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ソードブレイカー

「何でそんなこと聞くんだよ。答えは決まってるだろ」


 自分の右の手の甲に乗せられたユキノの手。シンヤはそこに左手を乗せて答える。


「あの時オレは賭けたんだ。お前の言う、ハイリスクハイリターンの賭けに。死にそうな目に合ったってのに、リターンがただ生き延びただけなんて、それで満足するわけにいくかよ。どうせなら、もっとドデカイリターンを狙ってやるさ。対魔兵団に入れば、食うに困ることもないだろうし。グロニアと戦えるのなら、望むところだ」


「そう……よかった。ありがとう、シンヤ。よかった……本当に」


 ユキノは嬉しいというよりも、安堵した顔をするとそう言った。


「何だよ、その反応。……まさかオレが、しっぽ巻いて逃げ出すとでも思ってたのか? 冗談じゃない。皆、グロニアをどうにかしたいって思ってるんだ。だからオレは、誰かに言われなくても戦う」


「うん。きっとあなたのその言葉を聞けば、司令もお喜びになると思う。あ、ほら。もうすぐ到着よ」


「お、あれか」


 やがて2人を乗せた車は、ドーム型の建物の前に到着する。


「着いたわ。ここの1階がメンズ服売り場になっているから、好きなのを選んでいいわよ。あなたの生活費は預かっているから」


 シンヤは車から降りると、ゆっくりと周囲を見回した。


「ここが月、なんだな。なんていうかその、地球にいるのと変わらないよな。空気もおいしいし」


 病院から出てすぐに車に乗ったので、シンヤにとって初めて月の大地に降り立った、ということになる。


 地球の大人たちの話では、月には空気も水もないし、重力は地球の六分の一とシンヤは聞いていた。だが実際降り立ってみれば、地球の環境とさして変わらない。


「ええ。地球と同じ環境を再現しているんですもの。居住エリアの重力は地球と同じ1Gに設定してあるし、空気成分もほぼ同じ。そうしなければ、ここでは生きていけないから」


 シンヤはユキノの『生きていけない』という一言に、なんとも言えない重さを感じた。一見して平和に見える街並みの影に色々な制約や必然性があって、無理矢理地球と同じ環境にしているのだ。


 遺伝子操作、重力制御、環境操作……それらを行わなければ人間は生きていけない。けれども、地球にさえ戻ることができれば全部解消する。


「オレ……ずっと思ってた。月に住んでるやつらは何不自由なく幸せに暮らしているんだって、そう思ってた。でも、本当は違うんだな。どこにいても、みんな同じように苦しいんだ」


 ユキノはシンヤの腕を引っ張ると、何も言わずにそのまま歩き出す。


「おい、引っ張るなよ」


「私も同じだった」


「え?」


 ユキノはドームの前で立ち止まると、シンヤの腕を放した。そしてシンヤに向き直りどこか寂しそうな目をする。


「地球に残された人々は、空気の心配もしなくていいし、長い寿命もあって長生きできる。自分の子供が成人するところも見れる……そう思ってた。でも、実際は違ったわ。過酷な重労働と、家畜のような扱い……月も地球もそう変わらない。だから、グロニアから取り戻さなければならないって。グロニアさえいなくなれば、私達はきっと……」


「そうだな。グロニアはオレが地球からたたき出してやる。そうすればみんな元通りの生活だろ? 月の地球人も、現地の地球人もみんな幸せになれる。だからオレは、お前達と一緒に戦うよ」


「うん。月は、セカンドアースはあなたを歓迎するわ。さあ、行きましょう」


 ユキノにつれられドームの中へ入ると、シンヤは目を見開いた。


 色とりどりの野菜と、質のよさそうな肉、新鮮そうな魚。さらに、どこからともなく聞こえてくる音楽と、香ばしい匂い。スーパーマーケットである。


「おお……なんか、なんか、すごいな!」


「一階はスーパーマーケットになっているから。食料品は後でね、食の前に衣よ。あなた、さっきから目立ちすぎてるわ」


「ああ、わかったよ。にしても、さすがにりんご一個じゃ腹が減るなあ」


 シンヤはうまそうな惣菜を横目に、指をくわえながらユキノの後を追った。


「ハンバーガー……だよな、あれ。あっちは……トンカツ。そんであれは、寿司だろ?」


「きょろきょろしない。もう、だらしないんだから。あとで買ってあげるから、ガマンして」


「ちょっとくらいいーじゃんかよー。だってオレ、初めてなんだぜ? トンカツとか、寿司とか見るの。今のいままで固くてまずいパンと薄いスープしか食えなかったんだ」


 シンヤのお腹はぐーぐーと怒り狂った。地球で大人たちに聞かされてきた料理が目の前にあるのだ。一度は食べてみたいと思っていた寿司とトンカツが目の前にあって、成長期の少年の胃袋を誘惑する。


