〆S17 再会
■PHASE1■
黒部屋に浮かんだシルエット。
それは僕達を捉えると、動きを止めた。
「あなた達」
霞みを帯びた冷たくも可憐な声。
「なんであなた達がここに居るの」
歩み寄ってきたシルエットが次第に浮き彫りになる。
この声にそう問い掛けられたのはこれが初めてじゃない。
暗闇から現れたシルエットの正体は、あの時の紅瞳の少女、アリスだった。
「そういうお前こそ何でここに居るんだ」
「言わなかったかしら。私は退魔専門の請負人だって」
フェザの問いかけにアリスは凛として答えた。
確かにアリスは出会った時にそんな事を言っていた。
「あなた達、いつからここへ?」
「今日からだけど」
クーロンさんから許可を貰った旨をアリスに伝えると、彼女は迷う事なくこう言った。
「ここにある事件はあなた達には無理よ。おとなしく下へ行きなさい」
彼女の徹底したその態度にフェザが噛みつく。
「そう言われて、はいそうですか、って引き下がるとでも思うのか」
二人の視線が虚空で火花を散らす。
「あなたたちのためよ」
アリスの言う事は至極正論だった。何より自分達自身が、ここにある依頼を本当に自分達だけで解決できるか疑問だった。でも、フェザの気持ちも分かる。ここにある世界の事を知って、今まで通りの依頼をこなす日々に戻るのは正直抵抗があった。
「アリスはここの常連なの?」
話題を逸らしたかったのもある。僕の問い掛けにアリスは一瞥をくれると、壁際の依頼の方へと視線を流した。
「常連って程じゃないけど、私もまだこっちへ来て日は浅いし」
張り紙を見つめながらアリスはそう答えた。
「なんで上層街の人間が下層でスイーパーやってんだよ」
フェザのその言葉にアリスが急に振り向いた。それは、彼女の動揺だったのか、冷静な彼女が初めて見せた表情だった。
「なんであなた達に説明する必要があるの」
「まあ、確かに無いな」
そう言ってフェザは首を傾げてみせた。
何か言えない事情でもあるんだろうか。気には掛かるけど、彼女のさっきの動揺振りを見ると、とてももう一度聞く気にはならない。
「別にあなた達がどこで命を落とそうと勝手だけど、少なくとも私の見える範囲では死なないでくれる。迷惑だわ」
「見える範囲って別にお前と一緒に依頼受けるわけじゃねぇし」
「言葉を鵜呑みにしないで。私知性の無い人と話すの嫌いなの。こうして関わった以上、あなた達が死んでここの報告書にでも載ったら夢見が悪いでしょ?」
アリスの痛烈な返しにフェザの眉間に筋が幾本も浮かんだ気がした。
「アリス」
そんないたたまれない空気を誤魔化そうと思ったのか、自分でも思ってもいない台詞を僕は口にした。
「あのさ、良かったら僕らと組まない?」
吐いた言葉の意味を考える前に、そう言われたアリスの表情を見て僕は自分の愚かさに気づいた。固まっているのはアリスだけじゃなかった。隣に居たフェザは僕のあまりの迷走ぶりに引き攣った眼をぴくぴくと痙攣させていた。
「お前さ」
引き攣った笑いを浮かべるフェザ。その先の言葉は聞かずとも表情が物語っていた。
僕は馬鹿だ。この空気をなんとかしようと思って吐いた言葉が状況を悪化させた。これじゃ火に油じゃないか。
「悪いけど、はっきりと断るわ」
アリスの返答が聞こえた。その答えは当然というか何というか。
一瞬頭に過ぎった言葉を、何の考えも無しに口にしてしまった自分が悪い。でもよくよく考えてみれば悪夢退治に関しては僕らはまるで素人だし、彼女に教えて貰えるならそれは悪くない考えだったかもしれない。でも、そんな事を考えても今となっては意味がない。
「足手纏いだもの」
