~試衛館~藤朧
本作品は、私個人の思いと理想を中心に書き上げたものです。極力史実に乗っ取ってはいますが、藤堂と永倉の間の出来事と、会話のいくらかは空想になっていますので、悪しからずご了承戴けますよう、ご理解願います。
「沖田さん! どうしてサンナンさんを連れ戻したりなんかしたんです!!」
一人の若い青年が声を荒げながら、縁側に腰を下ろしてボンヤリと庭を見詰めていた副長助勤並びに一番隊組長の沖田総司の元に、大股で歩み寄って来たかと思うと怒りを露にした表情で、彼を見下げた。
「平助……」
彼より二つ年上の沖田も、沈痛な面持ちでそんな彼を見上げる。
威勢良く登場したこの若き青年の名は、副長助勤並びに八番隊組長の藤堂平助。二十二歳。
以前の池田屋騒動にて付いた眉間に刀傷のある、本来はとても人懐っこい顔をした青年なのだが、今はその欠片もない。元々少し小生意気な面も持っている男だった。
よく局長の近藤から行儀はいいが、品行が良くないと俄か不良を指摘されていた。
「サンナンさんとは、試衛館の時からの大切な有志ではないですか! なのに何故、あんたは“見逃そう”と言う寛大な気持ちを持たなかったんです!!」
サンナンさんとは、新撰組副長をやっていた山南敬助の愛称である。
「それは……そりゃ私だって……」
沖田は消え入りそうな声で呟くと、唇を噛み締めて視線を落とす。
そこに突然、落ち着き払った男の声が、藤堂の抗議の言葉を制した。
「やめねぇか。平助」
「……土方さん……」
奥の部屋に新撰組の鬼副長と称され、恐れられている土方歳三が立っていて、俄かに眉宇を寄せてこちらを見ていた。
袴姿の藤堂、沖田と違って土方は、スラリとした紺染めの着流し姿だった。片手には扇を持っている。
そして閉じた扇をピシリと首に当てると、悠然とした足取りで歩み寄るや、庭を見渡しながら静かに声を放つ。
「今回の件で、総司は悪かねぇ」
「じゃあ誰が悪いんです!? 山南さんですか!? いいや違う! あの人は心優しい人だ! 土方さん。あなたには問題はなかったんですか!? あなたは局中法度に抗議する山南さんと最近更に揉める事が多かった! だから邪魔になって……!!」
藤堂は今度は土方に食い掛かる。そんな後輩有志を他所に、土方は苦笑なる微笑を浮かべながらただ黙って、空を見上げている。
そんな藤堂を今度は、沖田が制した。
「やめなさい平助!!」
「でもそうでしょう沖田さん!!」
それでも食い下がらない藤堂に、ついに沖田は立ち上がって叱責した。
「それ以上言うのは、私が許しません。分かったね。……藤堂君」
沖田がこうして名前を呼び始める時は、公私混同せずに本気で説教する姿勢だった。
元々のきっかけは屯所移転問題だった。つまり京都にいる間の、新撰組隊士全員を収容する為の言わば、住居の事だ。
要はお引越しの場所を決めるのが、ここまで騒ぎを大きくした。勿論、その後からのここに至るまでの経緯も、募り募っての事だ。
その間、勘定会計方の隊士が法度違反にて土方に斬り捨てられた出来事も、山南と土方の間の溝を大きくした。
「平助。おめぇの言い分も分かる。問題がねぇとはこの際、言い切れねぇ。それは俺の野望か、それとも山南さんの優しさか。だがな。いずれにしても、今回の件にて誰が悪ぃなんてのは、ねぇんだよ。誰も悪ぃ奴ァいねぇ。誰もな」
土方は冷静な口調でそう言うと、再びポンと扇で首の付け根を打ってから、漸く視線をスッと藤堂に移した。その口元には、虚像的な微笑が浮かんでいる。
「じゃあ取り下げて下さい!! 山南さんの切腹を!!」
「そいつは無理だ。隊士に示しがつかなくなる」
土方は溜息雑じりで言いながら、再び視線を外へと向ける。
「示し!? そんなもの関係ない! 今土方さんは仰ったじゃあないですか! 誰も悪くないと! だったら……!!」
「平助」
