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サリア・ワグナー

「魔法というのは超常現象ではなく、れっきとした物理現象。つまり、論理的な説明ができる物なのです。空気中に存在するマナというのは、いまだ解明には至っていない未知の原子でありますが、これには生物の脳内イメージを具現化するという、なんともファンタジックな特質があります。とはいっても、地球人である我々にはこのマナを使うための器官が発達しておらず、グロニア人のようにいくら呪文を唱えようとも何も起こりません。他人から見ればただの変人としか見られないので、公共の場でグロニア人ごっこはやめておきましょう。さて、先ほどの続きになりますが、グロニア人はマナを使うための器官が発達しておりまして、特定のキーワードでイメージを増幅し、周囲のマナを消費することで魔法という現象を引き起こしております。いわゆる、呪文ですな。この呪文というのはぶっちゃけイメージできれば、なんでもよいのです。ラーメンでも牛丼でもフィッシュアンドチップスでも、それが術者にとって炎のイメージに結びつくのであればね。では、地球人にグロニア人の器官を移植すれば使えるのかというと、答えはノーに近いイエスです。マナには地球人にとって強烈な毒性があり、浴び続ければ死にます。ただ、耐性を得ることは可能なようで、ミスターサワムラのように、マナが存在する環境で生まれ育った世代の地球人には我々、セカンドアースの地球人と違ってマナ耐性があるようです。ここまでで、何か質問はありますか? ミスターサワムラ」


 静寂に満たされた広い講義室には、たった1つの机と椅子。そしてたった1人の講師とたった1人の受講生しかいなかった。そのたった1人の受講生は10時前だというのに、大きないびきをかき、楽しい夢の中である。


「やれやれ、またですか……よくもまあ、マンツーマンの授業で講師を前にしてそんな大きないびきがかけますねぇ。ぼくの講義はそんなにつまらないですかねぇ」


 講義を引き受けた地球軍技術将校レヴィン・エンダー少尉は、30手前だというのに最近白髪が増えてきた原因を、一週間前に受け持ったこのできの悪い受講生のせいではないか。と、ホワイトボードに映った自分の頭髪を見て、そう思った。


 殲滅派の襲撃から一週間。シンヤはアリサ指導の下、訓練に励んでいた。午前中は主に座学、午後からは基礎教練や実戦式の組み手。家に帰ってからは家事と、目まぐるしい日々が続いていた。


「あ。えっと……エンダー先生。おはよーございます」


 しばらくした後、シンヤは眠い目をこすりながら机から顔をあげた。


「おはようございます、ミスターサワムラ。まったく、あなたほど真面目で優秀な受講生は初めて見ましたよ」


「え? そうっすか? はは、ありがとうございます」


「いえ、けっこう嫌味のつもりなんですがね……君、相当な大物になりそうですねぇ」


「いやあ、それほどでもないですよ。あ! エンダー先生。質問があります」


 レヴィンの嫌味を素直に好意として受け止めたシンヤは、ホワイトボードに書かれた文字をしばらく見て手を挙げた。


「はい。何でしょう、ミスターサワムラ? ようやくあなたも勉学の楽しさに目覚めたのですね! おお。ぼくの心は今、ベン・ネビス山よりも高く高く舞い上っておりますよ!」


 学ぶ姿勢をようやく見せたシンヤに、レヴィンは少なからず感動を覚えた。自分の誠意が伝わったのだ、と。ちなみにベン・ネビス山とは、彼の出身地であるイギリスに存在する山である。


「魔法理論のほかにも錬金術概論や呪術方程式! グロニアから学ぶことは数多いですよ、ミスターサワムラ! ぼくといっしょにグロニアについて学んでいきましょう!! 豊富な知識量は、紳士としてのたしなみですよ」