「ちょっとくらいガマンして。いい子だからって……なんだか弟をあやしている姉の気分だわ。……お姉ちゃんも私の面倒を見てくれてた時、こんな気持ちだったのかな」


「お前、姉ちゃんいるの?」


「うん。2つ上のね。まあいいわ。ハンバーガー一個くらいなら許可します」


「ほ、本当に!?」


「ちゃんとあなたの生活費から引いておくから」


 ユキノはそう言うと、近くにあったハンバーガーショップに行ってバーガーを買ってきた。


「はい」


「おお!」


 シンヤはユキノの手からバーガーひったくるようにして奪い取り、包み紙を破いて一気に口の中へ放り込む。パンズとミートパティ、そしてレタスとチーズが絶妙なハーモニーを奏で、シンヤの口を幸せで満たした。


「う、うめえ! この世にこんなうまい物があったのか!」


「ちょっと、恥ずかしいからやめて!」


 あまりのうまさに涙を流すシンヤを見て、ユキノは数歩引いた。


「さっきから私達、周りの人に見られてるんだけど……あなたのせいよ」


「え?」


 目の前を通り過ぎていく人々は、シンヤとユキノを見て驚いた様子で去っていく。というより、シンヤではなくユキノのほうに視線が注がれている。その原因は、彼女の服装にあった。


「いや、オレじゃなくてお前じゃね? だってその服……メイドだもん」


「え。あ、そっか……私のほうだったんだ……。そうね。こっちじゃメイド服なんて珍しいし……昔の地球の日本では流行ったと聞くけど」


「てか何でお前、メイド服着てるの? 趣味なの? それともオレにご奉仕してくれるの?」


「趣味でもなければ、ご奉仕するためでもないわ! これは……上官命令なのよ……でなきゃ、私だって私服に着替えたいんだから!」


 ユキノは顔を真っ赤にすると、メイド服のスカートを抑えてうつむいた。


「上官命令ねえ。いい趣味してるね、お前の上官」


「その話題、もうやめて。お腹もふくれたでしょうから、行くわよ」


 ユキノはぷいっと顔を背けると、奥のほうへ歩いていった。


 そして奥にあったメンズ服売り場で真新しいスーツを買うと、シンヤは試着室で着替え、そのまま店を出る。


「なあ? これからどこいくんだ?」


「軍の施設よ。総司令との面会」


「総司令……ね。面倒くさそうだなあ。キャンセルとか、できない?」


「できるわけないでしょう。まあ、そんなに固くなる必要はないわ。司令は気さくな人だし、女子に人気があるの。副指令はちょっと堅物だけど……2人ともいい人よ」


「ふうん?」


「すぐそこだから、安心して」


 2人はドームの前に停めておいた車に再び乗り込むと、目的地を目指して発車する。車は郊外に出ると数分後、軍事基地と思われる施設に到着した。


「ついたわ、ここよ」


 シンヤは車から降りると、施設をじっと見つめた。


 高いフェンスと分厚い鉄板でできたゲート。そしてその敷地内には、少年少女が訓練のためか一列になってランニングをしている。白いシャツに短パン姿の彼らは10代半ばといった年頃で、高校生が体育の授業を受けていると言われれば、そう見えなくもないだろう。


「こらそこ! サボるな! 根性を見せろ! そんなことではグロニア人から地球を取り戻すことはできんぞ!!」


 彼らを指導している教官というのもまた、10代の少女であることにシンヤは驚いた。


「あいつらって……どっからどう見てもまだ子供、だよな」


「さっきも話したけれど、このセカンドアースの人口のほとんどを10代が占めているわ。昔でいう、小学校から高校までの学習内容をすべて15歳までに終えるの。軍事教練は必修科目として課せられているから、卒業してすぐ軍に入る子もいるわね。私もそうだった」


