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ANTIQUE
作:Wiz Craft



〆S18 裏通り


■PHASE1■

 あれから夜街で聞き込みをする事、十数分。アリスの目撃情報はすぐに見つかった。

――その子なら、裏通りの方に歩いていくのを見たよ――

 噴水広場に居た通行人が、アリスが裏通りに向かって歩いていくのを目撃したという。

「裏通りか」

 裏通りと聞いて、少し抵抗を覚えた自分が居た。

「また厄介なとこに」

 そんなフェザの呟きが聞こえた。


■PHASE2■

 噴水広場から細い路地を幾つか曲がると、そこには大通りに沿うようにひっそりと伸びた狭い裏通りがある。昼間は閉めきった閑静なこの通りには夜の顔がある。夕闇の中に浮かぶ無数の淡い光。名も無きこの通りには、夜になると表通りでは見当たらない裏の流通ルートから回ってきた品物数が多く並ぶ。向かい合う店の軒先はくっつきそうなほど伸び、互いにその縄張りを譲らない。ここではお金が全て。闇商人達の溜り場とも言える場所だけに、おかげで治安は最悪だった。ここでは子供は歓迎されない。なぜなら、子供は金を持たない。つきつけられる売人達の白い眼。ここでは僕らは招かれざる客なんだ。

「さあさあ、目に留まったら買っていっておくれ。猛毒蛇バイパースネイクの牙がたったの98ペインだ」
「兄ちゃん、暴牛バルザックの目玉買わんかね。精力がつくぞ」

 売人バイヤー達の掛け声が飛ぶ。どれもこれもその値段が安いのか高いのか、皆目見当がつかない。
 鉢に生えた低木に巻き付けられた大蛇の死体を横目に、店の前を素通りすると、売人がひやかしかと足元のバケツを蹴り飛ばすのが見えた。

「そんな使い道のわかんねぇもんいるかっつーの」
「聞こえるよフェザ」

 立ち込める独特の臭気。一体何が放つ臭いなのか、想像したくもない。

「んだとコラテメェ!!ぼったくってんじゃねぇぞ!」
「金が無えならとっと帰れ!」

 隣では、客と店員が掴み合いの喧嘩。

「こんなとこに本当にあいつ来てるのかよ。どんな趣味だ」
「術具を買いに来たんじゃないかな」

 ここは、基本的に闇市だし、買い物の仕方によっては目当てのものが安価で買える。術者達にとってはまさに恰好の市場だった。なんでも上層からもわざわざ買い付けにくる客がいるらしい。

「とりあえず店の人に聞いてみる?」
「まかせる」

 フェザはそう言って煙草が欲しそうな表情で懐をまさぐっていた。

「あの、すいません」
「何だい」

 近くに居た店の軒先で商品を整理していた白髪交じりの男に声を掛ける。

「人を探してるんですけど、この辺僕らと同い年くらいの女の子通りませんでしたか?金髪ブロンドの紅い目した子なんですけど」
「金髪?ああ、そういやさっき通ったな。目立つ格好だったんで覚えてるわな」

 男がふと振り返り、こっちを向いたその片目にはぽっかりと空洞が空いていた。

「あ、あの……どっち行きました?」
「通り過ぎただけだからわからんが、この先行ったのは確かだ。なんだ知り合いか?」
「ええ、まあ」

 片眼男との会話を早々に打ち切ると、礼を言ってその場から離れた。

「お前何ビビッてんだよ。声上ずってたぞ」
「いや、だってさ」

 やっぱりここは心臓に悪い。早いとこアリスを探し出してさっさとここを抜けよう。
 そんな事を考えながら歩いていたその時、遠く前方の人ゴミに紛れて金色の後髪がちらりと見えた。

「フェザ、あれ」
「ん?」

 あれ、居なくなった。あの金髪は確かにアリスだったような。

「居たのか?」
「わかんない。たぶんアリスだと思うんだけど、見えなくなった」
「どっか、店入ったんじゃないか」

 僕らは人ゴミを掻き分けるように、アリスらしき人影が消えた地点まで行くと辺りをキョロキョロと見回した。

「この辺だったんだけどな」

 向って左側の店には檻に閉じ込められた奇形生物達が値札を付けて並べられていた。耳障りな声で鳴くその姿には愛らしさなど微塵も感じられない。

「胸糞悪ぃな。うげ。生贄いけにえ用だってよ、これ全部。値札に書いてある」

 生贄って、悪夢でも召還するんだろうか。こんな生贄を用いるんだ。きっと呼び出されるモノもろくなもんじゃない。店主の不気味な微笑み掛けから目を逸らすように、向かいの店の方へと振り向く。

 軒先に立て掛けられた金網に突き出た釘に、幾つもぶら下げられた奇怪な金属品。金属品の先端には蝋が取り付けられていた。

「これってさ」
投蝋とうろうだな」

 先端に尖った金属針が取り付けられているもの。その先端が三叉に分かれ、まるで台座を思わせるような形をしたもの。両端に金属針が取り付けられたもの、などその形は様々だった。アリスが使っていたのはどれだったっけ。
 
 店の少し奥を見やると、そこには薄汚れたガラスケースの中に、指輪が並べられていた。

「指輪だ」

 美しい輝きを帯びた宝石達。安価な兔石ラビットストーンから高額な翡翠ジェイド、それから紅華石レッドストーンまで。値段は数百ペインから数千ペインまでと随分とバラつきがあった。

