〆S34 虚殻
■PHASE1■
澄み渡った青い空はいつの間にか曇り空へと変わっていた。赤レンガの農家の煙突から漏れる灰煙を見上げながら、僕らは細い左折した道から分岐する細い路地へと足を踏み入れていた。両脇を通る壁には俗語で見渡す限りの落書きが。その道の先に目的のギルドはあった。
フェザの記憶の通り、エルシヴ広場から少し歩いた路地裏にギルドはまるで俗世間から隠れるように存在した。外観も随分と寂れていて、噴水広場のギルドとは大違いだった。壁には真っ赤なペンキで『デ・ゼレア(血に染まれ)ツェ・フランデ(首を刈れ)』という落書き。窓というガラスは全て割られ、入り口の開き扉も左半分が欠け落ちていた。正直、ここが街の治安組織として機能しているのかどうか疑わしかったけど僕らに選択の余地は無い。
「ここか」
「やってるのかな、ここ……?」
不安げに尋ねる僕を他所にフェザは中へと入って行った。
中へ入ってみても、外観と同様、中も酷く荒れていた。ガラス瓶が散乱し、部屋中が何やら黒焦げていた。カウンターにも人の姿は見られない。完全に人の気配は感じられなかった。
「どうなってんだ。ここ」
「誰もいないね」
ここで何かが起きたのだろうか。だとするなら一体何が?
カウンターの奥の部屋を覗いてみると、そこももぬけの殻だった。
「場所移動したのかな?」
「そりゃ十年以上前の話だからな。その可能性は充分ある」
結局、僕らはここでは何の手掛かりも掴めないまま、再び外へと出た。
「どうする?」
僕の問いにフェザは手を開いてお手上げの構えを見せた。
「どうするって、白紙に戻ったし。こう人が少ないんじゃ情報も集めにくい。もう少し人が多そうな方まで歩いていくか?」
「多そうな方ってどっちさ?」
「さあ」
フェザの口から吐かれる煙を見つめながら僕は少し肩を落としていた。
こういう状況が予想できなかったわけじゃない。ただ行けばなんとかなるかもしれない、そう思っていたのも事実だった。だけど、結局はどうにもならないのが現実だ。それは初めから分かっていた事だった。
「とりあえず歩こう」
落書きの細い路地から抜け出すと、先程の曇った空は暗天へと変わっていた。頭上からはポツポツと雨が降り始め、僕らの心情を表すかのような陰鬱な景色が広がり始めていた。
■PHASE2■
仰いだ手を打つ雨の雫を感じながら、僕らは近場の農家の軒下で身を休める事にした。人通りは依然無く、街は死んだように静まり返っていた。ここまで人がいないと本当に不安になってくる。この辺りに人は住んでないのだろうか?
「フェザ」
「ん?」
軒枠からもれる雨粒を見つめながら、僕はふと思っていた事を口にした。
「ここへ来たのは間違いだったかな」
僕の言葉にフェザは溜息交じりに言った。
「間違いも何も、こうしなきゃ気がすまなかっただろオレ達。やっちまった事後悔したって仕方ねぇだろ。考えるなら今これからの事だ。後悔するくらいなら、ここへ来た事にどうやったら意味を持たせられるか、そう考えた方がよっぽど利口だぜ」
フェザの言葉に僕は思わず頷いた。
「そうだね」
確かにフェザの言う通りだ。くよくよしたってしょうがない。僕が迷っている時、決まってフェザは助け舟を出してくれる。ここへ来た事に意味を持たせるために何をすべきか。これからはそう考えよう。
それから暫くしても雨は止まなかった。仕方無く僕等は再び雨降る街に向かって重い腰を上げた。とりあえず僕等は元来た道を広場へ向かって引き返す事にした。こんな脇道より大通りと直結している広場付近で構えた方がまだ変化があるかもしれない。そう考えたからだ。
僕等は静まり返った街を再び歩き始めた。遠めに映るエルセヴ広場に、僕等は僅かでも変化を期待しながら歩いていた。人が一人でも居れば、その人に話を聞けばいい。
「なんだ、あれ?」
初めに気づいたのはフェザだった。それはついさっき見た筈の光景だった。広場に混じる異質な黒い点達の存在。だけど、僕らはまだその黒点達の危険性に気づきもしていなかった。ただただ無防備に近づき、その存在を無意識の内にその目で確かめようとしていた。
「人?人か、黒いマント羽織ってるから何かと思った。あれって噴水広場にも居た奴等じゃないか?」
「ほんとだ。何してるんだろこんなとこで?」
本能的に、ここで身を引けなかったのは僕らの最大の不幸だった。ただただ僕らは吸い寄せられるように、広場へと近寄っていく。そこにどんな光景が広がっているか知る由も無かった。
曲がり角までやってきた。広場の銅像がはっきりと見て取れるこの位置で僕らはそっと物陰から顔を覗かせた。
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