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Zero of the Beowolf
作:T・K



極めて遠く、限りなく異なる世界に


 ルイズは眼前にある緊迫した雰囲気に押しつぶされそうだった。
「さて、今回は正直に話してもらうかの。……今回も遠見の鏡で見せてもらったが、あのゴーレムとはまるで違う鋼鉄の巨人達は何じゃ? そしてそれを操るおぬしは、一体何者なんじゃ?」
 そこは学院長室であり、机に肘を突いているオールド・オスマンがその前にいるキョウスケに問いかけていた。しかしその声は硬く、いつものどこかふざけた様な感じはまったくしない。もっとも、この部屋に集まっている人間は皆同じ様なものだろう。……あんな鋼鉄の巨人達を、そしてその威力を見せ付けられたのだから。
(今でもあの時のことは全部幻だったんじゃないかって思えるわ……)
 ルイズはあの『ゲシュペンスト』やら、『エルアインス』とかいうらしい巨人が現れたとき、そして使い魔に『アルトアイゼン』という巨人に押し込まれたときは本気で気が狂いそうだった。『ゲシュペンスト』らが現れたときから敵方への突撃まではまだ騒ぐ気力があったものの、戦いが本格的に始まった後は目に飛び込んでくる光景と体にかかってくるとんでもない力で喋る余裕も無かった(……そして思い出したくも無いことだが、戦闘中は緊張のせいで抑えられていたのか吐かなかったが、終わった途端吐いた。使い魔のムッツリ顔は崩れなかったが、ものすごく嫌そうだったことを追記しておく)
 今まで目にしたことの無い戦いが、そこにはあったのだ。
 巨人達は手に持った何かを撃ちまくり、対する使い魔の巨人も、その中で映し出された光景からは全体像が見えなかったがその全身に装備している何かで戦った。しかしその規模は、ルイズの知っているものとは桁が外れていた。光が通過すれば森の木々が焼き尽くされ、凄まじい速度の何かが通過したと思えば大地が抉り取られ、巨人が動けば何本もの木々が倒された。
 轟音に次ぐ轟音、爆発に次ぐ爆発、破壊に次ぐ破壊。
 そしてそれらが終わったと思ったときには、元々森であったそこら一帯の光景は様変わりし、荒れ果てた土地が広がっていた。例え戦であってもここまでの破壊にはならないと言うほどの、圧倒的な破壊。それが巨人達が戦いをしていたほんの十分ぐらいで引き起こされたのだ。
 乗っている巨人が動くたびに体にかかってくる凄まじい力と一連の光景に、しばらくの間ルイズたちは言葉を発することができずにいた。だがその後、突然タバサがキョウスケに杖を向けてきたのである。
「タバサ!?」
 キュルケが驚きの声を上げる。しかしそれには構わず、タバサは使い魔に杖を向けたまま、
「あなた、何者? あれらと、この巨人は何? ……異世界って?」
 と問いかけたのだった。その目には不審がみなぎっている。
 その目と様子を見た使い魔は、ふ、といつもの微かな笑みを浮かべた。
「……その通りだな。今のおれは、お前達から見れば不審の塊にしか見えんだろう」
 振り返り、ルイズたちの顔を次々に見ながら言う。
「いいだろう。……ここまで付き合わせた上、こいつも、そしてやつらも見られたしな。包み隠さず、おれが知っていることを全て話す」
 ただし、と使い魔は言った。
「少し作業をした後、別の場所に移ってで構わんか? 小さいものならともかく、大きいやつらの残骸は回収しなければならんし、それにおれ達を見ている人間にも説明しなければならんだろう」
 そして使い魔は、自分の巨人で人目のつかない夜のうちに壊した敵の巨人達の残骸を回収した後、戦闘でやったように巨人を学院近くまで飛ばし、昼近くに学院に戻ったのである。
 フーケはすぐに牢屋に入れ、タバサがこっそり持ち出していた二品も宝物庫に返されたが、そんなことはどうでもいいとばかりにキョウスケが学院長に呼び出され、そしてあの巨人に一緒に乗ったと言うことでルイズたちも同じように呼び出されてここにいる。しかし、それはルイズにとってもありがたかった。
(あんた、一体何者なの……?)
