〆S16 黒部屋<ブラックルーム>
■PHASE1■
街で時間を潰していると、辺りはいつの間にか夕闇に包まれていた。
クーロンさんに言われた通り、僕らは再びギルドを訪れていた。
ギルド脇の細い路地を通じて裏へと回ると、そこには二階へと上る鉄の階段があった。
「こんなとこあるなんて知らなかったな」
確かに、それなりに長い事この辺りに居座っているのに、ギルドの裏へなど回った事は無かった。
駆け上った鉄の階段がカンカンと音を立てる。
「よっと」
一息に階段を飛び上がると、薄っぺらな鉄板の足場が小刻みに振動した。
その足場と隣り合うように聳え建った蔓が生え渡った灰色の壁。
「ここか」
階段を上った足場の壁には伸びた蔓に隠れるように古びた木の扉があった。
まるで人気を拒むかのように、その扉は暗闇の中、ひっそりと形を潜めていた。
「ここでいいのかな?」
僕がそう呟いた時にはフェザは扉に手を掛けていた。
「あれ、開かねぇぞ」
フェザは扉の鉄輪をカチャカチャと鳴らしていた。
「引くんじゃなくて押すのかこれ」
扉は押してみても開く事は無かった。
「どっちでもないな。なんだ、この扉」
来るのが早すぎたんだろうか?それとももしかしてここじゃないのか?
ポケットの中をまさぐっていたその時、ふとある事を思い出した。
「もしかしてさ」
ポケットから取り出した鍵型のペンダントをフェザに見せる。
「ああ、これ使うのか」
フェザもそう言ってペンダントを懐から取り出した。
取り出したペンダントを首に掛けフェザは扉の鍵穴を確認し差し込んだ。
「入った。なるほど、そういう事か」
小さな金属音と共に扉の錠が外れた。
「入るか」
扉を引いたフェザに続いて中へと入る。扉の鉄輪に手が触れるとひんやりと冷たかった。
「お邪魔します」
僕の発した声が湿った空気の中で籠った。中は薄暗かった。入ってすぐ目の前には年代を感じさせる木製のカウンター。その両脇には部屋の奥へと続く暗闇が見えた。
部屋へ入ってまず感じた事。それは明らかに下とは異質な雰囲気だった。何とも言いがたい奇妙な緊張感。何か踏み込んではいけないところへ足を踏み入れてしまったような、そんな感覚だった。そして、そんなプレッシャーに当惑する僕らを見つめる不敵な眼差し。
カウンターに座る眼帯の男。男は煙草を吹かしながら薄気味悪い笑みを僕達に向けていた。
「あの、すいません。ここって」
「ここは子供が来る所じゃねぇ。さっさと出て行け」
僕の言葉を遮るように、口元に生やした髭を撫でながら男はそう告げた。
男の言葉には威圧感があった。それは並の人間のそれとは違う何か肌にビリビリと伝わってくるものだった。ただいきなり出て行けと言われても、すぐに引き下がる事も出来ない。
「俺等もおっさんに用があるわけじゃない。クーロンに言われたから来ただけだ」
ガキという言葉にムッとしたんだろうか。フェザは喧嘩腰にそう言った。
フェザの言葉に男の眉がピクリと動いた。
「クーロンからの紹介だと」
そう言って男はくわえていた煙草を手にとった。薄暗い闇の中で煙草の先端から赤色に輝く光が明滅してパラパラと落ちる。
「確かに、ここへ入ってきた事がその証拠か」
そう言って男は再び煙草を口にくわえた。
男が何を一人で何を納得しているのか、わからないけど歓迎されていない事だけは確かだった。
「しかし、クーロンの奴もヤキが回ったもんだ。まさかこんな子供共に此処を教えるとはな」
フェザの眉間に筋が立つのが見えた。
「おっさんこそこんなとこで何やってんだ。一人で飯事が趣味とか言うなよ」
フェザの言葉に男の薄ら笑いが止んだ。
「クラウザーだ。ガキ、口の聞き方には気をつけろ」
険悪な空気が漂う。クラウザーと名乗った男はこちらをじっと睨みつけながら静かにその口を開いた。
「クーロンからここの事は何も聞いてねぇのか。あの野郎」
クラウザーは煙草の煙を大きく一吹きした。
「ここはな。ギルドに寄せられる数多い依頼の中でも危険な依頼専門に扱ってる言わば上級請負人専門の依頼部屋だ」
「上級請負人?」
上級請負人、それは初めて聞く言葉だった。
「危険な依頼と言っても、その内容はピンキリだ。うちが扱ってるのはそん中でも、黒のみだ」
クラウザーはそう言ってまたあの不敵な笑みを浮かべた。
