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Zero of the Beowolf
作:T・K



フーケ、襲来


「参ったわね……」
 キョウスケとルイズが買い物を終えていた頃、一人のメイジが鉄でできた、太い錠前のかけられた巨大な扉の前で呟いていた。
 ミス・ロングビルであった。
 しかしキョウスケと話していたときと雰囲気が違う。理知的な感じは変わらないが目からは鋭い光を放っており、そしてどこか危険な雰囲気を漂わせていた。恐らく彼女を普段から見ている人間であれば、別人ではないかという疑いをもつであろう。
「『アンロック』も『錬金も』効かないなんて、さすが魔法学院の宝物庫ね」
 ロングビルは片手に持った杖を弄びながら、言葉とは裏腹の妖艶な笑みを浮かべて再び呟いた。
 そう、ここは魔法学院の宝物庫であった。
 ロングビルはかけた魔法とその効果についての考察を始める。
(私の魔法が効かないとなると、この扉にかかっているのは恐らくスクウェアクラスのメイジがかけた『固定化』の魔法、そして『ロック』と言ったところかしら)
 『固定化』の呪文は物質の酸化や腐敗を防ぐ魔法である。これをかけられた物質はあらゆる化学反応から保護され、そのままの姿を永遠に保ち続けることができる。しかし、この扉にかかっているのは相当強力なものらしく、土系統の魔法のエキスパートであるロングビルの『錬金』が通用しなかったのだ。
 ロングビルはかけた眼鏡を持ち上げ、扉を見つめていた。そのとき、
「……おかしいなあ、どこ行ったんだろう、キョウスケ君は……せっかく『破壊の杖』と『不壊の鎧』等のことを話したかったのに……それにしても学院長も人使いが荒い。行ったついでだから、宝物庫の様子も見てこいだなんて……」
 階段を上ってくる音と、男の呟きが聞こえてきた。この声は、コルベールだろうか。
 杖を折りたたみ、ポケットにしまう。
 現れたのは案の定、コルベールだった。そして彼はロングビルの姿を見て、間抜けな声を上げた。
「……おや? ミス・ロングビル、ここで何をしているんですか?」
 ロングビルは愛想の良い笑みを浮かべながら、答える。
「いえ、私も少し宝物庫の様子が気になりまして。ほら、近頃よく現れると言う……」
「ああ、『土くれ』のフーケですか。なるほど、仕事熱心なことですなあ。まったくあのジジイ、いや、学院長も少しはミス・ロングビルを見習ってくれればいいのに……」
 愚痴をこぼすコルベール。それをくすくすと笑いながら、ロングビルは言う。
「ところでミスタ・コルベール。先ほどここの様子を見に来たと言われていたようですが……」
「え? あ、ああ、まいったな、聞こえていたんですか……ええ、その通りです」
「そのときに確か、キョウスケと仰っていましたね。たしかそれはミス・ヴァリールの使い魔の方の名前のはずですし、しかも『破壊の杖』や『不壊の鎧』等についての話を聞きたいだとか。……彼と『破壊の杖』、そして『不壊の鎧』とは、何か関係があるんですか?」
 その問いに、コルベールは一瞬ぎくりとした様子になった。しかし、ロングビルはその様子を見逃さなかったようで、その瞬間に目を細めていた。
「あ、いえ、その、そ、そうです! か、彼はここら辺では見ない服装をしているでしょう? 彼は遠い東方の地、ロバ・アル・カリイエから来たのです。彼は我々の知らない知識があるようで、ならあの正体不明のものについて、何か知っているのではないかと思いまして!」
 しどろもどろになりながら言うコルベール。だがロングビルは納得したらしく、ああ、と頷いた。しかし、目は細めたままである。
「見かけない服をしていると思ったら東方の方だったのですか。私も少しは聞きかじったのですが、それら、特に『破壊の杖』は奇妙な形をしているだとか」
 コルベールが驚いた顔をする。