 その思いが渦巻いていたからだ。
 緊張を耐えながら目の前を見ていると、静かに使い魔が口を開いた。
「……オールド・オスマン。今まであの巨人……『アルトアイゼン』を黙っていたことは申し訳ありません。タバサにも言いましたが、これから包み隠さずおれの知っている全てを話します。ですがその前に、こちらからも一つ質問があります」
「ん?」
「あの二品、『破壊の杖』と『不壊の鎧』のことです」
 むう、とオスマンが唸り声を上げた。
「やはりあれらは……」
「ええ、おれたちの世界のものです。『破壊の杖』は対PT用簡易ミサイルランチャー、そして『不壊の鎧』はパイロットスーツ、あの巨人に乗る際に身に付けるものです。……あれらは何故この世界にあるんですか?」
「……あれらはわしの恩人が残したものじゃ」
 オスマンが遠い目をする。話によると、オスマンが若かりし頃、ワイバーンに襲われた時に助けてくれた男が持っていたらしい。だが、その男は既に瀕死ですぐに亡くなってしまったらしいが……
「……そうですか」
「うむ。その時『ここはどこだ』、『行かなければならないのに』、『任務を果たさなければ』とうわ言のように何度も呟いておったよ」
「……」
「まるで知らん格好をしていたこともあったし、彼が何者なのかは結局分からずじまいじゃった。そのことも含めて似たような雰囲気の武器を持っているおぬしに相談しようと思っておったんじゃが、やはり彼も……」
「……お考えの通りですが、少し違います」
「なんじゃと?」
「その男は、おれの世界に『極めて近く、限りなく遠い世界』から来た人間です」
 一瞬、ルイズたちは使い魔が何を言っているのか分からなかった。
「……そ、それはどういう意味じゃ?」
 オスマンが頭にたくさんの疑問符を浮かべて聞く。しかし使い魔は、いずれ話しますといってこの話を一旦打ち切った。
 そして使い魔は、あれらの巨人の話を始めた。
「……あれらはPT、パーソナルトルーパーという人型機動兵器です。おれはそのパイロットをしていました。そしてお気づきのように、あれらはあなた方の知っているゴーレムとはまったく違います」
「ではその『ぱーそなるとるーぱー』とは一体……?」
 オスマンの隣に立ったコルベールが、使い魔に聞いてくる。好奇心半分、そして恐怖半分と言った感じであった。
 使い魔はコルベールに目をやり、
「おれが元いた世界、その世界の科学技術によって作られたものです」
 と答え、続いてTCOSだのサーポモーターだのと言ったわけの分からない単語が出てきたため、全員でそこまででいいと言った。
「ところで、ねえダーリン。その『カガクギジュツ』って何? あと何度も言ってたけど、異世界って何よ」
 ルイズの隣にいるキュルケが聞く。
 使い魔はルイズに以前説明したように科学技術を一部の人間しか使えない魔法を誰もが使えるようにしたものと教え、そして自分がこの世界ではない、別の世界であることを全員の前ではっきりと言った。
 今まで知らなかったキュルケたちが驚いたのは説明するまでも無いだろう。
「……しかし、あのようなものを魔法以外で作り出し、そしてあのような戦闘能力を持っているとは……貴方の世界の『カガク』とは、恐ろしいですな……」
 しかし、とコルベールは続ける。
「あれらと貴方が持っている『アルトアイゼン』と言う巨人で終わりでしょう? あんなものが、そう、多く……」
 軽い口調で言うコルベールだったが、その言葉は後半に進むにつれて小さくなっていった。使い魔は苦笑しながら、首を振っていたのである。その様子にハルケギニアの人間全員が固まる。言葉には出さないまでも、あんなものがそう何体もいるものかとハルケギニアの常識で思っていたのだ。
「残念ですが、パーソナルトルーパーはそう特別なものではありません。……おれたちの世界にはパーソナルトルーパーも含め、多くの人型機動兵器が普通に活動しています」
 その言葉で更に石化する。しかも、使い魔は更にとんでもないことを言い出した。
「ですが、おれの言葉だけでは信用できないでしょう。……今から証拠を見せます」
 そして一歩進み、オスマンの手前にある机に何かを置いて操作し始めた。すると、何と空中に映像が映し出されたのである。
「細かい説明は省きますが、これが元いた世界での、おれとアルトの戦闘記録です」
 と使い魔がいったが、そんなことはもはやルイズたちは聞いていない。目の前にある映像に心を奪われてしまったかのように、見入っている。
(何……これ……!)
