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ナニサマナニモノになれるカミキレ

作者:大橋 秀人
 とおい昔あるところに、石を運ぶために生まれてきた子どもがいました。物心がつく頃にはその子どもの背中には石がのせられていました。そして少年が成長し青年になると、彼は立派な石の運び手になっていたのでした。
 青年は朝起きるとその日に運ぶ石と行き先を確認するのが日課でした。彼はとてもまじめで、優秀な運び手でした。生まれてこのかた自分の生活に不満を感じることなく平穏に暮らしていました。しかしある日のこと、彼は親友の思いもよらない問いかけから悩みを抱くようになったのでした。
「なあ、おまえはナニサマだ?」
 地面がくぼむほど重い石を担ぎながら、隣を歩く青年の親友はたずねます。
「俺は石の運び手だ」
「はじめからそうだったのか?」
「ああ、はじめからだ」
 疑問もなくうなずきながら、青年は親友が何を言いたいのか分からず顔色をうかがいます。
「本当に初めからか? 誰が決めた?」
「誰って、俺は物心つく前から石を運ぶために育てられたんだから石の運び手であることは間違いない。でも、それが誰に決められたのかは知らないね」
 青年は知らないことは知らないと言える素直な性格でした。だからこそ成長するまで疑いもせず、朝夕の食事と寝床があることに幸せを感じながら自分の仕事を全うしてきたのでした。
「お前は一番大切なことも知らないで、どういう理由でこんなバカみたいに重い石を担いでるんだ」
「石を運ぶのに理由なんてない。それが俺に与えられた使命だからだ。この仕事をすることで食いっぱぐれることもない。体には少々こたえる仕事だが、特に不満に思ったことはないね」
 真顔で応えると、親友は天を仰いで大きな溜め息を一つ吐いた。
「なんて哀れな奴なんだ。この世界には俺たちが知らないことがわんさかあるっていうのに。一生いまみたいに石切場と城壁との往復で終わるつもりなのか」
 彼らの視線の遥か遠くに山々が見て取れ、眼を凝らすとそこに沿って壁が作られていました。彼らが生まれる何年も前から始まったお城を守る壁を作る作業は、恐らく彼らが死んだ後も続けられるくらいの大きさでした。
「それが俺たちの宿命だから」
 青年は額の汗を一つ拭い、ひた向きに一歩を積み重ねています。
「俺は違うぞ」
 そう言った親友の視線は山々を通り越しているようでした。
「何が違うって言うんだい。俺たち生まれも育ちも一緒じゃないか」
「お前は今が性に合っているみたいだからいいが、俺は違う。俺は石の運び手なんかじゃない」
 真剣な親友を思わずあざ笑い、青年は子どもの頃から変わらない景色に向け両手を広げて見せました。
「じゃあ、なんだってのさ」
「俺は、発明家になりたい」
 その言葉を聞いて青年は腰に手を当て天を仰いで豪快に笑います。
「発明家だって? 一体、どうしたって言うんだ? お前とはもう長い付き合いだが、そんなこと初めて聞いたぞ」
「当たり前だ。初めて言ったんだから。それに俺はまだ発明家じゃない。俺はまだナニモノでもない。ただ、石の運び手ではない。自分がナニモノなのか。それはこれから自分で決めようと思っている」
 周りの知り合いにこんなことを言いだす者は一人もいませんでした。だから青年は口を開くも、何と
応えていいかわかりませんでした。
「お前だけには話しておきたい。今日の夜、昔よく遊んだ山頂の広場で待っている」
 二人はそれから一度も口を利かず、せっせと与えられた仕事をこなしたのでした。

