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嫉妬の嵐(友雅編)
 あまり見てほしくはないのだけどね、と意味深な笑みを浮かべた友雅さんが多摩に新しく出来たというキャンパスに仕事場を移した。
 現代こっちに戻ってから、気がつくと友雅さんは音楽学院の講師…なんていう職種に就いてることがわかった。
 おかしいけれど、それもありかな、なんて思う。元々、現代の人じゃないんだから…。こっちに来て、まるで辻褄合わせのように橘友雅という人物の存在が確率されてた。
 どうやって説明したらいいのかな? …なんて悩んでいたのが可笑しいくらい。
 でも…今は別のことで悩んでる。
 好奇心旺盛の友雅さんは、天真くんが「こっちじゃ携帯持ってなきゃ、おかしいぜ?」の一言に「神子殿の声が遠く離れていても聞くことが可能なのかい? それなら持つことにしよう」なんて、まるで鶴の一声のようにあっさり携帯電話の契約をしちゃうし。
 ううん。携帯電話は持っていてくれると嬉しいの。わたしも…友雅さんの声がいつでも聞けるなんて、とっても幸せだと思うから。
 ただ…。

 天に誓って私は教えていないよ。
 そう友雅さんは言うんだけど。せっかくのデートだっていうのに、やたらと女子大生のおネエさんから電話がかかるのはどうしてなのかなって。だからって、電源を切ってくださいとは言えない。彼女達の電話に混じって大学からの連絡も入ってきてるから。
 だから確かめることにしたの。いろんなことを考えすぎていても仕方ないもの。ここはひとつ。真実を知る旅に出ようと思う!
 なんてね。ただの職場見学なんだけど。へへへ。
 多摩センター駅を下りて…。
 15分くらい歩くと目指す音楽学院の瀟洒な建物が見えた。広いキャンパスに所々に植樹がしてあって、今日みたいに晴れた気持ちのいい日にはお散歩するのにちょうどいい。
 ロビーに入ると、職員に声をかけられた。とりあえず入学希望なので見学に来ましたと言ったら、それなら私が案内しましょうって言われた。
 正直、学内の様子なんてちっとも知らないんだから、ここは素直に案内されようと思う。
「特に見学を希望される場所はありますか?」と女性職員が笑む。
「あ! それなら授業風景が見たいです!」いきなり確信をつく展開に小躍りしてしまいそうになるのをグッと堪える。
 もしかするといきなり友雅さんの授業が見られるかもしれない。そう思うと胸がどきどきしてきて、きっと顔も赤くなっているかもしれない。
 案内された通路には、いくつかのドアがあって、女性職員はまず手前のドアをノックした後、顔を覗かせて「見学者がいるんですが、今、よろしいですか?」と中の講師に訊ねた。
「見学者ですか?」
 その柔らかな声音に、鼓動が一際大きく打ち始めた。聞きなれた優しい声。だけど、少し知らない人みたいな、どこかよそよそしい響きもある。それは  やっぱりここが職場だからなのかもしれないけど。
 友雅さんだ!
 そう思ったら足が竦んで、まるで廊下に足が吸い付いているみたいに動かない。そして何だか、酷い罪悪感が胸を襲う。
 友雅さんを信じていないみたいな気がして。そんなわたしを見る友雅さんの顔を見るのが怖い。
「ごめんなさい! わたし、急用を思い出しました! 失礼します!!」
 それだけ言って、今来たばかりの廊下を走って戻る。
 ロビーの前で立ち止まって振り返ってみる。泣きたくなるくらい、今の自分が嫌いだって思った。
 友雅さんに嫌われたかもしれない。
 事務室の小窓に「お邪魔しました」と小さく声をかけて表に出た。
 なにがお散歩するのにちょうどいい、なのかな。なんて呑気なわたし。こんなに綺麗な青空なのに、わたしが今日やったことって…。
 すぐ傍の樹に凭れて溜息を吐く。
 そうして何気に見た学院の玄関に、スーツを着た見覚えのある人がきょろきょろと辺りを見回していて、そして、樹に寄りかかっているわたしを見つけると、真っ直ぐこちらに駆けてくる。
 長い髪を後ろできちんと束ねているのに、ほつれて乱れてる。軽く息を切らしている様子で、わたしの後を追って来てくれたことがわかった。
 友雅さんに謝ろうとわたしが口を開くよりも先に、友雅さんが「神子」と言って「ああ。いけない。また言ってしまった。ここでは神子ではないのだったね」と苦笑しながら少しずつ距離を縮めてくる。
 すぐ傍まで来た友雅さんはわたしの手を取って、
「あかね。もしも、先ほどの急用という言葉が、あの場から逃げ出すための偽りであるなら、少し私に付き合ってはくれまいか?」
 茜…って呼ばれたわたしは、ただ一言「はい」とだけ答えた。
「こっちだよ」
 友雅さんはそう言って、わたしを連れて学内に戻って行った。