「良くご存知ですな。その通りです。『破壊の杖』はどう使うか分からない奇妙な形。そして『不壊の鎧』は一応鎧らしく見えるからそういっているだけで、本当に鎧なのかどうか分からないという代物ですからなあ。しかし、耐久力は名前の通り、そこら辺の鎧とは比べ物になりませんが」
「なるほど。それらが東方の品であれば、東方から来たという彼なら知っているかもしれせんね。……でも前に学院長室に呼んだこともありましたわ。その時には聞かなかったんですの?」
「ああ、あの時ですか。そのときは学院長は、といっても私も含めてなのですが、東方の話を聞くのに夢中になってしまって忘れてしまったのですよ。だから暇な今日に聞いてみようと思っていたのですが、あいにく留守にしているようでして……」
 恥ずかしげに言うコルベール。「あらあら」とロングビルは言い、コルベールの苦労をねぎらった。
「タイミングが悪かっただけですわ。それに出かけているといっても夜には帰っていることでしょうし、そう気を落とさないで下さい。……ところで今更なのですが、様子を見に来たとおっしゃられていましたが、どうかしたんですか?」
 コルベールは頷いた。
「そのことですか。といっても、この扉がどうにかなっていないかを確認しにきただけですよ。大したことではありません」
「そんなもので大丈夫なのですか?」
「ええ、確かに他の宝物庫なら他のことも考えなくてはならないでしょう。しかしこの宝物庫は一味違います。スクウェアクラスのメイジが何人も集まってあらゆる呪文に対抗できるように設計したそうです。そのため、どんなメイジを連れてきてもあけるのは不可能でしょう」
「なるほど……それほどのつくりなのですか……」
 ロングビルが感心したように言った。
「さすがミスタ・コルベール。物知りでいらっしゃいますのね」
「え? い、いやあそれ程でも……」
 ロングビルのような美人に褒められてコルベールは相好を崩した。だがそのせいで有頂天になっていたのか、いらぬことまで喋ってしまう。
「で、でも何事も完璧と言うのは無いものです。先ほどはあんなことを言いましたが、この宝物庫にもひとつだけ弱点があると思うのですよ」
「……あら、どんな弱点ですの?」
 ロングビルの目が光り、先を促す。
「それは、物理的な力です。宝物庫は魔法には耐えられるのですが、強い衝撃であったりした場合、『固定化』がかけられているといっても元々の材質の関係で強度に限界があるのですよ。……まあ、自説ですが」
「物理的な力、ですか?」
 得意げに話すコルベールの説を聞き終わったロングビルは、満足気に微笑む。
「大変興味深い話ですわ、ミスタ・コルベール」
 その後、下心丸出しでなんやかやと食事などの誘いをしてくるコルベールを適当にあしらい、ロングビルは足早に去っていった。

 日が沈む頃になって、ようやくキョウスケたちは学院に帰ってきていた。
 キョウスケは町での成果に満足していた。持っているナイフと同じくらいの切れ味を持つ剣を手に入れることができたのだ。まあ言い訳は考えてはあるが、なるべく『こちら側』の世界の武器を使わない方がいいし、用心するに超したことは無いだろう。……ルイズの機嫌は未だに直っていないが、とはいえそれは別に問題とすべき事項ではない。このまま問題無く一日が終わってくれれば、満足して眠りにつけたことだろう。
(……そうだ。それだけですんでくれれば、よかったんだがな……)
 しかし、キョウスケの顔は暗かった。原因は目の前にいる二人である。
「どういう意味? ツェルプストー」
 腰に両手を当て、ぐっと不倶戴天の敵をにらんでいるのはルイズである。そして、
「どういう意味も何も無いわ、ルイズ。よりキョウスケに似合う剣を買ってきたから、そっちを使いなさいと言っているだけよ」
 その視線を悠然と受け流しているのは不倶戴天の敵、キュルケであった。
 彼らは学院の中庭にいた。ようやく帰ってきたと思ったとたん、突然キュルケが現れてキョウスケに持っている剣を勧めてきたのである。そしてそれにルイズが我慢できるはずが無く、この対決が始まったと言うわけだ。
(今日は早めに寝て、明日に備えたかったんだがな……)
