〆S25 動物憑夢<アウザー>
■PHASE1■
結局、僕等はこの日、アリスの選んだ依頼内容に従う事になった。
行き先は下層街A-30地区。ここからは少し離れてるけど、まあこの仕事を請け負う以上、こんな事はどうっていう事ない。
それよりも気になるのは……。
夜の通りを歩きながら、僕は依頼状の内容をふと思い返していた。
――おねがう。たすけて。うちのコロをたすけてくだい――
依頼状にはそう書かれているだけだった。字体からして依頼者は子供。
ボランティア項目に分類されているこの依頼は、基本的に報酬が出ない。
それでも、アリスはこの依頼を見た時迷う事無く選択した。
「どうして、こう金にならない仕事をするかね」
「フェザ、聞こえるよ」
「聞こえてるわよ」
二人が不毛な言い争いを始める前に、先に言葉を重ねる。
「今回の依頼ってあの依頼者の『うちのコロ』って言い方からして、ペットなのかな?」
「そうかもな。でも下層の子供なんてまともに文章書けない奴多いからな。何が出てくるか」
「そっか」
フェザとそんな会話しながら、一番街中央街道をひたすらに歩き続ける。アリスは昨日と同じく先頭で僕等を誘導していた。
今回は一体どんな事件なのか。何にせよ今回こそは何か役に立たないと。役立たずは御免だ。
それから、どれくらい歩いただろうか。少なくとも1時間は歩いたと思う。
僕等は、A-30地区に足を掛けていた。
■PHASE2■
廃墟が立ち並ぶ街中を歩き、依頼状に記された場所を探す事、十数分。
彼の家は路地裏のダンボールにあった。灯りも無い路地裏の暗闇で、少年はダンボールの中で毛布にくるまって眠っていた。
その少年が抱きかかえているのは小さな子犬だった。子犬は少年の胸の中で静かに眠っていた。
「こんばんは」
アリスの言葉に少年が目をこすりながら静かに起き上がる。
「……おねえちゃん、だれ?」
「私はあなたのお願いを見てギルドからやってきたアリスっていうの。夜遅くにごめんね」
アリスの言葉に、少年がぱっと目を開いて、抱きかかえていた子犬を差し出してきた。
「おねがい、コロをたすけて」
「今見るから、安心して。夜だからあんまり大きな声を立てないようにね」
アリスの言葉に少年は口を噤み、静かに眠っている子犬を撫で始めた。
やっぱり、今回の依頼はこの子犬なのか。
この子犬、ぐったりしてるように見えるけど、何か病気なのかな。
ただの病気ならアリスの専門外じゃ?
そんな事を考えていたその時、アリスが懐から昨日のあのコンパスを取り出した。アリスはコンパスを見ながら、不思議そうに見つめている少年が抱えている犬に向けた。
「この子、憑かれてるわね」
その言葉にフェザが一歩前に出て、子犬に視線を落とした。
「悪夢って、動物にも憑依すんのか?」
「するわよ。犬、猫、牛は勿論、鼠にだって憑依例があるわ」
そんな会話から異常を感じ取ったのか、子犬が突然目を覚ました。力無い瞳でただじっとアリスを見つめると、細い声で吠え始めた。
「コロ、しずかに。いまこのおねえちゃんがたすけてくれるんだから」
子犬は少年の腕の中で、もがきながらアリスに向って吠え続けていた。
「ちょっとだけ、また眠ってもらいましょう」
アリスはそう言うと、子犬に向って麻酔薬をうった。子犬は鼻を鳴らし、怯えながら少年の腕の中でまた静かな眠りにつく。
「それじゃ、始めましょう」
退魔の手順は昨日と同じだった。
アリスは細い路地裏に法陣を描くと、その中心に子犬を置いた。
「Seldi……Bea……Fleest……」
聞き慣れないアリスの詠唱が始まると、子犬の小さな身体がピクピクと痙攣を始めた。
フェザと少年と、3人で固唾を飲んで見守っていたその時、黒い霧がじわじわと浮かび上がってきた。
「またハウンドか……?」
アリスの詠唱に合わせて霧が次第に濃密になっていく。それは鋭い牙を持った、狂犬の顔のように、次第に形を為して行く。
「アウザーよ。動物に憑依する悪夢を総称してアウザー。人間に取り憑く悪夢をハウンドって呼ぶの。危ないから離れてて」
アリスの言葉に少年の肩を引き寄せて数歩下がる。
それを確認すると、両手で印を結び蒸気に向って構えるアリス。
「Replicant」
アリスの印言と同時に、炎がハウンドに向って収縮する。
視界全体を覆う程の、炎の広がりに、少年の肩がびくっと震えた。
その肩を優しく支えながら、ただ炎の収縮を見つめていた。
一瞬の出来事に少年が唖然としているのも束の間、すぐに少年は子犬に向って駆け寄った。
「今は麻酔が効いてるからまだ眠っているのよ」
アリスの言葉に少年は安心したように、子犬を抱きかかえた。
「もう安心よ。あとは夜明けまで待ちましょう」
アリスの言葉に少年は静かに頷いた。
■PHASE3■
この辺りの廃墟は比較的、空き家が多い。アリスの提案で、それから僕等は近くの空き家に移動すると、そこで一晩を明かす事になった。
何もしなかった僕達の役目は、今回は僕とフェザの二人で明け方まで見張りをする事。この地区に空き家が多い理由は、その強盗件数の高さにある。相続いて、強盗が続き、中には殺害されるケースも少なくなかった事から、この地区の住人は廃墟に住む事を拒む人間が多い。少年もその一人だった。
「で、結局こういう役回りかよ」
フェザが眠っているアリスと少年達を横目に呟いた。
僕が苦笑を漏らしていると、フェザはため息をつきながら言った。
「じゃあ、オレが先見張りやるから、マウス眠ってていいぜ」
「え、いいの?」
フェザは煙草を口にくわえながら頷いた。
「ああ、時間になったら起こすから、そしたら交代な」
「了解、わかったよ」
そして、僕は廃墟部屋の入り口に背を向け、寝床へと向った。
子犬は少年の腕の中で、安らかな寝息を立てて眠っていた。
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