初の対決では、互いの姿を確認できず
時を経て出会ってみれば、それは偽りの姿
何度対峙しても勝敗が決まるわけではなく
ただ無意識に信頼することが増えるだけ
それぞれの戦いに出向いたのは3ヶ月前
――そして今日という日に真実の姿で2人は出会う――
2人の人間が姿を消して、約3ヶ月が経過した。
その3ヶ月の間、ニュースやワイドショーでは、連日大きな闇組織の摘発や、逮捕の報道が流れ続けていたが、
その裏で動く2人の影は全く情報が漏れていなかった。
2人がそれぞれの戦いへと向かったのは、厳しい寒さの日だったが、
現在の季節は小春日和と言われる3月末である。
日本で春休みを満喫する人が多い中、2人の交わした約束が果たされる時が来たのだ。
3月31日、朝。
1枚のカードがある家へと届いた。
その家は、日本の誇る名探偵の住む米花町2丁目21番地、工藤邸である。
一時、姿を消していたその家の息子、工藤新一こそ、2人のうちの1人だ。
高校生探偵として活躍していた彼は、突然消え、そして突然戻ってきた。
連日ニュースを賑わせる原因の1人でもある。
だが、彼が関わっているということはトップシークレット。
それは、彼自身や周りの人を守るためでもある。
そんな逮捕劇が一段落つき、以前のような世の中に戻ったころ、そのカードが届いた。
真っ白な封筒に流れるような文字で「工藤新一様」とだけ書いてある。
差出人は書いておらず、消印やこの家の住所も書かれていないことから、直接投函されたことがすぐに分かる。
それを一目見た新一は、一瞬怪訝な顔をした後ニヤリと笑い、家の中へと入っていった。
家の中に入り、新一は、白い手紙を持ったまま部屋へ行き、
机の引き出しから1枚のカードを取り出してリビングへと戻ってきた。
ソファーに座り手紙の封筒を開けつつ
「やっぱり来たか……」
と、1人呟く。
出てきたのは封筒と同じく真っ白のカード。――今はもう、目にすることのなくなったもの。
それは、怪盗キッドからの予告状だった。
共同戦線を張ったのは、もう4ヶ月以上も前のことになる。
そして3ヶ月前、それぞれの戦いへと出向いたのだ。
新一は先陣を切って指示を出し、キッドは裏から手を回し、2つの大きな組織を壊滅へと導いた。
真っ白な戦闘服に包まれたあらゆる謎の持ち主と交わした、たった1つの約束。
その招待状のようだ。
文面は、昔のように暗号で書かれているのではなく、至ってシンプルだった。
封筒に書かれていたのと同様に、文章は手書きで流れるように書いてある。
『時は来たり
再会はウソの日に』
「オイ、今晩じゃねーか」
苦笑しつつも、今夜の予定を素早く確認する。
そして、呟いた後、持ってきたカードを読み返す。
『再会は
お互い嘘をついた
あの場所で』
約3ヶ月前、最後に会ったときにもらった最後の予告状だ。
これは場所を指定したものであり、今日届いたのは時間を指定したものだ。
前にもらった時は、いつ再び会えるのか分からなかったから。
場所だけ指定して、あの白い怪盗は姿を消した。
「楽しみだなぁ、キッド?」
2人の再会に、これほどふさわしい日はないだろう。
まるで図ったかのような日付の指定に、ちょっと笑いがこみあげる。
そして、今は呼ばれることのなくなった名をそっと口に出した。
その声は、新一以外誰もいない工藤邸にかすかに響いた。
あの白い怪盗が姿を消した。専任の警部は、突然いなくなった存在に悲しそうに
「ようやく肩の荷がおりたわ」
と呟いていた。切ないような、嬉しいような複雑な表情で。
あの怪盗を追いかけることに生き甲斐のようなものを感じていた熱血警部は、
今もなお、どこかにいるのではないかと心のどこかで願っている。
―――たとえ、姿を現さなくても。
そして時は過ぎ、翌4月1日、0時15分。
エイプリルフールである。
ウソをついてもいい日なんていう、どういう由来があるのか分からない日に、2人は衝撃的な顔合わせをした。
互いに偽りの姿で、ウソの名をついて。
場所は、現在新一が立っている杯戸シティホテル屋上である。
しかし、待ち合わせの時間にはちょっと早く来すぎたようだ。
「あの時はヘリが飛び回ってて、にぎやかだったな……」
と、しばし回想にふける。
今思うと、あの煩さの方が異常であり、現在の静けさの方が通常なのだ。
風が吹きつけ、さすがに寒さも感じる。
小春日和といっても、こうも夜中ではさすがに寒い。
紺のトレーナーにGパンだけではちょっと薄着すぎたようだ。
ふと、空気が変わった。
