『ゼロ』の由来
キョウスケはルイズと一緒に部屋を出て、彼女の後をついていった。これから食事に向かうらしい。
その途中の廊下を歩いていると、廊下の角で一人の女子生徒と会った。
燃えるような赤い髪と褐色の豊満な肉体を持ち、魔法学院の征服もブラウスの上の二つのボタンを外して胸元を見せて健康的な色気を周囲に放っていた。
その女子生徒がルイズに声をかけてくる。
「おはよう、ルイズ」
嫌そうな顔をしてそちらの方を向くルイズ。そして顔と同様、嫌そうに挨拶を返した。
「おはよう、キュルケ」
「あなたの使い魔ってそれ?」
キョウスケを指差して言う。その一方で目はじろじろとキョウスケを見ていた。
ルイズは一瞬キョウスケに目をやって、
「そうよ」
と答えた。
「あっはっは! ほんとに人間なのね! すごいじゃない!」
お腹を抱えて笑う。
「『サモン・サーヴァント』で、平民呼んじゃうなんてあなたらしいわ。ゼロのルイズ」
ルイズの白い頬にさっと朱がさした。力が分かってもキョウスケが平民ということは変わりがないため、反論のしようがないらしい。ただ、
「うるさいわね」の一言をいった。
その間手を握りしめて震えている辺り、キョウスケの力を喋りたくて仕方ないのは一目で分かる。しかしルイズも喋っても誰にも信じてもらえないだろうし、むしろ何話しているんだと思われるだけであろうことは分かっていたようだ。キョウスケの持っている力はこの世界では異質すぎるため、実力を見せる実戦と言う機会が来るまで我慢するしかないのだ。
「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って一発で」
「あっそ」
「どうせ使い魔にするんならこういうのがいいわよねぇ〜。フレイムー」
首を横に向け、勝ち誇った様子でキュルケが何かに呼びかけた。すると廊下の角からのっそりと、赤い肌をした巨大なトカゲが現れた。
キョウスケは鋭く目を光らせた。
(……これが普通呼び出される使い魔か……)
キョウスケはじっとキュルケの使い魔、フレイムを見る。それに気付いたキュルケが声をかけてきた。
「あら? もしかしてあなた、火トカゲを見るの初めて?」
「……ああ、初めてだ」
そっけなく言ったまま、しかしキョウスケは視線をフレイムから外さない。
怪訝に思ったのか、キュルケが聞いてくる。
「どうかしたかしら。そんなにこの火トカゲが珍しいの?」
「……いや、確かに珍しいが、俺が気にしているのは違う。……どういった力をもっているのかが知りたいだけだ」
「え? どういうこと?」
なぜそんなことを気にしているのかが分からず、キュルケが間の抜けた声を上げる。
しかしルイズははっとして、そして青くなった。さっきの発言が何を意味しているのかを読み取ったらしい。すぐさまキョウスケに近づき、耳打ちする。
(あんた何考えてんのよ! キュルケに喧嘩売るつもり!?)
(……いや、せっかくの機会だからどれほどの力を持っているのか、知っておくのも悪くないと思ったのでな)
(でも相手に喧嘩吹っかけるようなことしないでよ! あんたのその考えは、まあ、その、嬉しかったけど、だからって時と場合、あと相手によるわ!)
キョウスケは知らないが、彼女は同学年の中でかなりの力を持っていた。一泡吹かせてやりたいという気持ちはあったが、いきなり彼女と戦うのはいくらなんでも早いとルイズは考えたらしい。
(しかしまだ実戦で試していないこともある。丁度良いと思うが……)
(とにかくだめのものはだめ! それに早く行かないと! このままここにいたらばれちゃうわ!)
ちらりとキュルケを見て、未練がましくフレイムを見ているキョウスケを引きずって慌てて去っていくルイズ。
「……なに、何なわけ?」
いきなり取り残されたキュルケは、フレイムと共に首を傾げていた。そして少し時間が過ぎたあと、ルイズにフレイムの自慢をする機会を失ってしまったことに気付くのであった。彼女が悔しがったのは言うまでもない。
なぜかルイズはキョウスケが一緒に学院の食堂に入らないことに残念そうな表情を浮かべたがすぐにそれを消し、待ってなさいといって建物に入っていった。
それを見送ったキョウスケであるが、その後彼は暇をもてあましていた。
(どうしたものか……)
トリステイン魔法学院の食堂は学園の一番背の高い真ん中の本塔の中にあった。しかしキョウスケは既に食事を取っており、中に入る必要がない。内装を見ることにも興味がないため外で待っていることに決めたのだが、そこで手持ち無沙汰になっていることに気付いた。
今現在、キョウスケは食堂の壁に寄りかかって空を見上げていた。それぐらいしかすることがなかった。肉体を維持する上では欠かせないトレーニングをするのもいいかもしれないが、昨夜学院とアルトの出現した場所の二つを往復した疲れが溜まっているのか、どうも乗り気がしない。
(次の授業が始まるまでこのままか? ……退屈だな)
こんなことだったら興味がないまでも食堂の見学をしてみるのも悪くなかったかもしれない、そう思ったときだった。
ふと、建物の影から視線を感じた。
(何だ? ……おれを見ている?)
