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ANTIQUE
作:Wiz Craft



〆S2 オーナーの行方


■PHASE1■

 あれから五年の歳月が流れた。あの事件から数ヵ月後、僕は恐怖を押し殺してまた孤児院へ戻ってみたんだ。でも、何も無かった。そう何も無かったんだ。孤児院は打ち壊されて、そこは墓地になっていた。あの後、あそこに残っていた皆がどうなったのか……想像したくもない。

 あの夜、孤児院を飛び出した僕は、街の中をひたすら駆けていた。少しでも遠くに。少しでもあの孤児院から離れたかった。どれくらいの時間走ったのか。冷たい下層の風に吹かれながら、行くあても無く街の中を彷徨い、気がついた時、僕は下層の路地裏に崩れ落ちていた。時が経ち、冷静さを取り戻せば取り戻すほど、絶望の淵に追い込まれて行く意識。何故、僕は生きてるのか。僕だけが生き残ったのか?自殺する事も考えた。だけど僕には自分を殺す事も出来なかった。ただ生きている事だけで精一杯だったんだ。路地裏で割れたガラス瓶を首元にあて、一人苦しんでいたあの時、もしあそこでガラス瓶を持っていた手に力を込めていたら。

「おいマウス」

 唐突に掛けられた声。現実なのか妄想なのか。ふと顔を上げると、そこには一人の青年が立っていた。

「どうしたんだ、死人みたいな面してたぜ?」

 肩下まで伸びた銀色の髪を手櫛で梳かし上げながら、その青年はじっと僕を見つめていた。長い髪の間から覗いた、刃物のような鋭さを帯びた青色の瞳。だけどその眼光に敵意は感じられない。青年が懐から煙草を取り出した辺りでようやく彼が何者なのかを思い出した。

「フェザか、ごめん、そんな顔してた?」

 自分のパートナーを忘れるなんて、今日の僕はどうかしてるな。彼の名はフェザリオ。この仕事を始める前からの付き合いだ。彼の事はいつもフェザって呼んでる。別にそう呼んでくれって頼まれたわけでもないんだけど、単純にこの方が呼びやすいんだ。
 それにしても、どうして今になってあの時の事を思い出したのか。そう言えばあの時も、今日と同じように雨が降っていた。今日と同じように?僕は何を考えているんだ。馬鹿みたいな事を考えるのはよそう。僕が今抱えてる不安はサイコロを振って出た四<死>の暗示くらい他愛ないものだ。気にするのは馬鹿げてる。
 薄暗い視界。ぼんやりと浮かぶカウンター越しの棚には所狭しと並ぶワインが見える。手前には木製の椅子とテーブルが雑に並び、天井ではプロペラ式の空調が静かに回っていた。壁には抽象的な絵画や生きているかと思うほど生々しい鹿の頭の剥製。

「一階はあらかた調べ終わったな」
「何も無かったね」

 僕は椅子でくつろぎながらフェザにそう答えた。

 『失踪したオーナーを探して欲しい』

 それが今日ここへやってきた理由だった。依頼を受けるのはこれが初めてじゃない。今までにこなした依頼は数知れず、といってもそのほとんどが配達や探し物ばかりだったけど。そう考えると今回の依頼は今までの依頼とは少し内容が変わっていた。依頼人の話によるとオーナーが行方不明になったのは四日前。何の前触れもなく突然姿を消したらしい。内向的な性格で外へ出る事はおろか人前に姿を現す事さえ稀だというオーナー。そんなオーナーが何故突然いなくなったのか。僕とフェザはそれで手掛かりを探していたんだ。

「オーナーどこ行ったのかな」
「内向的な性格で人前にはあまり姿を見せない、か」

 フェザは溜息交じりに呟いた。

「何で内向的な性格のオーナーが酒場なんて開いてんだ?理解できねぇ」

 愚痴なのか、純粋に疑問なのか。フェザの言う事も分かるけど、今はそんな事気にしてる場合でもない。問題はその内気なオーナーがどこへ消えたか、だ。オーナーは普段この酒場の地下にある自室で生活していたらしいけど、そうなると地下の方が手掛かりがある可能性が高いか。フェザも同じ事を考えていたのだろうか。

「地下、行ってみるか」

 フェザのその言葉に僕は腰を上げた。


■PHASE2■

 地下室への入り口はカウンターの奥にひっそりとあった。レンガの壁にくり抜かれたアーチ。中を覗いても暗くて何も見えない。じっと目を凝らしていると、うっすらと古ぼけたランプが壁に出っ張っているのが見えた。

「暗いね」
「明かりが必要だな。蝋燭探してくる」

 フェザはそう言うと、背を返して視界から消えていった。同時に後ろで何やらカウンター内を物色する音が鳴り始める。
 蝋燭か。僕も探すか。フェザと同じ場所を探しても意味がない。別の場所を探そう。
 カウンターから一度出て、鹿の剥製の前を通り過ぎようとしたその時だった。僕の足がふと止まる。

