出発、フーケ討伐
外からは爆発で叩き起こされた学院の生徒や教師らが騒ぐ音が聞こえる。夜であるに拘わらず、学院は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
(……この程度でここまで騒ぐとはとはな……しかも対応が遅い……)
そんな彼等の様子を苦々しく、そして情けなく思うキョウスケである。この魔法学院は国のいざというときのために戦士を育成する場でもあったはずなのだ。それが容易く敷地内に入られた上に、こうまで取り乱すとは。
(……貴族云々を言う前に、こいつらはまず自分たちのことを省みたほうがよさそうだ。……もっとも、おれも人のことは言えんかもしれんが……)
思い返すのはゴーレムが出現したときである。実はキョウスケはゴーレムが現れた際、既に戦う体勢を整えていた。キョウスケやルイズのほうに向かってくる時点で敵意があることは見抜いていたし、キョウスケはこの程度の不測の事態で動ずるほど柔ではない。またガンダールヴの力でキョウスケの力を増加させれば、ゴーレムを足止めすることも容易かっただろう。
だがゴーレムに向かおうとした際、その足元でどうするか迷っている主人の姿が目に入ってしまったのだ。
キョウスケは迷った。このままゴーレムに向かうべきか、それともルイズを助けるべきか。
(だが今思えば、判断を誤ったことが良く分かる……)
ルイズを使い魔として守ると決めたこともあり、結局キョウスケが選んだのはルイズを助けることだった。しかしそれが明暗を分けてしまった。ゴーレムはキョウスケがルイズを助けたときには宝物庫の壁を壊しており、ゴーレムを押さえる機会も、フーケを押さえる機会も失ってしまったのだ。
難しい状況ではあったが、あの時ゴーレムを足を狙い、ルイズを助けることと同時に進めていればとキョウスケは思わずにいられない。ガンダールヴの力がある以上尚更そう思う。
(この借りはいずれ返す。……しかし、どうも疑問が残るな……)
キョウスケは自分の失態を思う一方、この一件にどうもしっくりと来ない疑問を感じていた。
思考から意識を引き上げ、目の前にある光景を見る。
「……なるほどのう……」
額を押さえ、苦渋をたっぷりとにじませた声で話すオスマンがそこにいた。その隣にはオスマンの話し相手をしていたコルベールがおり、そしてその前、キョウスケの横にはしょんぼりとした顔をしたルイズたちが並んでいた。あの騒ぎの後にすぐ、キョウスケ達は学院長室に来ていた。理由は報告と、爆発の真相を話すためである。
「あ、あのー、この場合、やっぱり私のせいになるんでしょうか……?」
キュルケがおずおずとした声でオスマンに聞く。オスマンはため息をついた。
「……まあミス・ヴァリエールの部屋に勝手に入り込んだのは事実じゃし、それにキ……と、ミス・ヴァリエールの使い魔の私物を許しも無く勝手に持ち出したしの。どんなものか分からんかった以上、迂闊だったと言わざるを得んじゃろうな」
「そうです学院長、この責任は全部キュルケにあります! しかも使い魔の持ち物を勝手に持ち出して、しかも話も聞かないで言い寄ってたんですよ! 当然しかるべき処分をするべきです!」
そこにルイズが嬉々とした声で乱入する。しかしキュルケも黙っていない。
「なによ、私はキョウスケの話を聞こうとしてたわよ! でもあんたが掴みかかってくるから、えーと、そう、ピンだとかいうのが外れちゃってこうなったんじゃない!」
「私が悪いって言うの!?」
「そうよ、あなたがあんなふうに突っかかってこなきゃ良かったんじゃない! そうすれば大人しくキョウスケに返してたわよ!」
「自分のことを棚に上げてよく言うわね……!」
この期に及んでも言い争う二人であった。オスマンはそんな二人を見て再びため息をつく。
「……しかしまいったのう。盗まれたのはよりにもよって『破壊の杖』と『不壊の鎧』、そして賊があの『土くれ』のフーケとは……」
その言葉に言い争っていた二人の動きが止まる。事態の重さに騒げなくなったのだろう。
学院長室に来る前に、ルイズたちはまず宝物庫に足を運んでいた。そこには二つの品の入ったケースの代わりに、フーケが盗んだ後に残していくサインがあったのである。
