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ANTIQUE
作:Wiz Craft



〆S4 遺体と影


■PHASE1■

 切り刻まれた遺体。
 その顔は判別が出来ないほど、刻まれて、いや抉られていた。

「ハンコックさん……」

 動揺する僕を背に、フェザが遺体に手を伸ばす。

「フェザ……」

 フェザは遺体の懐に手を伸ばし何かをまさぐり始めた。そしてすっとフェザの手が引く。視界が悪くてフェザが取り出した何かがよく見えない。ランプの明かりによって浮かび上がる古ぼけた手帳。
 フェザは静かにその手帳に記されていた名を読み上げた。

「オリバー……ベイスター」

 背筋が凍りつくような寒さを感じた。

「間違いない……オーナーの手帳だ」

 フェザの言葉が静かに響く。

 死んでいたのはオーナーだった?オーナーはここで死んでいた。いつから……?いや、それよりもハンコックさんだ。ハンコックさんはどこへ消えた?

「ああ……うっ……ああっ」

 入り口近くの樽から、姿を現した小さな影。

「ハンコックさん!」

 ランプが向けられた先には全身血だらけのハンコックさんの姿があった。足は変な形に折れ曲がっている。

「一体何があったんですか!?」
「近づくなマウス!」

 フェザが叫んだ。ハンコックは掠れた声で何か伝えようとしていた。何がどうなっているのか。状況が全く掴めない。アリスと出会ってから全てがおかしくなった。
 視線の先で苦しむハンコック。両腕をだらりと下げその場で膝をつき、彼は必死に助けを求めていた。

「何がどうなってるんだよ!」
「こいつが悪夢ナイトメアだ!」

 フェザは崩れ落ちたハンコックを指してそう言った。
 その瞬間、全ての音が鳴り止んだ。頭の中が真っ白になる。
 フェザ……今なんて……?

「ハンコックさんが……悪夢?」
「最初から疑っては居たんだ。鍵の件にしても、あの血痕の件にしても不可解な事が多すぎだ」

 フェザの言葉もまともに頭に入って来なかった。一体何のために、ハンコックさんが捜索依頼を出したんじゃないか。そのハンコックさんが悪夢?そんな馬鹿な話……

「ハハハ」

 乾いた笑い声。この場には不自然な笑い声。何故この場で笑い声が漏れるのか、それは当の本人しか分からない。笑い声を漏らしているのは他でもない。ハンコックだった。

「本性見せろよ。化け物。俺達をこんなとこまで誘き寄せやがって、何が目的なんだ?」

 床に伏せた傷ついた老体に向かってフェザはそう浴びせた。本当にハンコックが悪夢?でもさっきの笑い声は、明らかに常軌を逸したものだった。床に伏せていたハンコックは立ち上がろうとしているのか、妙な動きを見せていた。まるで見えない糸に操られているマリオネットのように独りでに起き上がっていく身体。俯いたまま両手を前に突き出して、一体何を訴えかけているのか。

「ねぇ、あなた達」

 背後からアリスの声。こんな時に何なんだ。

「ぼけっとしてると死ぬわよ」
「え?」

 その瞬間風を感じた。あまりに瞬間的な出来事だった。


■PHASE2■

 それは酷く乾いた音だった。
 突然ハンコックが、まるで風船みたいに破裂した。

「ハンコック……さん?」

 目の前で起きた馬鹿みたいな出来事に僕は唖然としていたのだろうか。

「油断するな。この空気お前も感じてるだろ」

 フェザの言うように空気が異常な事にはもちろん気づいてる。明らかについさっきまでとは違うこの首を絞められているような張り詰めた空気。これは殺気だ。
 消えたハンコック。僕が知る依頼人のハンコックはこの場にもういない。この場に存在するのは殺気を持って僕らに接しているハンコック。
 真実は常に一つしかない。ハンコックは悪夢だった。ならば真摯にオーナーの行方を案じて僕らに相談してきたあのハンコックはなんだったんだ。
 考えれば考えるほど頭の中が困惑してくる。

「マウス、いい加減に目覚ませ。答えは一つしかない。これが現実だ」

 わかってる。わかってるんだ。くそ、最低な現実じゃないか。

「二人とも影を見て」

 アリスが指差す先。
 影だ。影がなんだって。そこにはさっきまでのハンコックの影が残されていた。ただの影じゃないか。いやちょっと待って。なんで破裂した肉体の影が残ってるんだ!?
 その瞬間、影が揺らめいた。老人を象っていた影が一瞬にして崩れ、不気味な姿へと変わる。

