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nsf投げっぱなし劇場

世界の隙間(暑い)

作者:藤村 由紀
 


 家の外に一歩出たら、そこはサウナの中だった。
 意味が分からない、と思う。
 確かに私はついさっきまでだらっとしながらスマホを見ていたはずだ。
 なのに、今はサウナの中。
 一体何が起きたのか、まったく分からない。
 私はあらためて、オレンジ色に染まる広いサウナを見回す。

 半円形のサウナはよくある木造りで、壁に沿って三段の階段状になっている。
 その上には等間隔でマットが敷かれていて、十人ちょっとは座れる計算だ。
 でも今は私一人。熱気はすごい。壁の温度計は80℃を指し示していた。
 一見してスーパー銭湯にある普通のサウナだ。
 私は熱気に浮かされながら、手に下げたクマのぬいぐるみを見下ろす。
「実は、私の家はスーパー銭湯の中にあった、とか……」
「違います」
「うわっ」
 びっくりして振り返る。
 今まで自分しかいないと思ってたのに、一体誰か……と思ったら、そこにいるのはちょっと焦げたチクワだった。
「なんだ……チクワか」
「なんだで済むって、あなた図太い人ですね」

 熱されきった木の床に立っているのは、一本のチクワだ。
 別に等身大でも手足が生えてるわけでもなんでもない。ただのチクワが床に立っている。

 私は身を屈めてチクワを持ち上げてみた。下に何もないことを確認してチクワを元通り下ろす。
 チクワはその行為に苦言を呈してきた。
「何するんですか、食べられるかと思いましたよ」
「初対面のチクワを食べないよ……どれだけ私を非常識だと思ってるの」
「じゃあ何で持ち上げたんですか」
「どういう仕組みで自立してるのか気になって」
「他に気にすることはないんですか」
「サウナ」
 中々に暑くなってきました。これは服を脱ぐべきか否か。私はクマと顔を見合わせる。
「困ったクマー」
「いや、あなた結構余裕ですよね。今までここに来た人の中で一番です」
「サウナに来た人の」
「いやサウナでなくて。サウナから離れましょう」
 サウナにいるのにサウナから離れようとは何を言ってるんだろう、このチクワは。
 でもなんかチクワに悪い気がしたから黙ってみることにした。そうだよね、クマー。
 チクワは現状について説明してくれる。

「ここは、世界を調整する時の避難場所なんです」
「避難場所?」
「ほら、掃除機をかけるとき、床に落ちているものを一時的に棚に乗せたりするでしょう。同じように、世界がたまたま今、あなたのいた場所に調整をかけてるんです。だからあなたはここに避難させられてるわけで」
「その避難場所をサウナにした理由を知りたい……」
「元は何もない真っ白い空間だったんですよ。でも、ある程度ここは人の思考や希望を反映させる力が充満してるので……最初に来た人がサウナを望んだんでしょう」
「サウナで待たされる人のことも想像してほしかった……」
 言っちゃなんだけどめっちゃ暑いから。辛い。手に持ったクマも心なし萎れてきてる。
「じゃあその人は、サウナでチクワと語り合いたいって思ったのかな……」
「私がこうなっているのは、あなたの三人前にここに来た時、チクワを持っていたからですね」
「待ってなんか日本語おかしい」
 チクワなのにチクワのことを他人事みたいに言わないで欲しい。
 それじゃまるで、チクワが元はチクワじゃなかったみたいじゃないか。
「私も元はチクワじゃなかったんです」
「聞きたくない情報だった」
「聞いた方がいいですよ。ほら、よく見るとサウナのあちこちに先人の遺物があるでしょう」
「ええ……?」
 言われて私はサウナの中を見回す。
 一見何の変哲もないサウナなんだけど……あ、実はこのサウナ、ドアがない。だから外に出られません。今更だね。