「……はじめにああは言ったが、今回の一件は何もミス・ツェルプストーばかりが悪いというわけにはいかん。今日の門の当直は……」
「ミセス・シュヴルーズです。学院長」
隣のコルベールが答え、オスマンは頷いた。
「彼女からは何の知らせも無かった。あの爆発の後にはさすがに起きたじゃろうが、恐らくそれまでは眠ってでもおったのじゃろう。しかし、わしも含めてじゃがまともに当直をした者などおらん。まさか魔法学院が賊に襲われるとは思ってもおらんかったし、メイジの集まる虎の穴に入ってくるなど想像もせんかった。それはミス・ヴァリエールも同じじゃろ?」
「……」
反論できずにルイズは黙り込み、予想以上の管理の杜撰さにキョウスケは呆れた。
だがキョウスケにとっては、そこが疑問となっている部分であった。ゴーレムという人目を引くような手を使っていながら、余りにもフーケの盗みがうまく行き過ぎていた点である。
(今もそうだが、まだ夜もそう更けてはいない。それに普通忍び込んでくる際には、いくら威力を持つ手札があるといっても人目につかないようにするはずだ。しかし奴はゴーレムという札を惜しげもなく使っている……)
壁についてはいいかもしれない。丁度いいと思って仕掛けたというのなら話は分かる。だがゴーレムを呼び出すことは、あれだけの大きさのため、大きなのリスクが伴う行為であることは明白だ。すぐに誰かの目に付くだろうし、しかもその前には手榴弾の爆発という人を更に呼ぶようなことをしていたのだ。いくら何でも警戒してしかるべきはずだ。
そして考えを進めていくうちに、ある結論にたどり着いていたのである。
(……フーケは、このことを知っていたとでもいうのか……?)
これから導かれるのは、学院の内部事情を知っている者、学院関係者の犯行である。
キョウスケはこれを言うべきか迷ったが、対案の存在、更に確証が無い以上言っても混乱させるだけと考えて、止めておくことに決めた。外部から侵入するにせよ事前に下調べはするだろうし、それを元に計画を立てたとも考えられるため、関係の無い第三者の犯行とすることもできるからだ。
「責任があるとすればこの油断を生み出したわし等全員にある。……そういうわけで、ミス・ツェルプストーだけに責任を取らせることは無いから安心してよいぞ」
オスマンはこう言い、この一件を締めくくった。
キュルケはほっとした表情になり、ルイズは不満そうな顔だったが学院長の言葉となれば従わないわけにもいかなかったようで、ふん、と顔を背かせた。
さて、とオスマンが声を上げてイスから立ち上がった。
「爆発はフーケのせいとでもしとけばよいじゃろうし、皆と対策を立てるとしようかの。君達も証人としてついてきなさい。どうせこの騒ぎじゃし、皆宝物庫に集まっとるだろうて」
宝物庫に着いてみると、オスマンの予想通り宝物庫には人だかりができていた。当直だったミセス・シュヴルーズは非難を一身に浴びていたが、そこに現れたオスマンが学院長室で言っていた全員の職務態度について言及して仲介し、事なきを得た。……ただし、このことに感動したシュヴルーズに父と呼ばれ、しかもいくらでも尻を触って言いといわれたオスマンは困った顔をしていた。
「失礼します!」
そして現場にいたルイズたちの話を聞いてこれからどうするかを決めるかという段になった時、勢いよく宝物庫のドアが開いた。
現れたのは、ミス・ロングビルだった。
「どうしたのですか、ミス・ロングビル?」
慌てた様子にコルベールがロングビルに問いかける。しかしロングビルは頭を下げながらも言葉を続けた。
「申し訳ありません。しかし先ほどの轟音で起きてみたら、学院に賊が入ったと大騒ぎじゃないですか。しかも話を聞いてみたらあの『土くれ』のフーケの仕業といいます。そこで報告した方がよいと思われる情報を思いだしましたので、急いでここに来たのです」
「情報? 何のです?」
「はい。……フーケのアジトに関する情報です」
「な、なんですと!?」
コルベールが素っ頓狂な声を上げ、周りの教師もざわめき始めた。だが、キョウスケだけは眉を少し上げる。
「どういうことじゃ、詳しく説明してくれんかね」
オスマンがそんなコルベールを横目に、続きを促した。