アリスの追い討ちの言葉が胸に突き刺さる。確かに、アリスからしてみれば僕らを連れて歩くのは足手纏い以外の何物でもない。でも、こうまではっきり言われると惨めを通りこして何だか自分が哀れだった。
「これだから上層の人間はムカつくんだ。劣下思想の典型だな」
苛立ちを隠さないフェザの言葉に、アリスの瞳に明らかに怒りの色が浮かんだ。
「取り消しなさい、今の言葉」
「何だ、図星指されて怒ってんのか、お前も見かけどおりまだガキだな」
その刹那、目の前をアリスの腕が素早く横切った。
「何すんだテメェ!」
突然頬を叩かれ激昂するフェザ。ただ怒っているのはフェザだけじゃなかった。
瞬き一つせず、フェザを睨みつける紅い瞳。
「止めなよ二人とも!」
慌てて制止に入る。売り言葉に買い言葉とはいえ、二人の亀裂は決定的だった。
「さっさと俺らの前から失せろ」
「フェザ、落ち着きなよ。アリスだって僕達に悪気があってあんな事言ったんじゃないんだよ」
どうしてこんな事に。折角再会したっていうのに。
「アリス、御免。フェザだって君と争うつもりは無いんだ」
アリスはじっと僕の顔を見つめそれから言った。
「勝手にするといいわ」
そういい残し彼女は部屋から去っていった。
■PHASE2■
アリスが去ってから、結局僕らは依頼を決められないまま一度黒部屋を後にしていた。
――気がむいたらまた来な――
煙草を吹かしたクラウザーの顔が脳裏を過る。
すっかり夕闇に染まった噴水広場の女神像の前で、僕はさっきあった出来事を思い返していた。
「で、どうすんだ。本気でそれあいつに渡しにいくつもりか」
掌には小さなペンダント。アリスが去った後、落とされていたものだった。
――勝手にするといいわ――
多分、フェザを平手で叩いたあの時落ちたんだ。
蓋を開けるとそこには微笑み合う三人の親子の姿があった。真ん中で赤ん坊を抱いているこの女性がきっと母親だろうか。その隣で微笑んでいるこの女の子は、アリスに似ているけど、写真の中で微笑む彼女の瞳は透き通るような青だった。その瞳と対象的に輝く紅い瞳が写真には映っていた。真ん中で抱かれている赤ん坊。きっとこの子がアリスだ。
「きっと大切なものだと思うんだ」
「お前もほんとお人好しだよな」
そう言って深いため息を吐くフェザに僕はごめんと謝った。
「行き先のあてはあるのか?」
フェザは煙草を口にくわえながら、僕に尋ねてきた。
「ないよ、まだここからそう遠く離れてないと思うし。探していなかったらこれクラウザーに預かってもらおうかと思って」
「クラウザーってあいつ信用すんのか?」
「やっぱり?やっぱ自分で持ってた方がいいかな」
「どうだか。ただ俺達が持ってるとまた会う保証なんてどこにも無いしな。そうなるとただのひったくりだぜ」
フェザの言うとおり善意が逆に裏目に出る可能性もある。そうなると、やっぱりクラウザーに預けた方がいいんだろうか。とにかく、今はアリスを探して早いとこ返してあげないと。
「聞き込むか」
フェザは煙草を吹かしながら言った。
確かに、それは有効な手かもしれない。ここ下層じゃアリスの格好は目立つ。明らかに常人離れした術装に身を包んだ彼女なら探すのはそう難しくないはずだ。
「そうしよう」
「提案しといて何だけどな。そこまでやる必要あんのかオレ達」
「そう言っててもやってくれるんでしょ?」
僕の言葉にフェザは舌打ちをして煙草を地面で踏み消した。口ではそう言っててもフェザはこういう時必ずやってくれる。
「さっさと渡して終わりにしようぜ」
「うん」
そうして僕らは夜街の雑踏へ向かって走り出した。
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