第一章:エピローグ 鋼鉄の孤狼、その役割
しばらくの間、沈黙が学院長室に落ちた。
その中でもルイズは、自分の考えの浅さに穴があったら入りたいくらいの気分であった。ルイズもあの『アルトアイゼン』を見たとき、使い魔のくせに何故黙っていたのかという感情が芽生えてしまうのは抑えきれなかった。だが彼の話を聞き、『シャドウミラー』と違ってこの世界に無用の混乱を起こさないようにと考えていたことに気付かされたのだ。
(そこまで……そこまであんたは考えていたんだ……)
ルイズは、今度こそこの使い魔の凄さを実感した。自分はただ、『ゼロ』だとか『使い魔』だとか騒いでいただけなのに……
なにか、自分と使い魔の差を思い知らされた気分になったルイズだった。
「……顔を上げてくれんか、キョウスケ君」
続いていた沈黙を破ったのは、穏やかなオスマンの声であった。使い魔が顔を上げる。
「おぬしが謝る必要は無い。むしろ、謝るのはわし等の方じゃ。……ここまでのおぬしの話を聞いて、あの『アルトアイゼン』のことを黙っていたのはただ秘密にしていたのではないことはよく分かった。それを考えもなしに問い詰めた、わし等の方が悪いのは一目瞭然と言うものじゃしのう」
ふう、と息をつく。そして鋭い視線を使い魔を除く全員に向けた。
「……分かっているとは思うが、いまここで見聞きしたこと、特に『アルトアイゼン』については他言無用じゃ。わし等の方があれで揉め事を起こしては彼に申し訳が立たん。ただ、見慣れぬ武器や技術の話を聞いた際は必ずわしかコルベールに連絡するようにするんじゃ。よいな?」
ルイズたちは杖を掲げ、「杖に掛けて!」と唱和する。
それを見てオスマンは頷き、使い魔に再度目を向けた。
「無論わし等も動くとしよう。ここまで生きていると色々とつながりは増えてくるもんじゃし、そこから色々と情報も回ってくる。多少は役に立てるであろうよ」
「オールド・オスマンの仰るとおりです。力の限り協力させて頂きますぞ」
「……ありがとうございます。オールド・オスマン、コルベール教諭」
「いや、こんなもんおぬしにかかる負担を思えばどうってことも無いわい。ともすれば、いや、確実に一人で『シャドウミラー』の巨人達と戦わなければならんおぬしに比べればの。……異世界から来たおぬしに頼りきりになってしまうのが、心苦しくてかなわん」
気落ちした声、そして表情を見せるオスマン。続いて、ルイズたちも同じ様な顔を見せた。
そうなのだ。現時点でのメイジの実力ではあの巨人達にはどうあがいても敵わないだろう。彼等が巨人を持ち出してきたときは、使い魔に頼るしかないのである。
そのことにルイズたちが気落ちしていると、使い魔は、しかし笑みを浮かべ、
「気にしないで下さい。こんな状況で、ただ元の世界に帰るというほどおれは無責任ではないつもりです。それにもしやつらがおれに気づけば見逃さないでしょうし、おれもやつらを見逃すつもりはありません。……既に、覚悟はできています」
何の気負いも見せず、普段とまるで変わらない様子で言い切ったのである。
この使い魔の言い分に、ルイズたちは信じられないものでも見るかのような顔になった。使い魔が使えるのは、強力であったとしても所詮『アルトアイゼン』一機のみである。対して『シャドウミラー』は、まだいるかどうかも分からないが、もしいて多くの巨人を持ち込んでいたとしたらどんなに不利な状況になるか、あそこまでの状況分析と大局を読む力を持っている使い魔なら分からないはずが無いのだ。
にも拘らず、この使い魔はまったく怯んだ様子も見せなかった。まさしく、不屈の精神としか言いようが無い胆力である。
「……まじで信じられんくらいに動じん男じゃな。話し始めてからもほとんど表情変えとらんし……慌ててるわし等の方が馬鹿らしくなってくるわい。おぬしが取り乱してるところとか、いっぺんでいいから見てみたいもんじゃ」
オスマンは額を押さえて疲れたように言う。……実のところを言うと、ルイズにキスされたときはそれなりに取り乱していたが、そのときもあまり表情が変わってなかったため気付かれなかっただけである。
そしてそのオスマンの言葉に、使い魔はいつもどおりの無表情にもどって首を振った。