スイーパーの仕事は雑務から、中には命にまで関わる危険な仕事まで様々だ。そんなスイーパーの仕事の中でも最も危険なのが、悪夢や一級犯罪者達に関連する仕事。これらの依頼はその危険性から黒依頼と呼ばれる事があるって聞いた事がある。
「黒依頼……」
「そう、怯むなよ、さっきまでの威勢はどうした?」
そう言ってクラウザーはくっくと笑った。
「誰がビビッてるって?早く情報よこせよ」
「そう慌てるな。情報は逃げやしねぇ」
憤るフェザを前にクラウザーは嘲笑いを崩さない。
黒依頼。噂には聞いてたけど本当にあったなんて。
「お前等に一つ聞くが」
クラウザーはそう切り出した。
「何だよ」
敵意の眼差しを向けるフェザ。
「この先へ進む連中を幾度と無く見てきたが、一つ疑問でな」
「だから、何がだ?」
クラウザーはじっと僕らをじっと見据えていた。
「死ぬ覚悟は出来てんだろうな」
思いもよらぬクラウザーの問いに身体が固まった。
勿論、そんな覚悟は出来てるわけがない。ここへ来たのはクーロンさんに言われたからただ来ただけだ。いきなりそんな事を言われても到底、はい、なんて言えるわけなかった。
「答えられねぇとこ見ると、答えはNOって事だな」
クラウザーは煙をまた一吹きすると、僕らに言った。
「止めとけ。お前等には無理だ」
その言葉に、僕らはただ薄暗い部屋のカウンターの前で立ち尽くしていた。
「この扉をくぐってくる連中ってのは一線を越えた連中ばかりだ。死なんざ常に隣り合わせ、
死ぬ事に何の躊躇いも無い、そういう世界だ」
クラウザーは煙草を灰皿に置いた。
「見たところ、お前達はまだ若い。死に急ぐ事はねぇ。だから止めとけ」
クラウザーの言葉に僕は何も言い返せなかった。
「やるかやらないかは俺らが決める。それにあんまり甘く見るなよ。死線ならオレらだって潜り抜けてる」
クラウザーは再びくっくと笑いを漏らした。
「連れはそう言ってるがそっちの小僧はどうなんだ。顔色悪いぜ」
クラウザーは僕に向かってそう言った。
突然の状況に凍てついていた思考が静かに回り始める。
これは僕にとってチャンスかもしれない。ここに悪夢の情報が集まるというのなら、あいつの情報もここにあるかもしれないからだ。
忌まわしい記憶の元凶。
それは最も思い返したくない悪夢の記憶。
僕の生涯の仇。ロゼ。
正直逃げ出したい気持ちもあった。死ぬ覚悟なんて出来ていなかったし、何よりここの空気が好きじゃなかった。
「僕は退かない」
気づくと僕はそう答えていた。
■PHASE2■
――奥へ行け――
クラウザーに通されて僕らは部屋の奥へと足を運んでいた。薄暗い部屋の壁に点々と灯るランプの光。その光の下には、幾つもの張り紙が並べられていた。
張り紙に書かれている内容は全てが第一級犯罪者、そして悪夢に関する黒依頼ばかりだった。
ここが黒部屋と呼ばれる由縁を僕らはひしひしとその身体を以って感じていた。
「どれも知らない事件ばかりだ」
「僕達の知らないところでこんなに」
僕達はそのあまりの多さに動揺を隠せなかった。張り紙の中にはあのシャドウグールに纏わる依頼も幾つかあった。
「シャドウグールか。無理だよな」
フェザが静かに呟いた。
その張り紙の横には第一級犯罪者達の懸賞金が一覧として張り出されていた。そのどれもが第一級という称号に相応しい金額が並べられていた。僕達が一週間前に遭遇したあの事件の事など、ここでは何も記述されていなかった。ここに載っている事件の前では、あの事件は微々たる事件に過ぎない。そう感じせざるを得なかった。
「『切り裂きJACK』、懸賞金450000ペイン。『赤薔薇』、懸賞金630000ペイン。すごいどれも桁が違う」
「『嘲笑う者』、こいつなんて懸賞金990000ペインだぜ」
世界が違う。そう感じた。クラウザーの言った通り、ここは常人が足を踏み入れてはならない世界だった。
「どうする?」
「どうするって言われても」
間違っても今見ているような依頼を請け負ったら待っているのは確実な死だった。僕らが出来るとすれば、この中でももっとも危険度の低い任務を選んでやるしかない。でも、僕らが出来る任務なんてここに本当にあるんだろうか。
二人きりの部屋で、僕らがその場にただ立ち尽くしている事しか出来なかったその時、部屋に一人の人影が現れた。
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