今は感じることのない、冷涼で凛と澄んだ気配。
そんな気配の持ち主は1人しか知らない。
待ち人の到着である。
振り返ると、昔のままの白い姿で音もなく降り立った怪盗の姿が。
夜空に浮かぶ細い月を背に、白のマントが風に揺れる。
フッ……と新一が笑うと、相手も笑ったようだ。逆光ではあるが、口元がかすかに見える。
怪盗が歩くたびに、コツコツと足音が響く。
その音が、あの時の会話を思い出させた。
―――ボウズ、ただのガキじゃねぇな……
―――江戸川コナン、探偵さ……
手が届くわけでもなく、遠いと感じるわけでもない。
そんな微妙な距離で、怪盗は立ち止まった。
「わりぃが今日は花火の持ち合わせがねぇんだ」
新一がまず口を開いた。
「そうですか、それは残念です。――お久しぶりですね」
「あぁ、そうだな」
実を言うと、姿を見たのは約束を交わした日が最後だった。
「元に戻られたのですね」
「おかげさまで。約束が果たせて嬉しいゼ?」
「えぇ、本当に。――私達はここで出会ったんですね」
「あぁ、あの時はいけすかねぇ野郎だと思った」
「ひどいですね」
「批評家なんて抜かすヤツ、気に入るわけねぇだろ?」
「私は気になっていましたよ? 『子供』の容姿とは裏腹の視線の鋭さと気配があまりにも強烈でしたから」
屋上に1人でいた『子供』の存在。見つけたときは、本当に驚いた。
その切れる頭と、鋭い視線に不謹慎ながらわくわくもした。
何度も顔を合わせるうちに知った本当の姿に、驚いたが納得できた。
「それはオレだって同じだぜ? オメェの気配は分かるからな」
初めて姿を見た時は、何だコイツはと思った。
だが、こんなに印象に残る犯罪者もいなかった。
一切、血の流れない現場。安心して追いかけることが出来た。
「それは光栄ですね」
ふと間があく。
「――もう、その服は着ることはねぇんだろ?」
「えぇ、これを着るのは今日が最後です。もう怪盗キッドが現れることはないでしょう」
「そうか」
神妙な顔つきで新一が頷く。
あの警部は、きっとこれからも待ち続けるだろう。
いくら待っても現れることのない、今、目の前にいる白い怪盗を。
「というわけですので……」
だが、キッドはふわりと笑う。
その微笑は、探偵が浮かべた複雑な表情を全て知った上で一掃するかのごとく、柔らかいもの。
「あ?」
「怪盗キッド最後のマジックショー、とくとご覧あれ」
言い切るやいなや、パチン! と指を弾く音がした時、新一の視界は白に染まった。
「えっ!?」
ハトだった。それも大量の。
一斉に大量のハトが現れ、夜空へ飛び立っていく。
これも、いつかの時のようだ。ハトにまみれたあの男は一瞬で姿を消していた。
その時のことを思い出し、思わず顔を歪める。
それを目で追い、白い絨毯のようになったハトの群れを見送った後、顔を再び正面へと向けると、
そこには、白ではなく黒があった。
派手な若者向けのジャンバーにGパンをはき、フワフワとはねた髪の毛が風に揺れる、
驚くほど新一に似た顔立ちの男が立っていた。
もちろん、その姿が共同戦線を張ったときのものと同じだということに、すぐ気づいた。
きっとこれが素顔なのだろう。
わざわざここで新一に変装してみせる必要はない。
あの時は、本来の自分の姿に変装してみせた怪盗に怒ったが、
まさか素顔だとは思わなかった。
「――で、言うことは?」
色々思うことはあるものの、新一が短く尋ねる。
「黒羽快斗といいます。黒い羽に、快晴の快で北斗七星の斗。これからよろしくお願いしますね」
笑いながら快斗が答える。
だが、気配は未だ怪盗のままで……。
「昼間もその気配まとってる気か?」
「まさか!」
雰囲気がガラリと変わる。
「普段のオレはこんな感じだよ?」
しゃべり方まで変わっている。
「オレは工藤新一。探偵だ」
「うん、知ってる」
一瞬、間が空く。
そして、目の合った2人は同時に吹き出した。
笑い声は次第に大きくなり、2人して涙まで出てくる。
その大きな笑い声は、夜の冷えた空気の中へと消えていった。
初めて会ったのは、ウソの日。
互いに偽りの名を名乗って、警戒して、意識して……。
それから、何度も対峙しては会話を交わした。
互いが認め合う好敵手となり、最大のライバルとなった。
しばらく会わずに再会したのも同じウソの日。
ようやく名乗れた本名に笑いがこみあげた。
これから始まる生活は、どれも本物。
「まさか、名前ウソついてねぇだろうな? 『今日はエイプリルフールだから』とか言って」
「ちょっ! 信じてよ!」
「冗談だ」
「あのねぇ……」
|