ずっと一緒
久しぶりにある友人の家を訪ねた。居間に骸骨の標本が飾ってあった。前に来た時はそんなものはなかったので、僕は少しビックリした。多少は変わった趣味を持った奴ではあるけど、まさかそんなものを飾るとは思っていなかったからだ。
「どうしたんだよ、あれ?」
と僕がそう尋ねると、「まぁ、な、気にするな」とそんな返しをする。不可解に思いつつも気にしないでいると、そのうちに奴は酒を出して来た。有難くいただく事にする。肴も奴が自分で用意しているのを見て、僕はこう尋ねた。
「彼女はどうしたんだよ? 別れたのか?」
奴には少し濃いめだが美人の彼女がいたのだ。一緒にいるのをよく見かけた。その彼女は世話を焼くのが好きで、こんな時はいつも手料理なんかを御馳走してくれたのだ。それに奴はこう答える。
「まさか。ずっと一緒だよ、あいつとは」
僕はそれにこう返す。
「はっ 羨ましいね、あんな美人と」
「そうかい?」
その奴の言い方には、妙な含みがあるような気がしたが、僕は敢えてそれには触れなかった。少しの無言の間の後で、奴はゴクリと酒を大きく飲み込む。
奴の性格はそんなによくない。高慢なところがあって、直ぐに人を見下す態度を執る。仕事の部下はきっと苦労しているだろう。そんなだから、その彼女に対しても奴は威張り散らしていた。彼女も辛い目に遭っている事だろう。よく別れないでいるものだと僕は思う。
そのまましばらく僕らは無言で酒を飲んだ。奴のペースはかなり速くて、泥酔とは言わないが、既にかなり酔っ払っているように思える。
「お前、運良くあんなに綺麗な彼女ができたんだから、大事にしろよ」
話題がないのも辛いと思い、僕はある程度飲んだところでそう言ってみた。すると奴は、こんな事を言うのだった。
「お前は知らないから、そんな事が言えるんだよ。あいつはお前が思っているような女じゃないぜ。はっきり言って化け物だ」
「化け物ぉ? あれで化け物だったら、世の中に美人の女なんていないぞ?」
なんて贅沢な事を言う奴だと僕は思ったのだが、どうやらそれは容姿が醜いだとかそんな意味ではなく、本当の意味での“化け物”という事らしかった。奴は言った。
「初めにおかしいと思ったのは、仕事の最中に窓の外を見て、あいつがいた時だった。あいつはビルの外にいて、俺に向けて手を振りやがるんだよ。仕事が終わってから、どうして来たのかと尋ねたら、“だって、ずっと一緒って約束したじゃない”だとよ」
僕はそれを聞いて、こう想像した。つまりは、彼女は男に対する極度な依存癖を持つ異常な女だったのか、と。しかし、そう奴に訊いてみると、「それも、ちょっと違うなぁ」とそう応えるのだった。
「俺もそう思っていたんだよ。だから、“少しくらいは離れていろ! 別れる気はないから!”ってそう言ったんだ。ところが、それでもあの女は離れない。家に俺がいる間もずっといるし、それまでは気付いていなかったんだが、通勤の間も付いて来ていた。もちろん、仕事の最中もビルの外にいる。気持ち悪くってさ。だから俺はそんな事はするなって言って聞かせたんだが、あいつは俺にこう言うんだ。
“ずっと一緒にいる約束は絶対なの。あなたとわたしはそういう契約をしたのよ”
もう絶対におかしいと思った俺は、その時、カッとなって思わずあいつの首を絞めちまったんだよ。“少しは離れていろ!”って言いながら。その時あいつは、こんな事を言うんだよ。
“あなたはわたしから離れられない。だからわたしは、あなたに付いて行ったのに。どうして分かってくれないの?”
それで、更に逆上した俺は、思わずそのままあいつを絞め殺しちまったんだ」
僕はその奴の告白にもちろん驚いた。ただ、変な酔い方をしているみたいだったから、悪い冗談だと思った。奴は更に続けた。
「ところが、その後におかしな事が起こったんだよ。大変な事をしちまったと思った俺は、しばらくして自分を落ち着けると、風に当たろうと思って外に出ようとした。しかし、これが出られないんだ。ドアを開けて、外に出ようとしても、また部屋の中に戻っちまう。窓から出ようとしても同じで、何度やっても無駄。
そこで俺は思い出した訳さ。
“ずっと一緒にいる約束は絶対なの。あなたとわたしはそういう契約をしたのよ”
そう言ったあいつの言葉をな。俺はまさかと思ったよ。でも、その“まさか”だったんだ」
僕はそう奴が言い終えると笑った。
「ハハッ! なんだよ、それ。滅茶苦茶な話だな。そもそも、お前は一人で外に出られているじゃないか」
今日だって、まず外で奴に会ったのだ。しかし、それを聞くと奴はニヤリと笑うのだった。なんだか、とても嫌な笑顔だった。
「ああ、そうだ。なにしろ俺は、ずっとあいつとは一緒にいるからな」
その時、僕の目には、居間に飾られている骸骨が映っていた。奴は続ける。
「俺は考えた訳さ。あいつと一緒にいさえすれば、俺は今まで通り自由に動ける。何処へでも行ける。その為には、どうすれば良いか?
ほら、どうせ、死体も処理しなくちゃならないし」
僕の目は飾られている骸骨の標本をずっと捉えていた。
まさか、まさかこの骨は……
慄いている僕の前で、奴はケラケラと嬉しそうに笑っていた。
「意外に美味かったぜ、あいつは。だからもう、ずっと俺達は一緒なんだよ」