の鏡』で二人の戦いを覗いていたのだ。
 そして争いの結果はというと、先ほどの話の内容どおり使い魔の圧勝であった。そしてこのことから、彼が『ガンダールヴ』であることには疑いは無いように彼らは思えた。
 コルベールはオスマンを、興奮した様子で促した。
「オールド・オスマン、これは一大事です。さっそく王室に報告して指示を……」
「それには及ばん」
 オスマンは首を振った。それにコルベールは不満の声を上げる。
「何故です? これは世紀の大発見ですぞ!」
「ミスタ・コルベール。『ガンダールヴ』はただの使い魔ではないことは君も分かっておるじゃろう?」
「勿論です。『ガンダールヴ』は始祖の呪文詠唱の無防備を守るために生み出された使い魔といわれています。その性質上、主人に相手を近づかせないために強大な力を持っているとも……」
「だからこそじゃ。そんな強大な力を持っている使い魔が、しかもとんでもない装備品のおまけつきで現れたことを王宮の連中に報告してみるがいい。たちまちあのボンクラどもが目の色を変えて欲してくるであろうよ」
 コルベールはオスマンの言にはっとした。
「暇を持て余している連中にはあの使い魔の青年は最高の玩具になるであろうよ。そうしたらまたぞろ戦争をおっぱじめかねん。わしはそんなことになんぞ付き合いたくなどないわい」
 オスマンはふんと鼻を鳴らした。コルベールが感服した様子で頭を下げ、オスマンの思慮に賛辞を贈った。
「仰るとおりです、学院長。深謀、恐れ入りました」
 しかしコルベールに褒められても、オスマンは難しい顔をしていた。
「……ミスタ・コルベール。この使い魔を呼び出したのは確か……」
「はい。『ゼロ』というあだ名で呼ばれているヴァリエール嬢です」
「そこが謎じゃ。彼女はそのあだ名が示すとおり無能なメイジ、しかし使い魔は伝説という。こりゃどういうことじゃ?」
「はあ……それは気になるところですが……」
 うーむと二人は考え始めた。
 どう見ても二人の実力が釣り合わない。呼び出せるはずの無いように彼らには思えてしまう。
 しばらく二人はうんうん唸っていたが、オスマンがいきなり顔を上げてやめじゃやめじゃと言った。コルベールがオスマンを見る。
「こんなもん判断の材料が少なすぎるわい。この問題は後々考えるとして、今は他のことをするとしようかの」
「と、いいますと?」
「確か昨日、儀式の報告で言っておったの? 聞きなれぬ単語をあの使い魔の青年がきみに聞いてきたと」
 コルベールはああ、と頷いた。
「その話ですか。ええ、少し気にかかったので確かに言いました」
「わしもその時は『何だそれ』で済ましていたがの」
 オスマンは茶目っ気を含んだ笑いを浮かべた。彼の脳裏には青年のギーシュにした啖呵と恐ろしい切れ味を持ったナイフ、そして見慣れない形をした銃が浮かんでいる。
「あれらの武器を見ると、あの青年の正体が何なのか気になってきてしもうたわい。それらの単語の意味も含めての」












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