 やるせない気持ちになりながら、キョウスケは思う。授業のこともあるが、それだけでは足りない雰囲気が出てきたためいよいよ図書室に足を運ぶ時期が来たかと思っていた。だがその矢先に、これだ。しかも無視して立ち去ろうとしたら今度は二人して睨んできて、ここにいろと無言のプレッシャーをかけてきたのである。二人はこういう時だけ仲を良くするらしい。で、仕方なくここにいるキョウスケであった。……ちなみにデルフリンガーはキュルケが現れてすぐに茶々を入れてしまい、そのせいでキュルケ、ルイズ、キョウスケの三人に睨まれて黙らされている。
(後で二人分の騒動を受けて眠れなくなったなどという事態になったら、笑い話にもならん。……しかし、早く終わらんものか……)
 キョウスケはルイズを見、そしてキュルケを見る。どうやらキュルケはキョウスケたちを追いかけていたらしく、しかもその目的も知られていたようだ。そしてルイズに対抗してキュルケも剣を買ってきたようで、その剣は……
(……ずいぶんと派手な剣だな)
 と、それについてこんな感想を持ったキョウスケであった。しかし彼でなくともそう思うであろう程に、それは派手だった。
 それは1.5メートルほどの大剣であり、その所々に宝石が散りばめられ、鏡のように刀身が光っていた。確かに見た感じは切れそうであるが、どうにもその派手さが胡散臭い。
 キョウスケがそんなことを考えているとはまるで知らず、キュルケが口を開いた。
「そんなぼろぼろの剣を買うなんてキョウスケに失礼だと思わないの、ルイズ?」
 しかも、あからさまな挑発であった。ルイズはう〜と唸りながら反撃する。
「し、しょうがないじゃない! この使い魔がそれで良いって言うんだもん! 私だって嫌だったけど、こいつが見かけよりも使い勝手が良い方がいいって言うから、仕方なく……」
「あらそう。でもそれなら尚更この剣を選んだほうがいいわよ。見掛けも中身もあるし、まさにキョウスケのためにあるような剣だわ」
 しかしその反撃もさらっとかわすキュルケ。熱っぽい流し目をキョウスケに送りながら、しかも追い討ちまでかけてくる。
「ねえ、知ってる? この剣を鍛えたのはゲルマニアの錬金術師シュペー卿よ。やっぱり剣も女も生まれはゲルマニアに限るわ。トリステインの女ときたらこのルイズみたいに嫉妬深くて気が短くって、しかもヒステリーでプライドばっかり高くってどうしようもないんだから」
 怒涛のような攻撃であった。しかしここまで言われてもルイズは屈しない。
「へ、へんだ。そう言うあんたなんかただの色ボケじゃない! なあに? ゲルマニアで男を漁りすぎて相手にされなくなったからトリステインに留学しにきたんでしょ?」
 ルイズは冷たい笑みを浮かべてこう言ったのであった。
 この言い分に、キュルケの顔色が変わる。しかしルイズは止まらない。ちらりとキョウスケを見て、言い放つ。
「それにそんなこと言ってるけど、こいつには相手にされなかったじゃないの! どうせあんたなんてそんなもんよ。色ボケがばれて相手にされなかったんでしょ、『お熱』のキュルケ!」
「……言ってくれるわね、ルイズ……」
 低い声を発するキュルケ。そして二人は同時に、自分の杖に手をかけた。
 しかしそこに乱入が入った。突然つむじ風が舞い上がり、二人の手から杖を吹き飛ばした。
 これにキョウスケは、
(なるほど、これがウインド・ブレイクと言うやつか)
 と感心し、続けて、それを起こしたであろう人物、近くの木に寄りかかって座っている一人の少女を見た。
 青みがかった髪とブルーの瞳を持ち、眼鏡をかけている。しかし杖を振ったままの姿勢でいる、魔法学院の制服で包んだその体は同年代の同姓と比べても小柄であった。
 キュルケ曰く、彼女の友人らしい。そしてキュルケが馬でも数時間かかる距離でもキョウスケたちを追いかけることができたのは、彼女の使い魔のおかげだそうだ。
 少女、タバサは短く言う。
「建物、近い」
