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  Zero of the Beowolf 作者:T・K
旅立ち
「まったくあの使い魔ときたら……!」
 昨日のことが忘れられず、名前なんて呼ぶのもおこがましいと考えて呼び方を戻してしまったルイズが魔法学院の前の校門に立っている。当然のことながら不機嫌丸出しだ。
「ま、まあそこらへんにしておきたまえルイズ。これから嫌でも共に行くことになるのだし、そのせいでチームワークを乱して任務を失敗するわけには行かないのだしね」
 それを隣に立っているギーシュが何とかなだめようと恐る恐る話しかける。
 こう言っているギーシュもキョウスケには決闘のことや昨晩のこともあるため、余り良い感情を抱いていないのだが、自分よりも更に深刻な事態になっているルイズを見てはそうも言っていられなかったようだ。
 ギーシュの言葉にも一理あると思ったのか、うっと言う顔になった後若干ながら不機嫌さの度合いが下がる。
「うーーーー、確かにそれはそうかもしれないけど……」
(キョウスケにいわれなかったら自分がどれだけ考えなしに任務を引き受けたのかも分からなかっただろうし……)
 ちらりと視線を下ろす。そこには自分の持っている知識を総動員してまとめた、旅に必要と思われる品々が入っているケースがある。キョウスケに言われなければ、すべて使い魔に任せていただろう。
 しかしそれでは自分の認識が甘い事が分かり、その上思い返してみればフリッグの舞踏会でああ宣言した以上、みっともない姿をさらすわけには行かないと思い直して準備したのであった。
(もう、姫様のこと以外だったら別にキョウスケを……って違う!! あ、あいつは使い魔なんだから私を助けるのは当然!! ついでに使い魔は使い魔で名前でなんかもうキョウスケを呼んでってちがあう!!!!)
 頭の中で勝手に空回りし、一人百面相をするルイズであった。隣にいたギーシュは……
 多分、こういう人間を見たときに当然する事をする。
 少しはなれたところに下がり、あの使い魔でも良いから早く誰か来ないかなーと首を回して周囲を見ていたのであった。すると、
「待たせたか」
 と声がかかってきた。
 ギーシュは声のした方をむくと、ギーシュたちに向かってに歩いてくるここらでは見かけない服装をした男がいた。
 そして当然その男の声が聞こえたとなれば、
「キョウこの馬鹿犬ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
 わざわざ言い直して突撃していく桃髪一人百面相である。
 キョウスケの前に立ってぎゃあぎゃあと「昨日の態度は何よ!」だの「さっさと謝りなさい!」だのといった口論(主にルイズが一方的にまくし立てているだけともいう)になり、結局落ち着くまで半時間ほどかかった。そして当然
「で、すぐに出発するのか」
 と何もなかったかのように二人に確認を取るのがキョウスケという男のわけで。
 こうなるとわざわざ半時間もかけてまくし立てていたルイズがもう哀れで仕方が無い。
「……うううううううううううううううううううううう!!!!」
 ルイズはぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりという擬音がとても似合いそうな、歯軋りをしている恐ろしい顔で睨みつける。そしてそれすらも当然にスルーしているのであった。
 もう言葉では言い表せないくらいぎすぎすした空気に耐えられなくなったのか、冷や汗びっしょりの背中でギーシュはおずおずと手を上げ、
「す、すまないが僕の使い魔を連れて行っても良いだろうか……?」
 と発言する。
「あ、あによ。あんた使い魔なんて、いたの?」
 ぜーぜーと息を大きく荒げながらギーシュにルイズが聞く。ギーシュは空気を変えたいがためか、必要以上に大きく頷き、
「もちろんさ。来たまえ、ヴェルダンデ!」
 と、これまた必要以上に気障な仕草と声でどこへともなく呼びかけた。すると地面が盛り上がり、出て来たのは
「ジャ、ジャイアントモールぅ?」
 そう。普通のものとは比べ物にならないくらいに大きい体をした、モグラだったのだ。
「どうだい可愛いだろう? この愛くるしい丸みを帯びた体。とくにこのくりくりとした目など最高だね!」
 そう言ってギーシュはジャイアントモールに抱きつき、すりすりと頬ずりをし始める。
 その様に呆れつつ、
「……でもあんた、分かってんでしょうね。私達が今回のたびで目指してるの、アルビオンだってこと。ジャイアントモールじゃどう考えたって連れてけないじゃないの」
 と無情に言い放つのだった。ショックを受けたかのように顔を真っ青にし、「一緒に行けないなんて寂しすぎるよ……」と言って更に勢いを増して頬ずりする。
 どうしようかしらこいつ、このままおいてっちゃおうかしらとルイズはひそかに思った、その矢先である。どこからか羽ばたきの音が聞こえ始めた。
 何かと思ってその音がするほうを向くと、そこには鷲の頭と獅子の体を持つ幻獣、グリフォンがこちらに近づいてくるところだった。しかもその体躯は他と比べて一回り大きい。
 ルイズを初めとしてキョウスケやギーシュも何事かと思ってそちらの方を向き、ギーシュは驚いた顔を、キョウスケは相変わらずの無表情でなにを思っているのかさっぱり分からなかったが、していた。
「ず、ずいぶん大きなグリフォンじゃないか。もしかしてあれかい? 今回の旅で姫様が君につけるといっていた護衛は」
 驚いた顔のまま言うギーシュだったが、ルイズは彼の言葉など聞いていない。一瞬乗り手の顔が見えた瞬間から、彼女の考えは止まってしまっている。