 わたしが連れて行かれたのは、楽器展示室だった。
 様々な洋楽器がガラスケースの中に展示されている中を、友雅さんはなにか目的があるみたいに、すいすいとそれらを通り過ぎていく。
 そして和楽器が立ち並ぶ中、友雅さんがひとつのガラスケースを指して、
「あれをご覧」
 友雅さんに促されてそのケースに近づくと、中にあったのは琵琶だった。とても古そうだけど、その深みのある木目がなんだかとても温かい感じがして、なぜだか胸を打った。
「平安時代に作られたとあるこの琵琶は、現代にあってただこうして観賞用に展示されているだけなのだよ。そこにはいろいろな人たちの思惑があってのことなのだろうけどね。同じ平安の世から来た私は、けして観賞用でもなければ古き良き時代の遺物でもない。私はね──」
 友雅さんの長い指がガラスケースにそっと触れるのを眺めながら、その聞きなれた、それでいてわたしの胸を焦がす大好きな声に耳を澄ます。
「きみのために楽を奏でる琵琶でありたいのだよ。このように飾られているだけの琵琶など、私に言わせれば琵琶ではない」
 こつん、と音がして見上げると、友雅さんがこちらを見ながらケースに頭を寄せていて「きみを不安にさせていたのならば謝ろう」そう眉根を寄せて言う。
 ヘンに疑っていたのはわたしの方なのに、そう思わせてしまった自分が悪いのだと友雅さんが謝る。
「友雅さんは少しも悪くないです。わたしが…わたしが……」
 本当にわたしが悪いんですと、俯いて言うと、優しい声で名前を呼ばれた。
 見上げると、友雅さんは少しだけ頬を上気させていて、
「それでも妬かれるというのは嬉しいものなのだね」
 その発言に驚いていると、友雅さんの笑みが少し意地悪っぽくなった。
「きみに妬かれるということは、すなわち愛されているということだろう? なんだかいけないことを考えてしまいそうになる」
「いけない…こと?」
「ああ。愛を試したくなる」
「それは……ちょっと、どうかと思うんですけど」
 口篭るわたしに笑いながら「神子」と言って、
「どうも癖が抜けない。もういっそ、現代でも神子と呼ばせてはくれないか?」
「それはかなり嫌です」
 そうかい? と言って軽く鼻で笑う。
「私にとって、きみは何時の時代にあっても…神子…なのだけどね。だめかい? あかね…?」
 神子と呼ばせて欲しいと言っておきながら、甘い声であかねと囁くのはかなり確信犯なんじゃないかと思いつつ、
「5回に1回くらいなら」
「3度に一度」
 友雅さんが距離を縮める。
「4回に1回」
「二度に一度」
 友雅さんの吐息が唇に触れる。
「3回に1回」
 神子。
 そう呼ばれた直後に私の唇は完全に塞がれた。
 痺れてくる頭の中で「来年ここ受験しようかな」なんてことを考えていた。
 それはそれで嫉妬の嵐で苦労しそうなんだけど。



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