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ミッシング
作:冴島岐之



メイク * 03


 適当に頼み、結局七、八枚のお好み焼きやらもんじゃ焼きやらを八人で平らげた。それに加えてデザートを頼んだりもして、気がつくと時刻は九時。そろそろ帰ろうかという雰囲気になった。

「あ、アドレス! 弥生ちゃん、交換しよーっ」

 ヒロのその一言で、アドレス交換が始まった。ただそれが私に向くと、中島が前に出てきてことごとく断る。交換した所で連絡を取るとも思えないが、隠すと隠した分だけ気になるのが人間というもので、ヒロとリクのブーイングはうるさかった。

「もう、一人占めズリィよ! イイじゃん、メールくらい」

「過保護だよ、祥吾は」

「ねー、中島くん! 中島くんのアドレス教えてよー」

「あ、あたしも知りたい」

「つーかもしかして女の子一人占め?」

「くそー、こんなのただのカマ野郎だよ、藍花ちゃん! 俺にしようよー」

「やぁだ。てかさっきリクくんとは交換したし」

「あら、じゃあ後でリク、かキサキちゃんに聞いてねーん。弥生ちゃんも、それでイイかしら?」

「うん、咲よろしくー」

「……あぁ、」

 よくやるな、友達になったらきっと楽しいだろう。
 ぼんやりとその光景を見ていた。そこに広がる会話も、中島がいる限り私には関係のない話だ、そう思っていたからだ。

 テーブルに左手を置き、右手で頬杖をつく。手だけがテーブルの上から姿を消して誰にも見えない。それを急に掴まれ、その人と視線を合わせた。
 口を開く前に手のひらに何かを押し込まれ、私の手ごと、相手の手が包んだ。押し込まれたものを握らされる。

 あとで、中村彰太の唇がそう動いた気がした。それからまた深く笑い、手を離した。その手にあるものを、私は返すことも捨てることもできた。それなのに気がついたら私はただ握りしめて、わからないようにスカートのポケットに押し込んでいた。見なくてもそれが何かはわかっていた。メールアドレスだ。

「じゃ、解散! 高校生は十時までにお家に帰りましょー! てね」

 ヒロがそういって、私たちは店を出た。
 夜の空気は、七月とはいえ少し冷たい。代金は高校生らしく割り勘で、藍花が払っておいてくれた。それから私と中島と弥生と中村彰太にリクで、同じ電車へ乗り込むことになった。ヒロは地元、藍花と純子は逆方向だった。

 ホームに降りればタイミングよく電車が来て、すぐに二人とも別れる。
 車内の空気はクーラーがよく効いていて鳥肌がたちそうになった。

「弥生ちゃんって駅どこー?」

 リクが車内での位置を確保すると、弥生に話しかけた。
 車内の座席は全部埋まっていて、私と中島は入ってすぐのドアに寄り掛かるようにして立っていた。リクは私たちからは奥の通路に立ち、弥生が近くに立つ。中村彰太はそのちょうど真ん中の位置に立っていた。

「中島くんと咲と同じトコだよ」

「あれ、もしかして三人とも中学一緒だったり?」

「ううん、あたしだけ別。リクくん達は駅どこ?」

「俺と彰太は弥生ちゃん達より三駅先」

「あ、じゃあ高校は地元ってヤツ?」

「そ、俺らも中学違うんだけどさ、家は意外と近くてー? そんで仲良くなったんだよねー」

「仲? よかったっけ」

「ひどー! 彰太のバーカ! もう一緒に帰ってやんねぇ!」

「ハイハイ」

「あはは」

 流れる景色は暗闇にまぎれてわからない。窓に映る明るい車内の景色が遠くの、別の世界のようでおかしな気分になった。時折り過ぎる車のヘッドライトが目に痛い。

「キサキちゃん、疲れてる?」

 中島が私の顔を覗くように首を傾げた。少しだけ目を合わせ、また窓の外に視線をずらす。

「別に、」

 頭がちかちかしているような気がした。きっと目の奥の方を刺激されてる。

 光は意地が悪いと思う。
 肝心なときにはいつもなくて、そのくせ突然現れてちかちかちかちかと突き刺してくる。光がなければ闇はない、なんてバカな台詞をときどき聞く。そんなのは間違ってると、思うことがある。

 最初に闇があった、いや、何もなかったのだろう。それはただそこにあったのだ。名前はいらなかった、それがすべてだったから。
 光はいろんなものを侵食している、ときどき思う。

 駅に着くまで、私はただ外を眺めていた。相変わらず話し声は遠かった。


 駅に着き、別れの挨拶を交わす。リクと中村彰太が手を振ったのに対し、弥生も楽しそうに手を振り返す。中島も笑って、ドアが閉まった。
 私はただじっと手を振る中島と弥生を見ていたが、ドアが閉まってから妙に強い視線を感じて車内へ視線を移した。その先に中村彰太がいて、にっと唇の端をつり上げる。睨み返して、それでも何かがおかしいように感じた。電車が動き出す。中村彰太じゃなかった、そう思ったけれどどうにもその強い視線は中村彰太から来ているような気がして、目を離せずにいた。

「――っ!」

 偶然か、どこかで見ていたのか。
 そこにいたのだ、彼女が。電車がわずかに動き、視点がずれて気付く。中村彰太のちょうど後ろだった、毎朝目が合う、パーマのかかった長い黒髪をしている彼女がいた。そうして私が彼女に気付いたことがわかると、にっこりと笑顔を見せた。
 もっと違う状況で出会っていたら、おそらくカワイイと思えただろう。人懐っこい、無邪気な雰囲気がそこにはあった。
 ただそのときは、恐怖心が先立って心ごと動けなくなった。