気が付くと外に戻したはずの土方の視線が、怜悧な光を宿して真っ直ぐに、藤堂に向けられている。一言彼の名を発したその声質は、静かながらも力強い叱責の念がこもっていた。
「これが局中法度なんだよ。あの人は隊を脱走して、そして法度を守る為に、戻った。そんだけの事よ」
五つに渡る、局中法度と呼ばれる決まりごと。その中の一つに含まれる、“局ヲ脱スルヲ不許”。
これに山南は反したのだ。
決まりを破れば切腹と言う、鉄の掟が設けられていた。これも隊を強靭な集団に仕上げる為に必要とした、土方が取り決めた厳粛なる教訓なのである。
「それだけって……! 死ぬんですよ!? 山南さん! 手討ちにするんですよ!? 試衛館から一緒だった有志を!! ずっと一緒だったじゃないですか! 土方さん!!」
藤堂は最早、必死で縋った。過去の楽しかった思い出を引き合いに出す事で、土方の感情を刺激し、考えを何とか変えさせようとした。
しかしそれでも、土方の答えは冷静なものだった。
「有志ねぇ……。時ってぇのはな。流れるもんだ平助。おめぇはどうかえ。当時の志の、塩梅はよ」
そんな土方の大人の対応に、藤堂はこの人にこの手は通用しないと痛感した。そうなるともう、残された対応はただ一つ。若さに任せた反発心だ。
「私は……! 私には、分からない! 土方さんが言いたい事は分かるけど、今回のやり方は納得出来ない! 俺は反対だ! サンナンさんを手討ちにするなんて! この件だけは生涯に渡ってずっと、俺は反対する!!」
藤堂はそう叫ぶと素早く踵を返して、足早にその場を後にする。
「平助!!」
そんな後輩を沖田は呼び止めたがその彼に、土方が黙って扇を沖田の胸元に当てて制しながら、そのまま一切振り向く事無く立ち去って行く若き青年……藤堂の後ろ姿を見送りながら、渋面に相変わらず僅かな虚像の微笑を浮かべていた。
「平助」
「……永倉さん……」
藤堂が自分の部屋で精神的に憔悴しているところへ、スッと障子が静かに開いて副長助勤並び二番隊組長をしている、永倉新八が顔を出した。
「あの土方さんに、啖呵切ったそうじゃねぇか」
永倉はピシャッと障子を閉めると、藤堂の眉間の傷をピッと指で軽く弾いてから、側に腰を下す。
永倉は試衛館時代から、よく藤堂の事を弟の様に可愛がってくれる存在だった。
「あの山南さんの件は、酷すぎる。あんまりだ。今の新撰組はおかしい」
藤堂は静かに語りながらも、しっかりと怒りを含んだ口調で握った拳を、ドンと畳に叩き付ける。
「まぁそう熱くなるな、平助。お前の気持ちは分かる。確かに俺も左之も、山南さん手討ちの件には大きく不満を持っている。だけどな。山南さんも分かってやってる事なんだ。こうなる事をな。土方さんがどうして今回、沖田君を山南さん探索に出したか分かるか。……見逃す為だよ。沖田君も山南さんに懐いていたのを、知ってるだろう。だからこそ沖田君をやらせる事で、見逃させ、見失ったと言う事にして事を有耶無耶にする予定だった。だが山南さんの方から戻って来たんだ。だから局長と土方さんの辛さも、俺には分かる。だから俺からは、何も言えねぇ」
永倉は視線を落としたまま淡々と語ると、畳の節に爪を刺して手のやり場を持て余している。ちなみに左之とは、副長助勤並び十番隊組長をしている原田左之助の事だ。
「じゃあやっぱり見逃せばいいじゃないか!」
「山南さんが自ら進み出たそうだ。局長直々に。“自分は局中法度を犯した身。掟を重んじて切腹を実行し、法度の厳しさをしっかり隊士達に知ら示しなさい”と」
そう静かに言った永倉は、苦渋の表情を藤堂に向けた。途端、藤堂は激昂して片足を立てた。
「そんな! 嘘だ! 山南さんがそんな事、言う筈がない!! 近藤さんも土方さんもそして沖田さんも、山南さんが北辰一刀流だから反感を持ってるんだ!! いずれきっと俺も……!!」
