目を開けると・・・?
光で視界が埋まる中、キョウスケは目を閉じ、ただ地球へ帰るという一念のみを念じていた。それを支えるのは、
(こんなことで死ぬわけにはいかん)
ただこの考えのみである。
念じるだけで元の宇宙に戻れることが可能か不可能か、そんなことは考えてもいない。いや、やると決めた以上そもそもそんなことを考えたところで無駄なだけと、直感で分かっていた。
しかし直感、身もふたも無い言い方なら勘だけで正しい答えが導き出せるというのも恐ろしい話である。戦闘においてもこの勘に従って博打としか言いようが無いことをしても必ず生き残ってしまうのだから尚更質が悪い。
(まったくもって短絡的ではあるがな)
もっとも、それはキョウスケ本人も気付いており、自覚していたが。
やがて光が引き、目を閉じていても視界に色が戻り始めたことが分かった。そこは元の宇宙か、はたまたアインスト空間が崩れることで生まれるという次元の狭間か。
(分の悪い賭けは、嫌いじゃない……)
しかし、彼は動じない。自然、彼は元の宇宙だと思った。彼の好きな、分の悪い方に賭けるギャンブルになぞらえて。
そして彼は目を開き――
「あんた誰?」
憮然とした声が耳に響き、視界には一人の少女が入ってきた。
抜けるような青空をバックに一人の少女がキョウスケの顔を覗き込んでいる。どうやら先ほどの「あんた誰?」は彼女が言ったらしい。年は中学生くらいだろうか。黒いマントの下に、白いブラウス、グレーのブリーツスカートといった出立ちだ。髪の毛が綺麗な桃色をしている。小作りの顔は整っており、瞳は鳶色でエクセレンと同じようにくりくりとよく動くが、別の意味を持っているようだ。
即ち、
「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」
誰かがそう言うと、キョウスケをじっとのぞき込んでいる少女以外の全員が笑った。
「ちょ、ちょっと間違えただけよ!」
キョウスケの目の前の少女、ルイズというらしい、が顔を真っ赤にして鈴のようによく通る声で怒鳴った。
……ここまでのやり取りで分かるだろう。感情の起伏が激しい、である。
「間違いって、いつもルイズはそうじゃんか」
「〜! ……ま、まあいいわ。今はこっちが先よ。……もう一度聞くわ。あんた、誰なの」
よほど怒鳴りたかったのだろうが、我慢したらしい。口端を引くつかせながら、再びキョウスケに聞いてきた。
そこで初めて、キョウスケは自分の状態に気付いた。草むらの上で大の字になっていたのである。このままでいる必要も無く、身を起こして胡坐をかき、口を開いた。
「……そういうお前は誰だ」
「……!」
キョウスケがそう答えると、目の前の少女の顔が更に真っ赤に染まった。
「平民のくせに貴族に口答えするの?! いいから答えなさい!!」
(平民? 貴族? なんだそれは)
キョウスケはよく働いていない頭で、いぶかしげに思う。しかし、怒鳴られているにもかかわらず、彼は態度をまったく変えなかった。
「知らんな、そんなものは。だいたいなぜおれがお前に命令されなくてはならない」
必要と思えば上官にすら反対意見を口にする、彼らしい不遜な態度である。そんな返答をされてますますルイズは顔を真っ赤に染めていく。そしてそこに、更なる油を注ぐギャラリーたち。
「しかも平民に口答えされてるし」
「さすがはゼロのルイズだ!」
誰かがそう言うと、人垣がどっと爆笑する。ルイズはトマトのように顔を真っ赤にしたままうーと唸っている。
一方少女に受け答えはしていたものの、事態の進展についていってないのがキョウスケだった。
(何だここは……?)
物事に対する対応が早い、部下に厳しい鬼教官でもあったゼンガー・ゾンボルト少佐にそう言わしめた彼だったが、あまりの事態に多少頭が混乱していた。しかし彼も去るものである。戦士としての本能か、混乱していながらも彼の頭は自分と周囲の状況について分析にかかっていた。
(確かおれは、機体の中で元の空間に帰るために念を集中させていたはずだ)
それがなぜ、次元の狭間でも元の空間でもないこんな場所にいるのだろう。それに周囲には彼の愛機の姿も無い。
周りを取り囲んでいる少年少女たちは彼女と同じような服装で、手に何か小さな棒を持っていた。更に周りを見回してみると、中世ヨーロッパ風の大きな石作りのお城のような建物がキョウスケの目に入った。
(どこぞのファンタジーか……?)
