〆S15 悪夢の夜が明けて
■PHASE1■
あの事件から一週間が過ぎた頃。僕らは相も変わらずの生活を送り始めていた。
事件の傷跡は風化したわけじゃない。あの事件の事は、僕ら二人の間で禁句。それは思い返したくもない悲しい過去だった。あの事件から立ち直れた事は、正直自分でも驚いている。どんなに悲しい出来事があっても、結局人間は生きるために前を向かなくちゃならない。それこそ、この下層じゃ生きる気力を失った者に優しく手を差し伸べてくれる人間なんていない。僕達が生きる以上、下を向いている暇なんて無かった。
ただ一つ気になるのはあの時偶然にも出したあの不思議な力。
――アンティーク――
ドナテロは僕の事をそう呼んだ。アンティークという言葉を知らなかったわけじゃない。ただその存在は僕らにとってあまりにも実感が湧かないものだった。
アンティーク。それは人間の中でも特異な存在。いわゆる人として在らざる特異な能力を持った人々の事を指す。その存在は極めて異質。
そんなものに僕がなったなんて到底考えられなかった。
それに、あれからいくら試しても炎はおろか煙さえ出せなかった。
きっとあれはあの時だけの特別な力だったんだ。
「さてと、久々に行くか」
片手に持ったサンドウィッチを平らげてフェザが言った。
「そうだね」
中央広場にて、二人合わせて10ペインの朝食をとった僕らはギルドを見上げながらそう言葉を交わした。
■PHASE2■
両開きの木の扉をくぐり、ギルドの中へ入るとあの湿った匂いが鼻についてきた。
目の前のカウンターには並ぶ人の姿は見られない。
「お、今日は空いてるな。こんちはー」
「こんにちはー」
僕らが挨拶して中へ入ると、受付の女性が僕達に「こんにちは」と言って微笑み掛けて来た。肩まで流した長い黒髪に黒い瞳。優しい瞳をしたその女性は僕達の目には新しかった。
「あれ、新しい人?見たことないけど」
「ええ、今日から入ったんです。マーズフェリアと言います」
そう言って彼女は僕達にお辞儀をしてきた。つられてお辞儀を返す。
「いつものあのおばちゃんどうしたの?」
躊躇無くタメ口のフェザ。
「叔母はちょっと身体の調子が悪くて、今日から私がここで働く事になりました」
叔母?って事は娘さんか。
「そうなんですか、叔母さん大丈夫ですか?」
「ええ、お気遣いありがとうございます。今は自宅で療養してますので大丈夫です」
笑顔を絶やさずマーズフェリアさんはそう言った。
「これからよろしくお願いしますマーズフェリアさん」
「マリアでいいです。こちらこそこれからよろしくお願いしますね」
マリアさんは人の良さそうな人だった。前のおばちゃんも優しくていい人だったけど。
そうか、身体悪いのか。
僕達がさぼっている間に、ギルドでもちょっとした変化があったようだった。
「さて、ロビーで仕事探すか。何か今日良さそうな仕事ってある?」
「え、あ、はい。そうですね」
フェザの質問に不慣れな手つきでマリアさんが資料をめくり始めたその時。
「あれ、君達は」
奥からもう一人のギルド職員がやってきた。彼の顔は見た事がある。
あの事件で、お世話になった一人だった。
「クーロンさん、でしたよね。どうもあの時はお世話になりました」
「いや、こちらこそ。ここのとこ見なかったから心配してたんだ」
あの二つの影を見た時、それを報告して記事にまとめてくれたのがこのクーロンさんだった。クーロンさんも人あたりの良い話しやすい人だった。
「今日は仕事探しかい?」
「ええ、まあ」
僕らの答えを聞いてクーロンさんは少し考えるような仕草を見せて呟いた。
「君達なら、上に通しても問題ないかな」
上?
「上って何ですか?」
僕の問いに答える前にマリアさんが驚いた様子で立ち上がった。
「局長、この子達を黒部屋へ通すつもりですか!?」
黒部屋?
聞き慣れた事のない単語に当惑していると、クーロンさんがマリアさんをなだめるように言った。
「君は今日入ったばかりだから知らないかもしれないが、こう見えてもこの子達はあの連続首斬り事件を解決したんだ」
マリアさんの驚いた表情が僕らに向く。
「まだ若いが素質としては充分だろう」
「どういう事?」
話のわからない状況で、フェザが口を挟んだ。
「いや、すまなかったね。実はこのギルドにはもう一つの依頼部屋があってね」
「もう一つの依頼部屋?」
このギルドの二階に存在するもう一つの依頼部屋。
知る人しか知らないその部屋の名は、通称『黒部屋』と、そう呼ばれているらしい。
――日が暮れたら、ギルド裏の階段から二階へいってごらん――
そう言ってクーロンさんは赤い宝石のついた鍵型の小さなペンダントを渡してきた。
クーロンさんは部屋について多くを語らなかった。
――行けばわかるよ――
僕らはクーロンさんの言葉を耳に残して、一度街へと引き返した。
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