Zero of the Beowolf(4/24)PDFで表示縦書き表示RDF


Zero of the Beowolf
作:T・K



鋼鉄の孤狼との再会、そしてキョウスケの決意


 キョウスケは後ろ手でドアを閉め、廊下を歩いていく。途中、何か叫び声があった気がしたが、どこぞの野生の獣でも吠えているのだろうと考え、気にも留めなかった。
 何人かの生徒とすれ違うことも会ったが気にせず足を進め、そのまま外に出た。そしてジャケットのポケットからDコンを取り出して何やらキーを打ち込み、操作し始める。
 すると、認証確認という文字が出て、新しい操作アイコンが現れる。キョウスケは更に操作し、今度は解析中という文字が画面いっぱいに現れた。
 しばらくの間、その場で立ち尽くす。彼は、確かめたいことがあったのである。そう、ずっと考えていた、『可能性』のことだ
(外れていてくれればいいが……)
 祈るような気持ちで解析を待つ。そして、ついにその解析の結果が出たことを知らす文字が画面に出た。キョウスケはすぐにその結果を呼び出す。
「……!! ……やはり、か……!!」
 唸り声を上げ、口を歪めるキョウスケ。きつくDコンを握り締めた。
 Dコン自体は一般にも広く販売されているものであるが、彼が持っているのはその一般に売られているものではない。軍で、しかもパイロットのみに支給される特別品である。
 この特殊Dコンはより多くの機能を持っていることでも一般の物と違いを知ることができるが、パイロット用ということである一つの特殊な機能がついていた。その機能が解析した結果、キョウスケの世界のあるものがこの世界に来ていることを知らせており、彼の考えていた『可能性』の一端が現実のものになってしまったことを知らせていたのである。
(だとしたらこうしてはいられん。確かめなければ……!)
 急いで周囲を見渡し、誰もいないことを確かめる。そして建物の影に飛び込み、誰にも見つからないようにして学院の外に出た。
(場所は……こっちか!)
 Dコンがそれがある場所を示す。
 そこはこの学院からかなり遠く、その上周囲は既に暗くなっている。だが、キョウスケはそんなことになど構っていられない。
 彼はDコンの示す方角に向かい、走り始めた。
 ……どれくらい走っただろうか。今は体力を考えて早足に切り替えているが、キョウスケの周りには木々が生い茂ってそこは深い森と知れた。ずいぶんと学園から離れてしまっている。月が出ているようだがその光もあまり届いておらず、うっすらとした明かりしかなかった。
 目的地の位置は分かるために方向で苦しむことはなかったが、暗さについてはどうにもできない。キョウスケは一応、Dコンを持ちあげて下からその指示を見ると同時にディスプレイの光をライト代わりにしてこの状況をしのいでいた。だがそれも、Dコンの電源が切れてしまえば終わりである。
(下手をすれば、遭難ということにもなりかねんだろうな。だが、今は立ち止まっていられん……!)
 しかしキョウスケは歩みを止めなかった。これ以上進むことの危険は承知していたが、それよりもDコンの結果の確認をするという意思のほうが危険を避けて引き返すことを封じていた。
 段々とDコンの指す場所に近づいてくる。思わず足元を照らしていたDコンの光を前に向けた。そのときだった。
「!!」
 キョウスケはそこにあるものに目を見張った。そして、何とも言えない複雑な表情を浮かべたのである。
「……そうか。お前も、来ていたのか」
 彼はDコンを上にかざし、目の前にあるものを見上げた。
 そこには何か大きな、いや、巨大なものが仰向けに横たわっていた。
 ここからではその一部分しか見えない。しかしキョウスケにはその横たわっているものの全体像をすぐに思い浮かべることができた。
 それは真紅の巨人であった。ただし、これは生物ではない。その体は鋼鉄でできている。
 頭部には角があり、左腕には五連チェーンガン、右腕にはリボルバー拳銃の弾倉を付けた巨大なパイルバンカーを装備している。背には大型スラスターとテスラドライブを付け、体は無骨で装備の関係もあってずんぐりとしており、その中でも肩は他の部分と比べても大きく肥大化していた。
 なぜ彼はこの場所にこれがあることが分かったのか? そしてなぜこうも簡単に、彼はこの横たわっている物の全体図を頭に描くことができたのだろうか?