そこで思わず、益体の無い考えがキョウスケの脳裏に出てきてしまった。しかしどう見てもこの風景や目の前にいる少年少女が身に付けているものを見ると、彼の時代において普通見るものではないためそう考えてしまう。彼にしろ何らかのファンタジーといわれる物は、興味は無かったものの目にしたことはあり、それらを参考にしての話であったが。
(ドラマや映画のロケ、もしくは妙な団体の集まりといった可能性もあるが……)
だからといって、キョウスケが彼らの様子を見るに、演技をしているといったことは無いと思えた。さっきの貴族だの平民だのと言っていたルイズという少女の怒りは紛れも無く本物であったし、なにより戦闘といった命がかかった状況になるととたんに働き始める彼の直感、勘がそう言っていた。となるとこれはファンタジーと言った非現実ではなく、紛れも無い現実の世界ということになる。
ならばここは一体どこなのか? ルイズの態度や話の内容からすると貴族と平民が明らかに区別され、差別化されているようだが、そんな国柄で、しかも洋風な国など現代においてあっただろうか? 少なくともキョウスケは聞いたことが無い。
(それに何故おれの服装が変わっている?)
彼の周りの状況からすれば大したことではないのかもしれないが、彼が今着ているのは赤いパイロットスーツではなかった。では知らない服かといえば、そうでもない。
上半身は黒いシャツの上に肩の部分に金属のガードが付いている赤いジャケット、そして指が出る黒いグローブをしている。下半身はジャケットに合わせたのか、ポーチが付けられた赤いパンツを穿き、足には茶色の軍靴を身に付けていた。
何を隠そう、これらは戦闘時以外で着けている彼の普段着だったのである。
しかし何故服装がこれに変わっているのか、何故自分はこんな場所にいるのか、まったく訳が分からない。
(いや、待て……)
と、そこまで考えて何か引っかかるものがあった。あまりに彼のいた時代とは違う風景、服装、考え方とそして摩訶不思議な現象。これらが彼が経験してきたことと照らし合わされ、一つの考えをなそうとしていた。しかし、
「ミスタ・コルベール!」
ルイズが人垣に向けて怒鳴ったせいで、思考が中断してしまった。
驚きはしなかったが、なんだと思って彼女が声をかけたほうを見る。すると声のほうの人垣が割れ、中年の男性が現れた。その頭の上はさびしいことになっていたが、瞳は穏やかで温厚な性格が滲み出ている。しかし、それは問題ではない。
(何だあれは……)
その中年のしていた格好に、さすがのキョウスケも驚いた。
真っ黒なローブに身を包み、彼女たちのものに比べるとかなり太くて長いが、彼も杖のような棒を持っている。その姿は先ほどまで考えていたファンタジーの体現、魔法使いそのものの姿だったのである。だがその珍妙な格好は中断していた彼の考えを再開させる、いや、それをまとめさせる切欠になった。
キョウスケがはっとする。
(まさかここは、異世界というやつか……!?)