「おれの場合は単に鈍いだけです。それにおれは、死ぬまでの今を必死に生きられればいい、その程度のことしか考えていないからでしょう。……自分でも、単純だとは思っていますが」
「……ああもう、分かった分かった! こっちとしてはそんなことで済まされる方が困るし、それにお前さんと話してると調子狂って仕方ないわい! この話はここまでじゃ!」
せっかくここまで重苦しい雰囲気だったというのに、まったく動じてもいない使い魔にオスマンはあきれ、もういいと言わんばかりに声をあげて話を打ち切った。
その後オスマンはフーケの処遇や精霊勲章がルイズたちに贈呈されること、更にはこの夜に行われるフリッグの舞踏会のことを伝えた。
なおその際、フーケを何故秘書として雇ったのかを使い魔に問い詰められ、オスマンがあまりにも情けない事情(本当に口にするのも情けない事情だった。ちなみにこれを聞いた使い魔は「こいつもおれの見間違いだったのか……?」と小さい声で呟いていた)で雇ったことを白状し、その他の人間からとても冷ややかな目で見られたのはご愛嬌である。
そして話が全て終わり、退出する際になってルイズはふと気になり、オスマンに使い魔にも何か褒美は出せないのかと聞いたが、オスマンが――使い魔の話を聞いた後もあってだろうか――とても残念そうな顔をして「出せない」と言ったことに加え、使い魔自身も「いらん」と言ってきたため何も言えなくなってしまった。部屋に残っていることから、まだ話したいことが彼等にはあるらしい。
ルイズは廊下を歩きながら考える。
先程までの話と使い魔の背負っているもの、更に呼び出してしまったことへの責任、そして褒美も何もなくても自分を助けてくれたこととこれらの活躍にも拘らず、まだプライドを優先させて彼を使い魔と呼んでいること。何より、今回のことで気付かされた彼との差。
これらのことを考え、ルイズはある決心をしていた……
「相棒はいつもあんな調子なのかい?」
デルフリンガーが軽い調子でキョウスケに声をかけてくる。
「どういうことだ?」
「学院長室での話だよ。あの爺さん、最後あたりは本気で呆れてるみてえな顔してたじゃねえか。見てるこっちとしては痛快だったけどよ」
「……ああ、あれか。別におれは嘘を言った覚えも無い。どの道このことは俺が関わらざるを得ん問題だろうし、例えやつらがどれほどいようとおれのやることは変わらん。だからああ言ったまでだ」
「ひどく簡単にいってるが、言ってる内容自体がとんでもねえってことに気付いてるか、相棒」
デルフリンガーが疲れたような声を出した。実はデルフリンガーも学院長室でキョウスケの話をその背中の鞘に収まったまま聞いていたのだが、前科と話がややこしくなると困ると言うことで例によって話が終わるまで黙らされていたのである。
既に周りには夜の帳が下りていた。キョウスケたちが話しているのは、アルヴィーズ食堂の上の階、そこにある大きなホールに面しているバルコニーであった。キョウスケは手に杯を持ち、その枠に背をもたれていた。手にはシエスタが持ってきてくれた肉料理が乗っている皿と、ワインの入った杯がある。ホールの中では華やかな衣装に身を包んだ生徒や教師達が豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談していた。
とはいえ、別段キョウスケはこの『フリッグの舞踏会』とやらに興味があるわけではない。実を言えばこのバルコニーにいる必要すらなかったでは何故彼はそうしているのかというと、彼の主人であるルイズに「必ず出席するように!!」との厳命を受けたからである。何故、とおもったがそのときには既にルイズは身を翻して歩き去ってしまったため否定の意思を示す暇がなく、仕方なくここにいるのであった。
ルイズを待っている間に、キュルケやタバサがキョウスケに近寄ってきた。その体に合わせた派手なドレスを着たキュルケは「惚れ直したわ」とか何とか言いつのり、あとで踊りましょうと言ってホールに入っていった。黒のパーティドレスに身を包んだタバサは、アルトの中で杖を向けたことを謝りに来た。オスマンに言ったように気にするなとキョウスケは言ったが、タバサはそれに構わず「この借りは、必ず」と言って立ち去り、今はテーブルの上にある料理と格闘している。