その方向には首を向けず、視線に含まれているものを探る。敵意は、ないようだが……
(アルトがらみ……いや、いくらなんでもそんなことはないか)
Dコンの反応も現在無いし、尾行ならもっとうまく気配を隠しているはずだ。あからさまに分かられては意味がない。
(しかし、いつまでもこうしているのもな……声をかけてみるか)
「おれに何か用か?」
首を向け、声をかける。すると「きゃっ!」という声と共に一人の少女が陰から転がり出てきた。
メイド服をした素朴な感じの少女であった。カチューシャで纏めた黒髪とそばかすが可愛らしい。カチカチになってキョウスケに声をかけてきた。
「す、すみません! なんか学生の方にも見えませんし、しかも見慣れない服を着てますし、一体誰なのかなと思いまして!」
「……そういうことか。おれが何者か気になった、というわけか」
「いえ、あの、そうではなくてですね」
わたわたと手を振っている。その様子にキョウスケはおかしくなった。しかし、このままほうっておくわけにもいかない。
「別に気にしなくていい。今の場合、こんな格好をしているおれの方がまずいんだろうしな」
そういって安心させてやる。メイドは顔を赤く染め、俯いている。恥らっているようだった。
「す、すみません。じろじろ見ちゃって。でも、気になってたのはあなたの格好を気にしていただけじゃないんです。昨日、ミス・ヴァリエールが平民の使い魔を召喚したって聞いたものですし、見慣れない顔だったから……」
その話を聞いてキョウスケは成程と思った。見慣れない服に見慣れない顔を見て、もしやと思って気になったらしい。
「そういうことなら話は早い。いかにも、おれがその使い魔だ。……しかし、まだ呼び出されて一日だぞ? そんなに早く話が広がるものなのか? それにお前は、」
そこでキョウスケは、もう一度少女の服装を見た。
「魔法使いには見えん格好をしている。貴族でもないのに、なぜそんな話を知っている?」
「ああ、それは私達がこの学校に奉公している者だからですよ。貴族じゃないけど学院にいる身ですし、けっこう貴族の方の話が聞こえてきちゃうんです。こんな話なんて今まで聞いたことありませんし、平民の中でもけっこう噂になってますよ」
そう言って、初めて少女はにっこりと笑った。その屈託のない笑みに、キョウスケも微笑みを浮かべる。場が和んだ。
「そうか。一躍有名人だな、あいつは……」
「あ、いえ、そうでもありませんよ。まだ呼び出されたばかりで知らないでしょうけど、ミス・ヴァリエールって私達平民の間でも……」
そこまで話したときだった。
「使い魔〜授業行くわよ〜」
食堂の入り口辺りから、主人の声が聞こえてきた。食事が終わったらしい。キョウスケは肩をすくめた。
「主人のお呼び出しだ。……すまんな、話の途中で」
「いえ。気にしないで下さい。……シエスタといいます。これからもよろしくお願いします」
「キョウスケ・ナンブだ。こちらこそ頼む」
変わったお名前ですね、でも悪くないです。そう言ってシエスタは走っていった。
それを見送ったキョウスケも、ルイズの方に向かって歩いていく。食堂の入り口で待っていたルイズは仏頂面で口を尖らせていた。
「今までどこに行ってたのよ。あんたが言い出したんでしょ、魔法のことが知りたいって。うろついてちゃだめじゃない」
「すまん。すこし退屈だったんでな」
別にシエスタのことを話す必要も無かったため、こう言ってごまかした。
何やってんのよと言いながら、ルイズはキョウスケを授業の行われる教室まで連れて行った。
魔法学院の教室は大学の講義室のようななりだった。講壇を中心に半円状に階段が設えられており、その階段にイスと机が配置されていた。既に生徒で賑わっている。
ルイズとキョウスケは教室の中に入り、イスの一つに座ろうとする。すると教室のあちこちで、くすくすという笑い声が上がった。キュルケのときと同じく、やはりルイズは拳を握ってそれに耐えていた。そんなルイズが少し不憫になり、キョウスケはルイズの肩に手を置いて「気にするな」と小声で言ってやった。
ルイズが首をキョウスケに向ける。
「常に怒っていたのでは疲れるだけだ。おれとしてはさっき実力を見せたいところだったが、それでもいずれその機会は必ず来るだろう。笑いたい奴には笑わせておけばいい」
「……そうね」
ルイズは不承不承ながらも頷いてくれた。首を元に戻し、肩の力を抜いて席に座る。ルイズが落ち着いたことを確認したキョウスケも続いて座ろうとすると、ルイズが何か言いかけたが、結局何も言わずキョウスケの座るままに任せた。
キョウスケは座ったまま教室の中を見回した。するといるわいるわ、マンティコアなどのファンタジーそのままの不思議な生き物が跋扈していた。しかし、キョウスケにとって気になるのは……
(おれと同じような能力を持ったやつがいるかどうか、だ……)
キョウスケは腕を組む。早いうちにこの力の正体を探り、対策を練らなければならない。そうしなければおちおち帰る手段も探していられないだろう。授業だけでは足りない可能性もあるため、ここの図書室へ行って独自に調べることになるかもしれない。