「平助! そいつは違う! そいつは違うぞ! それを言ったら他の隊士達はどうする。俺は神道無念流だ」
平助の怒りの矛先のやり場を鋭く指摘しながら、永倉は彼の肩を掴んで落ち着かせようとする。これらはそれぞれが習って会得した剣術流派の事である。
今述べた通り、藤堂も永倉も天然理心流と言う剣術流派を伝授する道場である、試衛館の有志ではあったが出身としている門下は違っていた。
それぞれの剣術を会得した後、食客……つまり居候として試衛館に居つくようになった、仲間だった。
つまり同じ釜の飯を食った仲間同士が、試衛館からの付き合いある者達だった。
そんな永倉に、藤堂は更に付け加える。
「だから、あんたと同じ流派だった芹沢さんも、殺られたじゃないか!」
「いい加減にしろ平助! 分かってるだろう! あれは芹沢さん側に問題があった事を! しかもあの件は、会津藩松平候直々のお達しだった。今回の様な内輪揉めじゃあない」
永倉は一喝すると、片足を上げている藤堂の肩をグンと押して座らせた。
芹沢とは、この新撰組が発足した当初に近藤と局長をしていた人物だったが、何せ横暴無人で京都の町全体をひっくるめて、自分のやりたい放題好き勝手に大暴れしていた。
これには京都守護職としてその見回り役に、新撰組の旗を掲げさせた会津藩は立腹し、近藤達を呼び寄せて芹沢の処分を申し付けたのである。
「……ところでどうして、そんな事を知っているんです。永倉さん。近藤さんと土方さんが本当は、山南さんを見逃そうとしたなんて事……」
漸く我に返った藤堂は、ふと覚えた疑問を永倉にぶつけた。すると永倉はフッと苦笑を見せて、胡坐を掻いた。
「聞いちまったからだよ。局長部屋の前の廊下でな。実は俺と左之も、今回の山南さんの件で文句を言いに、二人で掛け合いに行ったんだ。そしたら閉じられた障子の向こうから、山南さんの声がしてな。二人で聞き耳を立ててたら、言ってたんだよ。“二人は自分を見逃す為に、沖田君を探索に寄越したんだろう”ってな。それをあの人は読めていたから、通りの茶屋で沖田君が来るのをずっと、山南さんは待っていたんだそうだ。そして自ら一度前を通り過ぎた沖田君を呼び止めて、そして一緒に帰って来た。局中法度に敢えて応じる為に。きっかけはどうあれ、最終的には法度に対して起こした騒ぎだ。だからここではっきりと法度通りに事を収めなければ、土方さん自らそれを崩す事になる。そしたらあっと言う間に新撰組は、総崩れとなる。ここで改めて絞め直しておくべきだと。新撰組の結束力を。だから貫いてくれと。そう山南さん本人が言ってたのを、聞いちまったんだ。それを聞いちまやぁ、もう何も言えねぇよぅ。ここは辛いが、山南さんの気持ちを汲んでやろうじゃねぇか。命がけの、その気持ちをよ」
ここまで言うと永倉は、この可愛い弟分の目を悲愴的な眼差しで見詰めて、微笑した。
それを確認した藤堂は、途端に涙が込み上げてきた。
「……う……うぅう……ぅうあぁうぅ……!!」
「馬鹿野郎。男が泣くんじゃねぇ。泣くんじゃねぇよ平助。山南さんの覚悟を、悲しませるな」
そう力強く言いながら、永倉は畳に泣き伏す藤堂を抱き起こして、そのまま優しく抱き締めた。
そして両肩を掴んで離れると、その泣き顔の藤堂の方頬に軽くピシャピシャと平手を打って、励ますように笑って言った。
「今夜は飲もう。平助。左之が家で酒の用意をして待ってる」
子供の様に泣き咽ぶ藤堂を永倉は立たせると、原田左之助の自宅へと二人で赴き、三人で夜を過ごした。
「春風に吹き誘はれて山桜 散りてぞ人に惜しまれるかな 吹く風にしぼまんよりも山桜 散りてあとなき花ぞ勇まし」
山南死罪の時にその詩を詠み上げたのは、藤堂平助が嘗て同じ北辰一刀流道場の門下で尊敬していた為、彼に誘われて入隊してきた伊東甲子太郎、その人だった。