「そういやお前、いくつなんだよ。オレと同じか少し下くらいだと思ってたけれど」


「16よ」


「なんだ、同い年なのか」


「あそこで訓練をしている子達はみんな15歳。つい最近入ったばかりの新兵ね。あっちで指導している子は3年目だけど、適正があったから指導教官になったと聞くわ」


「3年目って……18歳か。それでもまだ、子供じゃないか」


「このセカンドアースでは、15歳で成人よ。だから、ここには子供なんていないわ。あなたも私も成人なの」


「成人、か。なんか、いいな。大人になったって感じで」


 ユキノの口から出た成人という単語に、シンヤは少しこそばゆい気持ちになる。


「街中で女の子にへんなことしたら、大人として裁かれるわよ?」


「しねえよ! そんなこと!」


「そう、ごめんなさい。さっきからランニング中の女の子の短パンに視線がいってると思っていたけれど、気のせいだったようね」


「当然だろ。セカンドアースの女の子はみんな健康的な太ももしてるなとか、そんなこと思ってねーぜ?」


 ユキノのじと目に耐え切れず、シンヤは顔を背けた。


「まあいいわ。とにかく、行きましょう」


 ユキノはため息を吐くと、ゲート前に移動し兵士の少女に敬礼する。


「お疲れ様です。ユキノ・エンドウ軍曹です」


「お疲れ様です、軍曹。お話はエンドウ少尉からうかがっております。中でお待ちですので、お通りください」


「お姉ちゃんが? わかりました」


 兵士の少女がゲート前からどくと、重々しい音を立ててその中身をさらけだした。


「こっちよ」


 ユキノとシンヤが敷地内に足を踏み入れてすぐ、1人の少女がやってきた。


「待っていましたよ。若き英雄くんと可愛い私の妹!」


 少女は短いスカートと黒のジャケットという出で立ちで、少女というよりも大人の女性の雰囲気がある。


 特にシンヤの目を釘付けにしたのは、その胸元だ。


「お姉ちゃん。迎えに来たの?」


「お姉ちゃん?」


「私はアリサ・エンドウ少尉。ユキノの姉です。よろしくね、シンヤくん」


 アリサはシンヤに敬礼すると少し胸を張った。同時に大きな胸が揺れる。躍動感ある2つの果実が、アリサの服の中で開放されたがっている風に見えなくもない。


 その揺れた瞬間を、シンヤは見逃さなかった。


 そしてシンヤが見た瞬間、ユキノは冷めた目でシンヤを見た。


「よ、よろしくお願いします! アリサさん! オレ、じゃなくて僕! シンヤ・サワムラです! 16歳です! 地球のためにガンバリマス!!」


「僕って……一人称変えないでよ。それにさっきまでのだらしないあなたはどこへ行ったの、シンヤ」


「だらしないオレは死んだ! 今ここにいるのは、紳士なオレだ! ジェントルマンシンヤだ!」


「はあ、何で男ってお姉ちゃんの前だとああなるのかしら……胸が大きいから何だって言うの。重いだけなのに」


「ふふ。シンヤくん、面白い子ね。それじゃユキノ。彼、もらっていくね。先にお家帰って待ってて。今日は歓迎パーティーするから、準備よろ!」 


 アリサはシンヤに抱きつくと、自分の所有物のように振舞った。


「ちょっと!? 彼を司令室まで連れて行くのが私の任務よ! 勝手なことしないで!」


「んもう。ちょっとぐらいいじゃない。そんなにストレスためこむと、おっぱい大きくならないゾ」


 アリサはちょんちょんと、ユキノの胸を小指で突いた。姉に比べて妹の胸元は少し控えめである。


「胸の大きさは関係ないわ! 子供みたいなことをするのはやめて。シンヤがヘンな目でこっち見てる」


「あは、ごめんね。実を言うと、私も司令室に用があってね。そのついでにっていうのもあるんだけれど。個人的に気になってて」


「……わかったわ。それじゃあ、彼のことはお姉ちゃんに……少尉に引き継ぎます。私は帰宅して自由時間を取らせていただきますので、後の事はお願いします!」


 ユキノは一応敬礼をすると、苛立たしげに車に戻っていった。


「あ、おい。ユキノ……」


「無愛想な妹でごめんね。あの子、不器用だから。その分お姉ちゃんの私がシンヤくんに愛想よくしてあげるから!」


「ど、どうも」


「それじゃ、行きましょうか。大人の世界へ」


「は? 大人の世界――って!」


 アリサは微笑むと、シンヤと手をつなぎ歩き出した。


「こっちだよ、しっかり付いて来てね」


「は、はい」


 敷地内には大小さまざまな建物があった。その中の1つ、一番大きい建物に2人は入っていく。エレベーター前で立ち止まると、ボタンを押して2人は待機する。


 やがて沈黙に耐え切れなくなったのか、アリサは口を開いた。


「戦闘記録、見せてもらったよ。あの七聖剣を相手に、初戦で活躍しちゃってまあ。ほんとかっこよかった!」


 アリサは子供のようにシンヤの腕をぶんぶん振る。


「そ、それはどうも」


「でもね。あの勝利は幸運と偶然の産物ともいえるね。シンヤ君がもしまた彼と、レーニッジ・アーモルドと戦えば負けるよ。確実に」


「え」


「アサルトアーマーは確かに強力な武装だけれど、装着者の君は素人。戦闘支援AIがあるとはいえ、何の訓練も積んでいない君の肉体には相当な負荷がかかる。プラズマキャノンを運よく直撃させたから、短時間で済んだけれど長期戦となればどうかな」


「それは……」


「そのプラズマキャノンの射線上に味方がいたら? 反省点はいっぱいだよ。だから、私が君を指導してあげる」


「指導って」


 やがてエレベーターが到着すると、扉がゆっくりと開きアリサは「よっ」と言ってエレベーターに乗り込む。


「正式な辞令はまだだけれど、対魔兵団に対七聖剣殲滅特殊部隊『ソードブレイカー』が結成される。隊長は私、アリサ・エンドウなのです。君もそこに配属されるっていう話なのだよ~」


「ソードブレイカー……ですか」


 アリサはシンヤに振り返ると、手を差し伸べて優しく微笑んだ。


「おいで。一緒に地球を取り戻そう!」

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