 そして片手に持った本を、再び読み始めた。なるほど、言われて見れば周囲には宿舎などの建物がある。ここで魔法を使うのは少々まずいだろう。しぶしぶと魔法を使うことをあきらめる二人(ルイズは忌々しげにタバサを見たが)。だがどちらの剣を使わせるのかと言う議論を終わらせるつもりは無いらしい。再びにらみ合うキュルケとルイズであった。

 しばらくにあら見合っていた二人である。だがしばらくして、キュルケは自信たっぷりの笑みを浮かべた。
「ルイズ、でもね、ひとつだけ確かなことがあるわ。ここまでは言いたくなかったんだけど、あんたがああまでいうんだもの。仕方ないわよね」
 そして突然、こんなことを言い始めたのである。
 キュルケの様子を不審がりながら、ルイズは「……なにがよ?」とたずねる。すると、キュルケは勝ち誇ったように胸を張った。
「それはね、あたしとキョウスケのとても相性がいいって言うことよ!」
 一瞬何を言われたか分からなかったルイズ、そしてキョウスケ。しかしルイズはすぐに正気を取り戻し、
「……はあ!? 何でそんなことが分かるわけ!? ふざけたこと言ってんじゃないわよ!!」
 と叫んだのであった。
 キュルケはさも残念そうに首を振る。
「いいえ。これはね、はっきりとした事実よ。その証拠に、ほら」
 キュルケは服のポケットから何かを取り出した。そう、それはキュルケが持ち出した、あの卵のような形をしたものである。
「私は火のメイジ。火の気配を読み取るのは得意なの。そしてこれからはすごい強い火の気配するわ。しかもこれだけじゃなくて、キョウスケの持ち物からは多くの火の気配を感じたの! これだけで私達の相性がいいことは証明されたも同然よ!」
 笑いながら言うキュルケ。しかし、ルイズはそれどころではない。
「な、何であんたが使い魔の持ち物を持ってるの「それからすぐに手を離せ」よ……?」
 そのとき、使い魔が口を挟んできた。
 ただならぬ使い魔の口調に思わず振り返るルイズ。するとそこにあったのは、いつもの無表情にはっきりと分かる緊張を漲らせている使い魔の姿があった。
 その様子にキュルケが慌てた。
「な、何? 勝手に持ち出したことを怒ってるの? 心配しないで、ただ持ち出しただけ「すぐに手を離せ!」……っ!」
 再び口を挟まれ、思わず口をつぐんでしまうキュルケ。その声には真剣と言うだけではなく、何か切羽詰った感じがあった。
 見たことの無い使い魔の様子にルイズは驚くが、同時ににやけた笑いがルイズの顔に浮かんでくる。ここ数日もやもやしていたが、それが一気に晴れるかのようだった。
(な、なによ。私の味方してくれるって言うの? ……よ、ようやく使い魔としての自覚が出てきたようね。でももう少し早く味方してくれても良かったんじゃない? ……ま、まあ絶好のタイミングだったから許してあげるけど……)
 照れくささを隠すために頭の中で言い訳する。そしてキュルケに向き直り、馬鹿にしたような口調で話しかけた。
「だって、ツェルプストー。どうやら使い魔はあんたにそれをさわっていてほしくないそうよ。たいした相性の良さね!」
「何ですって!?」
「だってそうじゃない。でも、それもそうか。勝手に人の部屋に入り込むくらいなんだし、愛想尽かされたって当然よね。……さ、もういいでしょ? さっさとそれを返しなさい」
 言いざま、キュルケに近づくルイズ。使い魔が焦りを顔に滲ませるが、元々の距離が近いためすぐにルイズはキュルケのそばについてしまう。そして卵らしきものに手を伸ばした。
「ふざけないで! そっちこそ勝手に決め付けないでくれる!」
 だが先ほどのように挑発され、しかもその相手が仇敵であれば素直に従うわけが無い。卵を両手で包み、ルイズの手から逃れようと腕を振り回す。だがその拍子に、何かが、宙を舞った。
「……あれ? 何これ?」
 ルイズはそれを拾い上げる。それは金属でできた小さなもので、指が通るくらいの穴があって銀色に光っていた。どうやらキュルケの持っている卵から抜けたらしい。
(……何かしら? ……ま、何でもいいか。それより早く取り返さないと……!?)