そんな様子を見ながら、キョウスケとデルフリンガーは話を続ける。
「それにしても、相棒の世界にそんなやつらがいたたあね。『闘争の支配する世界』、か……俺たち武器にとっても理想の世界かも知れねえけど、俺にとっちゃあそんな世界はごめんだね」
「……おれは元いた世界では兵士だったが、だからと言ってそんな世界はおれもごめんだ。第一、軍人の義務は民間人を守ることだ。それを無視して戦いを求めるのは、戦う目的を履き違えているとしか思えん」
「違えねえ」
けらけらとデルフリンガーが笑い、キョウスケは持っていた酒盃を傾けた。
「……しかし、その『シャドウミラー』とか言うやつらが流れ着いてきて、しかも呼応するみてえにお前さんが流れてくる、か……」
「……? どうした?」
突然感慨深げに言うデルフリンガーを怪訝に思い、考えを一時中断してキョウスケが問いかける。
「いや、気障ってえ台詞だが、なんかしら『運命』みたいなもんを感じちまったんだよ。……相棒は元いた世界で、その『シャドウミラー』やらとあんな巨人を使ったとんでもねえ戦いを繰り広げてきたって言うじゃねえか。それに、その『証拠』まで見せられちゃあもう文句の付けようもねえ」
「……」
「そんでそいつらは平行世界とやらの相棒と戦って、しかも流れ着いた先では相棒と戦って、しかもそのどちらでもねえこの世界でも相棒と戦うことになるんだぜ。……いや、もういっぺん戦ったけどよ。ともかくそんなふうにどこに行っても戦い続けてると、端から見りゃどうしても『運命』みてえなもんを感じちまうのよ」
そして俺らしくもねえし、感傷かも知れねえけどなと付け加えて話を終えた。
しかし、キョウスケが返してきた答えは、
「……まさしく感傷そのものだな」
という、まるで風情も何も無いものだった。
「運命などという陳腐な言葉を言う気にはならん。それにおれの話を聞いて何を感じても構わんが、やつらが敵だから戦った。……単に、それだけだ。他には何も無いぞ」
「……少しは空気読んでくれよ……」
身もふたも無い言い方に、思わず拗ねてしまうデルフリンガーである。
と、そこにふれ係の声が響いた。
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな〜〜〜〜り〜〜〜〜!」
キョウスケはほう、と感嘆の息を漏らした。ルイズは長い桃色がかった髪をバレッタにまとめ、ホワイトのパーティドレスを身に付けていた。肘までの白い手袋がルイズの雰囲気に良く似合っており、胸元の開いたドレスがつくりの小さい顔をよく引き立てていた。
(映えるものを持っていると思っていたが、これはなかなかのものだな)
キョウスケもそんな感想を持った。
その美貌に驚いたのだろう。多くの男達がルイズに群がる。だがルイズは彼等にも、その到着にあわせて始まった音楽とダンスに目もくれず、バルコニーにいるキョウスケに気付くや否や一直線に近づいてきた。
ルイズはキョウスケの前に立つと、緊張しているような調子で話しかけた。
「た、楽しんでるみたいね」
「……まあ、料理や酒はうまいが、な」
肩をすくめながら答えるキョウスケ。
デルフリンガーがルイズに気付き、「おお、馬子にも衣装じゃねえか」と言う。
「うるさいわね」
そして当然のごとくルイズに睨まれた。しかしルイズは首を振って「こんなことしてる場合じゃないわ」と小声でいい、キョウスケの視線から逃れながら、手を差し出して言った。
「……き、キョウスケ。踊ってあげても、よ、良くてよ」
一瞬、キョウスケは何を言われたのか分からなかった。
(……なんだ? 踊っていい? いや、問題なのはそこじゃない。その前に、何と言った? 確か、『キョウスケ』と……)
そこで名前で呼ばれたことに初めて気付き、ルイズにキスをされたときと同じく目を白黒させた。
「……どういう、風の吹き回しだ……?」
まじまじとルイズを見つめながら、不審さむき出しで問うキョウスケ。
その様子にルイズは真っ赤になり、