 やがてグリフォンが降り立ち、乗り手が降りてくる。広いつばの羽根付き帽子に黒のマントをしており、口元には髭を生やしている。しかしその顔はルイズにとって忘れられるものではなく、また、見間違うはずのないものだった。
 彼はルイズに気付くと笑みを浮かべ、大またで近づいてくる。そして近づくや否や、いきなり抱き上げて
「久しぶりだな、ルイズ! 僕のルイズ!」
 といった。
 誰であろう、彼はワルド伯爵。
 栄誉ある魔法衛士隊グリフォン隊隊長にして、ルイズの婚約者なのだ。
 突然婚約者と出会ってしまい、ルイズは頬を染めながらただ「そ、その……お久しぶりでございます……ワルド伯爵……」と、普段とは似ても似つかないしとやかな様子で言うのだった。

「姫様? どうしたのですかな?」
「……は!? い、いえ、何でもありません」
 オスマンに呼びかけられ、ぼうとしていたアンリエッタは我に帰った。
 彼等がいるのは学院長室である。ここから二人は今から旅立とうとする一行の無事を願っていた。しかし、肝心のアンリエッタはというとどこか心ここにあらずといった様子だった。
「お会いしたときからどうも様子が変ですぞ? もし気分が悪いのであれば……」
「本当に何でもありません。すみません、余計な心配をかけてしまって……」
「それなら別にいいのですがな……」
 そういいながらもどこか心配そうにしているオスマン。それに対してアンリエッタはすまなく思う。
 思い出すのは昨日の夜のこと。ルイズの使い魔に指摘されたことがどうしても頭を離れないのだ。
 普段なら無礼なことと怒っていただろう。事実初めはそうだった。しかしあの男に睨まれ、心の底まで見透かすような目で見られた途端そんな怒りの感情などどこかにいってしまい、代わりに出て来たのは自分の心の底まで見られてしまうというおびえだった。
(私がそんなこと、思うわけ……)
 心の中で何度も何度も否定し、ルイズの使い魔であっても貴族ではない平民の言うことなのだからと、犬にでも噛み付かれたとでも思って忘れようとする。しかし何度否定しても、あの男の言葉は消えてくれなかった。
 いい加減消えてくれないことにイラつき始めたときだった。
「オールド・オスマン! いいい一大事ですぞ!」
 頭が禿げ上がっている一人の教師が、大慌てで部屋に飛び込んできたのは。
「なんじゃ、コッパゲールくん。騒々しい。ここには姫殿下もおるのだからもっと落ち着いてだの」
「ふざけてる場合でも悠長なこと言ってる場合でもありません! フーケがチェルノボーグの牢獄から脱走したとの連絡がたった今入ったのです!!」
「……ふむ」
 ふざけた調子で教師に言ったのときとは一変し、真面目な顔になるオスマン。一方アンリエッタの顔からは血の気が引いた。
「わかった。このことはわしで預かっておく。今は下がりなさい、ミスタ・コルベール」
 そう言って教師を下がらせるオスマン。
「なんてこと……! こんなときに、脱獄だなんて!!」
 アンリエッタは落ち着かない様子で体を動かす。そんな彼女とは対照的に落ち着いたまま「まあ落ち着いてくだされ」といった。
「これが落ち着いてなどいられますか! 此度の任務にはトリステインの未来がかかっているのですよ!? それを……!」
「それも分かっております。しかし我等にはもうどうすることも出来ません。既に杖は振られてしまい、彼女達は旅立ってしまったのですからな」
「……!」
 ぎり、とアンリエッタは歯をかみ締める。彼女にもオスマンの言っていることは理解できた。確かに今となっては自分達にできることなど何もない。しかしだからと言って落ち着いていられるかといわれれば、そうできるほどには自分は大人ではなかった。
「そういう貴方は随分と落ち着いていられますね、オールド・オスマン」
 思わず、彼に噛み付いてしまう。彼が悪いわけではないのに。
 しかしオスマンは笑って言う。
「確かにわしも心配は心配です。ですがその心配は、恐らく無用になると思える事を知っているのです。だからこうして落ち着いていられるのですよ」
「何ですって?」
「ミス・ヴァリエールの使い魔となっている青年……知っておられますかな?」
 その事を言われた瞬間、どきりと心臓がはねるのをアンリエッタは感じた。動揺する。
 だが、態度には出さないように勤めた。
「え、ええ。知っています。ですが彼がどうかしたのですか?」
「姫は始祖ブリミルの伝説をご存知ですかな?」
「一通りは知っていますが……それが何か?」
「ではその中のある一節に、ガンダールヴのくだりがあることもご存知でしょう。……彼は、そのガンダールヴなのですよ」
 これにはアンリエッタも目を見張った。
「まさか、彼が!?」
「ええ。そして彼はまた、異世界からやってきた青年なのです」
「異世界?」
「ええ、このハルケギニアではないどこか。そして彼はその世界で多くの戦いを切り抜け、生き抜いて生きた歴戦の勇士とすら言える青年なのです。公にはなっていませぬが、事実フーケを捕らえた際にも彼は抜群の働きをしましてな」
「なんと……」
「それゆえの安心です。たとえ世界が違うとしても、彼の戦いの経験はミス・ヴァリエールたちをきっと正しく導いてくれるでしょう。それに、これは余談ですが、彼がいた世界では彼はその戦いぶりからこう呼ばれていたそうです」
 そこでオスマンはアンリエッタに彼、キョウスケがどう呼ばれていたのかを教える。(その後でオスマンは「もっとも、呼び名だけは『違う彼』の話ですがな。ま、箔つけかの」とアンリエッタには聞こえない声で言っていたのだが)
 それを聞いたアンリエッタは学院長室の窓に近寄り、複雑な表情をしながら、こう呟くのだった。
「ならば祈りましょう。異世界からやってきたという、『鋼鉄ベーオ孤狼ウルフ』に」
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