 ルイズは呆けた思考でそんなことを思った。
 そこでは多くの巨人達が戦っていた。あのゲシュペンストとか言うのも、エルアインスとか言うのもいた。しかし、使い魔の言ったとおりその数が半端ではない。何体も何体も、十や二十どころの話ではない数がいた。そしてそれらは、様々な巨人と戦っていた。
 ゲシュペンストよりも更に大きい、何か妙な眼鏡をしたような青い巨人もいた。黒い鎧をまとった、とんでもない大きさの剣を振り回して戦っている巨人もいた。羽みたいなものを背中に付けた、すごい速さで空を飛び回っている白い巨人もいた。
 その戦いの規模はルイズたちが見たものとも、更に桁が外れていた。ルイズたちから見てみれば、言うなれば神々の戦いであるかのようだったのだ。
 そんな映像が数分続いた後、使い魔はようやく映像を消す。
「……これがおれたちの世界での戦い、そして、パーソナルトルーパーを初めとした機動兵器の力です。……少々、刺激が強すぎたようですが」
 使い魔がこういったのも無理は無い。ルイズたちはそろって腰を抜かし、元々座っているオスマンを除いて地面に尻を落としていたのである。
「あ……あなたたちの世界は、一体何なんです……!?」
 杖に縋りながら、コルベールが震えた声を出す。キュルケがそれに激しく頷いた。
「わ、私はあんなのが暴れ回っていて良く滅びないわねって思うわ……」
 タバサはこくこくと頷く。
「で、でもあんなのが魔法なしでできるなんて、私まだ信じられないわ。……あんたの世界って本当に何なの……!?」
 ルイズが力なく言う。しかし使い魔は苦笑を浮かべたままルイズに目をやり、
「何も変わらんさ。……人がいる、ただそれだけだ」
 そう答えた。
「持っているものが違うとはいえ、やっていることは単なる戦争だ。そのことに関してまるで違いなどは無い。それにこのままいけば、いずれお前達もおれ達と同じくらいの力、いや、魔法がある分おれ達以上の力を持つだろう。……話が逸れたな」
 笑みを消し、再び使い魔はオスマンに向き直った。
「おれがこの映像を見せたのは先程言ったとおり、おれの話が真実であることを知ってもらうためですが、何より機動兵器の力をより深く見てもらいたかった。……ここからが、おれの本題です」
「本題、じゃと?」
 ええ、と使い魔が言う。
「おれが森で戦ったやつら……『シャドウミラー』についての話です」
「『シャドウミラー』……じゃと? 何じゃそれは」
「……『シャドウミラー』、正式名称『地球連邦軍特別任務実行部隊』……これがあのゲシュペンストとエルアインスが属している部隊です」
「では彼等もあなたのいた世界から来たのですか? たしか、その『チキュウレンポウ』と言うのはあなたのいた世界における政府と聞きましたが……」
 未だに腰が抜けたままのコルベールが聞く。その内容に同じく腰を抜かしているルイズはあれ? と何か引っかかったが、使い魔は首を振ったことでそんなことを気にしている場合ではないと考え、使い魔の話に集中しなおした。
「いいえ、やつらは確かに地球連邦に属していた部隊ですが、おれたちの世界の地球連邦ではありません。……『平行世界』、と言う概念を知っていますか?」
「「「「平行世界?」」」」
 タバサを除く全員がオウム返しに聞き返した。使い魔が息をつく。
「……知りませんか。……おれも完全に概念が分かっているわけではありませんが……」
 使い魔は一つ間を入れ、続けた。
「『平行世界』とは異世界とは違う、異なった可能性をもった同一世界のことです。例えばこの世界でご主人はおれを召喚しましたが、平行世界においてはおれではない何かを召喚したかもしれません」
「……? どういうことよ。私が召喚したのはあんたよ。それに、その話だと私が何人もいるみたいじゃない。そんなことあるわけ無いわ」
 ルイズが何を言っているんだというような口調で言う。だが使い魔はルイズをちらりと見、至極真面目な声で応えた。
「確かにそうだ、ご主人。この世界のお前はお前しかいないし、呼び出したのもおれだ。だが、そうでない可能性をもっていたかもしれんことは事実だろう?」
「……それはまあ、そうだけど……」
「『平行世界』と言うものは、その可能性が実現した世界と考えればいい。……ご主人がおれを呼び出さなかった世界、フーケがとらわれていない世界、貴族がいない世界。ありとあらゆる可能性が実現されて枝分かれしていった世界。つまり、『極めて近く、限りなく遠い世界』だ」