「キサキちゃん?」

「咲、どうかした?」

 異変に気づいた中島が視線を寄こす、それに呼応してか弥生も私を見ていた。
 冷たいナイフが目の前に突きつけられたような気分だった。カバンが肩から落ちそうになって、はっとしてかけ直す。

「なんでも、ない。ちょっと」

 怖い、というのか、これは。
 少し違う気がしたが、気のせいだと考え直す。きっと偶然乗り合わせて、それが毎朝同じ電車に乗る私だとわかって、それで愛想笑いをされたのだと自分で自分を説得する。

 ストーカーみたいだといった弥生の言葉で、自分は少し過敏になっているのだと思った。よくあることだ、そう思った。

「早く、帰ろ。弥生、暗いけど平気? 家まで行こうか?」

「いいよ、自転車だし」

「そ? じゃあ自転車置き場まで行く。いいだろ? 中島」

「当ったり前じゃなーい! 女の子一人で夜道帰すほど冷たくないわよ!」

「はは、ありがと」

 適当に会話をしながら、改札を抜ける。ほとんどは弥生と中島の会話で、どうやらヒロについての話題らしかった。

 自転車置き場まで付いていくと、案の定そこには電柱に付いた古い電灯の灯りしかなくて、湿った生ぬるい空気が肌をなでると、薄気味悪さも一層強くなった。
 また明日、それだけいって自転車を漕ぐ弥生の背中を見送る。そのうちに何もいわず中島が家へ向かう道へ足を向け、私もそれに続いた。帰りが一緒になるのは、ずいぶん久しぶりなんじゃないかと思った。

 会話らしい会話はそこにはなく、足音だけが夜道に残る。朝と違って、私は中島の隣ではなく少し後ろを歩いていた。白いシャツがぼんやりと明かりを集めているように思えた。

「中島」

 そっと中島のシャツの裾をつかんだ。
 なんとなく、だ。理由なんてない。口が動いたのが先か、右手が動いたのが先か、それはわからない。
 ただ中島は首を動かして、やさしく笑ってくれたのは確かだった。

「ん? なぁに、キサキちゃん」

「……なんでも、ない」

「そ?」

 急に、叫びたくなった。
 声が枯れるまで、涙が尽きるまで泣き叫びたい衝動がどこからかわき上がってきて、どうしようもないような気分になった。

 中島は静かに視線を前に戻した。それから少し歩くペースを落として、私の右隣を歩いてくれる。

「夏休みね、もうすぐ。キサキちゃんは部活かしら?」

「たぶん、そう」

「そう。頑張ってね」

「中島は?」

「ん?」

「バレー……もう、やんねぇの?」

 中島はやさしく笑った顔を見せて、背中から回した左手で私の頭を軽く叩いた。なでるわけじゃない、触れるともいいがたい、軽い接触。
 喉まで出かかっていた本当に聞きたかったことが、底の見えない海まで沈んでいく。

「今年はね、修行に行くの。お勉強してくるわ」

「げ、あの金髪?」

「今は黒よー! そういえばリョーちん、キサキちゃんのことも呼んでたわね。一緒に行く?」

「ぜってー行かねぇ」

「ま、つれないわねぇ」

「てかあたしに何の用が」

「もちろん! 実験台に決まってるじゃなーい。キサキちゃんの肌って化粧ノリいいし、髪もいじってないから綺麗でしょう? ただでカットもしてくれるっていってたわよ?」

「勝手にやっとけ。カマ二人も相手にする気ない」

「ひどーい! もう、そんなかわいい顔して口が悪いんだから詐欺よね! 女の敵? 男の敵? ていうか口が悪いのがまた飾ってない感じで好かれちゃうんでしょう、どうせ! なんかくやしーわ」

 中島は口を尖らせて何か悪態をつこうとしているが、褒めているのか貶しているのかはいまいちわからなかった。そういっている表情も、いいたいことを全部いったその後には笑顔を浮かべているのだから、おかしな男だと思う。


 中島にとって、私と共有してきた時間はかなり多いと思う。家族よりも多いかもしれない。それくらい隣にいることが当たり前だったのだ。

 高校入学をきっかけに離れて、ふとその事実に気がついた。それからようやくわかったのだ、中島は私の前では絶対に笑っている。

 私は、中島が嫌いだった。
 実際にそういったこともある。それなのに思い出す中島の表情は全部、笑っていた。怒りを感じたり涙を流すことだってあったはずだ。確かにそういう場面もあったように思う。だがそれが私に向いたことは、一度だってなかった。
 たとえそういうことがあっても、今のようにふざけているようで本気が感じられない、からかうようなニュアンスが含まれたものしか私は知らない。

 そこに違和感を感じるようになったのも、高校へ入学してからだ。
 ときどき、中島は私を心底嫌っているんじゃないかと思うことがある。
 シャツを掴んだ手に自然と力がこもった。

「……きたい、」

「え? なぁに、聞こえなかったわ」

「夏休み、どっか、行きたい……」

 今さらかもしれない、そんなことを考えるのは。本当ならもっと前に気づいておくべき事実だった。
 ただあの頃は、そんな可能性は絶対にないとどこかで確信していたのだ。
 ピーターパンを信じた子供のように。

「わかったわ。どこか、連れていってあげる……ところでキサキちゃん?」

「ん?」

「それって、二人っきりかしら?」

「……まかせる」

 私がそう答えると、中島はまた笑った。そうしてまたぽんぽんと、頭を叩いた。


***







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