 しかし、それは簡単なことだ。
 一つ目は、彼のもっているDコンについている特殊機能によるものである。パイロットにとって自機の所在を知っておく事は何よりも優先される。しかし不幸が重なり、機体とはぐれてしまうこともあるだろう。そのために、機体には特殊な周波数を発信させる装置を取り付け、そしてDコンがその特殊周波数を解析し、所在を明らかにする機能が取り付けられているのである。
 二つ目はもっと簡単だ。これは彼が命を預け、共に多くの激戦を駆け抜けてきた、彼の相棒とも言える機体だからである。全体像を知っていて当たり前なのだ。
 彼は拭い切れない愛着と、なぜ来てしまったのかという苦悩を持って、その名を口にする。
「……アルトアイゼン……」
 自らの愛機との再会に、少しの間立ち尽くしていたキョウスケだった。
 彼はアルト――略称としてこう呼んでいる――が自分と違う場所に出現したことについてはあまり気にしていない。出現の座標が狂ったぐらいだろうし、むしろこのような人目につきにくいところに出てくれて助かったとさえ思っていた。それよりも機械とはいえ相棒とすら言ってしまえるほどの機体であるため、無事だったことを喜ぶ気持ちの方がよほど大きいのである。
 しかしその一方でこの世界のことを考えた場合、どうしてもその喜びはしぼみ、代わりにこの機体をどうするべきなのかという考えに至らざるを得なくなってしまう。
(この世界に、お前は来るべきではなかった……)
 ルイズから聞いた話――実は銃の有効性を計るといった理由の他にアルトに通じる威力を持ったものがあるかを調べる目的もあった――では戦闘用の魔法にも様々なものがあり、中には幻獣といった怪物を殺すための大掛かりな魔法もあるらしい。そしてそれは魔法の代わりとして使われる大砲といったような攻城、もしくは野戦兵器も同様だった。しかし、
(そんなものではアルトの抑止力にはならん。例え攻撃を受けたとしても、蚊の刺すようなものだ)
 そう、これが問題なのである。
 怪物といってもルイズの話から察するに、アルトほどの大きさのものはいなかった。それに魔法の威力も聞いてみたが、せいぜいが歩兵用の重火器程度の威力である。その上大砲などの重火器と呼べるものは旧時代的な代物であった。これでは話にもならない。
 そしてこれらの話から、ある結論が出る。
(アルト一機があればこの世界における大概の敵や軍勢にも勝ててしまう、ということだ。しかも武器も使わずに……)
 ルイズの知らない魔法や技術があることや、実際の威力は試してみなければ分からないことも考えに入れておかなければならないが、それでもこの結論は大方正しいだろう。
(そしてそれは、おれの意思一つでこの世界を変えてしまえるということでもある)
 無論キョウスケにこの世界をどうこうしようなどという考えは無い。しかしそれでも、彼が、そしてこの機体がその力を持っていることを世界の国々(トリステイン以外はまだ知らないが)が知ればどうなるか。
(必ずおれとアルトを確保しようと動き始めるに決まっている……)
 各国の軍事バランスを一瞬にして崩壊させてしまえるほどの威力がこの機体にはあるのだ。目の色を変えて自分たちを捕らえようとするだろう。特に自分の国の勢力を強化したいと思っている国なら尚更だ。そしてその争奪戦が引いては、戦争の引き金になってしまうことも有り得る。
 これこそがキョウスケが考え、恐れていた『可能性』である。
(……あの男なら喜んで戦争を引き起こそうとするだろうが、な)
 そこでふと、今は亡きある男の名前が頭に浮かんできてしまい、キョウスケは思わず舌打ちをもらした。
 その男は赤い髪を持ち、目尻を下に垂らしたその目に鋭さを宿していた。
 キョウスケにとって彼は宿敵とも言える存在であった。そしてその男が所属していたのは、『向こう側』と呼ばれるキョウスケのいた世界の平行世界から来た『あの部隊』だ。彼らは自分の世界の技術と兵器をキョウスケたちの世界に持ち込み、様々な勢力と手を組むことでキョウスケのいた世界に戦火を広げた。
 今ある現状は、ある意味ではそれと似通っている。キョウスケにはそんな意思は無いが、この世界にキョウスケとアルトアイゼンが存在すること、つまりその破格の強さ自体が、『あの部隊』以上の災厄となりえてしまうのだ。
 それだけはなんとしても防がなくてはならなかった。では、防ぐためにはどうすればいいのか?