 山頂の広場はそこだけぽっかりと穴が開いたように木々がなく、森に囲まれていました。広場まではケモノたちが通るような道を辿る他なく、青年は昔の記憶を頼りに夜道をかき分け進みました。
 広場の中央に小さな焚き火を見つけたとき、彼は胸をなで下ろして一つ息を吐きました。が、人気がないことに再び不安になって、
「いるのか?」
 とわざと大きな声を広場に向かって投げかけたのでした。
「ひとりか?」
 焚き火の周りの深い闇から親友の声が聞こえました。
「ああ、ひとりだ」
 慎重に焚き火へ近づきながら青年は親友の姿を探しますが、闇に紛れて見つけることができません。
「こっちに来てくれるか」
 すると森の奥のほうから親友の声が彼を招きました。青年は焚き火のすぐ横を通ると、闇に眼を慣らせないままゆっくりと声の方へと近づいていきました。
「それはなんだ?」
 広場から数歩ほど森に入ったところにそれは横たわっていました。青年にはそれが巨大なものに見え、生きているのか、それともただの道具なのかさえ分からず、得たいの知れない恐怖だけが膨らんでいきました。
「大丈夫、目が慣れたら分かる」
 気付くと親友は彼のすぐ横に立ってその巨大な何かを見下ろしていました。
 青年の目が闇に慣れ始めると、それが生き物でないことが分かりました。恐る恐る近づくと、それが大きな布の塊であることが分かりました。
「これはなんだ?」
「今からこいつに空気を入れる。悪いが手を貸してくれ」
 親友はそう言うとその布の端を持って焚き火の方へ歩き出しました。青年は何がなにやらわからずも、自分も同じように端を持ってその背中を追いました。布は延々と引きずられ、ズンズン重くなっていきました。広場の中央に来ると、親友はその布の端を青年に持たせ、枯れ木をドンドン焚き火の中に放り込みました。
「一体、こんな布で何をしようってんだ」
 大きな布には小さな穴が開けられており、親友はその穴に焚き火に熱せられた空気を入れ始めました。
「これだよ」
 しばらくして彼は一枚の紙を取り出しました。そこには、馬車でもなく貨車でもない、青年がこれまで見たこともない形の乗り物の図面が書いてありました。
「気球って言うんだ」
 真剣にその細部に眼を落としながら親友は言いました。そして、空を飛ぶ、とだけ短く付け加え、おもむろに天を仰ぎました。
「空を飛ぶだって?」
 青年は信じられずに親友の顔を見ました。
「鳥でもないのに?」
 その言葉に親友はひとしきり笑って、絵の一番下に描かれているような人ひとりがやっと納まるくらいの藤で編まれた小さなカゴを引きずってきたのでした。
「そりゃあ俺は鳥じゃない。でも、鳥じゃなくたって空は飛べる」
「飛んでどうするのさ」
 当然の疑問が青年に湧いてきました。
「俺は今から、本当の自分を探しに行く」
 カゴに結ばれていた麻のヒモの先に中くらいの石をくくりつけながら親友は言いました。
「どういう意味だ?」
「言ったとおりの意味だ」
「どうしてそんなことをする」
 巨大な布は次第にふくらみ始め、しっかり足場を固めなければ自分の体が持っていかれてしまいそうなほどの力をたくわえていきました。
「俺は決して、石の運び手ではないからだ」
 今度は布と藤のカゴを結びつけながら親友は告げました。風船のようにふくらんだ布は、ある時、自ら意志を持ったように立ち上がりました。親友はカゴとふくらんだ布の間に器用に鉄製の皿をくくりつけ、そこに焚き火を足していきました。
 すべてが瞬く間に行われ、青年は圧倒されて親友の活き活きとした作業を目で追うだけでした。
「お前はナニサマだ?」
 袋が力をたくわえ、石の重りを浮かし始めたとき、彼は再び、朝の質問を青年に投げかけました。
「俺は石の運び手だよ」
 茫然と応えながらも彼は暗闇に揺れる巨大な袋を見上げていました。自分の想像を絶する光景を目にした時、人は何も考えられなくなるのです。
「お前は本当に初めから終わりまで石の運び手なのか?」
 その問いが、彼の体の芯まで染み渡っていきました。そして何かが青年のつま先から頭のテッペンまでを駆けて、口を開こうとした瞬間、親友は袋を地面に押さえつけていた縄を次々と握った石切用のナタで断ち切っていったのでした。
「それは自分自身が決めることだ!」
 叫び声は見る見るうちにカゴと共に舞い上がりました。小さくなっていく親友は手を振りながら、なにやら訳の分からないことを叫びとおしていましたが、そのどれもがひどく高揚したものでした。
 重石を失った気球はどこまでも上がり続け、あっと言う間に米粒大になり、点になり、次第に暗闇の中に消えていきました。
 石の運び手である青年には、飛んでいってしまった親友が一体どこに行ってしまったのか、見当もつかないのでした。

 次の朝、石切り場での点呼に親友は現れませんでした。仲間たちは不思議がりながらも与えられた仕事を全うするべく、また背中に重い石を担ぐのでした。
 青年も前の朝と同じように石を担ぎ、城壁への一歩を踏み出すのでした。ポケットの中に一枚のカミキレをしまいながら。

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