 私はサウナの一番上の段に、一冊の分厚い本が置かれていることに気づいた。
「うわ、本がある。痛みそう」
「あれが先人の置いていった遺物です。世界の調整は突然ですからね。人がここに転送される時、咄嗟に持ったものもついてきてしまったりするんですよ」
「咄嗟に百科事典を持つって、実は余裕があるんじゃないですか」
 あれ結構でっかいし重いぞ。
 私は本が置かれていた場所に座ってそれを読もうとしたが、一番上の段は暑かったので百科事典だけ持って降りた。
 うん、これ結構面白いな。時間潰せそう。持ち物としては正解かも。
 私はそこで、はっと気づいた。
「あ、でも、本だけここに残ってるって、持ち主は干からびたんですか?」
「調整が終わったので再転送されました」
「本が置き去りなんですが……」
 現実に戻ったら高い本がなくなってるとか、それちょっとショックじゃないだろうか。
 しかしチクワはチクワの体を振った。
「いえ。ここにある物は思考の反映なので、実物ではなく」
「ああ、現実にはちゃんと本があるんですね」
「じゃなかったら結構高級品とかもありますからね。大事なものを持っちゃう人多いですし」
 そう言ってチクワが指し示したのは……いや、チクワが指し示したりとかできないだろ。なんとなく雰囲気で「あっち」って感じがした方を見ると、確かにぱらぱらと物が残っている。
 私は壁際のそれらに歩み寄ると、高級っぽい万年筆を手に取った。
「これなんかサウナに置いちゃまずそうなやつ……」
 ペン先を見ると、綺麗な金色だ。あんまり暑いところに置いたら歪んじゃいそうな気もするぞ。
 チクワも隣で頷いた。
「ですよね。本人もそう言ってます」
「本人て」
 何か嫌なこと言ったな、と思った瞬間、隙間風に似た音が聞こえて私は押し黙る。
 私はチクワと顔を見合わせ―――― おそるおそる、ペンに耳を近づけた。
 蚊の鳴くような声が聞こえる。
「……たす……け……て……」
「うわっ、喋った!」
「……サウナじゃないとこに……おいて……」
「何これこわい」
 喋る万年筆とか恐い! って思ったけど喋るチクワもいい勝負だった。そのうち私のクマも喋るかもしれないクマー。
 サウナに出口はないので、私は仕方なく干からびかけた万年筆を床に戻した。

 チクワがしたり顔で頷く。
「世界の調整が終わっても、たまに無事に戻れなかったりするのです。その時は、体だけが元の世界に戻って、魂は作られたアイテムに固着します」
「今すっごい知りたくないこと言った」
「固着します。私も昔はチクワではなく、一般的な社会人でした」
「咄嗟にチクワを持ったばかりに!」
 これは恐い。人間、急場の判断に自分が表れてしまうのかもしれないけど、チクワになるとかまさか予想もしないだろう。
 他に何かないか探す私は、中身が半分残ってる弁当箱を見つける。
「あ、これ気持ちわかる……食べてる途中だったんだろうね」
「それを持ち込んだ人は無事帰れた組です。帰って残りの弁当を食べられたんでしょう。羨ましい」
「あなたはチクワを食べるどころかチクワになったしね」
 しかしこれ、無事帰れる人と残っちゃう人の区別はどこにあるんだろう。
 少なくとも私はサウナに居続けたくはないんだけど。かなり暑いし。辛い。ここをサウナにした最初の人を恨む。
 直立するチクワは、私の考えを読んでいるように言った。
「チクワになる人とならない人の違いはどこにあるのか、って不思議に思っているでしょう」
「チクワはあなただけですけどね」
 なんだろう明確な基準があるなら知りたい。床に座って百科事典を読み始める私に、チクワは言った。
「簡単な話です。ここに残ってしまうかどうかの基準は……」
「基準は?」
 まるで手招くようにうねるチクワにつられて、私は身を屈める。
 チクワは私の耳に囁いた。
「―――― ここに縛られた魂の言葉に、どれだけ耳を傾けてしまうかですよ」





 サウナは暑い。
 ぬいぐるみの体なら尚更だ。ここをサウナにした最初の人を恨む。
 百科事典を開きながらチクワをかじっていた私は、ふと人の気配を感じて顔を上げた。
 そこには空の弁当箱を持った青年が呆然と立っている。
「何だここ。何でサウナに……暑い」
 私はその呟きに、答えを与えてやろうと、意気込んで立ち上がった。

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