 キョウスケは腕を組み、考えを巡らせる。
(一番早く、そして安全な方法は破壊してしまうことだが……)
 真っ先に浮かんだのがこの案である。自分で機体を操ってもできるし、操作不能にさせるというのならコックピットに入って拳銃の弾を計器類に叩き込めばすむ話だ。だが、キョウスケは何故かそうする気にはなれなかった。
 今までで分かるように、彼は寡黙で無表情ではあるが熱い感情を秘めた男である。しかし同時に兵士として高いプロ意識を持つ男でもあった。その極めつけとして、仲間を救うという大きな目的を果たすためにある事情で敵に回ったエクセレンを本気で殺そうとしたことが挙げられよう。ゆえに普段の彼なら、多少の名残惜しさは感じただろうがアルトを破棄することに躊躇はないはずなのだ。
 キョウスケは戸惑っていた。破壊することの有効性は十分に承知している。しかし、それを押し止めているのは他でもない。彼の頼みとする感覚、勘である。
(アルトを破壊することを考えるとどうも胸騒ぎがする。だが、なぜ……?)
 そもそもその感覚自体あやふやなものである。考えても答えは出るわけが無かった。それとも、破壊することで何か良くない事態でも起こるというのだろうか。
(……いや、考えているだけではどうしようもないか)
 そこでキョウスケは、まずはアルトの状態を調べることが先決と考えを切り替えた。アルトアイゼンはアインストとの決戦を経てそのままである。相当損傷しているはずであり、まず機体のコンディションを確認しておこうと思ったのだ。
 キョウスケは機体に近づき、よじ登って機体の胸の部分にあるコックピットを目指した。
(しかし……)
 その途中、彼はアルトの様子に疑問を覚えた。
(今いるのは腹部辺りだが、そこから全体を見るかぎりは……いや、これは別に今考えるべきことじゃない。コックピットで確認すれば分かることだ)
 そう思い直し、考えを断ち切った。
 コックピットの近くに着いたキョウスケはその周りに隠されたレバーを引き、ロックを開放する。プシュ、と空気の抜ける音がし、ハッチが開いた。そのまま中に潜り込んでシートに収まる。
 そのとき、キョウスケの胸には何とも言えない感情がこみ上げて来たのである。まるで、自分のいるべき場所に戻ってきたかのようだった。一瞬、ふ、とキョウスケは笑みを浮かべた。
(……これは懐かしさ、とでも言うのか?)
 機動兵器にも感じるのかは分からないが、少なくともその類のものであることは確かだった。
 キョウスケはシートの前に据え付けられたコンソールを操作し、アルトを起動シーケンスに入らせた。
(しかし、ここからが面倒なのだがな……)
 操作を続けていると、キョウスケの目の前のモニターに「照合してください」の指示が出た。彼以外の者に使われることを防ぐセキュリティーである。ここから生体認証やパスコードなど、様々な工程を経なければならない。当然キョウスケはこの機体の正式なパイロットであり、全てクリアできるに決まっているが、面倒なことには変わらなかった。
 キョウスケは手早く済ませるために、両の手をコンソールにつけた。……そのときだった。
「!? 何だ、これは……!」
 目の前で起きる不可解なことに、ついキョウスケは声を出してしまった。コンソールに左手をつけたとたん、グローブに隠れた甲の部分が光り始めたのである。だが不可解なことはそれだけでは終わらなかった。グォン、という音。それに続きエンジンの引き起こす振動がコックピットを揺らし始めたのだ。
 キョウスケは驚きを隠せない。
(セキュリティー解除もしていないのに、起動シーケンスが始まっているだと!?)