 考えられたのはそこまでだった。いきなり腰に使い魔の腕が巻きついてきたのである。
「え、え!?」
 戸惑う間に持ち上げられる。そのまま使い魔はキュルケに近づいて卵をすごい勢いで取り返し、そしてそれを学院の壁に放り投げ、キュルケもルイズと同じように持ち上げて押し倒したのである。
 直後、

 大きな衝撃が、大気を揺らした。

「「な、何!? 何が起こったの!?」」
 使い魔の下で騒ぐルイズとキュルケ。周囲にはまだ石片や土やらがばらばらと降っていた。
「……手榴弾だ」
「「へ?」」
 使い魔が口を開いた。
「俺の、」
 ちらりとキュルケを見た。そしてルイズが持っている金属に目をやって、身を起こしながら解説してくる。
「故郷で作られた武器だ。そのピンを抜いて数秒のラグの後、魔法が使えなくとも爆発を起こすことができる。……ルイズ、お前の魔法のようにな」
「……そ、そうだったんだ……」
 ルイズは納得し、そして命拾いしたことに気付いた。だからキュルケがあれを取り出したとき、切羽詰った声を出したのだ。が、ルイズは続いて不満顔になった。
「……でもあんまり嬉しくない例えね、それ……あ、そうだ! こんなことしてる場合じゃないわ!」
 爆発の被害が気になり、ルイズは急いで立ち上がり、爆発が起きた方を見てみた。あそこ辺りは……
(宝物庫、よね……良かった……)
 その辺りは人があまり寄り付かないところだった。どうやら使い魔は、人の気配を読んで投げてくれたらしい。ルイズの顔が緩やかに上下し、ほう、と安堵の息が漏れる。
「……ご主人」
 使い魔がそこでルイズを呼んだ。そちらに向き直るルイズ。
「一応人の気配は読んで投げた。だが、あそこは……」
 ああ、とルイズは頷き、爆発があった部分のことについて説明してやった。無表情は相変わらずだが、やはり人に被害が出なかったことに安心したのだろう。使い魔も安堵の息を漏らした。
(壁が崩れている程度で済んでるから中に影響は無いだろうしね……って、壁が崩れてる!?)
 その時それに気付き、急いで顔を向けるルイズ。そこにあったのは間違いなく、崩れた壁であった。しかしそのこと自体が異常である。
 見れば、キュルケも同じように固まっている。
(た、確かあの壁ってかなりの厚さで、しかも『固定化』の魔法がかかってるんじゃなかったっけ……?)
 その壁が中ばまで崩れかかっている。恐ろしい威力であった。
「……あれ? でもあんたの故郷の武器ってことは……!」
 ふと気付き、ルイズはそこまで言いかける。だがその時、使い魔がこちらを見ていることに気付いた。
 は! として、慌てて口を塞ぐ。
 何故か使い魔は異世界から来たことを隠しておきたいらしく、そのことについては黙っていろとこの数日のうちに言い含められたのだった。知られると色々事情がややこしくなるから、と言う理由らしいが、その理由に首を傾げる。
(でもそれってそんなに隠さなきゃいけないことなのかしら……?)