「はい。……以前学院の外に出かけたとき、たまたま近在の農民が近くの森の廃屋に入っていく黒ずくめのローブの姿を見たそうです。しかも異様に辺りを警戒しているようだったとも言っていました。その話から察するに、恐らくその黒ローブはフーケではないかと思うのですが……」
ここまでロングビルの話を聞いていて、しかも先ほどまで考えていたこともあり、キョウスケははっきりと思った。
余りにもタイミングが良すぎる。
ここでここまで詳しい話を持ってくるというのは、どうにもおかしい気がするのだ。
(……まさか……いや、それならそもそもこんなことはせんか)
一瞬浮かんだ考えを、キョウスケはすぐさま断ち切った。
オスマンの目が鋭くなり、タバサを見た。
「確か君の話では、使い魔のウインドドラゴンの背からゴーレムを見た際、黒いローブの人影が見えたと言っておったな」
タバサは無言で頷く。そして「でも宝物庫に入っていった後、見失った」とも伝えた。オスマンは再びロングビルに尋ねる。
「そこは近いのかね?」
「はい。徒歩で八時間、馬なら二時間程度といったところです」
「ならば話は早い。すぐに王室に連絡しましょう! 王室衛士隊に頼んで兵隊を差し向けるよう頼むのです!」
コルベールが叫ぶ。しかし、オスマンはその声に目を見開き、怒鳴った。
「そんなことをしてどうするのかね! わしらは貴族じゃ。わしらの身に降りかかったことを自分で払えんでどうする! この問題はわしら魔法学院の者で解決する!」
キョウスケはこのオスマンの言に感心し、いつもの微かな笑みを浮かべた。
(こういう人間は、どこにでもいるものだな……)
そんな感想を持ったのである。
オスマンは咳払いし、有志を募った。
「では、捜索隊を編成する。我こそはと思う者は、杖を掲げよ」
しかし、教師達は困ったように顔を見合わせるだけだ。オスマンがもう一度呼びかけるも、その態度は変わらない。
(となると……)
キョウスケは次にどうなるのか、予想がついていた。すると、予想通りルイズが杖を掲げたのである。
(やはり、か……まあ、おれとしても都合がいいが)
キョウスケが質問した日からルイズを『ゼロ』と呼ぶ声はほとんど聞こえなくなった。ルイズ自身もそのことを喜んでいる。
しかし、未だに爆発が起こる理由は分からずじまいであった。そのため陰口を叩く連中は完全にはいなくならなかったのである。そして、そんなことをいつまでも見逃すルイズではない。で、案の定完全に連中を黙らせるために捜索隊選抜に杖を掲げたのであった。
ふとキョウスケは視線を向けられていることに気付く。そちらのほうを向くと、見ていたのはルイズと、彼女の後ろにいたオスマンであった。ルイズは何か訴えるような目をし、オスマンはキョウスケの動作を注視している。
(言いたいことは大体分かるがな)
ルイズは「戦いに関することなんだから、だまって付いて来なさい」とでも言いたいのだろうし、オスマンはキョウスケのガンダールヴの力を当てにしたいのだろうとキョウスケは考えた。(オスマンの方は、実はそれだけではなかったがキョウスケが知る由も無い)
キョウスケはただ、一つ頷いてやる。するとルイズは顔を赤く染めながらふん、と顔を背け、オスマンは頷き返してきた。
そうこうしているうちにルイズに対抗してキュルケが、キュルケを心配してタバサが杖を掲げた。他の人間は今なお顔を見合わせるばかりであり、結局この三人が行くことになりそうだ。
(やれやれ、一々メンバーを決めるのにも面倒なことだ。……しかし……)
そこまで話がまとまったところで、キョウスケには腑に落ちないことに考えを巡らせた。
先ほど、というかロングビルの話を聞いた辺りからだろうか? ロングビルが言う場所に向かうことを考えると何か胸騒ぎがするのである。
(これは、アルトを壊そうとしたあのときと同じか……?)
そしてその正体は、自分の感覚が伝える、その場所に向かうことへの得体の知れない不安であった。
しかし、なぜ不安になるというのだろう?
罠が待っているかもしれないし、また、何か思いもよらない札をフーケが切ってくるかもしれない。しかし、それらのことはキョウスケの今までの戦いの中で幾度も経験してきたことだ。勿論不測の事態に対する不安は皆無というわけではないが、それでもここまで強い不安を抱くのは解せない。ゴーレムが出てきたとしても、自分にはまだ手札は残っているのだし……
(一体そこで何が待ち構えている……?)