彼は今、山南に代わって新撰組の参謀を務めていた。文武両道の才を見込まれての事だった。
これに甚く感動した藤堂は強く胸を打たれ、この時取った伊東の行動により一層、藤堂は伊東に敬意を抱くようになった。
山南の死罪が終わり、見届けていた隊士達は誰一人口を開く事無く、ただ黙々と一人二人と静かにその場を去って行った。
この時、山南の介錯を行った沖田は、小さく彼の名を呟いて涙を流した。
「サンナンさん……」
そして最後までジッとその場に座っていた新撰組局長の近藤勇は、漸く立ち上がるとゆっくりとした足取りで、部屋へと戻って行った。
そしてこちらに背を向けて立ち尽くしている、土方に気付いた。
「……歳」
「……」
近藤がその背に静かに声をかけるも、返って来るのは無言のみだった。
「泣くな歳。泣いてはイカン」
近藤は背中を見るだけで気付いていた。伊達にバラガキの頃から一緒ではない。
最早、長年連れ添った夫婦の様に、互いの事はだいたい知れる仲だった。
鬼の副長と恐れられている土方。
だが、その中に秘めてあるものは至って感傷的で、寂然とした繊細な心を抱えている男だった。
その様子は、豊玉の俳号を名乗り、密かに俳句を趣味にしているところによく表れている。
土方と言う男は、年齢の割にはまるで生き急ぐ如くにして、相反した大人の思考態度を会得してしまっていた……。
そんな近藤の言葉に、土方は本来の自分らしさを包み隠さずに言い返した。
「馬鹿野郎。泣いちゃあいねぇよ……泣いちゃあ……。そう見えるのは、あんたが本当は泣きたいのを我慢しているからだ。近藤さん」
土方は静かにくぐもった声で呟きながら、目頭を拭って天井を仰ぎ見た……。
この隊内の僅かな動乱を、見逃さずに不意を付いてきた人間がいた。
それは伊東甲子太郎。その者だ。
彼は尊王攘夷を思想にしていた。
尊王攘夷と言うのは、天皇を絶対的権力者と敬い外国交流、文化を拒否、否定して日本だけの文化と国を重んじる、鎖国派のことだ。
しかし新撰組が目指しているのは佐幕派で、これは幕府(将軍徳川)の存在とその政策を敬い、それを助けようと言う思想だ。
藤堂は山南の切腹騒動を機会に、同じ剣術流派である伊東らと行動を共にするようになっていた。
そしてついに伊東は、嘘も方便に近藤達を言い包め、御陵衛士と言う表向きな名目で新撰組別個隊を発足。
こうして密かに新鮮組との交流を続けながらも、局中法度に反する事無く脱退した。その中には藤堂平助もいた。
伊東の企みを密かに気付いていた近藤達、試衛館仲間は何とか藤堂だけでも取り戻したいと考えていた。そこで彼の兄貴分である、永倉が動いた。
「奴等は新撰組を裏切る気だ。平助。いつか必ず刃を交える事になる。行くんじゃねぇ」
「俺はね、永倉さん。もう無理なんだ。山南さんの件から、どんなに自分を言い聞かせてみても、より一層近藤さんと土方さんの憎悪が募る。こんな気持ちのままで、ここに残れると思うか? 逆にあの二人に申し訳が立たん」
藤堂は静かに語ると、悲痛な微笑を浮かべて見せた。雨上がりの屯所敷地内で、側にある椿の葉っぱから雫が滴り落ちる。季節は六月。梅雨を迎えていた。
「大丈夫だ。構やぁしねぇよ。そんな事ァあの二人はとっくに気付いてんだよ。それでも平助。あの二人はお前を手放したくないと考えている。お前に憎まれているのを、覚悟の上で手元に置きたがっている。それがせめてもの、お前への山南さんの件での償いと思ってるんだよ!」
永倉は藤堂の両肩に手を掛けると、彼を揺さぶる。
しかし藤堂は、沈痛な面持ちで顔を逸らし、地に目を伏していた。
「近藤さんも、土方さんも、お前を疎んじゃいない! だから行くんじゃねぇよ平助。戻って来い! 俺らと一緒に未来を進もうじゃねぇか! 試衛館からの有志だろうが。帰って来い平助」