「いや、そんなことどうでもいいんで。飯、まだっすか?」


「き、君という人は!! せっかくぼくが研究に費やす貴重な時間を割いているというのに! 本当に学ぶ気があるのですか!」


 シンヤが口に出すよりも早く、『ぐう』、とお腹が代わりに返事をした。


「いやあ、腹が減っては戦ができないし。体動かすのは好きだけどオレ、勉強したくないし」


 レヴィンの頭が沸騰しかけた寸前、遠慮がちなノックの音が聞こえてきて、動きを止める。


「失礼します。講義中のところ申し訳ありません。エンダー少尉」


 ドアが静かに開き、アリサが敬礼をして講義室に入ってきた。


「おお! 麗しの我が姫君!」


 アリサを見たレヴィンは、軽やかなステップで彼女との距離を詰め、優雅に片膝を床に付く。


「ああ、エンドウ少尉。今日も相変わらずお美しい。あなたの瞳はウィンダミア湖より澄み切っており、あなたの声はクロウタドリのさえずりのように美しい。ああ、女神よ。私はあなたとの出会いに運命を感じざるを得ない。神よ、2人の門出に祝福を!」


「サイン、いただけますか?」


 アリサはレヴィンの大仰なポーズを無視して、タブレット端末を彼の顔面に押し付けた。ちなみにウィンダミア湖もイギリスの湖である。


「イ、イエス。ユアハイネス……」


 レヴィンはアリサからタブレット端末を受け取ると、画面にサインをして彼女の手を握りしめた。


「ところでエンドウ少尉。今夜我が家でディナーをするのですが、どうでしょう? セカンドアース産のA5和牛のステーキ肉を手に入れましてね。一流のシェフを呼んで、野外で調理をさせるのです。ふふ、ぼくの家は代々英国貴族。これぐらいどうということはありません」


「あ、オレも行っていいすか? ステーキなんてそうそう食えるもんじゃないし」


「ミスターサワムラ!! 君は勉学の前に空気を読むことを覚えたまえ! 場の空気を読むことも、紳士のたしなみですぞ! それにこれはデートの約束なのです。どうしてぼくが君とデートせねばならんのだ! 理由を50文字以内で述べたまえ!!」


「さて、この後は昨日の続き、実戦形式の組み手をしてもらうわ。お昼ご飯はその後ね。いこ、シンヤくん」


「あ、はい」


「エンダー少尉。後ほど総司令がEX兵器の進捗についてこちらにいらっしゃるそうです。では」


 アリサはシンヤの手を引くと、講義室からさっさと出て行った。


「そう! これはプリンセスアリサ! 君のために計画したことなのですよ! ぼくがどれほどあなたに恋い焦がれているか!」


 しかし、レヴィンは2人が退室したことに気づかぬ様子で1人熱く語り始めた。


「今こそぼくの胸の内をさらしましょう! あなたこそ、ぼくの全てであると! ぼくは、あなたのためならばこの身を業火にさらしてもいい! ぜひとも僕のクイーンになってくだ――さい!!」


 ガシっと、レヴィンは背後にいた人物の手を強く握った。そして、その人物の手の甲にキスをした。


「う、うむ。君の気持はありがたくいただいておこう……だが、わしにそっちの趣味はないのだがね」


「は!? し、司令!?」


 背後にいたのがアリサではなく、総司令マグナだと知ると、レヴィンの顔は急速に青ざめていった。


「ううむエンダー少尉、そうか。君はそっちの人だったのだね。男子トイレでいつもハイテンションな士官がいると噂で聞いていたが……君のことか」


「ち、違います! ぼくは女性オンリーです! 女性の下半身にしか興味はありませんぞ!!」


「君、その発言はそれで問題があると思うのだがね」


 エンダーは嫌な汗を滝のようにたらしながら、身振り手振りで説明した。


「失礼します。エンダー少尉、もう1つサインをいただかないといけない書類がありました。お手数ですがもう一度――」


 だがそこに、本来思いを伝えるはずであった相手、アリサが戻ってきたのである。


「そう! ぼくが興味あるのは女性の肉体! ブルーベルの花畑のようにやわらかでかれんなアリサ少尉の……スカートの下だけです!! ……は!? プププププ、プリンセスアリサ! いつからそこに!!」