「ん?」

 今何か光ったような。鹿の頭に顔を近づけてみる。確かに何かが光っている。鹿の口の奥でそれは僅かに光を帯びていた。

「なんだろ?」

 手を伸ばすと硬い金属のようなものが指先に触れた。その小さな金属らしき何かを掴み、ゆっくりと鹿の口の中から引き抜く。細長く伸びた金属の先には複雑な突起がついていた。

「鍵、かな」

 何か文字が刻まれてる。錆びのせいで文字がはっきりと読み取れないけど、頭の文字は"O"と読めた。

「なんだそれ」

 いつの間にかフェザが僕の肩越しに顔を覗かせていた。

「鍵か。どこで見つけた?」
「この剥製の口に入ってたんだ」

 鹿はガラスのように透き通ったつぶらな瞳で僕を見つめている。

「酔っ払った客はこんなとこに鍵なんか隠さないよな。マウス、お手柄じゃないか」

 お手柄というフェザの言葉を聞くまで僕は全くその可能性を考えていなかった。もしかして、これはオーナーの鍵?

「依頼人に聞いてみるか」
「ハンコックさんに?」

 依頼人は今日僕達と共にここへやってきている。さっきまでこの部屋にいたけど、風に当たりたいと言って外へ出てしまった。この鍵は本当にオーナーのものなのか。聞いてみる価値はある。
 紳士な身なりに身を包んだ老人。ハンコックさんは入り口外の階段で一人雨が降りしきる町並みを眺めていた。僕達に気づいたのかゆっくりと振り返る。丸い黒ぶちの眼鏡に遮られ、その表情はあまりよくわからない。

「ハンコックさん。この鍵に見覚えはありませんか?」

 両手を杖に置いたまま、ハンコックさんは視線を僕の手に落とした。

「これをどこで」
「剥製の口の中にあったんです」

 ハンコックさんは細い手でゆっくりと僕の手から鍵を摘みあげた。

「これはオリバー様の自室の鍵です」
「自室?」

 聞き返したフェザにハンコックさんは無言で頷いた。オリバーというのはこの酒場のオーナーの名前だ。という事は、どうやら見せて正解だったらしい。もしかして、あの鍵に刻まれていた"O"はオリバーの頭文字だったんだろうか。ふと横を見るとフェザの顔は曇っていた。

「どうしたのフェザ?」
「いや、ちょっとな。何で自分の部屋の鍵をあんなとこに隠す必要があったのかと思ってさ」

 そう言ってフェザは口から大きく煙を吐き出した。

「普通鍵って自分で持つだろ。あんなとこに隠す意味がわかんないんだよ」

 確かにフェザの言う通りだ。自分の部屋の鍵を自分で持たずに、あんな人目に触れる所に隠すなんて。酔っ払った客が見つけて持っていってもおかしくない。

「それはスペアキーなんですよ」

 低くしゃがれた声が雨音に混じって聞こえた。

「スペアキー?」

 ハンコックは鍵を僕の手にそっと返してきた。

「オリバー様は鍵を紛失した時のためにスペアキーを作ったと以前おっしゃってました」

 スペアキー?オーナーは自分の部屋の鍵を複製してたのか。

「ハンコックさんはスペアキーの場所知ってたんですか?」
「いえ、存在は知っていましたが場所は知りませんでした」

 ハンコックさんは首を横に振ってそう答えた。

「あんたが見回りの時鍵は?」

 煙草を捨て足で踏み消すフェザ。

「鍵は開いてました」
「開いてた?」

 フェザは訝しげに聞き返した。

「普段からオーナーは外出する時部屋の鍵を開けていくんですか?」
「いえ用心深い方でしたので」

 そんな用心深いオーナーが鍵を開けたまま戻って来ない。これは確かに不可解かもしれない。ハンコックさんが捜索依頼を出してからもう日が経ってる。何かの事件に巻き込まれたとすれば、命が危ない。

「ここで話してても仕方ない。とりあえずそのオーナーの部屋行ってみようぜ」

 フェザの言葉に僕は頷くと、ハンコックさんに振り返った。

「それじゃあ僕らはこれから地下室を調べて来ます」
「お願い致します」

 深々と頭を下げるハンコックさんを残し、再び僕らは酒場へと戻った。


■PHASE3■

入り口から取ってきた蝋燭でランプに火を灯すと地下室への通路がぼんやりと浮かび上がった。足元の埃が階段下へ向かって吸い込まれるように落ちて行く。

「空気が吸い込まれてる」
「行こうぜ」

 ランプを片手に階段へ足を踏み出すフェザ。僕もその後に続く。ランプの光で淡く照らし出された赤茶色の通路の壁には苔が生え渡っていた。円筒状の内壁を巻くように伸びた階段、その中央は空洞になってる。
 何の手すりもついていない階段を足場を確かめながら降りていると、ふとフェザが足を止めた。