すると漸く藤堂は悲しげな顔で、永倉を見詰めると、自分の肩に置かれている彼の手を取った。
「永倉さん……。有り難う。有り難う。その気持ちだけでも、凄く嬉しいよ。近藤さんにも、土方さんにも、同じ気持ちだ。だが俺の中にはもう、それとは裏腹な自分がいる事も確かなんだ。試衛館からの有志だって? 忘れたか永倉。もうその中には、サンナンさんはいないんだ。一人でも失った有志はもう、有志じゃない。なぁ、永倉。知ってたか? 時ってな、動いてんだよ」
藤堂は、嘗て土方に言われた言葉を皮肉を込めて、口にした。
「平助……」
「すまん永倉。近藤さんと土方さんにも、そう告げておいてくれ。俺は、伊東さんと一緒に、行く。お別れだ永倉……。今まで有り難うな」
藤堂は静かに微笑んで彼の手を離すと、その場を立ち去った。
「平助……。――クソ!!」
もう何を言っても無駄だと悟った永倉は、足元の砂利を蹴散らした。
こうして高台寺へと伊東らと共に去って行く藤堂の姿を、試衛館仲間達は苦渋の表情で見送った……。
そして時は来る。
ついに伊東一派と新撰組が、刃を交える時が。
伊東甲子太郎が近藤暗殺を謀略している事実を、密偵という形で仲間の振りをして彼等と行動を共にさせていた、副長助勤並び三番隊組長である斎藤一が、報告に来たのだ。
近藤達は何も知らぬ振りをして伊東を一人だけ、近藤の妾宅で酒の席に誘い込んだ。金銭の貸付も口実とした。
そして新撰組の中でも群を抜いて血を好んだ殺し屋、人斬り伍長の大石鍬次郎に命じて、酒の酔いにて上機嫌になっている伊東を帰りに通った油小路の夜道にて、暗殺。
こうして高台寺の御陵衛士、伊東一派が現場に駆け付け待ち構えていた新撰組との、壮絶なまでの斬り合いになった。
その時、土方は素早く目配せで近藤に藤堂の居場所を知らせて、それに気付いた近藤が永倉に声を掛けた。
「永倉!! 藤堂をやれ!!」
それは遠回しでの、永倉に藤堂の相手をしろと言う暗黙の合図だった。
永倉は近藤の視線を追って藤堂を見つけると、素早く駆けつけて藤堂と刀を交えた。
そして鍔迫り合いで場を誤魔化しながら、永倉は彼をさり気無く建物の影へと押しやると、押し殺した声を掛けた。
「平助! 俺だ! 永倉だ!」
「……永倉……!」
「近藤さんからの命令だ。お前は逃げろ! 屯所近くで斎藤が待機している!」
「近藤さんが……!?」
藤堂は驚愕を露にする。そんな彼を永倉は必死で急き立てる。
「早くしろ! 行け!!」
「永倉……済まん!!」
一言残した藤堂を、永倉が鍔迫り合いから弾き飛ばす。
藤堂は永倉に追い遣られるままに、建物の影に沿って新撰組屯所側へと走った。
そこの近くで斎藤一が、藤堂の事を待っていてくれている筈である。
御陵衛士の仲間の振りをして密偵をしていた斎藤は、騒動が落ち着くまでは暫く身を隠して、休暇を取るように言われていた。
これに藤堂も一緒に、加える計画が成されていたのだ。
藤堂は建物の切れ目を通過した。
その瞬間、突然一人の新撰組隊士がその建物の影から飛び出してきて、藤堂の背中をバッサリと袈裟懸けに斬り付けたのだ。
刀を交えながら藤堂の様子を見守っていた近藤、土方、永倉の三人は、あっと言う顔をした。
藤堂はそのままヨタヨタと歩幅を緩めると、足を止めた。そこをとどめと更にその隊士が、藤堂の胴を深く払った。
藤堂は仰け反ると、そのままゆっくりと地に両膝を付いて、崩れた。
「平助ええぇぇぇーーーーーーーっっ!!」
永倉は腹腔から渾身の力を込めて、名を叫んだ。
それに気付いた彼を斬り捨てた隊士が、えっとした顔をして慌てて足元に倒れている藤堂を、見下ろす。そして見る見る顔を青褪める。
その隊士は知らなかったのだ。彼を見逃す手順であった事どころか、隊服を着ていない背中姿だけの彼が、藤堂平助であった事を。
皮肉にもその平隊士は、嘗て新撰組にいた頃唯一の老人隊士であった為、藤堂から親切に世話を焼いて貰った三浦常次郎だった。