「今しがた戻ってまいりました」


「ノー!! い、今のは……その。冗談ですぞ。冗談は紳士のたしなみで……ございますぞ?」


 アリサは無言でエンダーにタブレット端末を渡し、サインを確認すると、


「変態紳士」


 と言って、ドアを静かに閉めて去った。




 *****




 基地内の演習場に移動したシンヤは、そこで見知らぬ少女に出会った。


「お前か。ラグナロク適正者のサワムラというのは」


 サイドテールの赤い髪と、地球軍の軍服に身を包んだ少女は胸ポケットに手を入れてそう尋ねた。


「え? そうだけど。あ、もしかしてサインとか?」


 サインをねだられる。というほどではないが、珍しさとラグナロク適正者という評判が相まって、訓練初日からシンヤの周りにはけっこうな数の女子が押し寄せていた。目の前に現れた少女は一段とほかの女性兵士よりもレベルが高く、クールビューティーな雰囲気である。


「そうか、お前か」


 ペンと手帳でも出すのかと思っていたシンヤだったが、彼女の右手に握られていたのはペンではなく、切っ先鋭いナイフだった。


「え。それで字は書けないと思うんだけど……」


 風を切るような音がしたと同時、シンヤの目の前に鉄の刃が迫る。考えるよりも体が動いていた。回避動作と同時に、そのまましゃがみこんで足払いを繰り出す。


「らぁ!!」


 しかし、少女の足はすでにそこにない。彼女は跳躍するとシンヤの頭を左手でつかみ、そこを支点に円を描くように180度回転して背後を取っていた。


「甘いな」


 背後を取られたシンヤは少女によって、押し倒され馬乗りにされる。


「な、何なんだよいきなりお前!? そうか、これがアリサさんの言ってた暴力ヒロインってやつだな! お前、暴力ヒロインだろ!!」


「暴力ヒロイン? なんだそれは。それよりもこれがお前の実力なのか? だとするならば、下級騎士連中にすら勝てはしないな」


「下級騎士って、お前さっきから何なんだよ!!」


「失礼をした。非礼を詫びる」


 少女はシンヤから離れると、手を差し伸べた。


「今後、同じ部隊で戦うことになる同僚だ。お前と同じソードブレイカーに配属された、サリア・ワグナー。よろしく」


「……よろしく、ね」


 シンヤは彼女の手をつかむと、立ち上がった。


「サリア! 貴様そこで何をしている」


「ディハルト……隊長」


 いつからそこにいたのか、サングラスと黒い軍服に身を包んだ男が、腕を組んでサリアを見ていた。


「今はもう、私はお前の隊長ではない。これからはアリサ・エンドウ少尉が私たちの指揮官だ。何度言わせればわかる。理解しろ」


「はい……」


「すまんな。出来の悪い娘が失礼をしたようだ。シンヤ・サワムラ」


「い、いいえ。って、娘!?」


「ああ、血の繋がりはないのだがね。私はディハルト・ワグナー大尉。君のことは聞いている。あのレーニッジ・アーモルドを退けた若き英雄だとね。ぜひ握手を」


「あ、はい」


 ディハルトは190センチ近い身長と左目の深い傷跡で、子供が見たら泣いて逃げ出すような雰囲気があった。その彼が右手を差し出してきて、強引にシンヤの右手を握った。


「ふむ。いい筋肉をしている。しなやかで、それでいて強靭な肉体だ。今はまだ発展途上だが、修練を積めば君はもっと強くなる」


「手を握っただけで、わかるもんですか?」


「ああ。大体はな。立ち居振る舞い、立っている時の重心の位置……なによりも君の瞳を見れば、な。励めよ少年。グロニアを倒すために」


「はい!」


「では、私たちはこれで。昼食後のミーティングでまた会おう」


「ディハルト隊長にほめられたからといって、いい気にならないことだな。隊長がお前を気に入ったというのならば、お前は私の敵だ!」


「ええ? いや、仲良くしようよ……」


 ディハルトとサリアはシンヤの目の前から去っていった。

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