Zero of the Beowolf(19/24)PDFで表示縦書き表示RDF


Zero of the Beowolf
作:T・K



蠢くモノたち


 さてキョウスケが騒がしい一日の予感に肩をすくめていたその頃。
 遠く離れたトリステインの城下町、その一角にあるチェルノボーグ監獄で土くれのフーケは怒っていた。そりゃもうとんでもなく怒っていた。警備や警戒が厳重だという噂のこの監獄のことも、自分に対して他の囚人よりも一層の注意で監視がされていることもこの怒りの前ではまったく気にならない。
「まったくあの使い魔のせいで……!」
 ベッドに腰掛けながら、怒りのせいで思わず不満を口に出してしまう。彼女が怒っているのは自分に対する不甲斐無さもあるが、一番はやはりあのヴァリエールの使い魔のことだ。
 捕まることや捕まった後に続くことに対する覚悟はこの家業を始めたときからできていた。だが、だからといってここまであっさりと捕らえられるとは思ってもみなかった。しかも容易く後ろを取られて至極簡単に、だ。それが余計に腹が立つ。
「……だけどまあ、大した奴ってことは確かみたいだけど」
 そこまで愚痴っていたフーケだが、ひと段落着いたところでふうとため息をつき、そんなことを漏らした。
 そのことに間違いは無いだろう。
 常時無表情で貴族相手にもまるで媚びず、はっきりとものをいう男。見知らぬ東方から来たといわれ、見たことの無い武器を扱う男。そして魔法は使えないにも拘わらず高い戦闘能力を持ち、トリステイン中に悪名を馳せた自分をあっさり捕らえた男。
 最後のは自画自賛が入っているかもしれないが、その前の部分だけでも十分大したものだと言えるはずだ。
(……でも、あいつは一体何者だったのかねえ?)
 今更だが、一体彼は何者だったのだろうという疑問が芽生えてくる。
 東方から来たという話だが、しかしいくら東方の人間が珍しいといってもあんな服装や武器は聞いた事が無い。考え方もメイジが権力の全てを握っているこの世界では考えられないものだ。
(それに、もう一つ気になることもあるんだよねぇ……)
 夢なのだろうとは思っている。だが、体の感覚があれは現実だったのだと伝えてくる奇妙な、そして恐ろしい光景。
 そこは見たことも無いものが詰め込まれ、そしてあるものの中と分かるにも拘らず外の光景がすべて見ることができると言う部屋だった。ぼやけた視界の前には桃色と赤色、青の髪があり、その前には椅子らしきものに座って茶色の髪だけを出しているヴァリエールの使い魔。
 そして、外には――――
 思い出すだけで恐怖がぶり返してくる。あんなものは有り得ない、有り得るはずが無いと理性が訴えているのに、それでも思い出すだけで体が竦んでしまう。
(あの、青と灰色の巨人達……)
 自分の操るゴーレムなど比較にもならないほどの破壊力を備えた巨人が、そこにはいた。しかも、そんなのが合わせて六体も。あれらが放ってくる光や恐ろしい速度の何かは容易く大地をえぐり、夜の闇を業火で照らし上げ、木々を粉砕していった。
(だけどあんなものに会ったっていうんならあたしが生きてるはずが無いしねぇ……)
 頭に思い浮かべられるのはその前後の光景だけだ。だがもしあんなものが現在するのなら、自分はとうにやつらに殺されているだろう。だから、あれは夢に違いないと思えるのだ。……体が訴えてくる感覚を無視すれば、だが。
 しかし、今となってはあの光景も、使い魔ももう関係の無いことだ。どうせ近日中に縛り首なり何らかの刑を受ける身だ。あれこれと考えていたところで意味が無い。
 愚痴るのも飽きてきたし、そろそろ寝ようかねとフーケがベッドに横になったときだった。
 階段を誰かが下りてくる音がする。それに、ただ降りてくる音だけではない音――これは、拍車の音だろうか――も混じっていた。
(牢番……じゃないね。牢番だったら拍車の音が混じるわけが無い。すると……)
 フーケはベッドから身を起こし、鉄格子の向こうを見据えた。
 やがて現れたのは、白い仮面で顔を覆っている、長身の黒マントを纏った人物だった。マントの中から長い魔法の杖が出ているところを見るとどうやらメイジらしい。
 フーケは鼻を鳴らした。どうやら自分の推測が当たったようだ。
 即ち、自分を殺しに来た刺客。
「おや、こんな夜更けにお客さんなんて珍しいわね」
 しかしそこで、フーケは砕けた口調でその人物に話しかけた。同時にフーケはひそかに体を緊張させる。
 散々国中の貴族から盗みを働いてきたのだ。裁判なんてまだるっこしいことが面倒になって自分を始末する気なのだろう。
 それにそうされる理由もこちらはありすぎるくらいに持っている。盗んだ宝の中には王室に無許可で手に入れた禁断の品など、他人に知られてはまずいものも含まれているからだ。何のことは無い。口封じというわけだ。
 しかし、フーケはこのまま殺されるつもりはなかった。
「おあいにく。見ての通りここには客人をもてなすような気の利いたものはございません。でもまあ、茶飲み話に来たって顔じゃありませんわね」
 話を続けつつ、値踏みするかのように黙っている白仮面の様子を窺う。あの使い魔にはまるで通用しなかったが、体術にはいささかの心得がある。鉄格子越しに魔法を放たれては手の打ち様が無いが、何とか油断させて中に引き込んでしまえばとフーケは考えていた。
「『土くれ』だな?」
 そこで白仮面が口を開いた。年若く、力強い声から察するに男らしい。まあ、身長から男だろうとは思っていたのだが……
「誰がつけたのかは知らないけど、確かにそう呼ばれているわ」
 男は両手を広げて敵意のないことを示した。
「話をしにきた」
「話?」
 怪訝な声でフーケは言う。何を話すと言うのだろう?