「本物かなこれ」
「高額なのは偽物だろ。本物がこんな店にあるわけねぇし」

 僕らの言葉が聞こえたのか、店主の妖しげな格好の老婆が咳払いをした。

「本物に決まってるでしょ」
「そうだよフェザ。失礼だよお婆さんに謝りなよ」
「待てよ、今言ったのあの婆さんじゃねぇぞ」

 店の奥の壁からため息をつきながら現れた人影。

「何回目かしら。あなた達にこのセリフを言うのは」

 そう言って彼女は僕達に向き直った。

「なんであなた達がここにいるの」
「アリス! 良かった。探してたんだ」
「探してた?」

 怪訝な表情を浮かべるアリス。

「私の行きつけの店まで顔出すなんて、あなた達ストーカーじゃないでしょうね」

 アリスはフェザを視界におさめると再び険しい顔つきになった。

「オレらの前から失せろって言ったの、あなたよね」
「違うんだアリス。これ」

 慌ててポケットから取り出したペンダントを見せるとアリスの顔色が急に変わった。

「これ、君のだよね。落ちてたんだ」

 アリスは僕の手からペンダントをひったくるように奪うと、蓋を開いて安堵の表情を浮かべた。よほど大事なものだったんだろう。その表情は柔らかで、そして切なくて、アリスがこのペンダントに懸けていた想いが胸に伝わってきた。

「オレは反対したんだけどな」
「嘘ばっかり。アリス探すのに聞き込んでくれたくせに」

 アリスが浮かべる表情は今まで見た彼女のそれとはまるっきり違っていた。今目の前にいるのは、ペンダントを愛おしむただの可憐な少女だった。

「ありがとう」

 アリスらしくもない台詞セリフ。彼女はペンダントを胸にそう呟いた。それが本心かくらいはわかる。紛れもなくそれはアリスの言葉だった。

「じゃあ用件は済んだし行こうぜ」
「え、あ、うん。そうだね」

 フェザは背中越しに早くしろと言わんばかりに僕を見つめていた。

「それじゃ、アリス。またどこかで」
「え、ちょっと待って」

 僕らが立ち去ろうとすると、アリスは慌てた様子で僕らを呼び止めた。

「お礼がしたいの。現金の持ち合わせがあまりないからそんな出せないけど」

 そう言ってアリスは腰袋ポーシェから100ペイン硬貨を数枚取り出すと僕に向って差し出してきた。

「受け取って」

 それは僕達にとっては大金だった。そのお金を稼ごうとすれば、一日や二日丸々働いたくらいじゃ到底手に入れられないお金だった。彼女にとってはそれほど大切なものだったんだろうか。だけど何故だろう。僕はそのお金を素直に受け取る事が出来なかった。

「受け取れないよ」

 受け取るのは簡単だった。仕事をすれば報酬が出る。それが下層ここでのルールだ。
 でも僕はそれを断った。

「そんなつもりでやったんじゃないんだ」

 アリスは僕の答えに戸惑いを隠せないようだった。

「それじゃ、また」
「ちょっと、待ちなさいよ」

 納得いかない様子のアリスに店の奥の老婆が口を開いた。

「人の善意はお金で買うもんじゃないよアリスちゃん。行かせておやり」
「お婆ちゃん」

 老婆の言葉にアリスは口篭った。
 この二人、顔見知りなんだろうか?
 何とも納得のいかない様子のアリスを見かねてフェザが口を開いた。

「お前には借りがあった。オレ達はその借りを返しただけだ」
「借り?」

 あの時の事をアリスは忘れてしまったのか。

「ああ、あの時の事?あの時は仕方なかったもの。あんなの借りでもなんでもないわ」
「面倒くせぇ女だな。こっちが借りだっつってんだからそれでいいだろ」

 フェザの口調がまた喧嘩腰になる。そんなフェザの様子に言葉を抑えたのかアリスは少し考え込むように口を噤んだ。いつもなら言い返してくるはずなのに。暫しの間を置いてアリスは噤んでいた口を開いた。

「あなた達、また黒部屋へいくつもり?」

 唐突なアリスの質問に困惑する。
 また、あの部屋へ戻るか、と聞かれたのだ。僕らは結局あの部屋で依頼を引き受けないまま出てきてしまった。退魔の知識もゼロに近い。かといってなら一級殺人犯達と渡り合うのか、それはあまりにも無謀だった。
 アリスの質問に対する僕らの回答は無言だった。そんな僕らの様子にアリスは深いため息をついて言った。

「いいわ、お金が受け取れないって言うんなら決めた。少しの間だけあなた達と依頼組んであげるわ」
「はぁ!?」

 フェザのすっとんだ声が店内に響く。

「最初に組んでって言ったのはあなた達でしょ。私があなた達に退魔の初歩を教えてあげるって言ってるんだからありがたく思いなさい」
「ふざけるな、なんでオレがお前と組んだ上に指導されなきゃならねぇんだっつうの!」
「そんな簡単な理由もわからないの?あなたが未熟・・だからに決まってるでしょ。もっとも黒部屋の依頼から手を下げて今まで通り通常の依頼を請けるっていうなら話は別だけど」

 畳み掛けるようなアリスの言葉。
 言葉に詰まったフェザは僕の顔に迫って言った。

「マウス、オレは絶対嫌だからな」

 そんなフェザの意志とは関係なくアリスは話を進めていた。

「明日の夕方に黒部屋に来て。話はそこで」

 もはや、口を挟む隙は無かった。












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