釈然としないまま、ルイズたち三人と、オスマンにサポートを任されたロングビルに付いていくキョウスケであった。
フーケが居場所を変えないうちに、ということですぐに出発することとなった。少しの時間を準備に使い、ロングビルが用意した馬車に乗って出発する。馬車の前方に吊るされたランプが示す道を、ただひた走る。
「ミス・ロングビル……、手綱なんて付き人にやらせればいいじゃないですか」
途中でキュルケが黙々と手綱を握る彼女に話しかけた。すると、ロングビルはにっこりと笑った。
「いいのです。わたくしは貴族の名を無くした者ですから」
キュルケはきょとんとした。
「だって貴方はオールド・オスマンの秘書なのでしょう?」
「ええ、でもオスマン氏は貴族や平民ということに余り拘らない方ですから」
「差し支えなかった事情をお聞かせ願いたいわ」
キュルケが興味津々の顔で聞いてくる。しかしそこでルイズがキュルケの肩を掴んだ。キュルケは振り返り、ルイズを睨みつける。
「なによ、ヴァリエール」
「よしなさいよ。昔の事を根掘り葉掘り聞くなんて」
キュルケはふんと呟いて荷台の柵に寄りかかり、頭の後ろで腕を組んだ。
「暇だからおしゃべりでもしようと思ったんじゃない。……でも、こんな大きな馬車を用意する必要があったんですか?」
キュルケがロングビルに聞いた。確かに四人を乗せるには大きな馬車である。
御者を務めるロングビルはくすりと笑った。
「当然です。あなた達はフーケを捕まえるのでしょう? そのためにも空きを用意しないといけないではないですか」
これにキュルケが調子に乗る。
「分かってるわね、あなた。そうよ、私たち三人がいるからにはフーケなんて目じゃないわ。特にダーリンまでいるんだし!」
しかもちゃっかりと嫌味をつけていた。しかし、その内容をルイズは見逃さない。
「ちょっといいかしら」
「なに?」
「何で三人なわけ? 今いるの、確か四人よね? それにダーリンって……」
「あら、戦力にならない人間を数えるわけ無いじゃない」
ひく、とルイズの頬が引きつった。
「……戦力にならない、ねえ……それって誰のことかしら……?」
「分からないの? へえ……」
「何がへえよ! あと誰がダーリンなわけ!?」
……まだ言い争い足りないらしい。しかもキュルケの友人であるタバサは勝手に本を読み進めており、ロングビルは無視して御者を務めていた。誰も止めようという素振りすら見せなかった。
キョウスケは本気でどうでも良くなってきた。
(もう勝手にやっていろ。……それよりも、だ……)
先にある闇を見据える。
未だにキョウスケを蝕む不安は消えていない。それどころか道を進むごとにますます強くなってくる。
(……しかし、暗くてよく分からんがこの道は……)
「……どうしたい相棒。何か妙な雰囲気出しやがって」
そこでカチャカチャと音を立てて、デルフリンガーがキョウスケに声をかけてきた。キュルケが買って来た剣もあったが実際に試し切りをしたわけではないため信用できず、既にその切れ味を知っていたデルフリンガーをキョウスケは持ってきていた。
「……妙な雰囲気とは何だ」
「いや、睨むなよ! ……何つうか、ピリピリしてる、そんな感じがすんだよ。しかもこれでもかってくらいに」
「……そこまで緊張しているように見えたのか?」
「ああ、見えたね。お前さんはいつもそんな感じらしいが、伊達にこれでもかなりの年月を生きてるんでな。俺の目はごまかされねえぞ」
キョウスケはどうしたものかと考えていたが、やがて肩の力を抜いた。
「……そうか……そうだな。お前の言うとおりだ。……どうも、不安でな」
「おいおい、そんなに不安になるこたねえじゃねえか。お前さん力は確かだし、ついでにまだあの爆発するやつも残ってんだろ?」
「ああ、行く前に何個か持ち出してきた」
「それなら何も不安がる必要なんかねえじゃねえか。例えゴーレムが出てきたっておれなら叩き切れるし、いざとなったら爆発するやつでふっ飛ばせばいいんだしよ」
「……そうなんだが、な……」
しかし、これほど言ってもキョウスケの声は重いままだった。彼自身何が原因でここまで不安になるのか分からないため、一層声に重さが混じっている。
そんな彼等を乗せながら、やがて馬車は森の中に入っていった。 |