「弁護でもしてくれるって言うの?」
「何なら弁護でもしてやっても構わんが? マチルダ・オブ・サウスゴータ」
 フーケの顔が蒼白になった。それは捨てた、いや、捨てることを強制された貴族の名。そして、その名を知るものはこの世にはもういないはずだ。
「あんた、何者?」
 平静を装うが、無理だった。震える声でフーケはたずねる。男はその問いには答えずに笑って言う。
「再びアルビオンに仕える気は無いかね? マチルダ」
「まさか! 父を殺し、家名を奪った王家に仕える気なんてさらさら無いわ!」
 いつもの冷たい態度を捨て、フーケは怒鳴った。
「勘違いするな。何もアルビオンの王家に使えろと言っている訳ではない。アルビオンの王家は近いうちに倒れる」
「……どういうこと?」
 いきなり振られた話の内容に興味を引かれ、フーケは怒鳴るのを止めて先を促した。
「革命さ。無能な王家は潰える。そして我々有能な貴族が政を執り行うのだ」
「でも、あんたはトリステインの貴族じゃないの? アルビオンの革命とやらと何の関係があるっていうのさ?」
「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えてつながった貴族の連盟だ。我々に国境は無い。今現在主な活動場所はアルビオンだが、各国にも既に我々の同志がもぐりこんで工作を開始している」
 男が杖を持っていない方の手を持ち上げて握り締める。
「我々はハルケギニアを一つにする。そして、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ」
 そして、力強い声で宣言した。
「馬鹿言っちゃいけないわ。夢の絵は、寝てから描くものよ」
 だがフーケはその言葉に、小ばかにしたような薄ら笑いを浮かべて吐き捨てる。
 ハルケギニアを一つにする?
 トリステイン王国、帝政ゲルマニア、故郷のアルビオン王国、そしてガリア王国。未だに小競り合いが絶えないこれらの国々を一つにまとめることがどれほど夢物語であるかは馬鹿でも分かることだ。
 しかもあの強力なエルフどもから『聖地』を取り返すなど、ある意味ハルケギニア統一よりも難しいことではないか。今までに『聖地』奪還のために各国から送られた兵たちが喫してきた無残な敗北、それが何よりの証拠だ。長命と独特の尖った耳、文化を持つエルフ達はその全てが強力な魔法使いであり、優秀な戦士だ。同じ数で戦えば人間に勝利の機会などあるはずが無い。
 しかし男はフーケの言葉に怒った様子も見せず、むしろ笑いながら言葉を重ねてきたのである。
「今までは確かにそうだろう。だが今度は違う。……面白いものを見せようか」
 男が杖を振った。何かの魔法を使ったらしい。そうした上で空いている方の手をマントに差し入れ、何かを取り出した。見慣れない形をしているが、どうやらあれは……
「銃、かい? でもそんなものがなんで面白い……」
 フーケはそこまで言いかけて、そしてその後を続けられなくなった。男が壁に向けて、銃を撃ち始めたのである。しかしただ銃を撃つだけでは黙りはしなかっただろう。彼女が黙ったのは、その銃を撃った際に生じる炸裂音の数だ。
 それは、六回鳴っていた。それも続けてだ。
 フーケは驚愕に目を見開いて、男に問いかける。
「ま、まさかその銃は……!」
「驚いたかね? まあ私も最初に見たときは驚いたがな。……そうだ。これは、連射ができる銃だ」
 その様子を面白がっているのか、笑みを含んだ声で男が言う。しかしフーケはそれどころではない。
「ば、馬鹿な! 連射・・ができる銃なんて、在るはずが無い! もしあったとしてもそんなものの存在を貴族連中が黙っているはずが無いんだ!」
 興奮と焦りに満ちた様子で、彼女はまくし立てた。
 銃は威力において魔法に劣るが、詠唱が必要が無いため速攻をかけることができる。しかし単発での発射しかできないため、魔法に劣るとされていた。しかし、今目の前にある銃はその理屈が通用しない。速さにおいても、威力においても魔法と同レベルの脅威となりうるのだ。
 だが、だからこそそれが存在していることが解せなかった。平民と貴族の壁を作る唯一にして絶対のもの、魔法。そしてそれを使って世を牛耳っている貴族としては絶対に排除しなくてはならないものであり、存在させてはならないもののはずなのだ。では何故、目の前にいる男は貴族でありながらそれを持っている?
