〆S28 危険な匂いは薔薇の香り
■PHASE1■
それからちょうど一週間が過ぎた。週が明け、またあの生活が始まり、僕等は例によってアリスの退魔をただじっと見守る生活が続いた。基本的に退魔の対象はハウンドが中心だった。というのも、依頼書を見ていて気づいたけど、悪夢に関する依頼書は圧倒的にハウンドによる被害が多い。退魔を出来る人間にとってこの依頼書一枚一枚の仕事は比較的そう難しくないものが多いんだと思う。でもアリスが前に言っていた通り、圧倒的に退魔を出来る人間の数が少ないんだ。ギルドが僕等にまでここの依頼を頼んでしまうのは、まさに猫の手でも借りたいというこの心理から生まれたものだろう。僕等にも退魔が出来ればいいんだけど、なかなか話はそう簡単じゃない。見れば見るほど、アリスは持っている能力は、普通の人間とは違う異能な能力な事だという事を実感させられる。
そんな、異常な日常を終え、迎える週末。
僕らはいつも通り、ギルドの掲示板の前で張り紙を見つめていた。
あれから変死報告者の数は日に日に増えていった。あの少女の死から始まったと思われるこの事件の被害者の総計は既に百名を裕に上っていた。被害者はいずれも外傷は無く、いずれも原因不明の死亡。当然、表沙汰には詳しい情報は載せられていなかった。ただただ羅列された死亡者の名前。
所詮は他人事、そんな風に考えていた僕らの意識は甘かったのかもしれない。僕らの意志とは関係なく、いつの間にか黒い影は僕等の背後へと忍び寄っている、僕等はまだそんな影に気づく由も無かった。
■PHASE2■
その日、ギルドで張り紙を見ているとクーロンさんが僕等に声を掛けてきた。「中で紅茶でも飲まないか?」クーロンさんの言葉に僕らは迷わずあやかる事にした。
以前、お世話になった応接間。ここへ来ると、あの時の記憶が思い出されてしまう。僕はなるべく考えないようにしながら、マリアさんが持ってきてくれた紅茶を手にとり、口に含んだ。
「最近の調子はどうだい?」
「ええ、まあ……そこそこです」
「なんだい、随分元気がないな」
温かい笑みを浮かべていたクーロンさんは、そこで少し面持ちを落とした。
「君達には本当に悪い事をしたと思ってるんだ」
そう言ってクーロンさんは切り出した。
「黒部屋の事ですか?だったら気にしないで下さい。僕らは自分の意志でやってるんですから」
僕の言葉にクーロンさんは「すまない……」ともう一言呟いた。
「で、ここへ呼び出したのには何か理由があるんだろ?」とフェザ。
クーロンさんはその言葉にふと顔を上げた。
「ああ、実は。一つ君達に忠告しておきたいと思ってね」
「忠告……ですか?」
クーロンさんはそう言って無言で頷いた。
「君達も知ってると思うが、今起こっている連続変死事件についてなんだけれども」
「え、何か情報分かったんですか?」
クーロンさんは僕の言葉に真剣な眼差しを返してきた。その余りの真剣さに僕は息を呑み、言葉を失った。
「間違っても……絶対にこの調査依頼は請け負わないで欲しい」
「ど、どういう事ですか?」
僕は紅茶を持った手をそっと机の上に降ろした。
「君達が、この事件の被害者の第一発見者にあたると思うんだが、その時何か気づいた事は無かったかい?」
「気づいた事って……?」
記憶の中を振り返ってみても、思い当たる事は無い。
「……薔薇の香り」
フェザが呟いた。
確かにあの時、言われてみれば僅かだけど薔薇の匂いがしたような。でもそれが何か……?
「色々調査を進めた結果、この事件はある指名手配犯が関与している可能性が非常に高い事がわかったんだ」
そう言ってクーロンさんは次の言葉を一度呑みこんだ。
「通称、赤薔薇。指名手配犯の中でも好戦的で危険な人物だ」
レッドローズ?
その名前は指名手配犯のリストで以前に見た事がある。
確か、信じられないような高額な懸賞金が懸けられてた人物だ。
「どうして、僕達にこんな話を……?」
「単純に君達を死なせたくないからさ」
クーロンさんは真剣な眼差しのままそう告げた。
「この件に関しては何かと情報が錯綜していてね。君達も知っているかもしれないが、当初はこの事件はナイトメアによる犯行だとして進められていたんだ。だけれども色々と事情が変わってきてね。今は赤薔薇の可能性が高いとして捜査を進めているが、依然ナイトメアの関与も消えたわけじゃないんだ。赤薔薇にナイトメア、この事件は少し色が違う」
そう言ってクーロンさんはため息をついた。
「本当は、こんな個人的な干渉はいけないと自分でも分かってるんだ。だがこの件に関しては別だ。既にこの件を追っていた熟練の上級請負人が何人も命を落としてる。この現状からしてまだ経験の浅い君達がこの件を請け負うのは正直難しいと思う。僕としても、若い命が摘まれる姿は見たくない」
真剣なクーロンさんにフェザは平然とした様子で口を開いた。
「大丈夫、元々やる気ないから」
「フェザ、そんな言い方……クーロンさんご忠告ありがとうございます」
クーロンさんは「充分、気をつけて」そう言って、僕達を送り出してくれた。
やっぱりこの事件はただ事じゃなかった。
――危険な匂いは薔薇の香り――
気のせいか、あの話を聞いてから絡みつくような嫌な予感が肌から離れなかった。
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