 話のあまりの内容にルイズたちは口をあんぐりと開けた。そして、一番早く立ち直ったコルベールが驚いた口調で言った。
「で、では、一つ一つの行動、事象ごとに枝分かれしていった世界と言うことですか!? ですが、それは……」
 使い魔が頷いた。
「その通りです。……『世界には無限の可能性が存在する』……おれの世界の仲間の一人がそういっていましたが、まさしくその言葉通りになります。そしてやつらはおれたちの平行世界、その中の一つからやってきました」
「……なんとまあ、さっきの巨人の話だけでもとんでもなかったと言うのにの……」
 呆然とした様子で言うオスマン。
「やつらは見ての通り、ゲシュペンストやエルアインスと言った人型機動兵器を所有しています。そして平行世界で培ったおれたちの世界に無い技術を持ち、おれたちの世界に侵入し、そして様々な勢力と手を結び、やつらはやつらの目的を達成するために暗躍しました」
「……目的?」
 無口なタバサが珍しく口を開き、使い魔に問いかける。
 使い魔は目を伏せ、切り出した。
「やつらの目的、それは……

 絶えず戦いが行われている世界。戦いを一時も絶やさない、『闘争の支配する世界』

 ……これを、作り出すことです」
 学院長室が一瞬、シン、と静まり返る。ルイズたちは、これで何度目になるか分からない呆然とした顔を晒した。これまでに何度も驚かされ、腰を抜かされ、もう何を言われても驚かないつもりであった。しかし、今度の話もルイズたちの理解をはるかに超えていたのである。
 キュルケが「なによそれ……」と呟く。
「わ、私も好戦的なところがあるけど、そんなのわけが分からないわ! 何でそんな世界を、そいつらは作ろうって言うの!?」
 そして、困惑のあまり叫ぶ。
 それを見て使い魔は、再び苦笑を浮かべた。
「やつらの言い分では、平和の世界こそがそんな世界と思っているだろう。……『闘争によって、人は進化する』」
「……それは一体何じゃ……?」
 理解できないことから来る戸惑いからか、自分でも知らぬ間にオスマンの声はコルベールと同様に震えていた。使い魔は首を振りながら答える。
「やつらの持論です。……『平和は腐敗を生み、人は退化する。文明も人も、闘争によって技術を高め、進化してきた。ゆえに闘争を途切れることなく続けることにより、人の進化は止まらず、腐敗もまた起こることは無い』。……やつらはこの理論を固く信じています。そして、だからこそおれたちの世界でも戦いを引き起こしました」
「……それはそうかもしれんが、じゃがその理論や世界は……」
「ええ。腐敗や進化し続けると言うのも所詮は確率の問題です。それに戦いを望むか、戦争を続けたいと願う人間にとっては理想かもしれませんが、そうでない人間にとってはただの地獄でしかないでしょう。……正しいかどうかは知りませんが、身勝手な理想であることは確かです」
「「「「「「……」」」」」」
 ルイズたちは押し黙る。使い魔の言っていることはそれ程に衝撃的であった。そしてそれは、その恐ろしい理想を本気で実現しようとする者達の声を直に聞いた者たちにとっては特にそうであった。
「……なんなのよ……」
 そこで、怒気がこめられて震える声が部屋に流れた。全員の視線が声の方に向けられる。それは果たして、ルイズであった。
「なんなのよ、そいつらは! そんな理想、馬鹿げてるわ! いいえ、何より自分達の世界でやろうとしないでなんであんた達の世界や私達の世界でやろうとするわけ!? 迷惑どころの話じゃないわ!!」
 ルイズは怒りのままに怒鳴る。あの『アルトアイゼン』に乗せられたとき、その際は彼等のいっていることの意味が分からなかったが、ここに来てその意味が分かり怒りが爆発したのだ。
「……おれの仲間もそんなことを言っていた。……ここからの話はおれも又聞きで聞いただけで、おれが自分の耳で聞いた話ではないが、その理由も知っている」
 すると使い魔が目を開き、そんなことを言った。全員の視線が今度は使い魔に集まる。
「ご主人の言うとおり、やつらは元々自分達の世界で地球連邦に反旗を翻し、その『闘争の世界』を作るつもりだったらしい。……そのやつらがおれたちの世界に来たのは、やつらの世界である一つの部隊に敗れたためだ」
「ある……部隊?」
「ああ。……連邦軍特殊鎮圧部隊、『べーオウルブズ』と言う部隊に、な」
 ルイズやキュルケ、タバサはその名前を聞いたとき、引っ掛かりを覚えた。