 ハッチが閉まり、そして周囲の全周囲モニターなどの全ての計器に光が点り始める。そして全ての計器が起動した後、「起動完了」の文字が前のモニターに現れた。今ここに、アルトアイゼンは完全に起動したのである。
 あっけに取られるキョウスケ。しかし、不可解なことはまだ続く。
(……何だ? 俺の頭の中に、何かが流れ込んでくる……)
 そして流れ込んできたものを理解した瞬間、更なる驚愕がキョウスケに襲い掛かった。
「……冗談にも程があるぞ……」
 シートにぐったりと体を沈みこませ、キョウスケは力なく呟いた。
「……この世界には、機動兵器の状態を知る力まであるのか……?」
 ルイズは言っていた。使い魔には主人の目となり耳となる能力が与えられると。ならば、このことをぜひ聞いてみたかった。
 頭に流れ込んできたのは、なんとアルトアイゼンの機体状態だった。それも機体各部の損傷率から武器の弾薬の残り、終には人工知能の劣化の度合いまで、ありとあらゆる情報がキョウスケの頭に流れ込んでくる。
 しかも流れてくる機体の情報の中身もまた驚くべきものだった。機体のステータスがオールグリーンになっていたのである。
(機体の上を歩いている際、妙に傷がないと思ったが、このことだったのか……)
 あまりの非常識に、もう呆れるしかない。
(しかしこれも、おれの服装が変わっていたこと、そしておれの所持品がその服に入っていたことの二つと同じように考えればいいのか……?)
 いや、いささか規模や状況が違うように思うが、そう考えざるを得ないだろう。キョウスケの場合は服が変わったように、召喚の際の何らかの作用でアルトアイゼンの損傷は修復されたのだ。……無茶苦茶なことこの上なかったが。
 だがキョウスケにとって、現状はいつまでも周りの状況に驚いている場合ではなかった。事態が悪化していると彼は思えたのである。
 キョウスケはコンソールに置かれている左手を見た。甲にあるルーンはまだ光を放ち続けている。アルトの損傷が無くなっているのは違うだろうが、彼は機体状況が頭に直接流れ込んでくるのはこの左手にあるルーンのためとしか思えなかった。
(……これがルイズの言う使い魔の能力で、自分だけに与えられた能力だったら問題は無い。しかし、もしこの能力を持つものが他に大勢いたとしたらどうなる……?)
 まだルイズに戦闘に関する魔法を聞いたくらいで、この世界にはそれ以外どういった魔法があるか分からない。しかし、このような能力を持つものが他にいないという確証も無かった。ますます機体の破棄という案が魅力的に思えてくる。
 キョウスケは再び考えを巡らせた。
(現状では機体の破棄が最良の選択なのだろうが、しかし……)
 今まで彼を助け続けてきた、自身の感覚も無視できなかった。苦悩するキョウスケ。
 そのうち彼は、モニターに映る二つの月に気付かないほどに、思考に没頭していった。


 キョウスケが苦悩していた一方、ルイズもまた苦悩していた。
 しかし何故彼女が苦悩しなければならないのか? そのためには少し説明が必要であろう。
(使い魔のくせに使い魔のくせに使い魔のくせに使い魔のくせに使い魔のくせに使い魔のくせに〜〜〜〜〜!!)
