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分析魔に恋して
作:広瀬 由一



ユーモア理論2



2日後、理論はあっさりと完成した。出来上がった文章を見直している内に、由一は理論名を変更する必要があると思った。このままでは誤解を招く恐れがある。もっと分かりやすく命名すべきなのだ。よってこれは、『ユーモア理論』ではなく・・・
「これが『お笑い要素発展系促進作成抽出加工補助理論』略して『お笑い補助理論』だ」
 放課後、二人は絶対に誰にも会わないように、600メートルも回り道をしながら、一緒に並んで下校していた。由一はそう言って佳苗にノートを手渡し、佳苗は歩きながらノートを広げ、そこに書かれている文章を小声で読み上げていった。
「えー、・・・お笑い要素発展系促進作成抽出加工補助理論。長っ。お笑いを『戦ゲーム』に置き換え、18の定義を武器や戦術と想定することで、複雑だった『笑い発生フィールド』をすっきりさせることが出来た。ほーお。・・まずは基本攻撃法として、『強調』『間隔』『言い換え』『指摘』『訂正』『無意味』『外し』『チェケラッチョ』の8つ。奇襲技術として、『切り替え』『正反対』の2つ。応用攻撃法として、『不意打ち』『未知との遭遇』『ウケ狙い隠遁』の3つ。攻撃強化術として、『繰り返し』『スケール操作』『重ね』の3つ。特殊(固有)能力として、『擬態』『キャラクター』の2つ。今のところ判明している抽象定義はこの18個だけだが、新たに発見され次第、順次追加していこうと思う。見れば分かることだが、これらは大きな分類である。これ等の定義の下には様々な要素が隠れている。例えば、『特殊能力』の下の『キャラ』の下には、「天然」「萌え」「クール」「タイラント」「病弱」「爽やか」「ドケチ」「真面目」「小悪党」「スケベ」「不良」「引きこもり」「可愛い妹」「きつい妹」「ひきょうな兄貴」など、軽く千を越える選択肢が用意されている。本来、これ等を最小単位として定義しておくべきなのだが、数が多い上に非常に馬鹿馬鹿しいので、やめることにした。ちなみに、トーク番組等で一花咲かせるためには特殊能力を一つ、特に汎用的な『キャラ』を一つ習得しておくと極めて有利である。特殊能力を一つと基本攻撃法を5つ以上習得していれば、おそらくどこへ行っても通用するだろう。基本攻撃法といっても、奥が深い。特に『強調』は強調すべきタイミングを見逃してはいけないという攻撃の基本中の基本概念で成り立っている。よって最優先で習得すべき戦法ということで基本攻撃法の中に分類しているだけであって、決して簡単お手軽という訳ではないのである。基本攻撃法を全てマスターすれば、応用攻撃法や攻撃強化術なども自然と身に付いてくるだろう。事実、強調が理解できないと、キャラなんて永久に習得できない。PS、こうやって存在を認識しておくだけでも、ユーモアセンスは飛躍的に改善されることだろう。2008年5月31日。名取 由一・・・・」
「どうかな? そこに書いてある通り、全ての笑い要素を網羅したわけじゃないけど、参考程度にはなるだろ? 君がこれを使って、何か面白い発言がしやすくなったり、あるいはもっと面白いことを連発できるようになったら、その改善の程度でこの理論の質が決定する。・・あー、まずこの理論がどのくらい伝わったのか、確かめたいんだけど。・・聞いてる?」
 佳苗はもう一度文章を読み直していた。佳苗は真剣に読みふけっており、前から自転車が来ても気付かないという有様だった。由一は佳苗の袖を引っ張って道路の端に誘導しながら、彼女の意識が戻るのを黙って待った。スカート捲ってやろうかと思ったが、やめておくことにした。数分後、ようやく佳苗はノートを閉じた。
「理解は出来たわ。『ウケ狙い隠遁』を習得するにはどうすればいいの? 」
 佳苗はそう言ってノートを由一に返した。
「・・もう暗記したのか。すごいな・・」
「ねえ、どうすればいいの?」
 佳苗は熱く迫った。
「落ち着いて。・・『ウケ狙い隠遁』は応用技の中でも一番難しい。基本技を全てマスターした上に、「さりげなさ」「クール」「知性」という3つの要素を含む『キャラ』を習得し、さらに外見や経歴にも光るものが無いと駄目だ。というか、頭が良くないと駄目だ。すぐにはムリだな。まあ、君なら18歳くらいでそんな人物に到達するかもしれないけど。努力家だし、頭悪くないし」
 由一はスラスラそう述べた。
 佳苗は真剣に考えていた。
「基本技を全て? ・・基本技を全て習得するって事は、奇襲法とか強化法とか応用技とかも8割がた網羅することに繋がるんだよね? じゃあ、結局ほとんど習得しなきゃなんないのか・・やっぱりそれほど難しいのね。まずは『強調』からなんだよね? 次は? 」
「強調をマスターできたら、『キャラ』について掘り下げて考えるべきだ。最短のルートを通るとすれば、『強調』→『キャラ』→『基本技全部』→『隠遁』、だな」
「・・強調とか、どうやってマスターするの?」
