〆S19 一枚の依頼状
■PHASE1■
翌日僕らは、日が沈んだ頃、アリスに言われた通りまた黒部屋を訪れていた。
「よう、嬢ちゃんが中で待ってるぜ」
相変わらずの不敵な笑みを浮かべるクラウザー。別段会話もしないまま頭だけ軽く下げてカウンター脇を抜け奥の部屋へ入ると、そこには掲示板の前で腕組みしたアリスの姿が見えた。
僕らの方が遅かったのか、どのくらい待たせてしまったんだろう。ちょっとした罪悪感と共に嫌な予感がした。彼女の機嫌が悪くなければいいのだけど。
そして、アリスが僕らの姿に気づいた。
「遅いじゃない。女の子待たせるなんてどんな神経してるの。磔獄門地獄行きよ」
若干言い過ぎじゃなかろうか。そう思いながらもフェザが言い返す前に僕は素直に謝った。
でも良かった。口で言ってるほど機嫌は悪くなさそうだ。アリスはそれだけ言うとそれ以上僕らを責めなかった。
「で、これからどうすんだよ」
「三人で引き受けるとなるとどんな依頼がいいんだろうね」
掲示板をちょうど見ようとしたその時、アリスは言った。
「依頼はもう決めたから」
「は?」
有無を言わさぬアリスの語調。
「相談なしかよ」
「何言ってるの。相談なんてするわけないでしょ。あなた達に選択権なんてないんだから」
引き攣ったフェザの表情など微塵も気にした様子も見せずに、アリスは一枚の紙切れを差し出してきた。
フェザをなだめながら受け取った紙を仕方なしに見つめる。それは依頼状のようだった。
気のせいだろうか。そこに描かれた文字は震えているように見えた。
――畏敬なるギルド様へ――
こうしてギルド様に筆をとらせて頂いた事がなんと恐れ多い事か。
ろくに手紙の書き方も弁えておりません故、失礼がありましたらお許し下さい。
ですが、どうしても助けて頂きたいのです。
お金も地位もありませんが、私達は平穏に暮らしていたのです。
私にとってはそんな日々が全てでありました。
今となっては夢のような日々でした。
娘の様子が妙だと感じたのはつい先日の事です。
親馬鹿かと思われるかもしれませんが、気だての良い優しい娘だったのです。
それがある日を境にまるで人間が変わったかのように。
今となっては娘が怖い。
いつ殺されるかもわからぬ恐怖に怯えながら毎日を過ごしております。
私には娘を愛する義務がある。
たとえ殺されても、私は娘を愛し続けるつもりです。
ですがどうして、こんな事になってしまったのか。
私はどうしてもまたあの平穏な日々を取り戻したいのです。
お願いします。どうかお力をお貸し下さい。
Albert Brown〆
文章を読み終え、フェザと顔を見合わせる。
「これが今回の依頼?」
「みたいだな」
手紙の最後は依頼人の名で締めくくられていた。
「娘さんって事はこのアルバートっていう人、お父さんなのかな」
「別に親が子を愛する義務なんて無いと思うけどな」
フェザの言葉にアリスが鋭い視線で睨みつけた。
「余計な事言ってないで、読み終えたならさっさと依頼人のとこ行くわよ」
「今から?」
「当たり前でしょ」
そう言うと、アリスは部屋の外へ向ってつかつか歩き出した。その背中は、いいから黙ってついてこい、そう語っていた。
深いため息をつくフェザ。僕らは黙ってその後に従った。
■PHASE2■
外には雨が降り始めていた。闇黒の夜空から舞い落ちる無数の水滴。
「雨か」とフェザが呟いた。
依頼人の家はギルドからそう遠くない距離にあるらしい。噴水広場から下る道、そこは僕達にとっては見慣れた通りだった。廃墟郡を流して、暫く歩くと二又の分岐地点にさしかかる。目の前に建つ赤い屋根の建物の前で僕らはふと足を止めた。