 フーケの言葉に、男は一つ頷いた。
「お前の言っていることはもっともだ、『土くれ』よ。確かにこれは我々貴族の人間からすれば存在してはならないものだ。だが、その心配は無用だ」
「……どういうことだい?」
「我々と、そして我々にこれを提供してくれた組織に属する者しかこれのことを知らないし、持っていないからさ。それにこれを提供してくれた彼等は我々とおなじ貴族、メイジだ」
「な!?」
 その事実にフーケは再度驚きの声をあげた。
「私も最初は何故我々と同じメイジがこんなものを作るのかと不思議がり、そして疑いを持ったよ。それなら自分達だけが持っていればいいのではないかと。しかし彼等は我々が何故と問うと、こう言ってきた。『使えるものは使うべきです』とね。しかも、こうも続けている。『確かに我々にとって魔法を使わずに銃といった武器を使って戦いをすることは不名誉といわれています。しかし、ここで疑問が生じます。何故仕えるものを使って不名誉なのでしょう? 失礼な物言いかもしれませんが、武器を使おうと魔法を使おうと敵を殺すことを目的として使うところには変わりがありません。そこから考えれば、この銃を持つことが不名誉となることなど有り得ないのです。更に我々には、これ以上の威力を持つ多くの兵器を作り出す技術があります。そして私達の兵器の力と、あなたがたの魔法を使えばこの世界で敵うものなどいなくなるでしょう。無論、東方のエルフ達でさえも、ね』以来彼等は我々に武器を、技術を提供し、支援してくれている。そして私も彼等の話を聞き、今までの考えを改めざるをえなくなった」
「……」
 男の話の内容に、フーケはただ黙って聞いていることしかできなかった。
「我々はこの力でもってアルビオン王家との戦いもより優位に進めることができた。このハルケギニアでは我々にもはや敵などいない。トリステインも、すぐさま我等の版図としてくれよう。私と共に来い、土くれ。これからのことに備え、我々は優秀なメイジを一人でも多く必要としている。だが逆に断れば、我等の存在を知った以上ここで死んでもらわなくてはならない。……だが、断っても何の得にもならないことは先に言っておこう。この時期を見逃せば、おまえがアルビオン王家に復讐する機会も、生き延びるチャンスも失うことになるのだからな」
 言い終えた男は、杖と、そしてあの銃の両方を向けてきた。
 沈黙が両者の間に落ちる。そしていくらかの時間が過ぎた後で、フーケはため息を付いた。
「……分かったよ。確かにあんたの話は本当そうだ。その銃や、他にもいろんな武器と魔法を併用すればあの夢物語もいくらか夢じゃなくできそうだし、今あんた等と行動を共にしなかったら復讐の機会も失っちまうだろうね」
 でも、と言ってフーケは男に強い視線を向けた。
「まずあんた等の名前を教えてくれないかい? ああ、それとあんた等に武器や技術を教えてくれたって言う連中の名前も。そいつらも組織なんだろう?」
「何故そんなことを聞きたがる? 入れば自然と分かるだろう」
「これから旗を振るんだ。入る前にその組織の名前を知っておいたっていいだろう?」
 杖と銃を治め、この牢の鍵を取り出しながらこちらに近づいてくる男。そして近づきながら自らの組織の名を言い、
「我等はレコン・キスタ。そして、その盟友の名は」
 男は続けて言う。この世界に混沌をもたらす、遠い世界から来た者達の名を。
「シャドウミラー」












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