 今現在、彼女はもう手の付けようが無いほどに怒り狂っていた。
 キョウスケが出て行ったそのときは怒ったもののどうせ夕飯には帰ってくるだろうと思い、勝手なことをした罰としてご飯を抜いた彼の前で夕食をおいしそうに食べる姿を見せ付けるという罰を考えて一応は機嫌を直していた。
 しかし何ということだろう! 彼は帰ってこなかったのである。
 ご主人様ほっぽり出して何やってんのよ〜と更に怒り狂いそうになるが、夜食時というものがあることを思い出し、そのときこそはと思ってかろうじて機嫌を直した。間一髪であった。
 しかしまたまた彼は帰ってこなかった。
 そこでついに、ルイズは怒りの極地というものを発現してしまったのである。
 髪は逆立ち、顔は怒りによってどす黒く染まっている。そしてくりくりと動いた愛らしい目は吊り上り、前述のことと合わせて鬼のような形相を作っていた。
 今のルイズを見れば、大概の人間が裸足で逃げ出すだろう。それほどに怖い。恐ろしい。
そんな彼女が考えることは一つであった。

 あのムッツリ使い魔に自分の立場を思い知らせてやる!!

 明かりを消してベッドに入ったルイズは、見事示した主人の威光の前にひれ伏すムッツリ使い魔――キョウスケの特徴を見事に捉えたあだ名といえよう――の姿を思い浮かべ、ぐふふと凄惨な笑みをもらしていた。
 そのために彼女は考えられる限りのお仕置きを考えていた。で、これが苦悩していた理由である。……あほらしいといえばそれまでだが。
 しかし今となって、ルイズはあの使い魔は只者ではないことを理解していた。物事に動じない異様な落ち着き様や周囲の状況をよく分析する判断力など、手強い事この上ない。だからこそ、考えを練る必要があったのである。そして夜を通して考えた結果、ついにムッツリ使い魔に有効と思われる三つのお仕置きを考えることに成功したのだ。
 以下がルイズの考えた、使い魔に主人の威光を知らしめるためのお仕置き計画の全貌である。

 その一 生きていく上で必要なことを与えない。早い話がご飯を抜かすのである。
 単純だが使い魔は一夜の食を抜かしていると思われるため、一番有効な手と思えた。さらにこれからの脅しにもなる。

 その二 部屋にいれてやらない。
 これまた単純である。しかしこれも寝る所を確保できないという本能に訴える攻撃であり、眠れず辛そうな顔を晒したムッツリ使い魔を思い浮かべただけで笑みがこぼれてしまった。

 その三 昨日中で壊した壁の修理費を請求してやる。
 あの時は嬉しさのあまり気にならなかったが、ここまでの態度をとられたのだ。容赦してやる必要などもはや露ほども感じない。一生召使としてこき使ってやるのも良かった。

 そして現在、これらの完璧(少なくともルイズはそう思っている)を以って、ルイズは使い魔を倒すことに気勢を上げていたのだった。
 元の世界に帰るという目的がある以上、ムッツリ使い魔はこの学院に帰ってくることは確実なのだ。そのときこそが裁きのときである――――!
(見てなさいよムッツリ使い魔。許してくれって言ったって聞かないんだからねぇ〜〜!!)