「これは技術だから、単純に考えて演技やら料理やら建築やらの下積みと同じさ。盗むしかない。特殊能力をそっくりそのまま真似るのは盗作だけど、基本技術はどんどん真似して自分のものにしていくべきだ。だから、君がトークを冴えさせたいと思ってるのなら、以上の点を踏まえた上で、古今東西のトーク番組やギャグマンがを見てどんどん盗んでいくしかない。テクニックをね。なるべく面白い人の基礎テクを見習うべきだな。長谷川君麻呂なんてどうだい? あ、でもそれじゃあ毒舌暴言になるか・・」
「・・なるほど。分かった。レンタルビデオであるかな?」
「さあ。行ってみれば?」
「そうね。行ってみる」
「もっと他にも定義できそうなものが見つかるかもしれないから、その辺も注意して見た方が良いよ」
「わかったわ」
 しばらくして二人はバス停に到着した。
「じゃ、俺はこれに乗るから」
 由一はそう言ってバス停のベンチに座った。佳苗も由一の隣にスッと座った。
「君は歩きだろ?」
「うん。バスには乗らないわ」
「・・あ、そう」
 由一は鞄から教科書を取り出した。バスが来るまで12分ある。これだけあれば、今日の宿題の4分の一を終わらせることが出来る。
「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」
 因数分解を解いている由一の横顔を見ながら、佳苗が言った。
「なに?」
 由一は計算を続けながら聞いた。
「由一君、IQいくつ?」
「122」
 佳苗はびっくりした。
「うそでしょ?」
「いや本当だけど」
「うそだ。・・私で150よ? 何かの間違いよ」
「いや、そうでもないよ」由一はそう言ってノートを閉じた。
「実際、俺って記憶力悪いし、頭の回転はそんなに速くないし。ただ、俺は自分に最も必要な情報を最短で見つける才能があるというか、本を選ぶのが上手いというか、この年齢で抽象分析に興味があるとか、早口言葉が得意だとか、いわゆる『変わり者』なんだよ。『特質』って言えば聞こえは良いけどね。勘が良いのかもしれない。そもそも、IQは頭脳の2%くらいの資質しか評価できていないと思う。テストが緊張して苦手な人もいるだろうし、問題のコツをつかめるかによっても結果は全く違ってくるだろうから。それ以前に、興味があれば実力の30倍の力を出せたり、無ければ10分の一くらいの力しか発揮できないっていうのが人間だろ? 例えIQが200でも、何も成し遂げずに老人ボケに突入したケースだって沢山あるはずだ。IQだけで職業を選ぶのはかなり危険な事だって、本に書いてあった。俺もそう思う。職業は興味と可能性で選ぶべきだ。だから政府は・・いや、これはマスコミの仕事か・・・。マスコミは全ての職業を詳しく紹介するような番組を制作するべきなんだ。ゴマアザラシなんか追いかけていないでね・・。一回の放送につき、一つの職業を出来るだけ詳しく偽り無く。ニートが何百万人もいるんだから、最低でも15%以上の視聴率は取れるだろう。やりがいだってあるはずだ。今のテレビって、本当に面白くないものが多すぎるからね。あれじゃあ、社会貢献なんて思いつきもしないだろう。・・えーと、何の話だっけ? ・・ま、いいか」
 由一はそう言い、再び宿題に向かった。佳苗は唖然としていた。
「そんなこと考えてる高校生、君以外にはいないと思うよ」
 佳苗がそう言うと、由一は首をかしげて「そうかな」と言った。
「由一君ってさあ、将来何になりたいの?」
「さあねえ。・・・おそらく普通のサラリーマンだな。俺だって、40年後にリストラされてる可能性が0だとは言い切れないし、まあ、そうならない可能性を0.1%でも上げるためにこうして宿題してるんだけどね。ていうか、知識の伝承は国民の義務だからやってるんだけど。とにかく如何にしてベストを尽くすかさ。過労死しない程度に頑張ればいいんだよ。簡単だろ?」
 佳苗は頷きながら、誤魔化されたと感じた。この変態は将来一体何になるつもりなのか。普段一体何を目指して生きているのか。まだ私にも教えたくないらしい。まだまだ普通の友達レベルにさえ到達していないのだ私達は。それともただ単純に、本当に将来のビジョンが見えていないのだろうか・・・
 すこし間があり、遠くの方で豆腐屋のラッパの音が聞こえた。
「そうね。・・有り得ない会話だったけど、楽しかった。じゃあ、また明日」
「ああ、さよなら」
 丁度バスが来たところだった。由一はバスに乗り込みながら、そういえば、自分は今までの人生の中で、本気で何かを一生懸命頑張った事など、一度として無かったという重大な事実にふと気が付いた。ユーモア理論も3日で投げ出したし、勉強も適当に要領良くやっている。部活にも入っていない。睡眠は毎日しっかり9時間半は取っている。
「・・・まあ・・健康が一番だし」
 死ぬ気で一生懸命やっても駄目なものは駄目なんだよ。・・『雨乞い』とかね。そうさ。
「大事なのはよく考えることだ。・・・まあ、当たり前のことだけど」
 由一はそう呟いて気を取り直し、バスの後部座席に座って宿題を再開した。












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