建物の入り口は刺のある鉄線で封鎖されていた。店の看板は依然と同じまま放置されていた。窓から覗く店内には、テーブルと椅子が雑然と並び、全てはあの日見た光景のままだった。
「どうしたの」
立ち止まった僕らを振り返り、アリスは怪訝な表情を向けていた。
「いや、ちょっとね」
「なんでもねぇよ、行こうぜ」
そうして、僕らは再び歩き始めた。
二又の分岐点を左に曲がり、その通りを少し歩いて路地に入る。路地は入り組んだ迷路のようだった。
幾つの分れ道を越えただろうか。小雨にうたれながら圧迫感のある細道を歩く事、十数分。先頭を歩いていたアリスの足が止まった。
「ここよ」
蔦に覆われたその隙間から赤煉瓦が覗いていた。ここに人が住んでいるとは思えない程、生活感の感じられないその異様な佇まいに暫し言葉を失っていた。
「化け物屋敷ってとこだな」
何の配慮もないフェザのその表現は、この場では酷く適切なように思えた。普段なら、ここでアリスが、何か言うとこだろうけど、この時は何も言わなかった。
アリスは扉の前に立つと、小さくノックした。
「そんなんじゃ聞こえねぇよ」
「こんな夜分に大きくノックする馬鹿がどこに居るのよ」
「じゃあ夜分に訪れなきゃいいじゃねぇか」
二人が言い争い始めたその時、扉がゆっくりと開いた。中から覗いたのは一人の男の人だった。その表情は酷くやつれていた。
この人があの依頼状を書いたアルバートさんだろうか?
「はい……どちらさまでしょう」
「申し遅れてすみません。私ギルドから御依頼の件で派遣されて参りましたアリスと申します」
礼儀正しいアリスの挨拶にアルバートさんらしきその人物は少し面食らった表情を見せた。
「あなた方がギルドの……いや、失礼しました。随分お若いので。どうぞ上がって下さい」
「失礼します」
アリスが一礼して中へと上がると、僕らもそれに続いた。
玄関は吹き抜けになっていた。高い天井の下に二階へと上がる小さな螺旋階段。僕らは赤いカーペットが敷かれたその玄関から、廊下を通り、奥の応接間らしき部屋へと通された。
薄暗い室内に、燭台の光が一つ。その大きな丸テーブルを囲むように僕らは椅子に腰掛けた。
「自己紹介が遅れました。私が依頼状を出させていただきましたアルバートです」
そう言ってアルバートさんの視線がふと僕に投げ掛けられる。
「あ、マウスといいます。よろしくおねがいします。こっちの彼がフェザリオです」
フェザは僕の紹介に一言「どうも」と言って頭を下げた。
「皆さん、宜しくお願い致します。早速ですが御依頼させて頂いた件について話させて頂きたいのですが」
「どうぞ、お話下さい」
アリスはそう言って促した。
「御依頼させて頂いたのは他でもありません。私の実の娘についてです」
アルバートさんは静かに娘さんの様子について語り始めた。
「依頼状で少し娘さんの様子について拝見させて頂きました。具体的にどんな御様子なんですか?」
「それが、ある日から突然、何の前触れもなく豹変したんです。その様子は何と言ったらいいのか、まるで悪夢が乗り移ったかのように」
悪夢?
その時、部屋が光輝き瞬いた。その輝きの直前に鳴り始めた大きな轟き。雨音はいつの間にか室内に居てもはっきりと聞き取れるほど強まっていた。
一瞬の雷光に気を取られていたその時、何か大きな物音が上の方から聞こえてきた。同時に聞こえてきたのは、これは笑い声?
まるで、幼児が漏らすような嘲笑。その声はとても純粋で、なまじ黒ずんだ嘲笑よりも遥かに不気味だった。
アルバートさんは青褪めた表情で、その嘲笑に耳を塞いでいた。
嘲笑に混じって僕らはその時、確かに娘さんが発した言葉を聞いた。
――パパどこ――
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