 一抹の疑問が残るルイズだった。別に知られても問題は無いと思うのだが……
 ルイズが考えている間に、使い魔が言葉を続ける。
「……おれも退屈で少し目を離していたからな。反応が遅れた。……だが、勝手に人の物を持ってくるとは思ってもいなかったがな」
「……それは、その……」
 キュルケに視線を戻す使い魔。その視線に、さすがにバツの悪そうな顔をするキュルケだった。しかし、
「……まあ、勝手に持ち出したのは悪かったわよ、キョウスケ。でも嬉しかったんだもの。火の気配を持つ物をたくさん持ってて……」
 こんな状況でもしなを作りながらキョウスケに言い寄ってくるのは流石であった。で、それを鬼のような形相ですぐさま引き剥がすルイズ。考え事よりもこちらの方が優先らしい。
「勝手に使い魔に近寄らないでよ、ツェルプストー! 言っとくけど私はあんたを許したわけじゃないわよ! 勝手に人の部屋に入った上に、しかも危うく死ぬところだったじゃないの! どう責任取る気よ!?」
 もっともな意見である。といっても、キュルケがそう簡単に引き下がるわけが無い。髪をかきあげながら、色っぽいしぐさで再度キョウスケに言い寄る。
「でもそんなこと言ったって仕方が無いじゃない。やっちゃったんだもの。それよりキョウスケ、あなたの持ってる物について教えてくれない?」
「何でそうなるわけ!?」
「そりゃ色々と教えてもらうのよ。故郷のこととか他の持ち物のこととか。知らなかったからこんなことになっちゃったんだし、教えてもらえればもうこんなことしないわ!」
「勝手なこと言ってんじゃないわよ! そもそもあんたが使い魔に聞きもしないで勝手に持ち出すからこんなことになったんでしょうが!」
 再び言い争う。そしてもう少しでお互いに飛び掛ろうとしたとき、突風が二人を吹き飛ばした。その風を起こしたのは当然、
「迷惑」
 タバサであった。爆心地から離れていて、かつ木の下にいたといっても爆風からは逃れられなかったらしい。衣服が乱れており、髪もボサボサになっていた。なるほど、これ以上のことを起こされるのは迷惑極まりないことだろう。
 だがルイズは今度こそ堪忍袋の緒が切れたらしく、顔を真っ赤にしてすばやく起き上がり、タバサに近づいて文句を言おうとした、その時であった。
 背後に巨大な何かの気配を感じ、ルイズは振り返った。そして、自分の目を疑った。
「な、なにこれ!」
 ルイズは大きく口を開けた。何と、巨大なゴーレムがそこにいたのである。しかも、こちらに向かってくるではないか!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
 キュルケは悲鳴を上げて逃げ出し、タバサもその後に続く。その背を見ながら、ルイズどうするか迷ってしまう。
 だがそれがまずかった。
 思ったよりもゴーレムの歩く速度は早く、気が付けばルイズの目の前にゴーレムが迫っていた。
「……ッ!」
 喉が悲鳴を上げようとし、足が逃げようとする。しかし双方共にこの事態についていけず、固まったままだった。
 もうだめだと思い、ルイズは目を瞑った。しかしいくら待っても襲ってくるであろう衝撃が無い。しかも、感触に覚えのある何かが腰に回されていた。
(まさか……)
 うっすらと目を明ける。そこにあったのは、自分を脇に抱えながらゴーレムを睨みつけている使い魔の姿だった。どうやら踏み潰されそうだったところに飛び込んで、助けてくれたらしい。
 そのことを頭が理解すると、とたんに頬が赤くなった。鼓動が早くなり、まともに使い魔の顔が見られない。
(や、やだ、どうしちゃったのよ私。……!! い、いいえ、こんなこと考えてる場合じゃないわ! ゴーレムよ!)