「い、いいじゃない! 何度も助けてもらったし、私も少しあんたにきつくあたりすぎたって思ったから、名前で呼んだげようと思っただけよ!!」
あと踊ってあげるのもお詫びの一環だから! と言って顔を背けた。
その言い草にぽかんとするキョウスケだが、ふ、と口に笑みを浮かべ、
「戦いに関することだけに、おれは使い魔として従うんだが?」
と、からかうような口調で言った。ルイズはその言葉に更に顔を赤く染め、う〜と唸り、
「き、今日だけだからね」
と言って折れた。振り返り、ドレスの裾を恭しく両手で持ち上げると、膝を下げてキョウスケに一礼した。
「私と一曲踊っていただけませんこと、ジェントルマン」
顔を赤く染めて頭を下げているルイズをみて、再びキョウスケは笑った。
「おれはジェントルマンなどというものとは、かけ離れているんだがな」
そして、ルイズの小さい手をとった。
「わ、私、絶対あんたに負けないから」
「ん?」
踊りながら、ルイズがキョウスケを見上げて言う。キョウスケは踊った経験がないためルイズにリードされる形となったが、かなりの身長差があるため端から見れば奇妙なダンスに見えないことも無い。しかし、彼等はそれでも踊り続けていた。
「い、いくらあの『アルトアイゼン』を持ってるからって、『シャドウミラー』とか言うやつらに対抗できるのがあんただけだって、いい気にならないでよね! ちょっとは、なんか、色々なことを分析できるみたいだけど、あんたは私の使い魔なんだから! いつかあんたがそんな態度ができないようなメイジになって、絶対に見返してやるから!」
そしていつものように、ふん! と顔を背ける。
どうやらルイズは、この一言が言いたくてこの舞踏会に引っ張り出してきたらしい。
(まあ、こういうのも悪くは無い、か……)
キョウスケは呆れつつも、そんな考えを抱き、
「ああ、楽しみにしている。ご主人」
と言った。
ルイズはそれにますます顔を背けようとする。その様子もどこかおかしく、自然と笑みがこぼれた。だが、笑みの下でキョウスケは三度目となる決意を固めていた。
それは、使い魔として、キョウスケ個人としてルイズを守るという決意である。
(『シャドウミラー』がおれとルイズの関係を知ることは避けなければならん……)
今まで自分の呼び出された状況から考えていなかったが、『シャドウミラー』の出現で考えざるを得なくなったことがあった。
もしルイズの召喚が、あのアインスト空間の崩壊と人の意思の光に無関係だったとしたら、ということである。そしてそれが行き着く結論は、たった一つしかない。
(ルイズが、次元転移装置の役割を果たすことができるということだ……)
キョウスケはそのことをオスマンとコルベールに伝え、ルイズの周辺に対する警戒を強化するように促した。自分だけの召喚だけですめばよいが、そうではなく、しかも『シャドウミラー』に力を利用された場合、こちらの世界も、このハルケギニアも空前の危機に陥るだろう。だからこそ、
(必ず守る……)
踊りながらルイズを見つめ、キョウスケは決意を固めなおすのだった。
そんな様子をバルコニーから見ていたデルフリンガーは、
「おでれーた……ほどでもねえか」
と呟いた。今までに相棒と一緒になってから起こったことに比べれば、はっきり言ってこの程度のことなど驚くほどのことでもないように思えてくる。
(それによお、相棒。あんたは大したことしてねえって思ってるかも知れねえけどよ、端から見てみりゃ十分大したことなんだぜ)
彼の言動、そしてその胆力はまったくもって感嘆する以外に無い。そして、その上にご大層な役目を担ったとしてもそれに押しつぶされることなく受け止めている。これをどうして感嘆せずにいられるだろうか。
ふとそこで、あるフレーズがデルフリンガーの頭に浮かんだ。この舞踏会の優雅な雰囲気に当てられたのか、どうも自分らしくない言葉ばかりが浮かんでくるような気がする。しかし『鋼鉄の孤狼』もいいが、キョウスケと彼が操る巨人『アルトアイゼン』がこの世界で負う『役目』にこれ以上相応しいものは無いと思い、口に上らせた。そう、それは――
――鋼鉄の救世主――
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