 そして、運命の朝を迎えたのである。
 使い魔がいつ帰ってきてもいいように寝間着を学院の制服に着替え、身支度を整えてドアの前に陣取る。お仕置きの際に見苦しい姿では格好がつかないというのがルイズの信条であった。
 そしてドアが開き、一人の男が入ってくる。その男は見慣れない服装をし、頭には茶と金に分けられた髪をもっている。何より、ムッツリとしたその無表情は忘れようはずが無い。
 ルイズは獲物がかかったことを知り、そしてそれを屈服させるべく、緊張に身を硬くするのであった。
「すまんな。少し手間取って今まで帰ってこれなかった……どうした? 何をそんなに怒っている? それに目の下に隈ができているぞ」
 部屋のドアを開け、夜が明けるまで帰らなかったことを謝りながら入ってきたキョウスケは、凄まじいまでに怒っているルイズの姿を見つけてそう言ってきた。その態度は平然としている辺り、キョウスケもなかなかのものである。
 ルイズは自分の怒っているさまを見てもまるで気にしていない使い魔を見て、頭に上る血が増量しかけたが何とか自制した。何のために昨日の夜からずっとお仕置きを考えていたのかを思い出し、余裕の無いところを見せれば即座に使い魔につけこまれると思ったのである。キョウスケにとっては言いがかりもいいところであるが。
 怒りで震えそうになる声を押さえつけ、ルイズは使い魔に声をかけた。
「別にあんたが気にすることじゃないわ。それより、あんたは私に言うべきことがあるんじゃない?」
「……? 何のことだ」
 ルイズは腰に手を当て、ふふんと胸をそらした。
「あんた自分で私の使い魔になるって言ったわよねえ。なら私がご主人様だってことも分かってるわよねぇぇぇ」
 怒る彼女の声は不気味で、まるで地獄の底から響いてくるようであった。
「なら何で私のことをそんなにぞんざいに扱うのかしら。使い魔の自覚まるでないったらありゃしない。だからね、私あんたに罰を与えなきゃならないの」
 いよいよだ。このむっつり使い魔が自分の前にひざまずく時が来たのだ。今度は喜びによって震えそうになる声を押さえ込んでルイズは続け、一つ目のお仕置きを高らかに宣言するのだった。
「言い渡すわ。あんたは今日全ての食事は無しよ! 昨日から何も食べて無くてひもじいでしょうけど、主人に対して無礼をしてきた当然の罰として受け止めなさい!」
 言い終えた後、ルイズはたまらない充足感が体に満ちてくるのを感じていた。これでこのムッツリ使い魔がひれ伏すところを見ることができるのだ。さあひれ伏せ、崇め立てろ!
「……別に構わんが?」
(そうそうそうやって……へ?)
「……今なんつったの?」
「別に構わんといった」
 まるで動じた様子も無く、使い魔が答えてきた。
 ルイズは一瞬呆然とするが、すぐに体勢を立て直した。そうだ、これは強がりだ。そうに決まっている。
「……つ、強がりを言ったって無駄よ。あんた、出て行ったきり帰ってなかったじゃない。お腹すいてんでしょぉ〜?」
「……すまんが強がりでもなんでもない。食事はこれがあるからな」
 言ってまたポケットに手を突っ込む。そして何か小さな棒のようなものを取り出した。
「レーションといってな。おれたちの世界での保存食のようなものだ。見ためは小さいが、これ一つで一食分の栄養を取ることができる」
(〜ッ! そんなものまでそっちの世界にはあるの!? 反則もいいところじゃない……ってちょっと待った!)
「……ふぅ〜ん。でもほんとに構わないって言っちゃっていいのかしら? そんなもん、あんたがいくら持っているのかしらないけど、食べつくしちゃったら終わりじゃないの!」
 さあ言え、今度こそひれ伏せとルイズは念じる。しかし現実は残酷だった。
 キョウスケは呆れたような目でルイズを見た。
「……ご主人、おれがなんだか忘れたのか」
「何よ、今あんたが何かなんて関係……あ……」
「思い出したようだな。兵士だ」
 兵士という職業上、不測の事態に備えて様々なことを訓練するのは当たり前である。それはルイズの世界でも変わらない。勿論キョウスケもパイロットとはいえ、機体に何かあった際の備えとして仕官学校時代や所属部隊における訓練でサバイバルにおける知識や技術は身に付けていた。
 つまりキョウスケにとっては食事を抜かされても外で調達すれば良いだけで、まったく意味が無いのである。
 ルイズはう〜と唸り、心の中で地団太をふんだ。
(何てヤツなのよ、こいつ! 次から次へと私に逆らって!)
 誰も逆らっていない。ルイズの完全な逆恨みである。
(これじゃどっちが主人か分からないじゃないの! でもまだ手はあるわ。次の……あれ?)