そう考えていると、扉が開いて一人の中年の女性が入ってきた。ふくよかな頬をしており優しそうな雰囲気をしている。どうやらあれが先生らしい。
(そして魔法使いの先生は当然、魔法使いか)
服装からしても分かった。紫色のローブに茶色の帽子をしている。どう見ても魔法使いとしか思えない。
その先生は教室を見回すと、満足そうな声を上げた。
「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですね。このシュヴルーズ、こうやって春の使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
そこでシュヴルーズは、ルイズと隣にいるキョウスケに目をつけた。
「おやおや、換わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」
シュヴルーズとぼけた声で言う。すると教室中がどっと笑いに包まれた。それにキョウスケが眉をひそめる。
キョウスケ自身は気にしていないが、ルイズのことを考えると少しばかり不快な気分になった。さっき彼女に気にするなと言ったばかりだが……
(……ルイズは時と場所、相手を考えろといったが、今ここで使ったほうがいいんじゃないのか?)
思わず手が常備している拳銃に伸びる。ここでこれの威力でも見せれば嫌が応でも黙るだろう。しかし、そんな考えはルイズを見て消えた。唇をかみ締め、先ほどから言い返したくて仕方がないのを必死に我慢していた。キョウスケは侮られている彼女自身がここまで我慢しているのに、言った自分が手を出してはまずい。
舌打ちしたいのを抑え、拳銃から手を離した。しかし、この雰囲気は気に入らないので、
「はははは……ヒ!?」
主に笑っていた奴に殺気を飛ばし、黙らせた。隣のルイズに気付かれないよう慎重に、ではあったが。
彼らが何があったのかときょろきょろと周りを見回す。
「そこまでにしなさい。貴族が相手をバカにするなんてことしてはいけません」
しかしそこに厳しい顔をしたシュヴルーズの注意が飛び、彼らの動きを止めさせた。そして更に杖を振り、彼らの口にどこからか現れた赤土の粘土を飛ばして口を封じる。変な魔法もあったものだとキョウスケは考えた。
「そのままで授業を受けなさい」
そしてシュヴルーズは授業を始めた。
キョウスケは机に身を乗り出し、聞きやすい体勢をとった。
授業は滞りなく進み、キョウスケはこの世界の魔法使いはメイジと呼ばれていること、そして魔法の種類についてと錬金という魔法について学ぶことができた。
その中でも、キョウスケはこの錬金というものに驚かされた。目の前にいるシュヴルーズというメイジは石ころを真鍮に変えて見せたのだ。
(完全に物理法則を無視している……昨日の『フライ』や戦闘魔法、さっきの赤土もそうだが、これはその上をいくな)
詳しいことは分からないが、物質そのものを変化させることには凄まじいエネルギーが要るということぐらいは理解していたキョウスケである。目の前の光景がどれほど非常識かというのは理解できた。
(しかし、もし物質を変化させることができればアルトもその応用で倒すこともできるかも知れんな……)
そこで思いついたのがこの考えである。アルトの元々の装甲この世界の武器や魔法などまるで効かないだろう。しかし、装甲を違うものにしてしまえば攻撃が通じるようになるかもしれない。
(そんな機会は無いと思うが、おれがアルトを動かす際は気をつけたほうがいいかも知れん)
授業が中盤まで終わったところで、一つキョウスケは分からないことがあった。スクウェアやらトライアングルという言葉が出てきたのだが、その意味が分からない。隣のルイズに小声で話しかける。するとそれはメイジのクラスで、最下級がドット、次がライン、そしてトライアングルとクラスが上がるごとに『点』が増えていくこと、そして足せる属性が増えてより強力な魔法が使えるようになることを教えてくれた。それがまずかった。
「ミス・ヴァリエール。授業中の私語は慎みなさい」
シュヴルーズに注意されてしまったのだ。すぐに会話をやめ、ルイズはうな垂れた。しかし、次のシュヴルーズの言葉が彼女を困惑させた。
「おしゃべりをする暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう」
「え、わたし?」
「ええ、そうです。ここにある石ころを望む金属に変えて御覧なさい」
しかし、ルイズは立ち上がらない。困ったようにもじもじしている。
キョウスケは怪訝に思い、「どうした? 行ってくればいいだろう?」と促した。
「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか?」
シュヴルーズが再び呼びかけると、生徒の一人、見ればキュルケだった、が困った声で言う。
「先生」
「なんです?」
「止めといた方がいいと思いますけど」
「どうしてですか?」
「危険です」
キュルケはきっぱりと言った。教室のほとんどが頷いている。
この様子にキョウスケはますます怪訝に思った。危険とはどういう意味なのだろう? それに彼らの様子はまるで……
(何かを、恐れている……?)