「……あれ、ちょっと待って。その名前って、たしかやつらがあなたに……」
 キュルケが代表として聞く。その質問に、使い魔は「そうだ」と言った。
「『ベーオウルブズ』の隊長は部隊名からとった異名、『べーオウルフ』を持つ男。……平行世界でのおれ、キョウスケ・ナンブだ」
「……そういう、ことだったの。だからあいつ等はダーリンのことを『べーオウルフ』っていったのね……」
 キュルケが納得したように呟いた。となりでタバサがこくりと頷く。二人ともようやくショックから立ち直ってきたらしく、立てるようになっていた。
「やつらがそう言ってた訳がやっと分かったわ。……でも、確かダーリン。そのとき「『シャドウミラー』は壊滅させた」って言ってなかった?」
 そのキュルケの問いに、使い魔が「ああ」と答えた。
「そうだ。おれはもといた世界で仲間と共にやつらと戦い、勝利した。だが、やつらの残党が思いもよらなかった形で残っていたということだ」
「思いもよらなかった形って、何よ?」
 キュルケたちと同じく立ち直ったルイズが使い魔に聞く。
「それは、次元転移の不安定さに関わることだ。……これも人からの又聞きだが、平行世界への転移のような世界をまたぐような転移は不確定要素が多く、成功する確率がかなり低いらしい。そしてそれはやつらにも当てはまった」
「どういうこと?」
「……やつらがおれたちの世界に転移する際、転移した数の半数以上はこちら側の世界に来れなかったそうだ」
「え!?」
「『次元転移と言うものは例えるなら、濁流の中で一本の糸を見つけるようなもの』。……そうおれの仲間が言っていた。それほどまでに、平行世界への転移は難しいらしい」
「で、でもあんたは私に呼び出されているけど、成功しているじゃない! それは何でよ!」
 その質問に、なぜか使い魔は一瞬答えるのを尚巡する様子を見せる。だがすぐに立ち直り、ルイズに答えた。
「……それは恐らく、ご主人が呼び出したときおれは特別な状況にあったからだ。だが、この話は今の話題とは関係ない。飛ばさせてもらうぞ。……おれたちの世界に行こうとして、やつらは世界の間にある空間に紛れ込んだり、もしくは時空の歪みに巻き込まれて消滅してしまったらしい。……だが、そうでない者たちもいた」
 ……ここまでの話を聞いていて、ルイズたちは使い魔の話の内容にはほとんどついていけなかったが、ともかく異なる世界へ飛ぶ『次元転移』というものは成功する確率が低いことと、命の危険も有り得ること、そして……
「なるほどの。つまり、その元の世界から転移した『シャドウミラー』の、おぬしの世界に行こうとして失敗した者達がこの世界に流れ着いたということか」
 それらのことは分かり、オスマンが使い魔に確認するように聞いた。使い魔が頷く。
「その通りです。やつらと話をしてみて、そのことも確認が取れました。……ですが、ここまでの、とくにおれたちの世界でのやつらについての説明は単なる事実に過ぎません」
 使い魔のその言に、髭をなでながらオスマンはため息をついた。
「その通りじゃの。ここまでの話はわし等には直接の関係は無い。本当の問題は、失敗した連中のうちどれくらいの数がこの世界に来るかと言うことじゃのう」
 オスマンが言った言葉は、ルイズたちに重くのしかかった。
 その通りなのだ。
 今までの使い魔の話、森に出現した『シャドウミラー』についてはともかく、は単に別の世界で起きたことを言っていたに過ぎず、ルイズたちに直接関係することではなかった。
 しかし、ここからの話は違う。『シャドウミラー』の脅威が、現実に自分達に迫っていることを改めて実感させる話、このハルケギニアに来るかもしれない彼らの話なのだ。
 すると、そこでコルベールが立ち上がり、ためらいがちに使い魔に問いかけた。
「……つかぬことを、お聞きしますが、その転移したという『シャドウミラー』はどのくらいの規模だったのですか? その半数以下があなたの世界にたどり着いたとは聞きましたが……」
 使い魔を除くハルケギニアの人間が、はっとしたようにコルベールを見る。
 それは聞かなければならないことではあっても、ある意味聞いてはならない事柄であった。もし、もしである。使い魔の操る『アルトアイゼン』でも敵わないほどの数の巨人がこの世界に流れてきたとしたら? 使い魔の巨人が強いのは知っているが、もしそれを上回る物量で攻めてこられたらどうすればいいというのだろう?
