帰り道、沖波たちと「カラオケ」に行っていたため(杏が暴走したため、とも言う)、予想以上に帰りが遅くなってしまった。
みんな送ってくれると言ったが、家に来られると光子の術の負担になるので「迎えが来る」と言って断った。まあ、それもあながち間違いではないのだが。
「ふう、もう真っ暗だ…。さすがに遊びすぎちゃったかな…。」
徒歩で帰れない距離ではない。でも、念のため光子を呼ぶ。
『光子…私のもとまで迎えにきて…。』
そう念じれば光子が迎えに来る―――はずだった。
しかし。
いくら待っても彼女は来ない。彼女は自分を待たせたことなどなかったというのに。
暑いはずの夜の空気が一気に冷え切ったような気がした。
「光子…光子!?」
声に出して呼び掛けてみる。
それは必ず光子に届くはずなのだ。
でも、彼女は現れない。
「うそ…光子…?」
念じただけでは気付かないこともあるかもしれない(今までそんなことはなかったが)。
しかし、声は確実に届く。光子が自分を守るため、離れている間は声が届くようにしたのだ。
…考えていても仕方がない。家に帰ろう。
(怖い、怖いよ光子…。)
そう考えながら家へと続く道を走る。
「花園―――。」
「え…!」
不意に聞こえた声に振り返る。
「花園光子様のお宅はどちらでしょうか?」
そこにいたのは一人の少女だった。白のシャツに黒のパンツ姿で随分と大人っぽかったが。
―――それよりも。
なぜ彼女が光子のことを知っている?いや、光子の知り合いかもしれないのだが…まさか光子は自分の名を教えることなんてしないだろう。
自分はどんな顔をしていたのだろう、彼女がクスリと笑った。
「ご存じありませんか…失礼しました。」
ゾク…。
背筋が凍るような感覚を覚えた。
「さ、さよなら…!」
急いでその場を立ち去る。
怖い、何で、誰…。
幸い、家まではそんなにかからなかった。そこまで距離がなかったのか、それともスピードが上がっていたのかはわからない。
「光子!!!」
ドアを勢いよく開け放つ。
…と、そこには…。
光子が、いた。
「おかえりなさいませ、姫。」
満面の笑みで、夕飯を食卓へ運ぶ。
………なぜ。
なぜ、ここにいる?
呼びかけても来なかったのに。…聞こえていない?まさか。光子に限ってそんなことは。
それに、こんな時間に帰ったのに遅いといわれない。もう10時だ。
…そうだ、あの時。塾で…初めて沖波と出会ったあの日…あの日、光子は確かに言った。
あの日の帰り道…。
『遅かったので迎えに参りました。こんな時間まで何をしていたのです?』
…と。あの時、自分は光子を呼んではいなかった。
なのに光子は来た。
私が、遅かったから。
10時は、遅かったから。
でも、今目の前にいる光子は、なにも言わない、迎えにも来なかった。
これは、誰。
「…姫?どうしました?」
違う。
「早く食べないと…。」
違う。
「違うッ!!あなたは光子じゃない!!あなたは誰ッ!!!」
フ…。
その人は、笑った。
「よく気がついた。」
黒い霧が誰かを包む。
「我が幻覚の出来はどうであったか?なかなかのものだっただろう?」
完全に包み込んだと思ったら、いきなり消えた。
「我と会うのは初めてか、月堕の姫よ。」
あらわれたのは。
漆黒のマントに身を包んだ闇…まさに闇のような人だった。声からして男性だろう。そして何より驚いたのは…。
左胸と、かぶった帽子に施された美しい月の刺繍。
「!!!!!う…嘘…!!」
それが何を意味するのか、自分は知っていた。月堕の姫、である自分は知っていた。
それは、月の番人だけに与えられる特別な紋章。
「あなたは…月人…。」
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