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遥かなる時空の中で1キャラ「橘友雅」編です。
惜しからざりし命さへ(友雅編)
「友雅殿…。今宵の風はやけに強いですね。鬼が惹かれてこなければよいのですが」
「なにを気弱なことを…。風が運ぶのは何も鬼ばかりとは限らないよ」
 友雅は強い風に押し流されていく天空の雲を見上げた。
 風は強いが数多の星が瞬いている美しい夜でもある。
「風は新しい恋も運んでくれるというじゃないか」
 ふふふと意味深な笑みを友雅が浮かべると、同僚は肩を竦め、その風はいつも友雅殿にばかり吹くのですよと口を窄めた。
 友雅は目を細め、文机の上の白い花を見やる。
 小さくて可憐な小花。けれどとても強い花。
 声を漏らさずに笑う友雅を横目に、同僚はさらに口を尖らせた。
「今夜のこの風で屋敷には戻れないでしょうね。友雅殿を待ち焦がれた女房たちの涙雨で、明日はきっと嵐になるに違いありません」
 友雅は堪えきれずに吹き出して笑う。
「ああ。彼女ならきっと──とんでもない大嵐を起こしてしまうだろうね」
 どの女房を指して言っているのだろうと首を傾げる同僚に、
「教えてなどやらないよ。わたしの花は……わたしだけの花なのだからね」
 そう言って楽しげに笑うと、それでは帰るとしようと告げて立ち上がる。
「ええ? この風ですよ? 危険ですから今夜はこちらで休ませていただいた方がよろしいのではないですか」
「心が彼女を恋しがっているのだからね。わたしはそれに従うまでだ」
 それに──恋に障害は付き物ではないか。
 そうですねと半ば呆れ顔の同僚は、お気をつけてと手を振った。

 ああ、しまった。とうとう降り出してしまった。
 おまけに門は厳重に閉じられている。頼久でもいれば中へ入れてもらうのだが、生憎誰の姿も見えない。
 物騒だなと一人ごちた。
 ここまで来て逢わずに帰るのも…。
 ふむと考え込みながら門の軒に寄りかかると、背後から物音がする。
 友雅は怪訝な顔をして門から離れた。
 先ほどは頼久でもいれば中に入れてもらうのだがなどと安易に考えていたが、こんな時間に神子殿を訪ねて来たと言おうものなら──頼久に斬られてしまうかもしれない。
 顔を真っ赤にして怒るのだろう。色恋というものを頼久は知らなさすぎるのだ。
「まったく頭の固い頼久め」
 かたんと中から閂が外される音がして、横の戸口が小さく開いた。
「あの…友雅さん?」
 友雅は驚いて返事をするのを忘れた。
 戸口から顔を覗かせたのが茜だったからだ。慌てて取り繕うように笑顔を見せる。
「おや、神子殿。こんな遅くにどちらへ参られるのかな?」
「いえ…。迷い猫がこっちへ走って行って…追いかけて来たら……友雅さんの声が聞こえた気がして…」
 上目遣いにこちらを見る茜の可愛らしさに少々眩暈を感じながら、
「迷い猫を追って…ね。てっきりわたしの祈りが通じたのかと思って心を躍らせていたというのに…。神子殿は意地悪なことを言うね」
「意地悪なんて! 言ってません。ほんとうに猫が……」
 友雅が濡れた髪をかき上げると、とたんに茜は顔を赤くして口篭り、俯く。
 ああそうだねと友雅は微笑んで、茜の傍へ近づいた。
「神子殿もわたしを好いていてくれたのだったね。そんなきみだから──わたしは何を差し置いてでも逢いたくなるのだよ」
 扉に置いている茜の手の上に、そっと友雅の手が添えられた。
 かき上げて露になった友雅の額を雨の雫が滑り落ちていく。
 上がっていく友雅の体温が、いつもふわりと香る侍従の匂いを際立たせていた。
 神子の手に添えていた指先をゆるりと動かして、彼女の手を握り込む。
「わたしを見てはくれないのかい?」
 耳まで赤くしている神子の首筋に唇を近づけて囁いた。

「君がため 惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな(※)」

「茜が京に残ると言った時、この歌がふと浮かんだ。心の底からそう思ったからね」
 茜がようやく顔を上げて友雅をみつめた。
 友雅は照れくさそうに眉根を寄せて笑い、
「けれどね、茜。今夜のこのひとときを永遠にしてしまいたい気持ちもあるのだよ」
 そう言って茜の額に啄ばむような口づけをする。
 いつのまにか雨は止み、夜空には数多の星が瞬いていた。
 友雅の手が茜の柔らかな髪に滑り込み、ゆっくり上向かせると彼女の甘く切ない吐息を友雅の唇が塞ぐ。
 幸せそうな笑みをその口元に浮かべて──。



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