 不安に揺れる瞳で、彼等は使い魔を振り返った。それを見て、しかし、使い魔は変わらぬ淡々とした様子で言った。
「……これは最悪の事態と受け取っていて下さい。話した通り、次元転移には不確定要素が多すぎます。次元転移で引き起こされるのは場所だけの移動だけではなく、時間すらも超えてしまう可能性もありますし、おれも実例を目にしました。それにおれが森で戦ったシャドウミラーや、オールド・オスマンを助けたシャドウミラー兵にしても時系列で考えればおかしい存在です。そのため、今から言う全ての機動兵器の半数がこの世界に転移してくる確率は相当低いはずです」
 そして、使い魔がその数を言う。
「……おれがその仲間から聞いた話では、戦車や飛行機といった人型機動兵器以外も含めての、やつらの兵器転移総数は……」

 ――およそ、二千機近く――

 その数字に、今度こそルイズたちは凍りついた。
(そんなの……そんなの、無茶もいいところじゃない……!)
 使い魔はこの半数は使い魔の世界に行ったという。しかしそれでもあんなのがその半数、千もの数がいるのである。
 背筋に走る悪寒、そして、振り払おうとしても浮かんできてしまう光景がルイズの心を蝕む。
 倒れ付す『アルトアイゼン』。それを尻目に、地平を覆い尽くし、森を、大地を焼き払いながら侵攻してくる青と灰の巨人達の群れ――――
 有り得ないはずの最悪の事態とはいえ、そんな光景が頭を占めてしまう。だが、
「……言ったはずです。これは最悪の事態です。ここまでの数がこの世界に転移してくるとは到底思えません」
 使い魔の変わらぬ淡々とした声が、凍りついたルイズ達を今度は解凍し、安心させた。しかし、
「それよりもむしろ、シャドウミラーが既にこちら側に来ていることを念頭において考えを進めた方がいいとおれは思っています」
 と言って、ルイズたちに再度の緊張を促した。
「ど、どういうことじゃ? そやつらの目的は『闘争の支配する世界』とやらなのじゃろう? もし彼等が機動兵器を持ってこのハルケギニアにたどり着いていたとしたら、既に行動を起こしているのではないのかね」
 オスマンが使い魔の言葉の意味を問うた。
 そうだ、とルイズもオスマンの考えに同調する。もし『シャドウミラー』が既にたどり着いて、しかもあの機動兵器とやらを持っていたとしたら、行動を起こさないはずが無いのだ。
「そ、そうよ! 一機だけでもメイジが束になっても敵わないほどの威力があるのは、比べれば誰にでも分かることでしょ! なんでそんなこと言うわけ!?」
 興奮しながら疑問を口にするルイズ。それに使い魔は、首を振って冷静にその問題点を指摘した。
「確かにその通りだ、ご主人。一機だけの機動兵器でもこの世界では無類の強さを誇れるだろう。だが、ここで言わせてもらうが機動兵器はそれほど万能じゃない」
 使い魔はそこで、機動兵器の調子を整えるには様々な設備や技術、そしてそれから作られる部品がいることを説明した。
「この話はおれの『アルトアイゼン』にもいえることです。……もしやつらがこのハルケギニアにいたとしても、設備や技術がない以上所有する機動兵器をそうそう動かし、消耗させることはやつらの戦力の低下に直結します」
「でも、ダーリン。それなら『固定化』の魔法を使えばいいんじゃ……」
 キュルケが口を挟む。しかし使い魔はまったく動じない。
「その案は俺も考えた。確かにそれをかけておけば劣化は防げるだろう。だが、それは動かしていないときだけだ」
「え?」
「機動兵器が動く際には、あの外見の中の機関で行われる動きが必要となる。だが『固定化』はかけた物の状態をかけた時点のまま、固まらせる魔法だったはずだ。これから考えれば、外部装甲に使うことはあっても、内部の機関にも『固定化』を使ってしまえば機関自体が動かなくなるだろう。恐らく、その点については心配は無いはずだ」