「フェザ?」

 フェザは屈んでランプを底に向けた。僅かに光が地面まで届いてる。五メートル以上はあるだろうか。落ちたらただじゃ済まない高さだ。

「オレには理解出来ないな。こんなとこで生活するなんて」

 フェザの声が静かに響いた。

「うわ」

 妙な感触に慌てて壁から手を引き払う。壁際を這って行く大きなムカデ。フェザの意見に全く同感だ。こんな所で生活したら多分一日ともたず気が狂うかもしれない。

「どうした?」
「いや、何でもないよ」

 いつの間にか僕らは地下へと辿り着いていた。途中、ジャリッと何かを踏み潰したような音が聞こえたが、気にしない事にした。

「扉が二つあるな」

 フェザの声。チラチラと燃える蝋燭の炎に照らされて、確かにフェザの言うようにそこには二つの扉があった。階段を降りてすぐ左手前に一つ。右奥にひっそりと隠れるようにもう一つ。苔塗れの木製の扉は、どちらも長い年月を感じさせる。

「どっちから行く?」
「右からかな」

 即答した僕の答えに深い理由は無い。ただ右の方が何かちょっと気に掛かった。それだけの理由だった。
 僕の返答を聞いて、フェザは一瞬僕の顔を見てから右の扉に向った。フェザの手が錠に掛かる。

「マウス、さっきの鍵貸してくれよ」
「あ、うん」

 フェザに鍵を手渡す。フェザは錠に鍵を差し込むとガチャガチャと音を立てた。

「ダメだ、開かない」

 フェザは鍵を引き抜くと、もう片方の扉の方へと振り返った。どうやら外れだったらしい。フェザはもう一つの扉に手を掛けると、ガチャガチャと音を鳴らした。残された扉にも鍵が掛かっていた。木製の粗末な扉。再び金具に鍵が差し込まれる音。
 カチャリ……という音と共に扉がゆっくりと開き始める。こっちが正解か。僕は開く扉の先をじっと見つめていた。今ゆっくりと視界が開けてゆく。

「ここがオーナーの部屋……」

 散らかった古書。無造作に置かれた天球儀。部屋の隅には所狭しと小さなベッドがあった。部屋のランプに火を灯すと、部屋の様子が淡く照らし出された。

「随分と……随分な部屋だな」

 フェザが言葉に詰まっていたが、言いたい事はよくわかった。そして、ここのオーナーがどんな人だったのか、何となく人物像が見えてきた気がする。
 積み重ねられた本の中から一冊手に取る。数百ページあるかと思われるその分厚い本の内容は神に関する記述だった。

「聖書か……こっちは?」

 本を置きまた一つ手に取る。

「これも聖書」

 積み重ねられた本を眺めていて僕はふとある事に気づいた。僕は手にまた一冊本を取ると内容を確かめる。そして手当たり次第に近くにあった本を片っ端から調べていく。

「やっぱりそうだ」
「ん?」

 フェザは僕の方へ振り向いた。

「この部屋の本、皆聖書なんだよ」

 僕の言葉にフェザも本を手に取り内容を確認し始めた。
 それにしても尋常じゃない。これだけの聖書を集めるなんて。どうやらオーナーは熱心なクリス教徒だったみたいだ。
 クリスというのはセントクリスの略で、この街の人間ならば誰もが知っている。詳しい事はよく知らないけど、かつてこの地を治めていた王族の名前が由来らしい。とてつもない魔力を持った一族で民を悪魔達から守ったとされている。そういう僕もかつてはクリス教徒だった。今は信仰は捨てたけど、街の人の多くはこの信仰に属している。

「一体何がここまでオーナーを駆り立ててたんだ」

 僕はフェザの言葉を耳に流しながら天球儀に手を伸ばした。触るとざらざらと埃に塗れている事がよくわかる。ろくに掃除もしてない部屋の中で、毎日この大量の本と向き合って聖書を読み耽っていた。オーナーがどんな心理だったのか全くわからないけど。多分、何か救いを求めていたんだと思う。

「マウス、見ろよ。ベッドに面白いもんがある」
「なに……?」

 フェザがベッドの一部分をランプで照らし出していた。僕は足元の本の束に躓きながら、ベッドまで向かう。そして、僕はフェザが照らし出しているものを見て息を呑んだ。
 鼠色のシーツに付けられていた赤い斑点。拭き取られたような跡があるが、それは間違いなく血痕だった。

「血だ……」

 動揺を隠し切れず、思わず一歩後ずさる。

「フェザ……これって」

 そう言い掛けたその時だった。突然背筋を何かが駆け抜けた。同時に激しい悪寒に襲われ思わず口篭る。身体を縛りつけるようなこの圧迫感。体中から嫌な汗が滲み出てくる。張り詰めた空気の中、僕は自分の身体に起こっているある異変に気づいた。
 足が……動かない。いや足だけじゃない。頭から爪先まで、全身が麻痺してる。一体何が起こったんだ……!?

「ねぇ……あなた達」

 聞いた事の無い声。ついさっきまでこの部屋に存在し得なかった声。












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