 そのとき、今頃になってだがルイズはキョウスケが右手にトランクを持っていることに気付いた。
「ねえ、ちょっといい? あんたの右手に持ってるトランクみたいなの、なに? 何か金属でできてるみたいだけど」
「……ああ、これか。昨日出て行ったのは、これを探すためだ。召喚される際おれが持っていたはずだったが近くに無かったんでな。手間取ったが、何とか見つけられた」
 そういってキョウスケは腰を折ってトランクを下に下ろした。
「詳しい説明は省くが、この中にはおれの世界の武器が入っている」
「!?」
「他の人間にとられることも考えられる。だからこそ早めに回収しなければならなかった。だが、既に回収はすんだ。……あと、ルイズに頼みがある」
 キョウスケはルイズを見上げた。
「これから魔法の授業があるらしいが、俺もそこについて行っていいか?」
「……何で? まああんたは使い魔だし元から連れて行くつもりだったけど、どうしていきなりそんなこと言うの?」
「……魔法に少し興味が出てきてな。戦闘用と帰還のための魔法以外には何があるのか、そしてどんなことができるのか知りたくなった」
 この言葉をルイズは疑問に思った。この男は昨日質問してきた際、戦闘に関することしか興味を示さなかったのだ。それ以外は本当にばっさりという擬音のように「興味が無い」で済ませていたのである。しかし今は熱心にそのほかの魔法のことについて聞いてくる。この態度の豹変はなんなのだろうか? しかし、次の言葉がルイズの疑問を打ち消した。
「考えてみれば俺はまだまだこの世界のことについて知らないことが多すぎる。それは使い魔の役目を果たす際も、おれ自身としても危険なことだ。だからこそ準備しておきたい」
「え……それってつまり……」
「言っただろう、使い魔として使われてやるとな。考えてみれば、戦闘に使われるもの以外でもお前を危険に晒すものもあるかもしれん。そのためにもこれが、」
 使い魔がトランクを視線で示した。
「必要だった。そしてそういった手も防ぐための知識を仕入れたいだけだ」
 ぶっきらぼうな言い方は変わらなかったが、目の前の男は自分を守ると、遠回しであったが言ってくれたのである。そしてその手段を探すために昨夜出かけ、今は知識を集めようとしているのだ。
 ルイズはまたしても顔が赤くなってしまい、すぐに俯いて頬の赤さを隠した。自覚はしていなかったが、彼女はこういうストレートな表現に弱いのである。
(や、やだ。何で頬が熱くなるわけ? ただこいつは使い魔として最低限の役割を果たすって言われてるだけじゃないの)
 しかし頭に浮かべる言葉とは裏腹に、ルイズの頭には昨日のキョウスケの笑みや自分を褒めてくれた言葉が浮かんできてしまった。昨日の夜は勝手に出て行ったと思っていたが、きちんと自分のことも考え、そしてそのために行動してくれたのだ。
(ばか……そんなことされたら怒るに怒れなくなっちゃうじゃないの……)
 ルイズは自分の中の怒りが急速になくなっていくのを感じていた。その代わりにルイズの胸にこみ上げてくるのは、守ってくれると言われた事への喜びである。
 しかし平民に褒められたくらいで嬉しくなるなんてと思う気持ちも一方ではあり、悟られたくないと思ってしまう。難儀なルイズのプライドであった。
(態度も口調も何も直していないし、お仕置き案も二つ残ってるけど……こんなんじゃ怒るに怒れないわ。これは次に使い魔が今回のようなことをやったら、するようにしよう)
 そう思い直した。そして少しだけ顔を上げ、いかにも仕方なさそうな言い方でキョウスケに話した。
「はあ、仕方ないわね。そういった事情があるなら許してあげるわよ。でも今度からはきちんと理由をいってから出るようにしてよね」
 そのルイズの言葉にキョウスケは笑みを浮かべた。
「……了解」
 それを見てしまい、また俯いた。頬の熱さも蘇ってきてう〜と唸るが、どうしようもない。
 その後、今日の予定をキョウスケに話したルイズは授業の用意を整え、ドアを開けて部屋を出たのである。
 しかし、知らず気分が浮かれていたからか、ルイズは気付かなかった。
 ルイズの後ろに控えたキョウスケが、彼女の背中に向かって謝罪していたことに……

 ドアに向かうルイズの背を見て、キョウスケは頭を下げていた。