 ルイズは視線をゴーレムに戻す。ゴーレムは宝物庫の壁にその巨大な拳を打ち付けていた。それを見たルイズは慌てる。
(あいつ、まさか宝物庫の宝を狙ってるの!?)
 このことに気付いたのだ。
「使い魔、離しなさいよ! あいつを止めなきゃ、宝物庫の宝が奪われちゃうわ!」
 使い魔の腕を引きはがそうとするルイズ。だがそんなルイズに、
「……無駄だ」
 と、ゴーレムから視線を外さずに、使い魔が淡々とした声で返してきた。
「何ですって! 私じゃ無理だって言うの!?」
「……それもあるが、おれが言いたかったのは、動いても無意味だということだ」
「……? どういうこと」
 いっている意味が分からず、問い返したときだった。突然ゴーレムが崩れ始めたのである。
「え!? 何で……」
 何故ゴーレムが崩れたのか分からず、戸惑うルイズ。しかしキョウスケは冷静に答えてやる。
「……おれの手榴弾が爆発してゴーレムが現れたときには、あの壁はほとんど崩れていた。恐らく残りの壁を壊すのにたいした手間はかからなかっただろう。そしてあのゴーレム、引いては操っているメイジの目的が宝物庫である以上、ゴーレムを消したのは……」
「! まさか!」
「ああ。……そいつの目的が果たされたからだろう」
 使い魔の淡々とした声が、夜の闇に流れる。しかしルイズは食い下がった。
「で、でも今からなら間に合うんじゃ……」
「……いや、恐らくそれも無理だ」
「何でよ!」
「戦力になるゴーレムを消した理由として考えられるのは、後一つしか残っていないだろう?」
「……!」
 ここまで言われようやくルイズも気付く。
 それはつまり、もうゴーレムが必要ではないこと。安全な場所まで、賊が逃れたことを示唆していたのである……

 学園の近くの草原を駆けながら、黒いローブに身を包んだフーケはかぶったフードの下で満足気な笑みを漏らしていた。こんなにうまくいくとは思ってもいなかったのだ。
(人生何があるか分からないもんね)
 掴んだ情報を元にまず宝物庫の壁の厚さを調べていたのだが、とても物理的な力に弱いとは思えないほどの厚さだった。そのためどうするか思案していたのだが、その時ミス・ヴァリエールをはじめとした学生達が現れ、なにやらもめ始めたのである。フーケは隠れてその様子を見ていたのだが、ある時その中の男、確かヴァリエールの使い魔だったか、が何かを投げるそぶりをし、そしてあの爆発が起こったのである。
(あれは心臓が止めるかと思ったよ……)
 そんな感想を持つ程の爆発だった。しばらくの間爆発のショックでフラフラしていたが、意識がはっきりと戻ると壁が崩れかかっていることに気付いた。
 にわかには信じられなかったが、しかし絶好の機会であったため、フーケはすぐさまゴーレムを呼び出した。
 崩れかかっている壁は数回殴りつけただけでいとも簡単に壊れた。そして宝物庫の中に入り、見つけたのである。
 フーケは走りながら、レビテーションをかけて脇に抱えている鉄製のケースを見る。そこにははっきりと『破壊の杖、不壊の鎧を封ず』と書かれたプレートが付けられていた。
 かなりの距離を走った後、ようやく立ち止まるフーケ。そして満面の笑みを浮かべながらケースを下ろし、
(さあ、見せてもらうよ……)
 興奮と共にケースを開けた。そこにあったのは、
「……これが『破壊の杖』と『不壊の鎧』……?」
 怪盗として名を馳せたフーケが戸惑いを隠せない声を上げるほど、ハルケギニアでは見慣れぬ品々だった。












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