「そうか、こいつがハンコックの正体だったのか」

 ハンコックの正体。こいつは僕達の前にずっと居たんだ。操り人形の影として。

「随分と舐めた真似してくれるじゃないか」

 フェザが静かに呟いた。

「文献で読んだ事がある。生物に憑依して、その生物の宿主として生きる悪夢が居るってな。シャドウグールって種類だ。憑依されてる間、その事に気づかないケースもあるらしい。」
「シャドウグール?」

 胸の中で何かがつかえた。何か重要な事を聞いた気がする。

「そこまで分かってるなら話が早いわ。あなた達今すぐこの場から離れて」
「なんの冗談だ?」

 アリスは険しいで僕達を睨みつけてきた。

「シャドウグールはさっきあなたが言った通り、生物に寄生してそのエネルギーを糧に生きる悪夢よ。逆に言えば宿が居なければ生きられない。」
「だから何が言いたいんだ?結論から言えよ」

 フェザがアリスに居直った。

「あなた馬鹿?宿主が宿から自ら離れたのよ。その意味がわからないの?」
「馬鹿はお前だ。宿主が自ら宿を離れる時、つまり新しい宿を見つけた時って事だろ?俺達の中に拠り所を見つけたって事だ」

 アリスは呆れた表情で首を振った。

「私の言ってる事はわかりにくかったかしら。足手まといだって言ってるのよ。あなた達の能力がどれ程のものだか知らないけど、戦闘経験の無い人間の手に負えるレベルじゃないわ。今までの立ち回りから見てあなた達が素人だって事は一目瞭然よ。ここは私がなんとかするからあなた達は逃げて」

 アリスのその言葉にフェザが口ごもった。確かに僕達は悪夢との戦闘に関しては全くの素人。だけど、僕の中でこの時、強い感情が芽生えていた。

「嫌だ、逃げない」

 はっきりと僕はそう告げた。アリスの険しい眼差しが僕に向く。

「あなたまで何を言ってるの?」
「許せないんだ」

 僕は間違っていた。ハンコックは、ハンコックという人間はあの悪夢が作り出したまやかしだと思っていた。でもそれは違かった。ハンコックという人間は実在したんだ。オーナーの身を心から案じ、心配していたあの老人の姿は嘘じゃなかった。こいつはその命を、ただ自らの私欲のためだけにもてあそんだんだ。

「こんな時に馬鹿な正義感燃やさないで。シャドウグールとの戦闘は熟練のスイーパーでも手を焼くのよ。身体を乗っ取られたら最後、記憶も力も全て奪われて生きた操り人形にされる。それがわかってるの?」

 わかってたら引いてるさ。

「どうやら言っても無駄みたいだぜ」

 微笑するフェザ。

「どのみち出口への通路はこいつが塞いでるんだ。やるしかないだろ」

 深い溜息をつくアリス。

「もし、あなた達二人のうちどちらかが捕まったら……その時は容赦しないわよ」

 そう言ってアリスが一歩前に出た。


■PHASE3■

 暗室の両脇を埋めた巨大なワイン樽の間に伸びた一本の隙間道。部屋を出るにはここを通るしかない。僅かに照らされた道の先では不気味な影が蠢いていた。

「あなた達ランプの明りの外に絶対に出ないでね」

 アリスは腰元から蝋燭に似た何かを取り出すと、手の中で数本それを広げ火をつけた。短い蝋燭の先端にはダーツの矢のように硬い金属がついている。

投蝋とうろうか」

 フェザが呟いた。

「対悪夢の術具よ。スイーパーならこのくらいの装備は当然よ。」

 投蝋。聞いた事はある。でも実際に見るのは初めてだ。一体どんな使い方をするのか。直接相手に撃ち込むんだろうか。

 アリスは早くも射撃体勢に入っていた。胸の位置に投蝋を構えていたアリスは静かに素早く横薙ぎに腕を振った。勢い良く放たれた炎が直線的な軌跡を描いて地面へと突き刺さる。

