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死に対する考えです。死に対する恐怖心や人生の儚さについての自分の考えです
作:春夢


これは僕がたまに考える戯言です。目を閉じて真っ暗になった視界でだれもいなくなった世界。死に対する恐怖、生に対して負う死。
全ての生物は死を絶やさない為に、死の種を残す。死ぬために生まれ、死んでゆく種を増やす。と考えたら生物の生殖本能すらも死に関連してくる。美しい物が朽ちていくのも一つの死、実体を持つ物も持たない物も日々死と言う最終地点に向かって過ごしているのだ。と本気で考えている。
今僕が考えているほど死なんて対した恐怖では無いのかもしれない。死者より屍を囲む人間が一番恐怖をかじるだろう。死に対して疎くなっていた自分自身に改めて死を身近に感じれるチャンスなどそうそう無い。だから死に関わる事によって死を感じ、また己の死によって死を他者に自覚させなくてはいけない。


僕が言いたいのは殺人事件の被害者になる事は無くても、生き続ける事は出来ない、人間はもっと身近に死を置いて置くべきだと言うこと。生がなくて死が無いなら死がなくて生無し。死がないなら生まれてくる必要性が無い。自分はたくさんの死の上に生まれてこれから生まれてる命の下に死すのだ。
与えられた人生の期間は人によって違うが地球40憶年の歴史からしたら100年いきても50年で死にたどり着いてもなんら変わりない。たかが4000年ほどの歴史しかなくやがてすぐに滅ぶであろう人類の中で偉人になっても名の残るスポーツ選手になっても所詮はなんの意味もない。
大事なのは自分にとって有意義であるかだ。自分が偉人と呼ばれるほどの功績を上げたい、プロのスポーツ選手になりたい、と思っているならそれは有意義な人生だ。
しかし金欲や一般的な常識に捕らわれて自分を洗脳されてはいないだろうか?名古屋に生まれたから色んな物に味噌をかける、北海道に行ったらお土産は白い恋人
僕は一般論よりマイノリティを尊重するべきだと思う。マイノリティこそ自分でありたった100年程度の人生を有意義に過ごしている時間だ。北海道に行ってなんら関係ない自分が気に入ったお土産を買ったり、名古屋に生まれたけど自分はマヨネーズを好んでいる人の方がよっぽど美しい人生を歩んでいる。
美くしく死に向かっている人こそが一番充実した人生を送っているはず、だから僕は美しく死にたい。


読んで頂きありがとうございます。













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