記憶と心を取り戻す覚悟
「…なるほどね…自分が誰で、そして自分が今まで何をしていたのかも覚えていない、詰まり、記憶喪失って奴か…」
先ほどの少女の発言に、真はかなり驚き、その後少女の詳しい説明を聞いたあと、そう言った
「…うん…だけど、自分のこと以外は思い出せるの、いわゆる一般常識とかは覚えてるんだけどね、言葉だってキチンとしゃべれるし、世界の国々や、食べ物の名前なんかも、キチンと分かるし、自分のことが分からない以外は、日常生活に支障は出ないしね」
名を失ってしまった少女は、悲しそうな目で地面を見つめながら、そう言った。
「…そうか…」
まさか記憶喪失とは思っていなかった真は、そんな悲しそな顔をしている彼女の顔を見ていた。
「…」
「…」
「パチッパチッ」
真たちは何だか気まずくなり、焚き火のの音だけが鳴る、沈黙が訪れた。
(記憶喪失か…この人の顔を見てみると、ホント、ドラマで見るのとでは全く違うということがわかるよな…)
真は、記憶喪失と言われても、そんなもの、物語の中でしか見たことがなかった、だから、お世辞にもそのようなものが身近にあるとは言い難いものであった。
だが…いまは違う、現実的に、自らのすぐそばにいる少女が記憶喪失なのである。
「…」
真は自分がもし彼女と同じような記憶喪失になったような気持ちを思い浮かべてみた。
自分の名前が分からない…その感覚はなんだかまるで、世界が現実の世界でなくなるような感触、そして暗転とした心、強い不安、まるで車酔いを起こしてしまった自分が、無理やりコインロッカーの中へ詰め込まれ、ぐるんぐるんと高速回転されてしまうような、そんな考えたくもない感触…
「…」
真は少女を見つめた、今の精神力を持っている真でも、つい鳥肌が立ってしまうような、そんな恐ろしい感覚を、この少女が実体験しているのかと思った。
だが…
それ以降はなぜか何も感じなかった、それしか、真は感じなかった。
この子が可哀そうだとか、哀れだとか、慰めてあげようとか、そう言った本来は起きるはずであった感情が起きないのであった、精神が弄られたせいなのだろう。
「…ちっ」
そのような当たり前に起こるはずの感情が湧かない…そんな自分に腹が立つし、まるで心が自分の物じゃないみたいで、気分が悪くなりそうでもあった。
「…あ」
そのとき、真の頭の中にある言葉が浮かんだ、何の感情も抱かない自分の心に喧嘩を売ってやろうとも思ったかもしれないそんな言葉を、そして自分をこんな心にしてしまった奴に、仕返ししてやろうと…その自らの憎ったらしい心を、逆に利用してすることで…普段の自分なら恐らく浮かんでも実行できないような言葉を…元の世界では、浮かんでも絶対に恥ずかしくて言えそうにない言葉を言うことができた。
「じゃあさ…俺と一緒に、お前の記憶を探しに行く、旅でもしようぜ」
そんな現代日本において、クラスメイトに告白するぐらい勇気のいる言葉を、真は、憎らしい自らの心を利用することによって、躊躇うこともなく、言うことができたのであった。
そしてその言葉は、何も感じない自分の心への、真自身の意識による抵抗だったのかもしれない。
「……私の記憶を探す旅?」
少女は驚いたような顔で、そんなことを言う真の顔見つめた。
「そう、おまえさあ、どうせこのままじゃ一人だろう、ただでさえ記憶喪失で大変なのによ、一人だったら絶対に大変だ、それに、俺もちょっとばかり旅の仲間も募集していたところなんだ…ここで会ったのも何かの縁だし、俺も別に目的と言っても、故郷に帰るぐらいしかないし、ちょっとぐらい寄り道しても変らん、さらにだ、俺はここら辺にある国のこととか、仕組みやら文化のこととか、まったくと言っていいほどよく知らないんだよ、だからな、お前なら、ここら辺に国のこととか詳しいだろう、だからさ」
真は言った、
「その見返りとして、記憶喪失のことでお前の心が苦しくなったら、その心を支える柱として、俺が支えてやる、記憶を探しきるまで…だから、俺と一緒に旅に行こうぜ」
笑顔で、おそらく、ラノベ的展開になりたいとか、そんなものではなく、本心で、この子と一緒に旅がしたいと…
「…」
「…」
「…ふふふ」
「…へ?」
少女は突然、その鈴のような声で、笑い始めた。
「フフフあはははは、貴方って面白いね、会って一日もたってない人にそんなことを言うだなんて」
「…」
真は沈黙していた。
「でもね」
少女はそんな様子の真を見ながら、笑顔で言った。
「私、実は怖かったの、いままで真になんだか強気な姿勢で言っていたけれど、やっぱりさ、自分が誰なのかも分からないってものすごく怖くって、自分が今まで何をしていたのかも分からないのだなんて…それってやっぱり怖いよね、だって、もしかしたら私、記憶失う前の私は、大量殺人犯なのかもしれない、そう思うと、耐えられないぐらい怖くって」
少女は下を向きなら、そして、おそらくその言葉を感情的に強く言ってしまった影響だろうか、いつの間にか少女は涙を流していた。
「…だからね…大げさかもしれないけど、嬉しかったの、貴方のそのつい笑っちゃいそうな言葉が…貴方が私のその可笑しくなりそう心を支えてくれるというその言葉が…」
真は、彼女のその言葉を聞きながら、なんだか自分の心が溶けていくような感じで…だんだんと…真の心がちょっとだけ、自分の物に戻ってくるような感触がした。
「いいわよ、真、あなたと一緒に旅に出ても」
真は、その言葉を聞いたあと、良かったと思ったが。
「…だけどね…ちょっとだけ条件があるの」
少女はかわいげな笑顔で、そう言った。
「貴方に、私の名前を決めてほしいの、この可笑しくて、倒れてしまいそうな心を、支えてくれるあなたが…私の心を支える為の、柱を作ってほしいの」
「…」
真は、未だに目を涙で濡らしている少女の顔見ながら、自然と、まるでそれが常識かの様に、彼女の名前を考えた。
「…」
真が見つめる少女のその顔には、未だに渇いていない涙を含んだ、美しい澄んだ空のような瞳と、そして、そこに垂れかかる淡い、まるで宇宙から見た地球のように青い髪…
「…」
真はふと空を見上げた、排気ガスとか、そんな空を汚すものがない世界にある、澄んだ青空、その空はまるで、目の前にいる名を失ってしまった少女その物のような感じがした。
「…ソラ」
真が言った
「青空のように美しい瞳と髪を持っている君にちなんだ ソラ、という名前でどうだ?」
真は少女に向かって問いかけた。
「…うん」
少女は答えた
「私の名前はソラ、真と一緒に旅する者、よろしくね」
少女の顔には、もう涙はなく、名前と言う支えを持った、美しく可愛らしい、青空のような笑みが浮かんでいた。
その少女の笑顔を見ながら、真はこれからの旅について思いをはせていた、少女の記憶を取り戻す旅…そして、自らの心を取り戻すための、旅に…
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たぶん