三浦は知らぬ事とは言え、恩人でありお世話になった若き先輩を手に掛けてしまった。
以後生涯彼は、この事を後悔の内に息を引き取る。
時は動乱の世とは言え、余りにも運命は容赦なく残酷な仕打ちを、この時代に振り撒き続ける……。
三浦は激しく動揺し、うろたえ後退った。
もうほとんど片付いていた現場から、矢の様に勢い良く永倉は地を蹴って走った。
そして駆けつけると、三浦を殴り付けた。
「馬鹿野郎!! 何でちゃんと確認しなかった!!」
そして大急ぎで永倉は、倒れ伏している藤堂を抱き起こす。
「平助! おい! 平助! しっかりしろ!!」
「……永……倉……」
流出した自分の大量の血液にて、顔が鮮血に濡れていた藤堂は、目を虚ろに声を絞り出す。
「死ぬな! 死ぬなよ! 気をしっかり持て! すぐ治療を……!!」
「……ハ……ハハ……そりゃ……無理だよ永倉さん……自分でも分かる……こりゃ……致命所だ……」
何とか必死に、永倉の腕の中で笑顔を作って見せようとする藤堂。
「うるせぇ!! 喋るな!! 死なせねぇ!! 俺がお前を死なせねぇ!! 生きろ!! 生きて一緒に動乱の夜明けを見るんだよ平助!!」
永倉は無我夢中で、藤堂の顔の血をその浅黄色の隊服の裾で拭う。
「……済まなかったなぁ……永倉さん……俺はいつも逆らっては……心配ばかり、掛けた……もぅ……こ、れで……手間ァ掛けさせずに……済、む……」
ここまで言って目を剥くと、藤堂はゴボリと吐血した。
「何言ってんだ! 何言ってんだよ平助!! そんなのは生きて償えやコラアァ!!」
永倉は必死に口内の血を袖で掻き出してから、次は背中の傷から溢れ出る鮮血を止めるべく、手で塞いでみたりする。
「逝くよ……上でサンナンさんが、待ってる……一人のままじゃあ……あの人も寂しいだろう……か、ら……御免……御免な……御免な。永倉さん……永……倉ぁ……御、免……グホ!! ……ッ……――」
ガクリと頭が垂れる。
グッと永倉の腕に彼の体重が掛かったかと思うと、一瞬だけふと軽くなった。
「平助……平助……? おい……! 嘘だろ平助!! 目を開けろ! 死ぬな平助!! 目を開けてくれ!! 頼む平助!! 逝くな! 逝くなああぁあぁぁあぁぁーーーーーーーーっっっ!!」
永倉は、真っ赤な血に塗れた藤堂の息絶えた体を力一杯抱き締めると、声を上げて泣いた。
近藤も土方も、そして沖田と原田も、沈痛な面持ちで顔を伏して、立ち尽くしていた……。
こうしてまた一人、試衛館からの有志が一人、死んだ。
一八六七年、十一月十八日。闇夜に包まれた京都、油小路にて――。
藤堂平助。享年二十四歳だった。
以下、試衛館時代からの有志。当時八名。
近藤 勇。
土方 歳三。
沖田 総司。
山南 敬助。
藤堂 平助。
永倉 新八。
原田 左之助。
井上 源三郎。
内二名が、皮肉にも新撰組が目指した志の中で、死んで行った。
後、井上源三郎は鳥羽伏見の戦いにて、戦死。
永倉、原田両名は共に、近藤との意見の相違にて喧嘩を理由に、袂を分かつ。
沖田総司は結核が原因により、病死。
近藤勇、官軍に囚われ雪辱の内に、打ち首。
土方歳三、北海道で銃により、戦死。
彼等についての物語は、またいずれ別の機会に書く事にしよう。
以後、永倉新八は明治の時代を生き抜き、老後を全うした。
「そろそろ俺も、上に逝って新撰組生き残りとして奴等に御用改めをしてやるか……」
新年迎えた間もない寒空を老いた永倉は見上げると、懐かしそうにほくそえんだ――――。
―完―
最後までお読み戴き“誠”に有り難う御座います!!w。
ちなみに私の好きな隊士は断然!! 土方とそして、斎藤でっす♪ 私もこの時代に生まれ落ちたかった。彼等は日本の誇りだ!! それではまた、同じ新撰組作品にてお会い致しましょう☆