(こういうのは好きじゃないが、今はそうも言っていられん……)
 キョウスケはルイズの貴族という立場を利用し、魔法の授業を受けさせてくれるように頼んだことに痛みを感じていた。……あくまでキョウスケはルイズの立場を利用しようとしていることに、である。ルイズ本人も自覚していないが、キョウスケに何かしら好意に似たようなものを持っているとはまるで考えてもいなかった。そういう鈍い点においては、二人とも同じかもしれない。
 ともあれ、彼がこういう手段に出るというのは普通なら考えられないことであり、よほどの事情があることは容易に想像がつく。そしてその事情は無論、彼の愛機のことだ。
 あの後、結局キョウスケはアルトを破壊しなかった。危険を承知の上で、自分の感覚を信じることに決めたのである。しかし万が一のことを考えてやれることはやっておいた。
 まず誰かに見つからないよう機体に装備されていた迷彩シートを被せておいたし、その上から森の偽装もとりつけた。そして機体に装備された生体センサとDコンをデータリンクさせ、アルトに近づいてくる人間がいるかを分かるようにし、最後にあるコードを直接、もしくはデータリンクしたDコンを通して打ち込めば、即座にアルトが自身のコックピットにバンカーを打ち込んで自爆するというプログラムを組み込んだのである。
(……ラミア。お前の覚悟を見習い、コード名を付けさせてもらった)
 心の中で仲間を助けるために自爆した仲間に呼びかけた。
 そしてキョウスケ自身も、この世界で使い魔として生きていくために、魔法使いや怪物との対決に備えるために、何よりアルトをこの世界の混乱の原因としないために、アルトからルイズに見せたトランクを持ち出してきた。
 ルイズには中身を見せていないが、そこには様々なものが入っていた。包帯や止血剤などの医療セットや非常食としてのレーション、そして一番重要なのが、ルイズに言った通りアサルトライフルやアーミーナイフなどの武装類、そして弾薬類である。
 このトランクの名称はサバイバルキットという。機体を放棄するような事態になった緊急時への対応策として備えられているものだ。機体がなくなった時点で搭乗者が命を落としている場合も多いため役に立たないだの費用の無駄だのと囁かれ続けていた代物だが、今の状況ではこれほど心強いものは無かった。弾の問題もあったし、予備があるのは非常に助かる。
(これでしばらくは弾の心配をしなくてすむ。むしろ問題は、この世界にある力の方だ……)
 キョウスケは左手を見た。そこには使い魔の印であるルーンが刻まれている。この世界に機動兵器のようなものがあるとは思えなかったが、しかし実際にアルトのセキュリティーを突破して起動させてしまったのだ。警戒しないわけがない。だからこそ……
(この世界にはどんな魔法、力があるのか、知らなければ対策を立てようがない。そのためにも魔法の種類から使い魔の能力まで、隅々まで調べなければならん……)
 そう、ルイズに授業を見せてくれと言ったのはこういうことだ。魔法などの、この世界の力の知識を得ようというのだ。
 元から帰る方法を探すためにルイズの使い魔であることを利用してここにいるつもりだったが、立場とはいえルイズ本人を利用するというのは気分が悪かった。それに事情が事情だけに、話すこともできない後ろめたさもある。
(その代わりではないが、ルイズ、お前を守ることに俺は全力を尽くす……)
 今回のことも考えるとさすがに申し訳なく、また自分がいることでアルト絡みの騒動に巻き込んでしまう可能性もあった。今までも一度言った以上貫き通すつもりだったが、改めて決意を固めなおす。
(使い魔としてな……!)
 そして身支度を整えたキョウスケは、ルイズを追って部屋から出た。


ついに出てきてしまいました。・・・アルトアイゼン(リーゼ)!
まともに活躍させたらとんでもないことになるのは目に見えているので、絡み手を使ってこれから活躍させたいと考えています。あとDコンには少し独自設定を加えさせてもらいました。
最後に、こんな無茶なことに付き合ってくださる方々、本当にありがとうございます。











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