「外した」

 アリスの狙いは正確だった。だけども、シャドウグールは目にも止まらないスピードでそれをかわしていた。
 
「速いな、お前本当に当てられるのか」
「黙って見てなさい」

 フェザの茶化しに、再び放たれる二投目。これもいとも簡単にかわされた。
 そして、三投目。四投目。全然当たる気配は無い。それもしょうがない。動きが速すぎる。
 五投目の投蝋が地面に突き刺さる。その時アリスが動きを止めた。

「なんだ諦めたのか?」
「シャドウグールは基本的に影から影へ移動する」

 アリスはそう言った。

「何言ってんだお前?」

 フェザの見つめる先で、アリスは完全にシャドウグールに背中を向けていた。

「影から影へ移動するその速度は光速とも言われてる。つまり人間に捉える事は不可能」
「不可能って……」

 不可能ならどうして。

「だから、追い詰めたの。光の中へ」

 追い詰めた?
 視界の先で硬直する影。地面に等配列で並んだ投蝋。

「これは……」

 五つの点で縛られた方陣。術の知識が無い僕でも知っているその形。

五星法陣ペンタトリアム!?」

 影はその領域の中で、完全にその動きを縛られていた。
 まさか、あれはシャドウグールに当てるためじゃなくて、この印を描くために投げてたのか。口で言うほど簡単な事じゃない。的の動きを読み誘導しながら、正確にこの印を描くなんて。アリスって一体……。

「熟練したスイーパーでもてこずる、だったか?遠回しな自慢かよ」

 フェザが苦笑を浮かべた。

「あなた達とは踏んでる場数が違うもの」
「つくづく可愛くない女だな。で、どうすんだよ。刺すんだろ、止め?」

フェザの問いにアリスは一言こう答えた。

「刺さないわ」
「は?」

 刺さないって、折角のチャンスなのになんで?

「正確には刺せないの。さっきも言ったけど、シャドウグールの討伐は難しいのよ。その理由が、止めを刺す瞬間」

 そう言ってアリスは身動きのとれなくなったシャドウグールに向かって六本目の投蝋を投げ込んだ。苦しんでいるのか、その場で伸び縮みを必死に繰り返すシャドウグール。

「シャドウグールはとても強い生命力を持ってる。この程度の光じゃ動きを縛る事は出来ても消滅させる事なんて出来ない。シャドウグールを完全に消滅させるには強い光が必要なの。でもあいにくそんな装備私は今日持ってきてないわ」

 そう言ってアリスは長い髪を振り解き、両手で後ろに束ね始めた。

「あとはこの件をギルドに報告して、この筋の人達が退治してくれるのを待つわ」
「ちょっと待ってよ。それじゃこいつは?このまま残していくの?」

 僕の問いにアリスは何気ない様子で答えた。

「そういう事になるかしら」

 それじゃ根本的な解決になってないじゃないか。

「あとはここを閉鎖して、人が入ってこれないようにしておきましょう。幸いここはもう閉店してるし、多分人は来ないでしょうけどね」

 アリスの言ってる事は間違ってないのかもしれない。でもなんだか釈然としない。

「納得行かないって顔してるわね」

 アリスは僕の心理を見透かしたかのように続けた。

「報酬より命の方が大事よ。素人が手出しする事じゃないわ。それにあなた達、この件にこれ以上関わって得する事はないはずよ」
「確かに依頼人が死んだ時点でこの事件の報酬ゼロだしな」

 フェザまで何言い出してるんだ。これで事件解決なんて。
 正義感燃やして、憤った僕も僕だ。これじゃただのマヌケじゃないか。

「あなたが納得いかないのもわかるけど、はっきり言わせてもらえばそんな事関係ないの。お願いだからこれ以上私を困らせるような真似しないで」

 アリスのいう事はわかる。でもそれじゃ……

「わかってくれた?」

 なだめるようなアリスの言い方。僕は何をしにきたんだ。アリスの手で作られた封陣の中で蠢くシャドウグール。これ以上僕らが出来る事は何も無い。実際アリスが居なかったら、僕らだけではどうにもならなかったもしれない。

「わかったよ」

 気がつくと、僕はそう呟いていた。
 逃げたわけじゃない。そう、この事件はもう終わったんだ。


五星法陣ペンタトリアム

 五つの点を対角線上に交互に結んだ法陣。用いられている法陣の中では三星法陣トライトリアムに続いて一般的である。五星法陣には退魔の効果があると言い伝えられており、人的効果としては主に対象者の保護、対ナイトメア使用時は呪縛とその用途が分かれている。











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