 この使い魔の魔法についての考察の鋭さに、ルイズたちは今までの話を一瞬忘れてぽかんとした面を晒した。それに構わず、使い魔が話を再開する。
「これらの事情から、よほどの馬鹿で無い限りやつらは所有する機動兵器をそうそう使わないでしょう。……もし使うとしたら、それなりの下準備をしてからです」
「……下、準備?」
 タバサが、悪い予感におびえてだろか、心なしか震えている声で聞き返す。
 一瞬タバサに視線を向けた後、再びオスマンに使い魔は向き直る。
「……やつらの強さは兵士の錬度の高さもありますが、何よりも恐ろしいのは軍の裏方の仕事をになってきたことから来る情報収集や諜報能力、そしてそれらを生かした政治手腕の巧みさです」
「政治手腕の、巧みさじゃと?」
「ええ。……前述したように、おれの世界においてやつらはその平行世界の技術や兵器を餌に様々な勢力と手を結びました。しかしいくら餌とできるものがあったとしても、手を結ぶに至るまでには様々な交渉をしなければならないのは周知の通りです。そして、そのことはこの世界においても当てはまる……」
 はっとしたように、ルイズたちは目を見開いた。
「気付いたようですね。……例えどれかの国や組織と手を結んだとしても、元々の技術の違いがありすぎますし、機動兵器を量産できるとは思いません。それは整備も同様です」
 しかし、と使い魔は続け、同時にポケットにしまっていたあの見慣れない銃を取り出した。
「この銃には連射機能がついていますが、この世界では銃の連射機能はほとんど、というよりまるで存在していないと聞きました。ですが、おれたちの世界においてはこの機能は珍しいものでもなんでもなく、普通に使われています。……もしこの機能を簡略化させ、ハルケギニアでも作れるようにして伝えたとしたら……」
「「「「「「……」」」」」」
「……ここまで来れば言う必要も無いかもしれませんが、あえて言わせてもらいます。平民が貴族の魔法におびえているという話を聞いた事があります。それに、現段階での銃や剣では魔法には太刀打ちできないとも。そんな不満を持っている人間に、もしくは勢力の拡大を図っている国や組織にこの機能か、利用できる技術を伝えれば……もう想像はできるはずです。そしてその時こそ、より大きな闘争を引き起こすためにやつらは機動兵器を動かす。……そう、おれは考えています」
 ルイズたちは目を見開いたまま、言葉を発することができなかった。使い魔とルイズを除いた者達は銃の連射機能にも無論驚いていたが、それを遥かに上回る戦慄が彼等の、ルイズの口を塞いでいた。
 使い魔の言うとおりであった。彼等、『シャドウミラー』の目的が『闘争の支配する世界』なら、十分起こりうる事態なのである。
 ……平民と貴族との全面戦争。もしくは、世界を巻き込む大戦争でさえも……
 ここまで話した使い魔は、一つ息をつく。そして、
「……言い訳じみているかもしれませんが、おれはこの世界に『アルトアイゼン』も来ていると知ったとき、どうあいつを扱うか迷いました。あれの威力はご覧の通りですし、やろうと思えばこの世界の各国の軍事バランスを一瞬で崩壊させることもできるでしょう。ですがおれはそんなことは望みませんし、銃のことについてはやつらが現れたことで危険性を確認したため何もいう資格はありませんが、それでもこの世界に混乱を呼び込もうとは考えてもいません。……これがおれに話せる全てです。最後に、『アルトアイゼン』について黙っていたことは、申し訳ありませんでした」
 と言って頭を下げ、長い話を締めくくった。












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