普通なら冗談と笑って済まされる考えだろう。しかし、キョウスケはそう考えることができなかった。
実際にラングランという魔術を平気で使っている(と仲間の一人から聞いた)地底 世界やそこから来た魔装機神、平行世界から来た者達、そして次元転移という実例を見てしまっている。また、ラングランには地上から人を呼び寄せる召喚という魔法もあるらしいのだ。ここまでの実例があって、笑い飛ばせるはずが無い。
それに異世界に飛ばされたとしても、頷いてしまえる事情もあるのである。
(アインスト空間から脱出するときだ……)
思わずキョウスケは唸った。
システムXNという次元転移装置を用いてあの時は通常空間に帰還しようとした。しかし、その時脱出しようとした空間はどうなっていた? ただでさえ崩壊しそうな不安定な状況の中で、人の意思を結集させて脱出しようなどという無茶をしたのである。まあ意思の結集自体は無害かもしれないが、脱出するというのは相当空間に負担のかかる行為だろう。何らかのイレギュラーが発生したとしてもなんら不思議は無い。
(そしてそれは恐らく、あの別の光だろう……)
人の意思の光に飲み込まれそうになった際、突然キョウスケと彼の愛機を包んだ光があった。あれのためにこちらに来たのだろうと推測する。
(だがあれは意思の光とは別のものとはいえ、似たようなもののように思える)
そこでキョウスケは、こちらをのぞきこんでいた少女に目を向けた。確か彼女、いや違う、彼女を笑っていた誰かが『呼び出した』といっていたような気がする。
(……まさか……)
まだ異世界であることも、『呼び出された』ことも断定するには至っていない上、更に彼としても本気かと思う考えである。しかしキョウスケは悩む必要は無かった。
「もう一度『サモン・サーヴァント』を、召喚をやり直させてください!」
コルベールという中年につかみかかるルイズが、そう叫んだのである。ご丁寧に『召喚』といってくれた。
(……八割方は決まり、と言った所か)
本人は鈍いだけと言うが、この何事にも動じない男には珍しく彼はため息をついていた。
なんとなくではあるが、これまでの周囲の会話からキョウスケはイメージをつかんでいた。彼の優れた状況把握能力の賜物である。
恐らくさっきルイズが言った『サモン・サーヴァント』という魔法――このようなものがあると仮定してだが――を用いて召喚、こちら風にいえば空間転移を用いて何かを呼び出そうとしたが失敗し、ハガネ、ヒリュウ隊の脱出によって更に不安定になっていたアインスト空間に干渉して代わりに自分が呼び出されてしまった。こんなところだろう。
(まだ魔法と呼ぶには抵抗があるが、しかしそうも言っていられる状況ではないか……)
確信は深まるばかりである。だが、まだ残り二割は決まったわけではない。
(分の悪い賭けは嫌いじゃないが、な)
今回だけは本気で当たって欲しいものだと思うキョウスケである。気が進まないながらも彼は立ち上がり、ルイズ達の所へ歩いていった。
彼女らはまだ騒いでいる。
「……どうしてもう一度やってはだめなのですか!」
「決まりだよ。二年生に進級する際、君達は『使い魔』を召喚する。今、やっている通りですな」
ご丁寧に中年がもう一度召喚と言ってくれた。しかも使い魔とは。
(サモン・『サーヴァント』、か。……恐らくおれのことだろうが、まだ……分からん)
キョウスケは残り一割に減った希望に一縷の望みをかけた。歩みを進める。
「それによって現れた『使い魔』で今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進みます。一度呼び出した『使い魔』は変更することができません。なぜなら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからです。好むと好まざるに関わらず、彼を使い魔にするしかないのです」
「でも平民を使い魔にするなんて聞いたこと……って、何よあんた! こっちは取り込んでるんだから近づいてこないでよ!」
そこで目ざとくルイズが気付き、怒鳴ってくる。しかしキョウスケはそれを無視した。そして、
「コルベール、でしたか。……聞きたいことがあります」
中年に話しかけた。彼が顔をキョウスケに向け、首を傾げる。
「……何ですかな?」
そのとなりであからさまに無視されたルイズは更に大きな声でギャーギャーと騒いでいたが、またしてもキョウスケは完全に無視した。
キョウスケが聞いたのは現代における各国の主要都市と、そして世界の統治機構の名前である。これらは幼い子供でも知っている常識中の常識であり、答えられるのが当然の質問だった。これで本当にここが彼の世界かどうか、試してみたのである。だが結果は無情なものだった。質問をしたコルベールと言う男も、騒いでいたルイズもぽかんとした表情で「そんなものは知らない」と答えたのである。
(決まったか……)
しかし、最後に一つだけ聞いておく。
「ここは……どんな名前の場所ですか?」
「……? 異な事を聞かれる。ここは高名な、由緒正しきトリステイン王国魔法学院ですぞ」
知らない国名、しかもはっきりと『魔法』と言われてしまった。思わず、またため息が出た。
(どうやら賭けには負けたらしい……)
彼、キョウスケ・ナンブは目の前にいるルイズと言う少女に、魔法によって異世界に『召喚』されてしまったようだ。 |