そうキョウスケには思われた。キョウスケに疑問を残したまま、シュヴルーズと生徒達のやり取りは続く。
「危険? どうしてですか?」
「ルイズを教えるのは初めてですよね?」
「ええ、でも彼女が努力家ということは聞いています。さぁミス・ヴァリエール。気にしないでやって御覧なさい。失敗を恐れていては何もできませんよ」
「ルイズ。やめて」
キュルケが蒼白な顔で言った。しかしルイズは立ち上がり、
「やります」
と緊張した面持ちで言った。つかつかと教壇へと歩いていく。そして教壇の前に立ったルイズにシュヴルーズはにっこりと笑いかけた。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」
ルイズはこっくりと頷く。そして呪文を唱え始め、杖を振り下ろそうとする。
「――!」
そのときだった。キョウスケの頭の中に、まずい、という声が響き、それに従って体が動いた。一気に教壇のあるところまで飛び降り、受身を取ってすばやく立ち上がる。そして杖を振り下ろしたルイズとシュヴルーズに飛び掛って押し倒し、体の下に隠して庇った。
直後、石ころが爆発を起こした。
キョウスケの背中に砕けた木片やら石片が当たり、使い魔たちは爆発に驚いて暴れだした。教室が阿鼻叫喚の大騒ぎになる。
そのときルイズがキョウスケの下から這い出してきて、キョウスケに文句を言おうとする。
「もう! いきなりなにすんの、よ……」
しかし辺りの有様を見て自分が何を引き起こしたのかを悟り、後半は声が小さくなる。だがルイズはさすがだった。こほん、と一つせきをつき、済ました顔でこうのたまったのである。
「ちょっと失敗したわね」
「ちょっとじゃない!」「何がちょっとよ、ゼロのルイズ!」「いつも失敗しまくってるくせに!」「いつだって成功の確率、ゼロじゃないか」
即座に始まる反論の大合唱。キョウスケは納得した。
(……なるほど、『ゼロ』というのはそういうことか……しかし……)
そこでキョウスケは一つの疑問を抱いた。立ち上がり、いまだ呆然と座り込んでいるシュヴルーズに声をかけた。
「……すみません、シュヴルーズ先生。一つ質問してもいいでしょうか?」
「……え? は、はあ、どうぞ……」
なぜだか頬が赤い。キョウスケ本人はまるで気にも留めていないが、彼も十分美男子といえる部類に入るのである。そんな人間にいきなり飛び掛られ、年甲斐もなく動揺してしまったシュヴルーズは相手が平民であるにも拘らず先を促してしまった。しかし、続くキョウスケの質問に戸惑いを隠せなかった。
「おれには良く分からないんですが、魔法というのは失敗すると爆発するものなのですか?」
「え……」
キョウスケはわざと声を大きくし、生徒の連中にも聞こえるように言ってやった。
「生徒の方々は失敗といっていますが、確かに錬金はなされていないという意味では失敗でしょう。だが爆発は引き起こされています。普通錬金というものは失敗すると爆発が起きるのですか? もしそうならなぜ爆発が起きるのか、原理をご教授していただきたい」
この質問にシュヴルーズが、そして騒いでいた生徒全員が黙り込んだ。ルイズも驚いた顔をしてキョウスケを見ている。
キョウスケは黙った生徒達を見回してふん、と息をついた。
(シュヴルーズはともかく、奴らはなぜこうなるのか知ろうともせず、単に失敗と決め付けてルイズを馬鹿にしていたという訳か。……呆れるな)
心の中で侮蔑の言葉を吐くキョウスケ。
その時、丁度授業終了の鐘が鳴った。キョウスケの質問に戸惑い、答えを持っていない彼らにとってそれは救いの音色のようにも聞こえたのだった。 |